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気ままに生きる放浪記  作者: なるぅ
序章 異世界 クード
4/7

逃走

 陽が沈み、刻が経つ。

 月に一度の満月の日。青い月が海辺の近くにあるテントをいつものそれより明るい光で照らしていた。

 テントの中で2つ転がる寝袋のうちの一つがぴくりと動く。動いた寝袋の上半身が起き上がり、寝袋の頭に付くフードが脱げた。現れたのは2つの黄色い狐耳。

 狐耳の生えた少女は眠たげに眼を擦らせる。


 「(寝すぎちゃった)」


 レンは寝袋のファスナーをそっと開ける。


 「(こいつが寝てる間に魔道具を貰ってお暇しないと)」


 ユウが自分のいる場所を確認しようとした時に見たスマートフォンを盗んで逃げようと考えたレンは、夜更けにその行動を開始した。


 「さむい~、夜更けは冷えるわね」


 体をぶるりと震わせたレンは、名残惜しげに寝袋を脱ぎ捨てた。そして、忍び足で寝袋の中で熟睡しているユウの頭の近くに置かれたバックパックに近寄り、閉じているチャックを開けて手を突っ込んで探った。

 獣人の目は夜目がきく。狐族フォクシアもそれに当て嵌まり、ランタンを点けていない暗いテントの中でも彼女にははっきりと見えていた。


 「(あたしの魔道具はどこですかー?ここですかー?それとも奥の方ですかー?)」


 中に入っているランタンやらガスコンロを床に並べてゆく。

 物を出し尽くし、サイドポケットを調べてみると目当てのスマートフォンが見つかる。

 レンは声を出さずに笑った。


 「(あった!これがあの時見た魔道具。このテントといい寝袋といい見た事無い物ばかりだけど、人族(ヒューマン)は進んでるのねー)」


 手の中でスマートフォンを3回縦に放り投げては掴む。

 レンはユウを起こさないようにゆっくりとテントの外に出て振り返って言う。

 

 「じゃあね、人族(ヒューマン)のお兄さん。色々とありがと」


 寝ているユウに向けて手をひらひらと動かしたレンはどうやってベクウェルの街へ帰るか考える。街の外は危険だ。なので、彼女は早く街に帰りたい。だが、今街に戻ったとしても門は夜の間はずっと閉まっており、開門して街に入れるのは朝方だ。夜中に街に付いたとしても、外で朝まで待つ破目になる。問題は、開門までレンが待っている間にユウが到着する事だ。

 きっとあたしがあの男に捕まえられたら只じゃ置かないだろうレンは考えた。

 では、どうすれば門の前で彼に合わずに済むか。砂浜を歩いて帰るとする。もし、彼が早朝に目を覚ましたらその足跡を追って門が開く前には街まで辿り着くだろう。ここが何処か聞いてきたという事は、彼が地理に詳しくないのは分かる。ならば、


 「(ちょっと危ないけど森の中を歩いて帰るかなー)」


 森を経由して街へ行けば、時間はかかるがユウがレンを追って街への最短ルートを経由することは無い。幸い男達が砂浜で付けた足跡は満ち潮によって無くなっている。

 思い至れば行動だ。

 レンは月明かりが届かない森へと足を踏み入れた。




 「(不気味なくらい静かね…)」


 森の中に入り、少し進んでレンは一人呟く。

聞こえるのは風に吹かれる木の葉と木の葉が擦れて鳴る音だけだった。


 「(早く森を出ないと)」


 レンはビクビクと怖がりながらも、左右から何か出てこないか確認しつつ前へと進んだ。

後ろから気配を感じ、彼女が振り向くと上からボトリと何かが降ってくる。


 「きゃぁあああああああああああ!!!」


 目を瞑り、両手で顔を隠して大きな声で彼女が叫ぶ。目を開けて何が落ちてきたかを見ると、木の実が転がっていた。


 「なによー、脅かさないでよ」


 魔物じゃないと安心したレンは、地面に転がる木の実を手に取りパクリと齧り、余りの部分は八つ当たりで投げ捨てた。

 すると後ろからガサリと音がする。


 「どうせ次はネズミかウサギでしょ」


 でもウサギよりか音が大きいわねと思い、後ろを振り向くとそこには4mにも及ぶ緑色の巨人が立っていた。その巨人の身の丈にあった手斧(ハンドアックス)を手にしおり、着ているのは腰に巻いた獣の毛皮だけだ。全体的に肉付きがよく脂肪がだぶつき、特に腹回り脂肪がひどく腹が飛び出ている。


 一人と一匹は黙り、互いに見つめ合う。


 レンの額に汗が流れる。


 最初にその沈黙を破ったのは彼女だった。


 「(先手必勝!)炎の矢(ファイアアロー)


