第二話 物を盗んではいけません。
商店街の端っこに位置する駄菓子屋の前に、近所の高校の制服を着た女生徒が訪れる。
青いブレザーは冬の季節にマッチし、チェック柄のスカートは校則を余裕で破るほど短いが、隠すべき場所はギリギリ隠せているあたり、この女生徒が男の視線を把握している証拠だろう。
寒さを紛らわすためか、黒いニーソックスは限界まで引き上げられ、青色のマフラーを首に巻き、オレンジ色のヘッドフォンは耳あて代わりに付けられている。
腰まで伸びた黒く長い髪をなびかせ、女生徒は駄菓子屋へと入る。
扉を開くと扉の上方に付けられていた鈴が店内に鳴った。
「いらっしゃい」
駄菓子屋に入って早々、女生徒を駄菓子屋の主であるお婆さんが迎え入れる。
店内は壁に沿ってお菓子のラックが幾つも置かれていた。
お婆さんはレジの椅子に座り、ソロバンを引いてなにやら計算をしている。
女生徒はお婆さんへろくに挨拶をかわさず、お菓子を探す。
目当てはいつも食べているロリポップ。
店の角に置かれているのを発見し、女生徒はそのお菓子の前に立ち、ちらりとお婆さんの様子を伺う。
お婆さんは未だ視線をソロバンに落としており、パチパチと作業を続けていた。
それを確認した女生徒はすばやくロリポップを片手で何本か引っ掴み、急いでポケットに突っ込む。
お金を払う気はさらさらない。
女生徒は何食わぬ顔をし、駄菓子屋の出入口に早足で向かい、扉を開くと同時に鈴の音が鳴る。
その音に反応したお婆さんは顔を上げた。
「またきてね」
ゆっくりとした口調でお婆さんが後ろから言葉を投げかけるが、女生徒はお婆さんがこちらの顔を見えないことをいいことに、鼻で笑い、駄菓子屋を出て扉を閉めた。
再び駄菓子屋の前へ立った女生徒はさっそくポケットから今回の戦利品であるロリポップを一本抜き取る。
「ちょろ。無防備過ぎだっての」
包み紙を取って地面へと捨て、パクリと口の中に放る。
奪った物を食べると味が格段に上がるような気がする。
そんなことを思いながら一歩を踏み出すと、何かが女生徒の前を塞ぐ気配がした。
「うむ! 物を素早く取るその手腕、あっぱれだな!」
ブッ、と驚いてロリポップを吹き出しそうになった女生徒は声の出処へ目を向ける。
そこには、一頭身の丸い謎の生物が立っていた。
薄い肌色の表皮はゼリーのように柔らかく、こめかみらしき部分から長い耳が生えており、地面スレスレまで垂れている。
ヒレのような手足をパタつかせ、謎の生物は女生徒を見上げる。
キモい、どう見てもキモい。
だがそれよりも先に一つツッコまなければならない。
「な、ぬ、ぬいぐるみが喋った?!」
信じられない物を目の当たりにした女生徒は口をパクパクと開閉させ、食べていたロリポップを落とす。
「俺はぬいぐるみとやらではない、クーデルだ! マスコットとなるべく日々奮闘中である」
えっへん、と胸を反らし(そもそも胸がどこにあるのかは不明だが)クーデルと名乗る生物は女生徒を見上げる。
「女よ、外からお前の行為を見ていたが、食料は質より量が大事だ。どうせならもっと大量に取るべきだな」
呆気にとられている女生徒をよそに、クーデルは口の中に手(?)を突っ込み、何かを掴むとそれを引きずり出す。
「うぇええぇ!」
大分気持ちの悪い声を上げながら、クーデルが取り出したのは箱詰めにされた数種類のお菓子だった。
「あ、あんたそれ駄菓子屋のお菓子なんじゃ……」
「そうだぞ。俺はこの駄菓子屋とやらの主、舟子に住まわせてもらっている者だ」
あのお婆さん舟子って名前なんだ、と女生徒が思っているのを他所に、クーデルは短い手足を伸ばしてお菓子箱を女生徒に渡そうとした。
「女、こいつをお前にやろう」
クーデルの行動に意味を見いだせない女生徒は大いに眉を潜めた。
「はぁ? あんた自分が何をしているか分かってるわけ?」
「ん? 俺は強者である舟子から店の物は取るなと言われているが、他人にあげるなとは言われていない」
「いや、意味分かんないし。それでなんで私にお菓子あげることになるのよ?」
「うむ、それはだな……」
と、クーデルが説明しかけると、駄菓子屋の中から舟子の声が届いてくる。
「おや、クーデルちゃん、お外に居るの?」
スタスタと駄菓子屋内から足音がし、ギクリと肩をすくめる女生徒。
クーデルは駄菓子屋から勝手に持ちだしたお菓子箱をブンブンと振り回し、扉越しで見えない舟子に手を振る。
「おー、舟子今ちょうどお前から物を奪った女と……」
何を言い出すんだこのちんちくりんは!
