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体育館倉庫の悲劇

母さんは出来合いのもので弁当を作るのを嫌う。俺は別に冷凍食品の詰め合わせで全然よかったのだが、いつもおかずを手作りしてもらっていた。


単純に母さんの心配りは嬉しかった。それに母さんの作る料理は美味い。教室では味があまり感じられないので、一人になれる場所を探して食べたりもしていた。


その日俺は、視聴覚室で弁当を食べていた。目の前のでかいスクリーンで映画でも観たいなぁと思いながら、もそもそとおかずを口に運んでいた。


「ぼっち発見~」


当たり前だがノックもなしに扉が開けられ、俺は思わず箸からタコさんウインナーを落としてしまった。幸いそれは白米の上に着地し無事だった。


倉持率いるいじめっ子連中が、ぞろぞろと視聴覚室に足を踏み入れてきた。その中の疋田という男が俺の弁当箱をわし掴むと、力一杯床に叩きつけた。


「!!」


絶句。見るも無惨に散ったおかずたち。弁当箱もひしゃげてしまった。朝早く起きてせっせと弁当を作る母さんの後ろ姿が脳裏を過った。


「あ、ごっめーん。手が滑ったぁ」


あんな意思の籠った手の滑り方があるものか。誰の目にも触れないように、こうして一人でひっそりと昼食を摂っていたのに。いったい俺の何が気に入らなくてこんなことをするんだ。わざわざこんなところまで赴いてまで。


「ちょっと疋田ぁ。大倉くん、午後の授業でお腹空いちゃうじゃん」


倉持は薄ら笑いを浮かべながら歩み寄った。何をされるかわからない恐怖に、俺は自然と身構えた。


「ごめんね大倉くん。私たちすぐ出てくからさぁ。食事、続けていいよ」


「へ…」


「だからぁ。這いつくばって食えつってんだよ」


倉持は俺の胸ぐらを掴み、無理やりその場に跪かせた。目の前には無惨に散らばった弁当の中身。倉持は俺に、これを食えと言っているのか。


いくらなんでもそんな屈辱的で不衛生なこと、できるはずがなかった。相変わらず頭上から嘲笑は降ってくる。


犬にでもなった気分だ。寧ろ自分が完全な犬だったら、どんなによかったことか。そうすればこんな惨めな思いをせずに済んだのに。




「というわけで。今からその仕返しをしたいと思う」


「あ…ハイ」


昼休み、俺は倉持を視聴覚室に連れ込んでいた。シチュエーションも完璧に合わせたいのだ。舞台は整い役者は揃った。いざ復讐をば。


俺は倉持から奪い取っていた奴の昼飯であるコンビニの菓子パンを、頭上高く振り上げた。そのまま勢いよく地面にそれを叩きつける!


なんてことはせず、緩やかな放物線を描き事前に敷いていたビニール袋の上にパンをそっと置いた。


「…何かちがくね」


何か言いたそうな倉持の視線を受け入れることを拒み、俺は「さあ食え」とだけ告げた。倉持は何回かパンと俺とを交互に見ていたが、何かしら抗議をすることも面倒だと感じたのだろう。ため息をつきながら跪いた。


「…じろじろ見てんじゃねーよ」


肩膝を立てて地べたに座る俺を、倉持は睨み付けた。よくよく見ると耳が真っ赤だ。こいつにも羞恥心というものが存在していたようである。


倉持は耳に長い黒髪をかけながら、パクリと一口パンを食んだ。室内にはビニールの擦れる音と倉持の咀嚼音だけが響いている。


なんと言うかこれは。


ちょっと、エロいかもしれない。


「…っ」


俺はなるべく音を立てないように生唾を飲み込んだ。倉持を屈服させていることへの優越感、充足感、征服感。しかしない交ぜになる感情の中で、確かに顔を出す良心がずきずきと痛む。そして新たなる性の扉を開いてしまいそうな焦燥。俺はいてもたってもいられず、声を荒らげた。


