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第一話 乱暴をしてはいけません。

 白銀の剣が振るわれ、悪魔のような姿をした魔物達を薙ぎ払う。

 優に五十もの死体を積み上げ、その頂点に一体の影が二本足で立つ。

 その者もまた他の悪魔達と容姿が似ているも、禍々しさが目立っていた。

 鎧のような甲殻が体全体を包み込み、こめかみからはドリルのような角が二本高々と伸びている。

 槍のような尾には他の悪魔達の血がこびりついていた。

 刺と思わせる指は剣を握りしめ、刀身からはこれまで幾千もの強者達を打ち倒したと思わせる死の匂いがただよっている。

 フェイスマスクを思わせる顔には鋭く赤い両の目のみが存在し、鼻や口はない。

 黒い雲が空全体を覆い、荒れた荒野には光が一切差し込まれおらず生命の活気を感じさせない。


「あぁ、ぬるいぬるい! ぬるすぎる! これで終わりか?!」


 二メートルほど長いしっぽを振り、背後から襲いかかってきた別の悪魔を叩き落す。

 ほとんどの敵を討ち取ったと判断した悪魔はゴキゴキと首を鳴らす。


「これでこのあたりの食料と雌共は俺らの者だな、長よ」


 くるりと悪魔は後ろへ振り向くと、四足歩行の毛むくじゃらの何かが歩いてきた。

 伸びきった毛は地面にまで触れ、頭らしい部分からは角が二本まっすぐ飛び出ている。

 一族の長らしいその悪魔は、毛の間から鋭い瞳が覗かせ、死体の山の上に立つ悪魔を捉えた。


「クーデルよ、貴様はこの惑星で最強と言っても良いだろう。おかげで我らグロースター族の支配は惑星全体に行き通っていると言っても良い」


 クーデルと呼ばれた悪魔の武人は高らかに笑い、剣を腰の鞘へしまう。


「あぁ、その通りだ。この惑星の理は俺の性にあっている。弱肉強食、強い者が全てを得、そして崇められる。腹が減れば他者から奪う! 強ければ女は勝手に寄ってくる! 至極単純明快!」


 高らかに笑うクーデルだが、対照的に長は静けさを保つ。


「だが、そろそろこの星の寿命も近づいてきていると言っても良い」

「なんだと?」


 ぴたりと笑うのを止め、クーデルは長へと視線を落とした。


「我々角持ちである強者が角なしである弱者共をほとんど狩り尽くしてしまい、使い倒す奴隷はおろか、食料がなくなってきた」

「ふむ」


 いざとなれば弱者共を食べることもできるのだが、それだと奴隷がいなくなってしまうか、と答えに行き着くクーデル。


「そこでじゃクーデル、貴殿に頼みたいことがある」

「頼みとは?」

「こいつを見て欲しい」


 そう言って長は眼光をさらに強め、クーデルを睨む。

 グロースター族の能力が発動し、念を通してクーデルの脳内にとあるビジョンを見せる。

 そこに写ったのは真っ黒な空間に浮かぶ青い惑星だった。


「おぉ! なんと美しい! これはなんだ?」

「どうやらこの星に住んでいる者達は地球と呼んでいるそうじゃ」

「地球! これほどまでに資源が豊富な惑星もあるのか! 長よ、俺にこの地球へ進軍して欲しいのだな?」


 すぐに意図を汲んだクーデルは赤い瞳をギラギラと輝かせた。

 新天地が既に用意されていたと知れば、今すぐにでも飛んでいってやる。

 たぎる心を爆発させたいと、クーデルの握りこぶしがきつく結ばれる。


「あぁそうじゃ。この地球は我々とは別次元に存在しているゆえ、一人を飛ばすのに我の力を数年貯める必要があるのじゃ」

「ふむ? それだとグロースター族全員を飛ばすのに時間がかかるのでは?」


 まさかここまで見せられてお預けを喰らうのかとクーデルは一瞬だけ殺気立ってしまう。

 だが、長は冷静に首をふる。


「そのために我々は次元の壁を壊す作業に入る。その間、部族の頂点に君臨しているお前にこの地球の制圧を頼んでおきたい。地球に存在する知的生命体、地球人を支配下に置いてもらいたいのだ」