焦った女生徒はクーデルの口を塞ぎ、猛ダッシュで駄菓子屋の前から退散した。
商店街から離れ、近くの公園へと到着した女生徒はクーデルを投げ捨てるかのように両手から離す。
ポテ、と地面に転がったクーデルはすぐに立ち上がり、手放さなかったお菓子箱を口の中へとしまう。
「何をするんだ女?」
素で疑問に思っているらしく、クーデルは体を傾げて女生徒に質問した。
どう会話を進めたら良いのか分からない女生徒は被っていたヘッドフォンを首に下げ、頭をかく。
「何をするじゃないわよ、あんたこそ何を考えているのよ? 世話になっている所から物を盗む所か、万引きしてるあたしにそれあげる普通?」
「俺は取っていないぞ? お前にあげているんだ」
どうもこの珍獣には社会の常識というものが皆無らしく、イマイチ会話が咬み合わない。
「じゃあなんで私に駄菓子を上げているのよ?」
「それはもちろん、俺をマスコットとして認めてもらうためだ!」
むん、と鼻息を鳴らして自慢気に言うクーデルだが、女生徒は呆れた様子でクーデルを見下す。
「いや、なんでそうなるのよ?」
「俺は知っているぞ。世界にはびこるマスコットは食料が不足している者共に菓子をくれてやり、信仰を広めていると、テレビとやらで学んだ」
なぜだか頭痛を感じてしまう女生徒はこめかみに人差し指を当てる。
「それ多分イベントか何かだから。イマイチあんたの目的が分からないわね」
「ならば順を追って説明してやろう、俺の壮大な計画を!」
明らかに胡散臭い前振りをするクーデルに、女生徒は露骨に面倒臭そうな顔をした。
女生徒はクーデルと公園のベンチに座り、盗んだお菓子を広げ、クーデルのこれまでの経緯を聞いた。
ちなみに店のお菓子を食べるなと言われているはずのクーデルだが、女生徒からもらったという形ならお菓子を食べても問題ないらしく、パクパクとチョコを食べている。
ひと通り話を聞いた女生徒はおもむろに口を開く。
「それじゃあアンタは地球の侵略のためにここに来た宇宙人ってことなの?」
「その通りだ。地球人との力の差は歴然、それなら地球のマスコットとなって崇められる存在になろうという崇高なる計画を立てたのだ!」
「ふーん、頭悪いね」
その崇高なる計画をベラベラと喋るあたり特に。
クーデルは女生徒の悪口を気にした様子もなくお菓子を食べ続ける。
「だが、マスコットになるまでの道のりは思いのほか長い! 未だ俺にファンとやら出来そうにもないぞ」
女生徒に取ってどうても良い話題をクーデルは話続け、女生徒は適当に答える。
「まずは一人称変えてみたら?」
「一人称?」
「自分自身の呼び方。あんたは『俺』て言ってるけど、マスコットって自分の名前をそのまま言う奴多いと思う」
まぁ、マスコットの事なんか知らないけど、と女生徒はチップスに手を伸ばしながら心の中でつぶやく。
「うむ、つまり俺、いや、クーデルはクーデルと言えば良いのか?」
「あーそうそう、可愛い可愛い。と、もう無くなっちゃったか」
女生徒は伸ばした手が何も掴まなかったことに気付き、目線を移すと、ベンチの上に空っぽになったビニールやお菓子箱が散乱していた。
「残念だな女。まだ腹は減っているだろうが食事はこれまでだ」
クーデルは瞳に涙を浮かべて震える声で漏らす。
いや残念そうなのはアンタじゃん、と女生徒は言葉に出さずツッコミを入れる。
「あたし食べ物に困ってるわけじゃないし」
「なに? そうなのか?」
女生徒が食べ物に困っていると勘違いでもしていたのか、クーデルは少しだけ驚いたような表情をしている。
女生徒はどう説明したら良いのか考えるが、ストレートに教えてやることにする。
「男達が勝手にご飯とか奢ってくれるし、買いたい物があったらそいつらに払わせればいいしね」
