シーン1「トンネルを抜けると……」
シーン1「トンネルを抜けると……」
僕は貨物列車の運転士である。
趣味はアニメ鑑賞やラノベを読むことっていう、ちょっとしたオタクだ。業務上、待機時間が長くて文庫本を読む機会は多い。ラノベはちょうどいい娯楽なのだった。
まあ、そんなことは置いておくとして。
その日も、いつものように貨物列車を運転をしていたんだけど――
トンネルを抜けると異世界だった。
見たこともない景色が広がっていた。
赤い空。緑の雲。地面には、幹が異様にねじれた巨木をはじめ、見たことのない植物が生えている。
しかし、それだけだったなら、異世界だとは思わなかっただろう。
ドラゴン――そうとしか見えない存在が、空を悠然と舞っていた。
――あ、これ、異世界だ。
確信した。
異世界トリップ。
その手の話は、それこそフィクションでたくさん読んできたけれど、まさか自分の身に起こるとは夢にも思っていなかった。
まさか、なぁ……こんなことってあるんだなぁ……
って、しみじみ考えてる場合じゃなかった。
危機感を覚える。
レール!
異世界にレールが通っているとは思えない。当然ながら、レールがなければ貨物列車は横転してしまう。大惨事だ。
絶望しかける、
だが、レールは続いていた。
きちんと整備されたレールが、巨木の群生する森の中をまっすぐに続いている。
レールだけではなく、架線までちゃんとあった。とっさに架線電圧をメーターで確認するが、電気もしっかり来ている。
どうなってるんだろう……いや、とにかくいったん停車をしないと。
レールが続いているとはいえ、未知の線路を走るわけにはいかなかった。
曲線の速度をオーバーすると脱線の危険がある。
ブレーキのレバーを一気に非常位置まで押し込んだ。
ぷしゅっと空気の抜ける音があがる。
圧力計のブレーキ管圧力を示す黒い針が、一気にゼロになった。
キィィィィ、と車輪から甲高い音を響かせながら、列車の速度は落ちていく。
だが列車は急には止まれない。貨物列車はなおさらだった。今の速度と、運んでいる荷物の重量からして停車するまで500mはかかる。
幸い、500m以内に危険は見当たらない。安全に停止することができるだろう。
巨木の陰から人影が飛び出してきた。
「っ!?」
心臓が跳ねる。
しかし行動しようにも、非常ブレーキはすでに使っている。僕にできたのは、あとは汽笛を鳴らして列車の接近を人影に知らせることだけだった。
意識が集中され視界がスローモーションになる中で、人影がこちらに顔を向ける。
目が合った気がした。青い瞳――
少女だった。
銀色の髪が機関車の前照灯を受けてきらめいている。
長いその髪を頭の両側で結んでいた。
薄布を巻きつけただけのような露出の多い格好で、白い肌があらわだ。
一瞬の印象だったが、ゲームに出てくる踊り子のようだった。
少女が線路を渡りきった。
僕はほっと胸を撫で下ろした。
よかったぁ……
次の瞬間だ。
少女を追うようにして、獣のようなナニカが線路に入ってきた。
――あ。当たる。
ガゴンッ!
激突音。
運転席の視界からは当たった瞬間は見えなかったが、ナニカとぶつかった。
非常ブレーキの効果で列車の速度はさらに落ちていく。
ぶつかった場所からは、200メートルほど行き過ぎて停車した。
「あ、あれって……キメラ?」
一瞬見えた姿を思い返すと、そうとしか思えなかった
四足歩行。体長は2メートル以上。
頭はライオンのたてがみで覆われ、二股に分かれたしっぽは蛇だった。
ていうか本当にキメラ?
見間違いの可能性もある。
僕は運転席を立つと、助手席側の窓を開けて、後方を確認してみた。ぶつかった角度からして、こちら側に転がっているはずだ。
ああ、キメラだなぁ……
200メートル先に、他に呼び表わしようのない怪物の体が転がっているのが見えた。
普段でも、鹿や猪に激突することはある。
その場合はまず輸送指令――列車の運行を管理している部署に連絡を入れ、指示を仰ぐことになっている。たいていの場合、機関車に異常がないかを確認して、異常がなければ運転を再開する。轢いた動物が線路を支障しているようであれば、自分の手でどけたりもするが、その作業は後続の列車に任せることもある。
しかし、だ。
キメラなんて轢いたことないよ!?
対処法なんて、わからなかった。
知っている人がいたら教えて欲しい。
うーん、輸送指令……は、知ってるかなぁ? エリートだから知ってるかなぁ?
そもそも無線は通じるのだろうか?
試してみよう。
僕は無線機を手に取った。通話ボタンを押し込む。
「輸送指令。輸送指令。応答願います。どうぞ」
返事はなかった。
繰り返してみても結果は同じだった。
無線機の使えないときに使用する『業務用携帯電話』の電源も入れてみたが、圏外になっている。
指令の指示がなければ、運転士の判断で勝手に運転を再開することはできない。
さて、どうしようか……
「あの子、大丈夫だったかな……」
キメラを轢く直前に見た少女のことが気になった。
轢いてはいないはずだが、心配だ。
「きゃー、救世主さまーっ」
運転席側の窓の外から、そんな声が聞こえてきた。
つづく
追記:次回更新は今日(9月11日)の夕方ごろになります。