戦い
静かな森の中で2人が向かい合う。
魂の収集家に変身したユウと、床に座ったままのレンだ。
「何逃げた上に物盗んでんだ?」
ユウは、しゃがんでレンと同じ目線にして目を細めて呆れた声で言った。
彼が頭に被っている兜はフルフェイス型なので、レンからはユウがどんな表情をしているのか分からない。もし見えていたとしても、今のユウの顔には皮が付いていなく剥き出しの筋肉のみだ。きっと見たとしたら、レンは怯えていただろう。
「あ、あんた…あの時の人族…?」
レンは、目の前の異形がユウだと信じ切っていないのか、自信無く彼に問いた。
「口の聞き方を知らない奴だな…そうだよ、お前に借金抱えさせられた男だよ」
あんたあんたと会った時から言われ続けたユウは、不満げに彼女の問いに答える。
「魔装士だったのね…初めて見た…」
「魔装士………?」
ユウは初めて聞く言葉に考える。
「(魔装士…どっか聞いた事あるような…あー、あれだ。WAGの日本鯖でプレイした時に特撮好きっぽい奴が軍神に変身する時に言ってたな。神装!とかポーズ決めて叫んでたわ、確か。そっから変身する時に神装って言うのが日本鯖のローカルルールになったんだっけか。多分こいつが言ってるのはそんな感じだな、うん)」
補足だが、WAGでは通常時は自分の設定した人族、獣人族、耳長族等のアバタ―で生活し、戦闘時のみ、軍神を体に宿して戦うシステムになっている。
「魔装士だよ、魔装士」
「でも、どうしてあたしがここにいるってわかったの?」
「あんだけ大きな声で叫ばれて大きな音も立てられたら嫌でも聞こえるよ」
呆れ声でユウは言った。
「あー、木の実が落ちて来た時とトロルを倒したときね…」
「起きたら荷物が荒らされてるし、レンもいないから声がした方に来たんだよ。案の定ここに着いたらお前がいて、斬りかかられそうで魔装しなきゃ間に合いそうに無かったから魔装してさっきの奴を蹴り飛ばしたんだ」
「なるほどねー、ってちょっと!後ろ!」
ユウの背後にはトロル・ウォーロードが立つ。
レンが叫ぶと同時にユウは振り向きざまに甲冑を纏った足でハイキックをそれの側頭部に放った。
大きな音と衝撃を放ち、蹴りが当たる。
蹴りを当てられた本人は顔が右に90度曲がり、頬を切ったのか口から紫色の血が流れる。しかし、体は微動だにせず、ユウの蹴りで動いたのは顔のみであった。
トロル・ウォーロードは顔をそのままにして口に入った血を地面へと吐き出す。
最初にユウがトロル・ウォーロードに当てた飛び蹴りは、トロル・ウォーロードがレンにのみ意識をゆかせており、完全に不意打ちであったからダメージがあったのだろう。ユウを狩りの邪魔する者と判断した今、トロル・ウォーロードは戦闘状態へと移行しており、以前の状況とは違っていた。
「お堅いのね」
ユウが苦笑いで言う。
トロル・ウォーロードが顔を元の位置へ戻す。山刀を持たない左手で、側頭部に当たったままのユウの足首を掴み、力強く彼を放り投げた。
投げられたユウは地面を派手に転がってゆき、木にぶつかり止まる。
「おまけにすげぇ馬鹿力」
トロル・ウォーロードが体をユウに向ける。
「ドウゾクデモ エモノ カスメトルナラ ヨウシャ シナイ」
「同族って………俺が!?」
親指で自分を指さしてユウは言った。
トロル・ウォーロードは沈黙でそれを肯定する。その奥にいるレンは、無言で頷いていた。
兜の中で、ユウは露骨に嫌な顔をした。
「違う!俺はお前らよりもっと美形だ!!」
兜の中は間違えても美形ではない。
黒いハゲた筋肉だ。
「チガウノカ、ナンデモイイガ ジャマヲスルナラ コロス」