イマイチ意味が分かっていないらしいクーデルは「奢る? 払う?」とつぶやき、頭の上にはてなマークを浮かべている。どうやらお金のシステムを知らないらしい。
「では、舟子から食料を取ったのはなぜだ? 腹に食料を備蓄しているのか?」
「そんな器用なマネできないわよ。憂さ晴らしよ、憂さ晴らし。友達や男達に気を使ってるとストレスが溜まるのよ」
どうせこんな珍獣に本性を晒したところで何も問題はないだろうと女生徒は思っていることをそのまま口から出した。
案の定クーデルは眉をハの字にして女生徒が言っていることを理解していないようだった。
こいつ使えるかも。
そんなことを思った女生徒は背中を丸めてクーデルと同じ高さまで目線を落とす。
「ねぇ、つまりあんたは人気者になるために私にお菓子をあげようとしたのよね?」
「うむ。俺をマスコットとして認める気になったか?」
嬉しそうに聞くクーデルに女生徒は優しくクーデルの耳を撫でる。
「んー、まだまだかなぁ」
「それなら、もっと持って来よう! それでどうだ?」
「あんたの働き次第でもしかしたら、ね」
女生徒はニコリと笑顔を振りまいてウィンクし、クーデルの頬(?)に触れる。
しばらく女生徒を見つめ、何事かを考えたクーデルは大きく頷く。
「よし、分かった! 明日さらに大量のお菓子を持ってきてやろう!」
お菓子なぞ大した額ではないが、わざわざ払う気もない女生徒にとっては持ってこいの条件だった。
それに、間接的に悪いことをしているようで、直接万引きするより快感が上回っているような気がする。
これは良いカモを見つけた、と女生徒が内心ほくそ笑むと、携帯がメールの着信音を鳴らす。
メール内容をチェックした女生徒はカバンを持ってベンチから立った。
「もう行くのか?」
「えぇ、合コンに参加する約束してたの忘れてたわ」
知らない単語だからか、クーデルは体を傾げる。
「ゴーコン? なんだそれは? 食い物か?」
「ある意味そうかもね。お金持った見栄っ張りな男がいたらおいしいわね」
ゴーコン=食べ物と勘違いしたクーデルはベンチから跳ね跳び、女生徒の腕に張り付く。
「ぬぬ! 俺も、いや、クーデルにもそれ食わせろ! ゴーコン食べたい!」
「ちょっと! ひっつくな!」
突然飛びついてきたクーデルを女生徒は腕をブンブンと振って無理やり引き剥がす。
すると、勢い余って地面に叩きつけられたクーデルは潰れたトマトのように地面に己の血をぶちまけた。
「うあ! え? な、なに?」
唐突なスプラッタが発生し、女生徒は悲鳴を上げかけた。
動揺する女生徒を尻目にすぐに再生して元の形へ戻っていくクーデル。
潰れた体は球体へと戻り、広がった血液は巻き戻されるかのように本体へと戻っていく。
ちょっとしたホラーを前に女生徒はパクパクと口を開閉させる。
「ぬぅ、ここに来てからクーデルは大分デリケートになってしまっている! もっと大事に扱ってくれ。自己修復ですぐに生き返るがその分腹が減ってしまう」
頬を膨らませて訴えるクーデルだが、女生徒はポカンと開いた口が閉まらないという状態でクーデルをまじまじと見る。
「は、半信半疑だったけど、本当に宇宙人だったんだ。気持ち悪いけど」
どうにか感想を漏らす女生徒。
すると携帯が再度メール着信音を鳴らし、女生徒の意識を引き戻す。
「あぁ、早くいかなきゃ」
とりあえずこの変な生き物については深く考えなくても良いだろう。せいぜい良いカモとして使ってやる。
そう女生徒が考えていることを露知らず、クーデルはぴょんぴょんとジャンプし、己の存在をアピールする。
「また菓子を持ってきてやる。そしたらクーデルをマスコットと認めろ。そしてそのゴーコンをいつか食べさせろ」
「んー、考えておく」
忘れ物はないと確認した女生徒はクーデルに背を向け、公園の出口へと歩き出した。
「おい女。名は持っているのか?」