 長の提案にクーデルは肩を震わせ、腹の奥から笑い声を出した。


「ふはははは! 長よ! 俺におあつらえの仕事を回して感謝する!」


 足を引っ張るような輩はいらない。

 己はただ一人の武人として地球へ馳せ参じ、地球を支配してくれよう。


「任せるぞクーデル。次元を飛び越える際、向こうの世界の原理に同化するための最適化が働き、貴様の容姿がある程度変わるが、戦闘には問題ないはずじゃ」


 長々とした説明は性に合わないクーデルは両の拳を打ち付け空を見上げる。


「さぁ、すぐに俺を飛ばせ! 地球人とやらを血祭に上げてやろう!」

「ゆけ闘神よ。地球を我らが第二の星とするのじゃ」


 長が二本の角を空へとかざすと、雲が二つに割れ、光がクーデルを照らした。

 見えないなにかに導かれるようにクーデルの体は上空へと引っ張りあげられ、やがてクーデルは粒子となって消えていった。



「う、む」


 視界を覆い尽くしていた光が薄れ、クーデルの視野が広がっていく。

 どうやら降り立ったのは住宅街らしく、周りには一軒家が多い。


「ほう、大きな建造物が多い……いや、これは……」


 異変に気づいたクーデルは己の手のひらを見る。

 刺のように伸びていたはずの五本の指は喪失し、まるでヒレのような手のひらに変わっていた。 


「こ、これが最適化……だと?!」


 手(?)をわなわなと震わせ、クーデルはあたりを見渡す。

 道の脇に設置されたカーブミラーを発見し、そこに映しだされる己の姿を捉えた。


「なんじゃこりゃああぁぁぁ!」


 そこにあったのはかつて禍々しい鎧を着込んだような悪魔の姿とはほど遠く、どう見ても別の生物だった。

 等身は八頭身から一頭身へと変換され、体は球体を形どっており、ヒレのような短い手足がそれぞれ生えている。

 目は鋭さを失い、星が煌めいているかのように赤く、口は小さく、左右の頬にはヒゲが三本ずつ伸びていた。

 二メートルはあったであろう身長は今では七十センチまで縮み、クーデルの視野は一気に狭くなる。

 雄々しくそびえ立っていた二本の角はうさぎのような長い耳へと変形し、垂れ下がっていた。

 鋼のように固かった甲殻はどこへやら、今では薄い肌色の表皮はゼリーのようになり、ためしに頬を手で叩いてみると、ぷるるんと実に柔らかそうに揺れる。


「ふ、ふむ、まぁこれから慣れて行けば良い。今からこの惑星を支配すべく、俺は地球人どもを強襲し、屈服させ、陵辱の限りを尽くすのだからな!」


 さぁ最初の獲物は誰だと、あたりを見渡し、広場らしい場所で少年少女達がボールで遊んでいる姿を発見する。


「くくくく、地球人の幼体か。ちょうど良い! 腹も減ったところだ、まずはその身を俺の糧となってもらおうか!」


 悪魔のごとく笑ったクーデルは脱兎の如く駆ける。

 短い足を動かす度にピョコピョコと謎の音を発しながら、クーデルは子ども達へと接近する。

 が、クーデルの接近に気づいていない子供たちはボール遊びを続けた。


「いくぞ金太! そら!」


 少年が別の子供へとボールを蹴るが、狙いがズレ、風を切り裂きながらボールは宙を走り、クーデルの顔面に直撃する。


 ドグシャア!