トロル・ウォーロードは、ユウの口から出た否定の言葉を一瞬訝しがる。が、すぐにユウが敵対すると判断し、戦闘の構えをとった。
「そいつには貸しがあるんでね、諦めてもらうぜ」
そう言ったユウは、立ち上がると同時にトロル・ウォーロードへ走り出した。それとの距離が両者の攻撃が届く距離になった時、ユウは、牙の生えた顔に向けて左ジャブ・右ストレートのワンツーを繰り出す。手甲を付けた拳が空気を切り、風を切る音が鳴った。だが、当たる寸前の所でジャブは顔を左に反らし、ストレートはダッキングでトロル・ウォーロードに避けられる。
ユウの右ストレートを躱した事で出来た隙をトロル・ウォーロードは見逃さない。トロル・ウォーロードは、ダッキングで屈んだ姿勢から左のボディーアッパーを甲冑の付いていないユウの腹に叩き込んだ。衝撃がユウの腹部を突き抜ける。
「――――ガハッ」
ユウは踏鞴を踏んで後ろに下がり、その痛みから屈む。彼の口から青い血が吐き出た。
屈んだユウにトロル・ウォーロードは追撃する。助走をつけて山刀でユウの頭を目掛けて斬りかかった。頭上からの斬撃に反応したユウは、それを右の手甲から生えた二本の剣で受け止める。そして、それを弾き、後ろに飛び退いて距離をとった。
「やるじゃねぇか…」
ユウの兜の付け根から首に沿って青い血が流れた。
ユウは、手甲の爪でトロル・ウォーロードを攻撃するのを忌避していた。よって、打撃でトロル・ウォーロードを気絶させる事に固執している。何故なら彼が今居るのは異世界で、何が良くて何が悪いのかまだ分かっていない。言葉を話すトロル・ウォーロードはレンと同じこちらの世界ではありふれた人種なのか。レンや自分を殺そうとする者だが、もし自分がトロル・ウォーロードを殺した場合、自分は犯罪者になるのか。ユウには判断材料が余りにも少な過ぎるのだった。
「(とりあえず…攻めるしかねぇな!)」
体勢を立て直し、ユウは素早くトロル・ウォーロードに近付く。そして、右手の爪で相手の目を狙って高速で放つが直ぐに引き戻す。
ユウが掻けたフェイントだ。それに少し反応したトロル・ウォーロードだが、完全に騙されていない。
トロル・ウォーロードは、ユウが右手を引き戻した直後に現在進行形で自分の顔に目掛けて放つ右足のハイキックが本命と踏み、左腕で防御の構えをとる。
だが、ユウの右足は防御のために構えたトロル・ウォーロードの左腕に当たらない。ハイキックもフェイントであり、二段構えだったのだ。
ユウはトロル・ウォーロードには当てず、そのまま振り切ることで蹴りを加速して、トロル・ウォーロードの横腹に自分が持てる力を全て使った渾身の回し蹴りを叩きつけた。
蹴りが命中した所から轟音が鳴る。
その場でトロル・ウォーロードがよろめいた所で、ユウはおまけだと言わんばかりに勢いをつけてそれの顔面に逆回し蹴りを放つ。踵の甲冑がトロル・ウォーロードの蟀谷にめり込む。
蹴りの衝撃でトロル・ウォーロードは、地面と擦れながら横薙に吹き飛ばされた。
「これで終わりだ」
ユウは、倒れているトロル・ウォーロードに戦いの終わりを告げた。
が、それは立ち上がった。
「…キサマ…ヤルナ……」
蟀谷からだらりと血を流しながら、トロル・ウォーロードは微笑んで言った。
トロル・ウォーロードは、戦いを何よりもこよなく愛す戦闘狂であり。ユウとの戦いを純粋に楽しんでいた。それの笑顔はそういった背景から来ている。
「………マジでタフだな、大将」
ユウは、渾身の一撃が決まったにも拘らず、立ち上がるトロル・ウォーロードを見て呆然として言った。
「ダガ、 ナゼ ソノ ブキヲ ツカワナイ?」