聞き忘れた、という様子でクーデルが女生徒の背中越しに言葉を投げる。
隠す必要はないな、と女生徒はちらりと視線だけをクーデルに向けた。
「沙百合よ。明日ここの公園で落ちあいましょう」
肩越しでプラプラと手を振り、女生徒、沙百合は公園を後にした。
それからというものクーデルは週に三日、駄菓子屋からお菓子を取ってきては小百合に譲り続けた。
毎回公園で落合い、沙百合が時間を持て余している時、一人と一匹は公園のベンチに座ってお菓子を広げては共にそれを食べた。
沙百合とクーデルが公園で会い始めて一ヶ月が経とうとし、一人と一匹が駄菓子屋からお菓子を盗む量は日に日にエスカレートしていった。
沙百合はお菓子を他の友達にもおすそ分けしており、その分盗む量も増えていったのだ。
それをどうとも思っていなかった沙百合だが、ここ最近クーデルの様子がおかしい。
一週間ほど前からクーデルはげっそりとした様子で公園に訪れるのだ。
「あんた最近どうしたのよ?」
クーデルに気を使ったことなど、これまでに一度もなかったが、毎度疲れた表情で対面されるとさすがの沙百合も様子が気になってしまう。
「う、む。それがだな、最近舟子が出す飯の量が減ってきているのだ」
「へ、へぇ」
沙百合はチップスを口へ運びかけた手を一瞬だけ止めるが、すぐにそれを口へと投げ入れる。
「クーデルはもっと食べたいと言うのだが、舟子が言うにはどうもお金という物が不足し、食料が手に入らないらしい」
「……そうなんだ」
適当に相槌を打つ沙百合だが、お菓子程度の儲け大したことないだろうと、妙な解釈をする。
「まぁ、舟子はあまり食事を取らないらしく、最近はクーデルに食事を回しているが、どうも足りなくてな」
「はぁ?! あんたが原因でそうなってんのに何であんたがお婆さんの分の食事を取ってるのよ!」
いつの間にか盗んだ相手の気持ちになっていることに沙百合は気づき、これ以上クーデルとあの駄菓子屋に関わるのはまずいと判断する。
ここいらが潮時か。
そう思った沙百合は世話になったお礼の意味も込めてクーデルに全てを打ち明けることにした。
「お金ってのはこのお菓子を他人にあげる代わりにもらうのよ。そんで、手に入れたお金で別の食事と交換するの」
しばらく目を瞬せたクーデルは一瞬だけ間を置いて飛び上がる。
「はぁ?! それじゃあ沙百合、お前はクーデルの気づかせずしてクーデルの食料を減らしていたのか? お前策士か?! 実は軍師だったのか?!」
「いや、そうじゃないわよ。お菓子程度にお金を払いたくなかっただけ」
居心地の悪そうに沙百合は後頭部をポリポリとかく。
「なるほど、そのお金という奴を沙百合は持っていないのだな?」
「そうでもないわ。適当な男に体触らせてたらお金出てくるし」
「おぉ、それならクーデルがいた故郷でも同じ奴がいたな!」
故郷との共通性を発見して嬉しいのか、クーデルの表情が笑顔になる。
「尻を振って身を寄せては食料を請い、そうやって生きながらえ続ける雌ども。下等生物の生き知恵だな。地球のあれに似ているな……なんと呼ばれていたか、豚?」
ぎっ、と沙百合はクーデルを睨むが、振り上げた手をクーデルに叩き落とさなかった。
クーデルが言ったことに反論できなかったからだろう。
振りかざした手を腰に当て、沙百合はため息をつく。
「はぁ、やめたやめた。もうあたしにお菓子持ってこなくて良いから」
「む、そうか。そうなればクーデルの夕食も少しは回復するのだろうか」
胸(?)を撫で下ろすクーデルを眺め、せっかくのカモを失うことに沙百合はほんの少し残念がる。
お菓子程度にいちいちお金を浪費する気は未だ起きない。それだったらまた別の場所で万引きを再開しよう。
そう、今回は変にこの生物と接してしまったせいで間接的に駄菓子屋の主に情が移ってしまったのだ。