「~っもういい!やめろ!」


倉持の腕を掴み強引に立たせた。耐えられそうにもなかった。気持ちよさ以上に、罪悪感が先行してしまうのだ。


「いいの?まだ全然残ってるけど」


「いい…」


「だから言ったのに。大倉くん優しいから、復讐なんて向いてないんだって」


「黙れ!そうやって自分がいじめられるのを回避しようとしたって無駄だ!」


倉持はやれやれと言いたげに肩をすくめため息をついた。仕返しをしているつもりが、うまい具合に掌で転がされているような気分だ。


それにお前などに「優しい人間」だと言われたくない。確かに俺は倉持のような人の気持ちのわからない男じゃない。


だけどこの復讐のためには鬼になるつもりだ。情けは一切かけない。それが自分のためにもなるのだ。


「今度はこんなんじゃ済まねぇからな。泣いて許しを請いたくなるようなことしてやる。絶対」


「えー。意地でも泣かなーい」


「泣かす…!!」




俺は倉持を一人視聴覚室に残し教室へ戻った。余裕の表情でパンを食らう奴に殺意を抱えながらも、やはり非道になりきれない自分に不甲斐なさを感じるのだった。


「遅かったな大倉。どこ行ってたんだよ」


「クソだよ…」


「あのね優太くん。食事中にそんな発言しちゃいけません。しかも俺の昼飯カレーパン」


そうじゃないんだ。改めてわかったんだ、倉持がいかにクソな女かということを。立場が代わっても尚、あいつは俺を見下した態度でいる。俺がなかなか思い切れないせいでもあるのだが。


「なぁ。生意気なペットって、どうやって躾けたらいいんだろうな」


倉持をペットに例えるのは必ずしも妥当ではないと思うのだが、まさかいじめの復讐を相談することなどできるはずがない。仲間は唐突な質問に暫くポカンとしていたが、やがて唸りながら答えを考えてくれた。


「そうさなぁ…俺犬飼ってるけど、躾とか考えたことない!可愛すぎていつも甘やかしちゃう」


「まぁそうなっちゃうよな。でも俺、自分の猫が好き放題部屋散らかすときは、心鬼にして家から閉め出す。でも可哀想すぎて二分でまた入れる」


「飼われてんなぁ…」


こいつらに相談したのが間違いだったようだ。勿論のこと倉持が可愛いだなんて毛ほども思わないが、今の俺の立場はどちらかというとペットに踊らされてる飼い主であるこいつらに近い。


そもそも、やはり例えが悪かったようだ。俺は別に倉持を躾けたいわけじゃない。人間的に更正してくれたらそれに越したことはないが、あいつにそれを見込める可能性は低い。


閉め出す、ではなく、閉じ込める。なんてのはどうだろう。これは俺もやられたことがある。掃除用具の入ったロッカー。トイレの個室の中。一番ひどいのは、段ボールの中だったな。酸素も薄れ死ぬんじゃなかろうかと思った。


となると、どこに閉じ込めるのが得策だろうか。さすがに命の危険があるようなところは駄目だ。俺は午後の授業もずっと、倉持を閉じ込めるに最適な場所を考え続けた。




部活終わり、鈴田が着替え終わった俺のもとに駆け寄りあるものを手渡してきた。


「優太くん。これ、昨日のお礼。よかったら食べて」


彼女がくれたのは、手作りのクッキーだった。昨日のお礼とは、何のことだろうか。俺は無意識に首を傾げた。すると鈴田は、少し頬を染めて付け加えた。


「ほら、昨日変な女の子に絡まれたじゃない?その時助けてくれたから」


「あ、ああ…」


変な女の子とは、倉持のことか。鈴田は奴が舞園姫架であることに気づいていないようだ。仕方ない、俺もわからなかったのだから。


それにしてもあれが、鈴田には助けたように見えたのか。ただ邪魔だったんで追い払いたかっただけなのに。随分ご都合主義なんだな、女っていうのは。こんなひねくれた考え方しかできないのも全部あいつのせいだ。許さん。