不満な表情でユウが両手に付ける手甲の爪を指して言った。トロル・ウォーロードは、ユウが持てる力の全てを使って戦っていないのが気に食わない。
「いやー、だって大将を殺したら犯罪者になるかもしれないし………なぁ?」
ユウは離れた場所に呆然と座り込むレンを見て言った。
レンは、先程まで高速で繰り広げられていた戦闘が信じる事ができないでいた。通常、トロル・ウォーロードは上位の魔術師が複数で遠距離から魔術を一方的に放って倒すものである。トロル・ウォーロードの力は、トロルの力の何倍もあり、近接戦闘を仕掛けるのはありえない。なので、トロル・ウォーロードと互角、いやそれ以上の遣り取りをするユウに驚いていた。
「おーい、レーン。どうなんだー!?殺したら犯罪者になるのかー!?」
放心状態になっているレンに催促するように大声でユウが聞く。
「あっ、えーっ、なんていったのー!?」
心を取り戻したレンは、先程までの言葉が耳に入って来ていなかったので、もう一度ユウに律儀に大声には大声で対応して聞いた。
「だからー!この人殺したら俺は犯罪者になるのー!?」
「ならない!人じゃなくて魔物だし!!むしろ殺したら報奨金がでるわよー!!」
「なにっ!!」
借金を負わせたレンを追いかけてみれば、よく分からない緑色のおっさんと戦う羽目になって、一文にもならない命の遣り取りをする状況になり、ユウは己の不運を呪っていた。
しかし、金が貰えるとすれば話は別である。ユウに、トロル・ウォーロードと戦う意欲が湧いた。
彼の中では、金を貰える、イコール、仕事という方程式があるからだ。彼は、WAGの傭兵ゲーマー時代から仕事に対してはストイックである。仕事に私情は挟まない。例えWAGの中で敵国の傭兵の一人が家族の病気を癒すために参加しようが、負ければ殺される状況にあろうが、一切情を見せて相手に勝利を譲ったことは無かった。彼の私生活が駄目人間でも、仕事に対しての信念だけは、一本筋が通っていた。
「だとさ、大将。悪いが仕事だ。死んで貰う」
ユウが声のトーンを低めて言った。
「ウケテタツ」
掛けられた言葉にトロル・ウォーロードが短い言葉でそれに応じた。
ユウは手のひらを上にして、自分の方向へ4本の指を曲げる動作を2回する。トロル・ウォーロードに今度はお前がかかってこいと挑発していた。
トロル・ウォーロードは挑発に応じてユウに向かって高速で走りこんだ。そして、勢いをそのままに飛び上がり、空中でユウの頭に向けて回し蹴りを放つ。
ユウはそれをスウェーバックで寸前の距離で躱した。が、トロル・ウォーロードから放たれたのは回し蹴りだけではない、上半身を捻らせて遠心力を使って山刀をユウに斬りつける。
左手の爪でその剣筋を沿らす。ユウの想像よりトロル・ウォーロードの剣筋が良く、沿らし切れなかった山刀がユウの兜に火花を散らしながら掠る。
眼前の兜が掠れて出た火花がユウの左目に入り、焼けた。
山刀による斬撃を躱したユウは、サイドステップで横に移動し、トロル・ウォーロードの通り様に右手の爪でその首筋を一閃。
トロル・ウォーロードは、飛んだ勢いをそのままに地面を激しく転がった。倒れたその体の首から血が滝のように溢る。
辺りに血の匂いが漂うと、トロル・ウォーロードから魂が浮び出た。
「大将もかなり出来る男だったぜ」
ユウは、もう動かなくなったトロル・ウォーロードに声を掛け、右手をピッと払い、爪に付いた血を払った。魂がその手に吸収される。
「おーい、終わったぞー!!」
ユウはレンに向けて大声で言いながら彼女に近付いた。レンは、未だ腰が抜けて立てないでいる。
「や、やったの?」
「間違いない、もう死んでる」