知らない相手ならそいつがどうなろうと知ったことではないし、知る由もない。
次なる万引き先を考えていると、クーデルはおもむろにポンと両耳同士を叩いた。
「むむ! 沙百合よ、クーデルに名案があるぞ! 他の場所から共に食料を奪おうぞ。そいつらのお金が不足し、クーデルと同じ目にあったところで所詮は知らない相手だ、知ったことではない! がはははは!」
ズドム、と沙百合の拳がクーデルの腹を貫き、背中まで貫通する。
「ぐぼへぇ! さ、沙百合、何を……」
口から血反吐を吐きながらクーデルは問うが、沙百合はナイフを引き抜くがごとく腕を払い、クーデルを地面へ転がす。
「私って傍から見たらアンタと同じに見えるのかな」
クーデルの返り血が主へと戻っていく様を見ながら沙百合はつぶやく。
なぜだが自分が妙に醜い生き物に見えてきたからだろうか。
「ともかく、もう駄菓子屋には近づかないわ」
しばらくは大人しくしていたほうが良いかもしれない。そう心に決めるも、クーデルは頭(?)を横に振る。
「うむ、それはそれで困るな」
「なんでよ?」
「舟子はお前がいつも食べている飴がなくなってしまう度にそれをどこかから調達していたからな。お前は大切なジョーレンという奴らしい」
ほとんど話したこともない沙百合の顔を覚えていてくれたのかと、小百合は内心驚く。
確かに、時折駄菓子屋にお金を払って飴を購入している。毎度何も買わずに立ち去ることで不審がられるのを避けるためだ。
それをあの駄菓子屋の主は沙百合を常連客と認め、好きなお菓子まで覚えていてくれたというのだろうか。
思い返せばクーデルは一度も沙百合が好きなロリポップを持ってこない日はなかった。
在庫が盗まれる度に舟子が仕入れ続けた証拠だろう。
舟子の配慮に気づいた沙百合は歯をぎしぎしと噛み、被っていたヘッドフォンを首にかけ、右手で頭を掻きむしる。
「あ~もう! 気持ち悪いなぁ!」
そう叫んだ沙百合は荷物をしまいだし、立ち去る準備をする。
「どこかへ行くのか?」
「駄菓子屋!」
キッ! とクーデルを睨んで立ち上がる沙百合。
だがクーデルは呑気にベンチに座り続けていた。
「そうか、クーデルはここでゆっくりしてから行く。今動くとお腹が減り過ぎて動けなくなってしまいそうで……」
「アンタも来る!」
むんずとクーデルの両耳(厳密には角)を引っ掴み、沙百合はベンチから立ち上がる。
「あ、待って、そんなに力入れないで、もげちゃう! もげちゃう!」
クーデルが何やら叫んでいるが、構わない。
沙百合はクーデルを片手に引っさげて公園を後にした。
いざ駄菓子屋の前に立つと、さっきまでの威勢はどこへやら、沙百合は入店するのを躊躇っていた。
「……」
唇を噛み、どうしようかと立ち往生していると、片手に掴んでいたクーデルが手で口を押さえ、笑いをこらえていた。
「あれ? あれあれ? 沙百合、もしかしてビビってる? 手から汗が分泌されてるが、ビビって動けなくなっちゃってる? ぷくくくくー!」
沙百合はぎゅっとクーデルの耳を掴む手に力を入れると、耳はいともたやすく握りつぶされた。
「ぎゃー! 冗談! 冗談です!」
自己修復によってすぐに元の形状に戻るが、同時にクーデルの腹の虫が鳴り響く。
クーデルが挑発してくれたからか、沙百合は店に入る決意をし、店の扉を開く。
「あら、いらっしゃい」
毎度のように舟子はレジの椅子に座り、沙百合が入店すると同時挨拶をした。
快く迎えてくれる舟子だが、沙百合はいつものようにお菓子を眺めず、まっすぐと舟子がいるレジの前へ立つ。
「あ、あの」
しどろもどろにする沙百合のようすに舟子は首をかしげた。
片手にクーデルをぶら下げているから尚更謎の光景に見えているだろう。
だが、沙百合はそんなことよりも、どう話を切り出すべきかと迷い、とりあえずバッグに入った財布を取り出し、万札を三枚レジの上に置く。
