~Memory~Part.4(終)
「ちょっとイツキ!」
夕ご飯を食べ、ベッドの上で睡魔の到来を待ちながらまどろみを楽しんでいた一樹は、バタンと開かれるドアの音にて現実に引き戻される。
「ノックぐらいしろや……俺がなんか人には見せられないことやってたらどうするつもりだったんだ?」
「おっ、女の子に向けての開口一番がそれ!?」
実際ここは一樹の部屋であり、この部屋に限っては一樹が何をしていようと非はないはずだ。ノックをせずに勝手に入ってくる方に責任がある、と言うのは割と正当な意見ではないだろうかと一樹は心で嘆息しつつ、サンゴの反応を楽しむ。
「ノックもせずに部屋を開けて女の子の着替えシーンに出くわすと言うシーンがマンガなどによくあるが、ノックは基本常識じゃないかと思うのは俺だけか?」
「うっ……まっ、まぁしなかったのは謝るわよ!」
「いや、無理に謝らなくても良いが……そう言えば、お前どこ行ってたんだ?」
「カレンちゃんの家よ」
「火蓮っつーと木下か。お前らもうそんなに仲良くなってるんだな」
「まぁね。……それはともかく、昨日のお礼と、今後住ませてもらうお礼の前払い。受け取りなさい!」
そう言ってサンゴは一樹に紙袋を突き付ける。押しつけると表現する方が適切なように、早口で突き付けられた紙袋を、「はぁ……」と特に表情を変えることなく一樹は受け取り、
「なんだこれは?」
「だから、アンタへのプレゼントよ。大事にしてね……?」
恥ずかしそうに視線を逸らし、言葉を尻すぼみにさせるという分かりやすい態度を取るサンゴ。素直すぎる反応が可愛いと思いながらも、だったら素直に言ってくれれば良いのにと一樹は溜息をつき、
「プレゼントねぇ。俺が渡した金でか?」
「違うわ、あたしが稼いだお金よ」
「ほう……木下の家、稼いだ金……なるほどな」
一樹の頭の中ですべてのことが繋がる。サンゴは昼間、火蓮の家に行ってバイトをしてきたのだろう、と。流石にバイトの中身までは推測できなかったが、おおよそ家の後片付け辺りかと見当を付ける。なんにせよサンゴがなにも失敗しないとは考えづらく、後で木下に礼と詫びを言わなきゃな、と頷く。
「別に気にしなくても良いのに……ありがと」
「……」
なにやらこちらをチラチラと伺うサンゴ。その視線は自分と紙袋を交互に向けているように思えて、一樹は「めんどくせぇやつ……」と心で少しだけ毒を吐き、
「……開けても良いか?」
「どっ、どうぞ。大したものじゃないけど……アンタ、こう言うの好きかな、って思って」
一樹が紙袋から取り出して開けた物……それは、ガラスでできた写真立てであった。
「写真立て、か。別に嫌いじゃないけど、でもなんでまた?」
「……」
じっくりと写真立てを見ながらサンゴに質問を繰り出すも、返事が返ってこない。写真立てを机に置き、サンゴを見れば……視線をせわしなく動かしている彼女の姿が。先ほどまでの恥じらいとは違う視線の動きに一樹は首をかしげる。
「サンゴ?」
「その……写真ってさ。過去の一瞬を切り取るもの……なんでしょ?」
「…………」
過去という単語を出した瞬間にピクリと眉が動く。不意に彼女に言われた過去という単語に一樹は少し思うところがあったが……とりあえず、続きを聞いてみようとなにも言わずにサンゴを見つめる。それを合図としたのか、サンゴは言葉を紡ぎ始めた。
「アンタの家って思えばまともな写真がないわよね。だから記憶を取り戻す手がかりってのがないんだろうけど」
「八重さん……八雲の母さん、つまり俺の叔母のことだが、あの人曰くこの家にはもうちょい写真があったらしいしな」
「そうなの……じゃあ処分された、って所なのかしら?」
「多分な。その辺は知らねぇよ」
吐き捨てるように言う一樹に、サンゴは下手にこれ以上突っ込むべきじゃないと判断する。なにもサンゴはケンカを売りたくて一樹に写真立てを贈ったのではない。
むしろ逆に……彼を励ましたくて、喜んでもらいたくて……ただその想いだけを胸に写真立てを選んだのだ。
「昨日のことで、アンタが過去を大事に思ってるってのは充分に分かった。だから、その過去を大切に保存しておく物なら喜んでくれるかな、って思いで選んだの」
「……そっか。その発想はなかったな。写真、ねぇ……」
「なるほど」と納得するような声で呟きながら写真立てを机の上に置く。どうやら無駄な怒りを買わずに済んだみたいで、サンゴは少し安堵する。
「そっかー。ちょっと待ってろよ……あった」
そう言って一樹は引き出しを開ける。なにやらゴソゴソと探した後に、小さな筐体を取り出す。一樹の右手に収まるような小さな物体。首をかしげてそれを見つめるサンゴに、一樹はベッドから立ち上がりながら説明をする。
「……デジカメつってな、写真撮る道具だ」
「へぇー、こんなに小さいんだ。もう少し大きいのかと思ってたわ」
「カメラ自体なら、昔はめっちゃ大きかったんじゃねぇかな? 今ならポケットにも収まる小さなものだわ」
そうやって一樹は手元でデジカメを弄る。それを覗き込んでみれば、ボタンを押す旅に液晶画面の表示が変わっていくが、異界の文字で書かれた言葉は流石にサンゴにはさっぱりわからなかった。とは言え、一樹も「ん? こうで良いのか?」と首を傾げているのだが。
「設定分かんねぇしこれで良いか……サンゴ、ちょっとこの写真立ての中身撮るぞー」
「そうなの? 写真撮るところ見せてもらっても良い!?」
異界の文化に目を輝かせるサンゴに、一樹は「鈍感野郎が」と突っ込みを入れる。
「見るも何もお前がいないとどうしようもねぇよ。良いからちょっとここに立て」
「ん? ええっ!?」
サンゴはようやく言葉の意味を理解する。
「ちょっと待ってよ、あたしなんかで良いの!?」
「別に特に入れたい写真があるわけでもないし……だったら、ここ最近で一番思い出に残るお前との写真でも入れとこうかな、って」
「ふっ、ふーん。良いわよ、その写真に撮られてあげようじゃない!」
「撮ってやろうじゃねぇか……うっし、タイマーはこうだな、っと」
一樹が机の上にカメラを置きサンゴの横に立つ。
まるで用済みになったかのようにカメラを置きっぱなしで自分の横に立つ一樹を見て、サンゴは一樹を見遣る。
「えっ、なんでここに立ってるの? それで良いの?」
「もうじき写真撮れるから黙って向こう向いてろ」
「カメラっての操作しなくて良いの!? まさか魔術でできてるとか!?」
「魔力なんざ使わねぇよ。良いか、あれが科学ってヤツで……」
「あの箱、まさか魔法具だったりするの!? 手を使わずに写真を撮るなんて魔法具……もしかして、魔宝具クラスじゃ……」
「話を聞け。後で適当に教えてやるから落ち着いて向こうを……」
「落ち着いてられないわよっ! カメラなんていう新しい魔宝具を魔界にはっぴょ――」
パシャリ。と言う短い音が、彼らの大切な時間を切り取った。