「たいしたことしてねぇけど…ありがと。貰っとく」


「うん。ていうか…誰だったの?あれ」


鈴田の問いに、このお礼は単なる口実であることを理解した。恐らく一番聞きたいことがそれなのだ。


困った、どう答えるのが安全だろう。これだけ訝しんでいる人間に「友達だ」なんて嘘は通じないだろう。鈴田は男女の関係をきっと疑っているわけだから。


「…勝手に迫ってきてるんだよ。俺は断ってんだけど」


「え~そうなんだ。何かストーカーぽくてこわーい。優太くん、関わらない方がいいよ!」


ナチュラルに彼女面してる君も怖いがな。どうして女はそんなのしかいないのだろう。たまたま俺が、引き寄せているだけなのか?だとしたら自分の体質を呪う他ない。


「あ!そうだ、俺用事あって。今すぐ行かなきゃなんないとこあるから」


「え?じゃあ今日は一緒に…」


「帰れないんだ、ごめんね。また明日」


短く別れを告げ、俺は道場を出ていった。鈴田と一緒に帰りたくないから咄嗟についた嘘ではない。一緒に帰りたくないのはそうなのだが、俺には教室に待たせている人物がいるのだ。


教室までノンストップで走っていく。漸く辿り着き、息を切らしながら扉を開けた。


「おっそーい。待ちくたびれたよ大倉くん」


不遜な態度で文句を垂れるのは、クラモチヒメカだった。部活が終わるまで帰るなと言いつけてあったのだ。意外にも律儀に待っていた倉持に、少し拍子抜けしてしまった。


「お腹すいたよ、帰りたいー」


「早く着いてこい。時間が…」


「何の時間?ねぇ、何するかだけ教えてよ」


「…今日お前、晩飯食えねーから。てか帰らせない」


倉持は怪訝な眼差しで俺を見つめ返した。あえて詳しいことは言わずに、俺は倉持の腕を掴み歩いていった。


俺たちがやってきたのは体育館だった。バスケ部やバレー部の連中が、ぞろぞろと帰っていくのが見えた。人目を避けながら歩き、俺は倉持を連れて体育館倉庫に入った。


「マジで何するつもりー?もしかしてエロいこと?」


「さて。俺が手に持ってるのは何でしょう」


「シカトすんなし。…えー、鍵ですかね」


「そう。この倉庫の鍵だ。仲間から借りた。俺は今日、お前を閉じ込めるべくここに連れ込んだ」


「ほうほう」


「ほうじゃねーよ!もっと焦れ!マジでやるんだからな。あばよ、今日一日」


俺は踵を返し扉に向かった。ノブに手をかけたとき一瞬振り向き、倉持を鼻で笑ってやった。一人心細く、ひもじい思いで残ればいい。ありがたく思え、わざわざマットのある場所を選んでやったのだから。寝るとき困らんし、寒くなったらタオルもユニフォームもあるので、真冬でない今ならある程度暖をとれるだろう。どうしても腹が減ったら、運動部員が大量にストックしてある菓子がある。


あえてその事実は本人に伝えないがな!さぁ出てやろうと、俺はノブを回した。


「…あれ」


扉が、開かない。少々乱暴にノブを押し引きしてみる。それでも扉はびくともしなかった。


「え、何これ…何で…」


「鍵かけられたんじゃね」


「でも、だって…鍵は俺が持って…」


「倉庫って、反対側にもうひとつあっただろ。そこの鍵じゃねぇの」


淡々と説明する倉持に対し、俺は衝撃のあまりフリーズした。まさかそんな、間抜けなことがあるものか。俺は勘違いしていたのか?場所を。


てことはこれは、あれか?倉持だけでなく、俺も一緒にここに閉じ込められた。俺も帰れないということなのか。朝までこいつと、二人きり…。


「誰か!!頼むから出してください!!」


俺は恥をかなぐり捨てて、扉を思い切り叩き助けを求めた。しかし誰からの反応もない。きっと皆もう、帰ってしまったのだ。ほんの僅かに漏れていた体育館の明かりも、いつの間にかなくなっていた。