「あたし、その……お店のお菓子、盗んでたから、これ」
恐る恐るといった様子で沙百合は説明するが、舟子はレジの上のお金に視線を落としてこちらを向こうとしない。
しばらく間を置き、舟子はだいたいの事情を理解したのか顔を上げてまっすぐ沙百合を見つめた。
舟子は怒っているわけでもなく、ほんの少し哀しみの表情を浮かべている。
「百円のお菓子を取られたら、お店の損失は単純に百円になるというわけではないわ。損失した分を稼ぐために、他の物をさらに売らなくてはいけなくなる。そのためにはさらに時間がかかってしまうのよ」
「た、足りないならもっと払えます」
沙百合は慌ててバッグを漁るが、舟子は頭を横に振る。
「そのお金は貴方が働いて得たお金? それとも誰かからもらったお金?」
沙百合は出しかけたお金を下げ、どうしたら良いのか分からなくなる。
すると、ずっと沙百合の片手にぶら下がっていたクーデルが笑いを堪えた様子で体を震わせ始める。
「ぷぷぷー、怒られてる怒られてるー」
「アンタも同罪でしょうが!」
このマスコット締めあげてやろうか、と沙百合はクーデルの両耳を力いっぱい引っ張り上げる。
「はい! そうです! クーデルも手伝ったので引っ張らないで! と、取れちゃうから!」
泣き叫ぶクーデルは痛みから開放されるために身を捻り、沙百合の手から離れて床へと逃れた。
「あらあら、クーデルちゃんも関係しているの?」
「クーデルは物を盗ってないぞ、この女に恵んでやっていたのだ、マスコットとして!」
えへん、と自信ありげに言うクーデルだが、舟子は困った様子で微笑む。
「クーデルちゃんにはまずお金の仕組みを教えないといけないわね」
逸れつつある話題を戻すべく、沙百合はクーデルを床へ放り、舟子に視線を戻す。
「その、あたしどうしたら良いですか? やっぱり学校に連絡するんですか? ……それとも、警察に」
覚悟はしていても不安の表情を浮かべる沙百合に、舟子は優しく彼女の両手を握る。
「正直に話してくれてありがとう。どこにも連絡はしないわ。その代り、ここでしばらく働いてみない?」
「……え? どういうことですか?」
意外な申し出に沙百合はつい聞き返してしまった。
だが舟子は本気らしく、視線を外そうとしない。
「週に一度でも良いわ。ここで働いて少しずつお金を返して構わない。気に入ってくれたらその後ここでアルバイトとして通い続けても良いわよ」
「そんな、なんでそこまでしてくれるんですか?」
舟子の意図がまったく分からない沙百合は困惑する。
だが、舟子は顔のシワをくしゃりと寄せ、温かい表情を浮かばせた。
「よくここに来てくれる貴方と仲良くなりたかったし、そんな子に万引きをして欲しくないからよ。もっと自分を大事にして」
優しく言葉をかけてくれる舟子に沙百合を良いように利用しようという裏の目的などがないことは目を見て分かる。
沙百合は今までにこんなにも優しくしてくれた相手に合ったことがなく、戸惑いながらも頷く。
「今度は飴をちゃんと買ってね?」
「……はい」
このお婆さんは他とは違うのかもしれない。
舟子と接してそう感じた沙百合だが、その思考は床に転がっていた珍獣により遮断される。
「ふははは! ということは沙百合はクーデルの後輩ということだな? これからはクーデルのファンとしてではなく奴隷として扱ってやる!」
空気も読まずにクーデルは高笑いを上げ、沙百合の前をピョンピョンと跳ねまわる。
とりあえずあとでこの珍獣をボコボコにしてやろう、と沙百合は心に決めた。
というわけで第二のヒロイン、ビッチ系少女、沙百合ちゃん登場回。
正直不安になりながら書いてました。息抜きのつもりが内容的に息が抜けない……どうしてこうなった。
次回最後のヒロイン登場。