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名もなき秘語  作者: 白カギ
3/5

~Memory~Part.2

「あっはは、あれですねアン○ャッシュ会話ー! いやー、こんなのリアルであるんですね」

「変なところですれ違ってた会話だったわね……あー、なんか熱くなってて恥ずかしい!」


 顔を押さえて恥ずかしがるサンゴと、それを見て更に笑い声を大きくする火蓮。ひとしきり火蓮は笑い終えて、


「ところで、誤解したままの方がよかったりしますか? さっきの言葉の端々から、なにやらアタシ如きが知っちゃいけない事情があるような気がしたので……サンゴさんの知らなくて良い一面が見えてしまいそうですし」

「ごめん、さっきの話は忘れて! ちょっと言えない事情があるのよ」

「分かってますよー。アタシだって言いたくないことたっくさんあります。好奇心の塊であるアタシも今日に限っては気にしません、詮索しません」


 軽い敬礼と共にサンゴへの約束の言葉を告げる火蓮。サンゴは「ありがと」と短く礼を言う。


「それは置いといて、これからどうしますか?」

「そのことなんだけど……1つ、思いついたことがあるのよね。今って、時間大丈夫?」

「ハイ! この後入っていた予定は、当てもなくブラブラと歩き回ることでしたし大丈夫ですよ!」

「それ暇なだけじゃない! っと、思いついたことって言うのはね……イツキに、なにかしてあげたいの」

「なにかしてあげたい、と言いますと?」

「そのままよ。しばらく、イツキの家でお世話になることにしたからね。そのお礼がしたいのよ」

「ほほ~、お礼ですか。いとこ同士なんですし、別に無理される必要もないかと思いますけど?」

「えっ、ああー」


 サンゴは先日、火蓮とはじめて出会った時の事を思い出す。あの時、一樹はサンゴのことを「いとこ」だと言ってごまかしていたのだ。他人から見れば今一つ確証を得づらい、しかし言われればなんとなく納得してしまう「いとこ」という曖昧な間柄。兄弟ほどすぐ近くでもなく、他人よりは遙かに近いと言う非常に言い訳に使いやすい間柄でお茶を濁していたのだ。


「確かにそうなんだけど……それでもなにかしてあげたいのよ。それこそ恩返し、っていうか」

「ほほう、親しき仲にも礼儀ありってヤツですね。分かりますよ~、確かにいとこ同士にもそういうのは大事ですよね。それで、なにをしてあげたらいいのか見当が付かないと言ったところでしょうか?」

「その通りなのよ。あたし、こういうことやったことないから……」


 サンゴの初々しい反応に、火蓮は「ラブコメのニオイがしますね!」と目を光らせる。


「それはそれは……やっぱり、初めて人を好きになったとか言うそんな感じでしょうか?」

「そうなる、かな。あまり異性とふれあう機会がなかったものだから……って、なに言わせてんのよっ!」


 顔を真っ赤にして火蓮を睨み付けるも、その赤く染まった顔からは常の迫力が感じられない。その初々しさに火蓮の顔はなおさら綻ぶ。


「ごめんなさい、そう怒らないでくださいよ~。可愛いじゃないですか、初恋の人がいとこさんだなんて!」

「う~っ!!」

「照れてるサンゴさん可愛いです! 写真に収めたいですけど生憎カメラがないのでやめておくとして……そうですね、定番ですけどなにかを買ってプレゼントする、とかいかがでしょう?」


 カメラ、と言う物がなんなのかは知らないが、シャシンについては先日会話で出ている。一瞬の風景を切り取ると言う魔術じみた化学の産物らしい。カメラ、とはそのシャシンを得るための道具かなにかだろうか?……と答えに遠からず近づいたところでサンゴは火蓮との会話に意識を戻す。


「プレゼントかぁ。でも、自分でお金稼いでるわけじゃないからなんか気が引けるのよね」

「結構律儀なんですね……でしたら、体でご奉仕、とか」


 火蓮の言葉を受けて、頭の中でどういう意味かを考え、そしてどういうことかを具体的に少しだけ考えたところで……サンゴは顔を真っ赤にする。


「どどどっ、どうしてあたしがアイツに処女あげなきゃいけないのよ! そりゃぁ、出会った頃に比べればアイツの良さは分かってきたとは言え……」

「にゃはは~、なにを考えているんですかサンゴさん! ちょっと意味深に言ったアタシにも非がありますけど、要するに家事をやってあげたりってことですよ」


 「サンゴさんやっらし~!」とからかってくる火蓮に「年上からかうもんじゃないわよ~っ!」と顔を真っ赤にしたまま叱りつける。


「そ、それでも家事なら悪くな……いや、家事、家事かぁ……」


 言われてサンゴは自分が魔界でどういう生活を送ってきたのかを思い返す。母親であるラルに着いていってずっと修業や任務を繰り返していたし、なによりラルの位はかなり高い方でサンゴもまた裕福な生活をしていたのだ。位もさることながら、ラルもサンゴと同じくがさつなタイプであり、家事の類はすべてメイドに任せていたため……必然、家事の経験は皆無なのだ。