 まるでゼリーが弾けるような嫌な音を鳴らし、飛んできたボールはクーデルの顔を打ち付けるだけでなく、文字通りめり込んだ。

 スピンがかかったボールはクーデルの表皮を抉り、ぐいぐいとクーデルの顔へと埋まっていく。


「ぴぎゃぁ!」


 悲鳴にもならない声をあげ、クーデルはボールを顔面に埋まらせながら倒れた。


「うわ、やべぇ! 変なのに当たっちまった!」


 事態に気づいた子供達は駆け足でクーデルへと近づいていく。

 しばらく痙攣けいれんしていたクーデルはゆっくりと立ち上がり、ボールが顔面から剥がれて地面を転がる。 


「くくく、小童共の分際でこの俺の顔に傷をつけただと?」


 ゆっくりと顔を上げたクーデルが、近づいてくる子供たちを捉える。

 右目は焦点を失い、歯はボロボロに欠け落ち、鼻は曲がってはいけない方向に曲がっていた。


「舐めてくれるなよ!」


 ボールによって顔面をめちゃくちゃにされたクーデルは子供たちへと襲いかかる。


「うわ、気持ち悪ぃ! あっちいけ!」


 飛びかかってきたクーデルを、子供達が反射的に応戦した。

 飛んできたクーデルをチョップではたき落とし、グシャリと顔面から地面へ落ちた。

 クーデルは再び立ち上がるも、すぐさま追い打ちの蹴りによって地面を転がる。


「な、なんだこいつ、弱っちいぞ!」

「でも、気持ち悪ぃ!」


 子供たちは優勢であるにも関わらず顔を引きつらせながらクーデルを殴り続ける。

 クーデルは殴られる度に顔が歪んでいき、ついには血反吐を盛大に吐いた。


「う、うわぁ! なんか出た!」

「に、逃げようよ!」


 さすがに気味悪がった子供達はそれぞれが叫びながら広場を走り去る。

 あたりに血を撒き散らし、うつ伏せに倒れていたクーデルだが、ぴくりと体を動く。

 すると、広がっていた血がクーデルの体へと手繰り寄せられるかのように戻っていった。

 歪みに歪んだ顔も修復され、元の謎な生物へと回復。


「ち、地球人強エエエェェェ!」


 ガバリと両手で起き上がったクーデルの第一声がそれだった。


「え、何? 何もやり返せなかったぞ? 幼体であの力だと成人体はどうなるんだ?!」


 動揺を隠しきれないクーデルは思考を巡らせ、先の惨事を検証する。


「俺の力が最適化で落ちているのか? だが、自己修復は働いているし、念話で地球語も理解できている」


 なぜだなぜだと何度も自問自答を繰り返すが、答えはまったく見つからない。

 ぐー。

 途端、どこにあるのかは不明だがクーデルの腹の虫が鳴った。


「い、いかん自己修復を使ったせいで腹が減った」


 能力を使うにせよ、その分だけ腹が減るのは地球でも同じのようだった。

 どうしたものかと考えていると、クーデルの鼻らしき部分がひくひくと動く。


「む、遠くから食べ物の香り!」


 完全に回復したクーデルは再び駆け出し、ピョコピョコと匂いの出処へと向かった。



 グロースター族が持つ万能能力『ゴツ・ゴウ』は自己修復能力と念話能力による会話の翻訳だけに留まらない。

 視覚する文字の解読も可能にし、おかげでクーデルも看板の文字を読むことが可能になる。


「ショウテンガイ?」


 とはいえ、意味までも教えてくれるわけでもなく、クーデルは今いる商店街が一体どのような場所なのか知らない。

 だが、食べ物の匂いがあたりをはびこっており、能力を使ったクーデルにとっては今すぐ匂いの出処へ突撃したい気持ちになる。


「ふん、さきほどの小童共に負けたのも腹が減っていたからだろう。まずはここで食事にありつき、再び地球の征服へ取り組むとしよう」


 店を眺めつつ、クーデルは商店街の中を歩く。

 すれ違う人々がクーデルに妙な視線を送るが、当の本人はまったく気に咎めず、目ぼしい食べ物を探す。

 すると、とあるお店の前に、何匹もの魚が並べて置かれていた。


「むむ、生物がこんなところに落ちているではないか。腐る前にいただくとしよう」


 トレイの上へと登ったクーデルは魚の一つへと手を伸ばす。

 が、店の奥に立っていた魚屋さんがそれを見逃すはずもなく、顔を強張らせ、怒号を上げる。


「くらぁ! どこの兎だお前?! 家の魚を勝手に食べるんじゃねぇ!」


 魚屋さんは丸めた新聞紙でクーデルの脳天に殴りかかってきた。

 すると、新聞紙はクーデルを叩くどころか頭を二つにかち割り、出てはいけないものが出てしまう。


「ぬが!」


 奇妙な叫び声を上げ、クーデルは噴水のように血を噴射させ、転がり落ちる。

 だが、すぐに立ち上がったクーデルは魚へと飛びつこうとした。


「うお! なんて物を店の前で出してやがる! さっさとどっかいけ!」


 気持ち悪い生物へ、魚屋さんは怒り任せに足を振った。

 尻(?)を蹴られたクーデルは有に十メートル近く吹き飛ぶ。

 地面の上を何度もバウンドし、道路に血でできた軌跡を刻んでいく。

 うつ伏せに倒れたクーデルはどうにか意識を保ち続けていた。


「べふぉ! な、なんという怪力、これが地球人の力だとでも言うのか?」


 こんな経験今までにない。故郷で一度も敗北を味わったことがない己が今の時点で数回負けているだと?