「嘘だ…こんなのってないよ…」


「ばっかでー大倉くん。詰めが甘いんだよ」


何の否定の言葉も出てこない。俺は馬鹿だ。こんな大失態を犯すなんてあり得ない。情けなすぎて、倉持よりも先に泣いてしまいそうだ。


ていうか地味に、体育館倉庫は危険な場所ではないか。女の力でも簡単に人を殺せる道具が結構ある。バット、飛び縄、ポール…。俺は倉持に殺されるんじゃなかろうか。


「何でそんな怯えた顔してんの?んふふ」


「いや別に…」


倉持の笑顔がいつもよりやたらと怖い。だって、相当怒ってるだろ。仮にも一人きりで閉じ込めようとしたのだから。中学時代の奴なら、間違いなく半殺しにはしてただろう。


「別にとって食ったりしないよ!せっかく二人きりになったんだから、色々お話しようよ」


「何だよ…そうやって俺を油断させて、不意に襲ってくる魂胆だろ…」


「私をどんな風に思ってるわけ」


「どんなって…悪魔だろ」


頼みの綱の携帯もさっき確認したら、ばっちり圏外だった。「お約束だねぇ」なんて呑気に笑うこいつの神経が知れない。こちとら命の危機を感じているのだ。まったり雑談などしていられるか。


「まず、いつまで私を倉持って呼ぶつもり?名前変わったんだけど」


「…そういや何で変わったんだ」


「両親が離婚したの。私が問題起こしちゃったから」


「この親不孝者め。お前に関わる人間は皆不幸になるな」


こんな人間を産み落とした倉持の両親のことも勿論憎いが、少しだけ同情する。彼らもまた、この女に振り回された被害者のうちの一人なのだ。きちっと人の痛みをわかる子供に育てられなかった部分に関しては、責任を問いたいところだが。


「大倉くんが言うと説得力あるなぁ。私はよかったけどね!いつも喧嘩ばっかしててうざかったし」


「何にせよ俺は、新しい名前で呼ぶ気はない。俺を虐げてたのはクラモチヒメカその人だけなんでな」


「憎しみをいつまでも引きずってちゃ駄目だよ。それよりさぁ、こんなシチュエーション、少女漫画でしか見れないくらい貴重じゃない?これはきっと、私たちに愛を育めという神様からの思し召しだよ」


「いい加減黙れ!くだらねぇこと言い続けるつもりならその口塞ぐぞ!」


うまく事が運ばない歯痒さと空腹からくる苛立ちに、俺はバスケットボールを奴の隣にあった跳び箱に投げつけた。倉持はびくりと肩を揺らし、バウンドを繰り返し離れていくボールを見送っていた。


「もう、怖いよ。ちょっと和まそうとしただけじゃん」


「お前が存在してる時点で和めない」


「酷いなぁ。大倉くん、もしかしてめっちゃ苛ついてる?」


「わかってんなら話しかけるな」


懲りずにいくつか抗議の声が飛んでくるが、構わず無視し続けるとやがて倉持の口数は減っていった。完全に静寂が訪れ俺は改めて脱出する方法を考え始めた。


「…ねぇ大倉くん。話そ?」


また話し始める倉持に苛立ちがぶり返す。今度は一言言ってやろうと奴の方を向くと、何か様子がおかしいことに気がついた。


震えている。嵌め込みの窓から射し込む夕日に照らされた倉持が、額に大量の汗をかきながら震えていた。


「おしっこしたい…大倉くん」


「は!?」


「何かして気ぃ紛らわさないと、漏れちゃう…」


倉持がやたらと会話したがっていたのは俺に対する嫌がらせなどではなかった。別のことに意識を逸らし、尿意を忘れたかったのだ。


しかしもう精製された尿がまた消え去るわけでもなし。いずれは再び尿意が戻る。時間の問題なのだ。かといって倉庫にトイレなんてあるはずもない。扉を出てすぐ右に曲がればあるのに。もどかしい。