「イツキの家に火を放てばいい、みたいなことかしら?」


 火に関して嫌な思い出しかないサンゴの口から、火という単語が漏れる。それほどまでに、家事に関してなんの知識もなかったのだ。


「それ素で言ってるんですかね!? 料理や洗濯、後は掃除とかのことですよ~!」

「あはは、やっぱりそれね……はぁ、恥ずかしい話、そう言うのやる機会がなかったのよね」


 力なく笑った後に、サンゴはがっくりと肩を落とす。


「あー、そうなんですか…………あっ、良いこと思いつきましたよっ!」


 火蓮がぽん、と手を叩く。打つ手なしだと思っていたサンゴにとっては福音のように聞こえた。


「えっ、良いことってなに!?」

「良いこと、と言ってもそこまで良いかは微妙なんですけど……アタシの家でお手伝いをやってみる、と言うのはいかがでしょうか!?」


 ***


「へぇ~、結構大きな家なのね……」


 目の前にある巨大な建物にサンゴは目を丸くしてしまう。直方体の形を取るその建物には、いくつもの窓がある。縦に並ぶ窓の数で見て、9つの階からなる建物であった。魔界における魔王クラス、いや魔王を束ねる魔統帥が住まう城にすら匹敵する巨大な建物にサンゴは圧倒される。


「カレンちゃん凄いところに住んでるわね。結構お金持ち、とか?」

「サンゴさん冗談キツイですよ~! これ、アパートですよ!」

「アパート……?」


 魔界では聞いたことのない単語にサンゴは首をかしげる。集合住宅の形を取ることはあっても、団地のような形を取ることの方が多いのだ。


「アパートをご存じないって、サンゴさんの方こそお金持ちなんじゃないですか? アパートって要は集合住宅ですよ。アタシはここの一室を借りているだけです」

「へぇ。こんな生活手段があるのね……」

「アパート知らないとは……いえ、バカにしてる訳じゃないのですが、箱入り娘だったりします? であれば、確かに家事について理解が疎いのも頷けますかね」

「うー……まあ、そんな所よ。両親から与えられてるお金に頼る、って生き方に少し嫌気が差してイツキの家に住ませてもらってるの」

「おおー、そう言うことですか!」


 我ながら上手い言い訳になったかも!? と内心で少し得意げになりながらサンゴは火蓮に続いてアパートへと入っていく。外見の大きさに比べて狭い通路を歩き、階段を上って並ぶ扉をいくつか越した後、


「ここがアタシの部屋です~。少し散らかってますけど、お入りください!」

 

 散らかっている、と言う言葉に謙遜の意味が含まれていると思っていなかったサンゴは、その部屋の整頓具合に唖然としてしまう。床に物が散らばっていることもなく、並べられている小物もまっすぐに並んでいる。サンゴがしばらく住ませてもらうことが決まっても尚、「客人に遠慮しすぎる日本人の悪習を俺は少しどうかと思ってだな……」と訳の分からない言い訳をぼやきながら特に片付けようとはしない一樹の部屋とは大違いだった。


「これ、どこを掃除すればいいの……これで掃除する必要があるなら、イツキの部屋なんてリフォームする必要あるじゃない」

「センパイやっぱり部屋汚いんですね、イメージ通りです! 掃除って言っても、細かな埃払ったり、ってヤツですよ~。アタシ、大掃除があんまり好きじゃないんでちょくちょく掃除してるんです」


 そう言って、火蓮は「掃除箱」と几帳面な字体で書かれた段ボール箱の中を漁る。はたきとぞうきんを取り出し、サンゴに差し出した。


「と言うわけで、ちょっとお掃除してみましょう! 烏飼センパイの部屋を掃除してあげれば、結構喜ばれると思いますよ?」

「そうね、やってみま――」


 パリンッ、と言う甲高い音で2人の間の空気が止まる。


「あっ…………」


 はたきを握り、アンティークであるコップをもう片方の手に握って振った。

 ただ、それだけの行動である。


「どどどどっ、どうしよう!!……割っちゃった」


 サンゴの右手には、バラバラに砕け散ったコップの残骸が。破片が左手に刺さった痛みよりも、割ってしまったと言う後悔からサンゴの目には涙が貯まっていく。


「いやいやいや、割れたことなんて気にしないでくださいよっ! むしろ手大丈夫ですか!? 結構酷い傷っぽいんですが!?」


 見れば右手からはポタポタと血が垂れている。慌てて火蓮は救急箱を取りに行くが、サンゴからすれば傷など気にならない。この程度の傷は戦場でいくつも負ってきたが……しかし、その分彼女は自責の念に駆られていた。


「手は全然平気……そんなことどうでもいいぐらいに……あの、本当に、ごめっ、ごめんなっ」

「はたきで割れるコップが悪いんですよー! はたきは力を抑えて、上の部分で軽くはたくだけで良いので気にせずやってみてください! 簡単ですから」


 しゃくり上げたサンゴが泣き出さないように、精一杯のフォローと助言を同時にこなす。サンゴは左手に握ったコップの残骸を見て、やはり申し訳ない気分に駆られて溢れた涙を拭った。

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