 クーデルの心の中に悔しさが広がり、治ったばかりの歯で食いしばる。

 通行人が何かを叫んで距離を取る中、クーデルはピクピクと体を震わせ、立ち上がった。

 自己修復は自動的に行われ、クーデルの傷はあっという間に塞ぐが、その分腹も減っていく。


「く! 俺は屈さぬぞ! 俺はクーデル! 弱肉強食の世界の頂点に立つグロースター族、クーデルなのだからな!」


 獣のように吠え(実際にはヒヨコのような声で叫び)、クーデルは商店街を走り回る。

 しかし、八百屋、レストラン、スーパーなど、片っ端から乱入し、その度に騒がれ、打ちのめされていく。

 耳(実際には角)がもがれ、手足はズタボロ、目は何度かポロリと落ちた。

 常時発動される自己修復により、クーデルの命は繋がれるも、腹は底なしに減っていく。


「く、食い物をぉ、よこせー」


 不死の肉体を持つも、ゾンビのようにのろのろと歩くクーデル。

 どこかに食べ物は落ちていないかと思い、ふと横を見ると、野良犬が落ちていたパンくずを食べていた。


「地球の下等生物どもか。貴様らが食っているそれを寄越せ!」


 野良犬にまで襲いかかるクーデルだが、当然のごとく返り討ちにあい、むしろ逆に食われかけてしまう。


「ぎゃあ! や、やめて! 出たらダメな物が出ちゃう!」


 クーデルの味が口に合わなかったのか、野良犬はクーデルを道の脇に捨て、何処かへと去っていった。


「ば、馬鹿な。腹が減っているとはいえ、このクーデルがここまで地球の生物に劣るというのか」


 フラフラと立ち上がったクーデルは、おぼつかない足取りで商店街を彷徨う。


「く……は、腹が減りすぎて、もう動けなくなってしまう」


 最後の力を振り絞り、クーデルがたどり着いたのはとある駄菓子屋。

 開いていた扉を抜けると、お婆さんが一人、お菓子置き場を整理していた。


「おや、珍しいお客さんだね?」

「くく、地球人の老体か。力が衰退している貴様に、俺が引けを取るはずがない!」


 目を血走らせ、クーデルは先の尖ったヒレのような手をお婆さんに向ける。


「あら、兎が喋った」


 対するお婆さんは呑気にクーデルを観察している。


「さぁ、俺に食い物を寄越せ、地球じいぃ、ぃ〜んっーー」


 語尾を弱まらせ、途端に力が抜けたクーデルはへなへなと床に倒れた。


  