「も~大倉くんのせいだよ!閉じ込めたりするからさー!!」


「事前に済ませとけよ…」


「急に来たんだもん!もう限界…我慢できない…」


腹を抑えて悶え苦しむ倉持に、どうすることもできなかった。俺だって奴がお漏らしするところなど見たくない。辺りを見回し、この現状を解決してくれそうなものを探す。中身のなくなったペットボトルを見つけた。これは尿瓶代わりになるのではないか?いやでも男ならまだしも、女はちょっとリスキーかもしれない。


「ぁ…ん…も、駄目…助けて、大倉く…」


目に涙をためて上擦った声で喘ぐ倉持がやたらと扇情的で、脳みそが沸騰しそうだった。俺はがむしゃらに倉庫内を漁った。携帯トイレとかないのか!山岳部のやつらだったら置いていてもおかしくないだろ!


「…あ」


俺はあるものを発見し動きを止めた。それは、小さな手荒い場だった。錆びた蛇口一つと申し訳程度の大きさの石鹸が設置された、手荒い場だ。


「倉持。いいものを発見した」


「え…蛇口?」


「ここで用を足せ」


「…ここで!?ぎゃはは!!笑かすな出る!!」


大爆笑したお陰で動けなくなってしまった倉持にひとつ舌打ちし、俺は奴の身体を抱き抱えてそこに座らせた。


「ここしかねーだろ!その辺に撒き散らすことになってもいいのか!?」


「や、やだよ」


「俺しか見てねーんだから…大丈夫だろ」


「それはそうだけど…何で大倉くん、携帯構えてんの」


俺はポケットから出した携帯を録画機能にし、フラッシュを焚いて奴に向けていた。だってこんな絶好の脅しの種、撮らなきゃ損だろう?


「これでお前を揺すれるだろ」


「おい下衆!!目ぇ潰すぞ!!」


涙目で睨まれたって痛くも痒くもない。歯を食い縛って尚も尿意に耐える倉持の顔も余すことなく捕らえる。


俺は倉持の脚を割り開きその間に入った。倉持はこれで、足を閉じれない。どのアングルで撮ろうか試行錯誤し、結局ローアングルからにしようと俺はしゃがみこんだ。堪えきれずにボロボロと涙を溢す倉持がカメラ越しに見えた。それでも強情に俺を睨み付ける倉持が面白くなくて、俺はすぐ顔の横にあった倉持の内腿を擽った。


「あ…っ!」


びくんと奴の身体が跳ねる。身体の内側から競り上がってくる快感に気を良くし、俺は指で優しく倉持の青白い肌を撫で擦った。泣きながら切ない声を漏らす倉持の足が、つりそうなくらいに伸びていた。


俺は止めとばかりに、しっとり汗ばんだ腿の上に脚の付け根に向かって舌を這わせた。


「んぁ!!…ま、待って、わかったから…パンツは脱がしてよ!!」


倉持が相当焦っているのがわかったので、俺は一旦動きを止めてやった。スカートで前を隠しながら、倉持は後ろからもぞもぞと下着を下ろしていった。


「ねぇ、もう出すけど…マジで全部撮るの?」


顔中に酷く脂汗を滲ませながら、すがるような瞳で倉持は問う。俺が思い直してくれるのを期待しているのだろうが、ここまできたらもう良心は機能しない。不思議と視聴覚室での罪悪感はなかった。倉持を追い詰めている今の状況が善すぎて。