地面に転がるトロル・ウォーロードの死体を不安げな目で見てレンはユウに聞いたが、魂を確認した彼は、それの死を断言した。
「で、どうやったらあの緑色したおっさんの報奨金貰えんだ?」
ユウが親指と人差し指を擦り合わせて金のジェスチャーをする。素手でやるとスリスリと音がする所だが、ユウの装備している手甲の指は、金属であった。なのでガリガリと耳に触る音がした。 そもそも、このジェスチャーが異世界クードには根付いて無く、レンには全く通じていない。
「あたし、魔物を狩った事ないから分かんない…討伐部位を持っていけばいいらしいけど……ごめん」
「急におしとやかだな!」
擦れた生意気な餓鬼だとユウは彼女の事を思っていたが、急にしおらしくなった彼女に驚いた。実際の所、レンは一人身なので相手に舐められない様に強気なのであって、性格は明るい少女のそれだ。
「でも、取り敢えず首を持っていったら間違いないと思う」
「発想が猟奇的だな。年頃の少女がそれでいいのかよ」
「うるさいわね!知らないから仕方ないじゃない!!」
レンはそう言って、腰が抜けた直後なので千鳥足でトロル・ウォーロードの死体の傍の山刀を拾う。そして、トロル・ウォーロードの首をそれでゆっくりと切り取った。ユウに猟奇的だの年頃の少女がそれでいいのかと言われたレンは、自分が言った手前、意地になってうっと吐き気を催しながらその行動をとった。
「(ヤダ!異世界の少女可愛い顔してコワイ!!)」
だが、ユウはレンが意地になっている事は知らず、異世界の少女は皆猟奇的な行動を平然とやってのける!!と思っていた。
「あー、あとレン。その首まで持って逃げるなよ」
ユウはトロル・ウォーロードの首を持ったレンに逃げないように釘を刺した。彼女は一度ならず二度までも逃げ出したので、ユウからの信用が皆無であった。
「に、逃げないわよ!命の恩人に恩を仇で返すのは狐族の誇りに反するわ!」
「狐族の誇りは男に借金押し付けて逃げても反しないのか?」
「そ、それは……それはそれよ」
痛い所を突かれたレンの目が泳いだ。
「そんな事よりも、あんた…」
「あんたじゃない、浦上悠だ」
「ウラカミユウ?」
レンはカタコトでユウが言った彼の名前を繰り返す。
「ユウでいいぞ」
前々からあんたあんたと無礼な態度でユウを呼びつけるレンに対して、彼はレンが聞き分けが良くなっている今が丁度いい機会なので、名前で呼ぶように言った。
「じゃあユウ、お願いがあるんだけどいい?」
「なんだ、金ならないし、その首もやらんぞ」
「そうじゃなくて、ユウのその姿元に戻らないの?怖いんだけど…」
レンが申し訳なさそうな態度で言った。
そのお願いを聞いて、ユウは頭を掻く。
「あー……服が無くなって」
「無くなるって…何してたのよ」
「いや、魔装したら体が変態するだろ?」
「ううん、魔装は体の上に纏うものってあたしは聞いたけど?」
「違う違う、変態するんだよ、メタモルフォーゼだ。そん時に体がもりもり大きくなるから…こう……バッツーンって全部破れたから元の姿に戻ったら全裸なんだよ。不審者だぜ、不審者。困るよなー」
ユウが困ったように言った。
WAGでは、あくまでゲームなので、神装した場合は服がデータ化して消える。そしてアバタ―の姿に戻っ時は服が最後に来ていた状態へと戻る。だが、現実ではその仕様が無い事にユウはレンに指摘されて気付いた。
レンは、全裸のユウを想像して顔が赤く茹で上がる。
「代わりの服は無いの!?テントの中とか!」
「無いんだよなー、これが」
ユウは大きなため息をついた。
「取り敢えず帰戻って考えるか……ハハハ」
「そ、そうね……アハハ」
2人は乾いた笑いを浮かべてテントに続く帰路を歩いた。