 俺の武勇もここまでなのか。

 真っ暗な視界の中、クーデルはふと脳裏でつぶやく。

 だが、体の感覚が少しだけ戻り、何かの上に寝ていることに気づいた。


「ん、これは……?」


 うっすらと開かれた目が最初に見たのは木製の天井だった。

 クーデルの下にはタオルが敷かれており、その上に体を仰向けに寝かせられていた。

 体は未だ動かず、クーデルは視線だけを横へと向ける。

 そこにはさきほどの駄菓子屋のお婆さんが畳の上に置かれたテーブルの前で正座し、みかんの皮をちぎっていた。

 どうやらさきほど倒れた店の奥にある部屋らしく、小さな和室にはお婆さんとクーデルしかいない。


「おや、目が覚めたのかえ?」


 優しく微笑むお婆さんだが、クーデルは睨みをきかせる。


「貴様が俺を介抱したのか?」

「えぇ。お店の前で突然倒れたんだから、びっくりしたよ」


 ゆっくりとした口調でお婆さんは言い、ちぎったみかんをテーブルに置いた。


「それより、最近の兎は喋るんだねぇ。世の中便利になったわねぇ」


 しみじみと言いながらお婆さんは感想を漏らす。

 他にツッコミべきことがあるのではないか? とクーデルは言いかけるも、別の言葉を投げる。


「なぜ俺を助けた? 俺は弱者だぞ。弱者はただ飢え死ぬのみ、それをなぜ助けた?」


 警戒の色を解かないクーデルだが、お婆さんは再び微笑む。


「おやおや、そんなことを言ったら私もとっくの昔から弱者だし、今頃飢えて死んでるわ。それでも生きている、なぜだか分かる?」


 逆に質問をされたクーデルはしばらく考えるも、答えが見つからず頭(?)を横に振った。

 すると、お婆さんはクーデルの傍に寄り、さきほどの剥いたみかんの欠片をクーデルの口へと放る。


「こうやって寄り添って生きているからよ」


 果汁がクーデルの口の中に広がり、酸っぱさと甘さが混ざった味が舌を伝う。

 ほんの少し腹が満たされ、クーデルの活力が蘇り始めた。

 その様子を見たお婆さんは満足そうに頷く。


「人から物を乱暴に奪っては、奪われた人は困ってしまう。でも、おすそ分けならできるかもしれない。お喋りもできて、お腹も膨らんで、仲良くなって、一石三鳥ね?」


 善意、という言葉を知らないクーデルには、お婆さんが言っている意味が半分しか理解できない。

 だが、なぜだか心を優しく触れられたような感覚に陥り、クーデルはポリポリと頬をかく。


「ところで貴方、名前は? どこから来たの?」

「クーデルだ。 グロースター族が住まうカイナという場所から来た」

「カイナ……そんな動物園あったかしらねぇ?」


 はて、とお婆さんは頬に手を当てて考えるが、心当たりがないらしい。


「俺は根無し草だ。まだここへは来たばかりの身ゆえ、これからあちこちを回る」


 敵の生体と攻略法を探すため、とまでは言わなかった。

 すると、お婆さんは嬉しげに両の手をポンと叩く。


「行く所がないのなら、私の家に好きなだけいて良いのよ。家には私一人しかいないからねぇ、ちょうどペットが欲しいと思っていたころなのよ」


 ペットとは何なのか分からないが、クーデルにとってその申し出は正直ありがたかった。

 だが、誰かかた助けてもらう、という経験も、ましてやそんな文化すら存在しなかった世界に住んでいたクーデルにとって、お婆さんの行動は謎以外のなにでもなかった。


「うむ、分からないな。なぜそうまでする?」

「貴方には行く場所がないから、私は話し相手が欲しいから。それだけではダメかしら?」


 笑みを崩さないお婆さんに、クーデルは複雑な表情を浮かべる、

 地球人は高い戦闘能力を持っている上、他者を助けると、よくわからない行動をするな、とクーデルは心の中で感想を言う。

 会話が途切れたからか、お婆さんはリモコンを操作してテレビの電源を入れた。

 すると、テレビのモニターに番組が映しだされた。

 それを見たクーデルは目を見開く。


「な、なんだこれは?!」

「あぁ、クーデルちゃんは分からないかえ? これはテレビと言ってね、遠くの出来事を見る物だよ」


 なぜかちゃん付けされたが、それは今は放っておく。

 それよりも見たこともない技術にクーデルは驚きと関心を寄せるのに精一杯だった。


「地球人の念話能力か」


 異文明を初めて目の当たりにしたクーデルはテレビ番組を食い入るように見る。

 画面にはクーデルの現在の容姿と同じような一頭身のキャラクターが子供たちと笑顔で歌い、踊っていた。


「お、おい。このテレビとやらに映っているこの者は誰だ?」

「あぁ、これかい? これはマスコットキャラクターと言ってねぇ、私もあまり詳しくないのだけれど、最近流行っているらしい」


「マスコット……キャラクター」


 オウム返しで名前を言うクーデル。

 マスコットキャラクターが子供達と一緒に踊って歌う様は、まるでクーデルが母星にいたころ、他種族を打ち滅ぼし、戦果を上げて故郷に帰った時に同じ部族達がクーデルを崇める姿と非常に良く似ていた。


「皆から愛されているということだよ」


 お婆さんの丁寧な説明をクーデルは素直に聞き入れる。

 視線をテレビに戻し、何事かを考えるクーデル。

 テレビの中のマスコットキャラクターは子供達に熱狂され、あまつさえ大人にも握手をせがまれているではないか。

 狂信じみたその光景をしばらく眺めたクーデルは勢い良く立ち上がる。


「これだ! これを使えば良いではないか!」


 突然立ち上がって大声を上げても動じないお婆さんは肝が座っていると言っても良いだろう。


「ご老人! 貴様の提案、受けてやろう。俺がするべきことを見つけた」


 それは良かった、とお婆さんは言葉使いの悪いクーデルを責めることなく変わらず微笑む。


「ここを拠点に俺は地球のマスコットキャラクターとなろう!」


 地球人の戦闘能力は想像を遥かに超えるほどに高く、とても武力により支配は望めそうにない。

 ならば逆の手段で軍門に下せば良い。誰からも崇められ、愛される象徴として上級個体と認識されれば良いのだ。

 そう、このマスコットキャラクターとやらのように。


「見える、見えるぞ! 俺の華々しい未来が!」


 クーデルが高らかに笑い、お婆さんが茶をすする。

 今日この瞬間より、クーデルの長い地球生活が始まった。

次回二人目のヒロイン出ます。えぇ、お婆さんもヒロインですとも。

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