「早くしろよ。膀胱炎なるぞ」


「くそっ…殺す…マジで、殺してやる…!!」


悪態を吐きながら倉持は放尿した。漸く用を足せた解放感と見られていることへの羞恥と屈辱に、奴はひたすら涙を流した。ポタポタと音を立てて滴が俺の携帯に落ちていった。


これで充分脅しの種になるものは撮れたろう。この辺で勘弁してやろうと、俺はボタンを押した。


「あれ?」


何故かまた、録画が始まった。そしてメモリには何かを残した形跡もない。


気がついたときには遅かった。俺は最初から、録画ボタンを押していなかったのだ。ただただ液晶越しに倉持の痴態を見ていただけで、それを記録していたのは携帯ではなく俺の脳だけだった。


「嘘やろ!!」


絶望のあまり倉持の足に挟まれながら叫んだ。がっくり項垂れる俺から携帯を奪い取り、倉持は腹がねじ切れるんじゃないかというくらいに爆笑した。


「動画残ってねーじゃん!お前まさかボタン押すの忘れたの!?ぎゃははは!!」


「笑うな…笑ってくれるな…」


「だーから詰めが甘いって言ったんだよ。あー可愛い可愛い。おらどけ」


倉持に肩を蹴られ、俺は無様に地面に転がった。ツーと頬に一筋の涙が伝った。やはり俺は復讐なんてものに向いていないのだろうか。完全に自信喪失している中、不意に倉庫の扉が開かれた。


「お前ら、何やってるんだ!」


「せ、先生!」


現れたのは弓道部の顧問である高橋先生だった。先生は呆気に取られた表情で俺と倉持を交互に何度も見た。状況を把握しきれていないのだろう。それはこちらも同じことだ。


「先生、どうして…」


「お母さんから連絡があったんだよ。お前がいつまでも帰らないし携帯も繋がらないって」


気づけば閉じ込められてから一時間は経とうとしていた。とっくに家に帰っている時間だ。俺は心の中で母さんと、よくぞこの場所に来てくれた高橋先生に感謝し倒した。


「何があったかは明日聞くから…今日はとりあえず帰りなさい。全く…逢い引きもほどほどにな」


「そんなんじゃないっす!」


あらぬ誤解をされているようで俺は全力で首を横に振った。それでも高橋先生はニヤニヤしながら俺を肘でつついては「このこの」と揶揄するように言うのだった。




それから高橋先生から軽く説教され、帰る頃にはすっかり外は暗くなっていた。


「災難だったね。私たち、カップルだと思われちゃったかな?」


そんなふざけたことを抜かしながら倉持は俺と手を繋いできた。鳥肌を立てながら振り払うと、何がおかしいのか倉持はくつくつと笑い続けた。


「いやぁでも、クッソムカついたけどなかなか楽しかったよ。大倉くんと二人きりになれて」


「黙れ…余裕でいれるのも今のうちだ…」


「口だけは達者だよなぁ。本当に嬉しかったんだから。大倉くんにいっぱい触ってもらったし」


倉持の言葉に、俺は倉庫でのことを思い出した。今思えばかなりエグいことをしてしまった。セクハラなんてものじゃ済まされない。エスカレートしてしまい、しなくてもよかったことをしてしまった自覚はある。素直に猛省すべき点だ。しかしこいつが相手だと、善悪の区別がつかなくなりそうで困る。他の人間にはやるはずもない、あんなこと。


「そろそろお家着くやー。送ってくれてありがとね!」


「先生に言われたからであってお前のためじゃないからな」


「はいはい。やっぱり大倉くんがいてくれる学校は楽しいや!また明日ね」


朗らかに手を振りあげくの果てに投げキスをしてくる倉持を、中指を立てながら見送った。結局今日の復讐も失敗に終わった。無数の星明かりが自棄に眼球に染みた。

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