 そう唱えると共に、右手をレンは人を指さす形にする。その指先には直径30cmの火球が浮かび、彼女は手を横一文字に薙ぎ払って火球を緑の巨人へと投付ける。

 放たれた火球は空中で円から両端の鋭い楕円へ、両端の鋭い楕円から細長い尖った炎へと形を変えて飛翔し、緑の巨人の首筋に突き刺ささると一瞬眩しく輝き、大きな音と共に爆発した。

 爆発した周辺に肉と血が降り注ぐ。


 「狙いは外れたけど、やったみたいね」


 爆発の煙が晴れると立っていたのは焼け焦げ黒ずんだ緑の巨人の胸から下の部分であり、頭は消えてなくなっていた。力を亡くしたそれは大きな音を立ててと地面に倒れる。

 周りに生えている木々からヒラヒラと数枚の葉が落ちた。


「危なかった…なんでこんな所にトロルなんかがこんな所にいるのよ…」


 レンは額の汗を手の甲で拭いて呟く。

 勝負は一瞬で尽いたが、実際は彼女が言った通り危ない勝負であった。

 先に動き出されれば、彼女の魔術の腕では動いた標的の細かい部分を狙うのは困難であり、現にトロルに放った炎の矢(ファイアアロー)はレンはトロルの頭を狙ったが命中したのは首筋だった。


 勝利の安堵感からか、レンは油断していた。

そして気付いていない。トロルは1匹では無い事に。彼女が葬ったのは囮であり、背後から忍び寄る影が本命だという事実に。

 

 「オトリ ダカラダ」

 「きゃあっ!!」


 後ろから声が聞こえたと同時にレンは驚いて尻餅をつく。それと同時に彼女の頭上を刃が通り過ぎた。


 「―――ッ!」


 横腹に激しい衝撃を受けてレンは地面を転がり、うつ伏せになり噎せ返る。彼女がつい先程までいた場所には右足を振り切った2.5m程の緑の男が彼女を見下していた。刃が躱されたと判断したと同時に蹴りを放ったのだろう。レンは男に蹴飛ばされたのだった。  


 その男はトロルとは違い、無駄な贅肉が無く体も鍛えこまれていた。戦闘に特化しているのか、体も無駄に大きくなくスラリとしている。両手には手甲を嵌め、両肩にはトゲのついたパットを鉄の鎖を体にクロス状に巻きつけて固定する事で身に着けていた。しかし、ズボンは穿かず、トロルと同じで獣の毛皮を巻いている点だけは同じだった。


「ヨク カワシタ」


 下顎から突き上げる様にして生える牙のある口で男が言う。一太刀で命を刈り取るつもりであったが、それをまさか躱されるとは思ってもみなかった男は、レンを拙い言葉で褒めた。

しかし、レンは噎せ返る自分の声が男の言った言葉を遮り、何を言ったか聞き取ることができない。彼女が息を整え、仰向けになり片腕を付いて上半身を起き上がらせる。そして、彼女に近づいてくる男を見ると彼女の顔が絶望に変わり、ガクガクと体を震わせた。


 「(なんでなんでなんで…トロル・ロード…いや、トロル・ウォーロードがなんでこんな場所にいるの…)」

 トロル・ウォーロードがゆっくりとした足取りで、しかしレンの顔を直視しつつ彼女に向けて近づいていく。


 「(トロルの上位種の上位種とか勝てるわけない、勝てる分けないじゃない……殺される…殺されちゃうよ…)」

 

 レンの青い瞳に涙が溜まり、腰を抜かしてしまう。以前ユウと男達の前で流した偽りの涙では無く、純粋な死の恐怖から涙を流さんとしていた。


 ―――『魔物』、それはユウが転移した異世界クード全土に分布する生き物である。生息する魔物は大陸によって異なるが、現在彼がいるケイル大陸は亜人、獣型、鳥型の魔物が多い。魔物と動植物/海洋生物は一括りにされなく、魔素と呼ばれる魔力の元を体内に含むのが魔物であり、それを含まないものは動植物/海洋生物に分類される。魔物は人(異世界クードでは、人族(ヒューマン)獣人族(ビースト)耳長族(エルフ)を指す)を襲い、食べる。その理由は2つある。一つは魔力を含んだ肉が魔物にとって、極上の味であるから。もう一つは、人の体内で生成される魔力を取り込み、魔素に還元する事で自身の力へと変化させる事が出来るからだ。前者は完全に嗜好によるものだが、後者は魔物に恩恵をもたらす。肉を喰らい、取り込んだ魔力が一定以上になると魔物は自身が分類される種族の上位種へと変質し、力と知恵を得る。上位種に成れば、以前の姿と比べて圧倒的な力を持つ。

 レンが対峙するトロル・ウォーロードはトロルの二段階上位種であり、彼女が行使できる魔術ではもはや通用しなくなっていた。


 よって、彼女は逃れようのない死に直面している。

 

 「シネ」


 トロル・ウォーロードが手に持つ山刀(マチェット)をレンの眼前に突き付けて、死の宣告を言い放つ。

 

 「(助けて…お母さん)」


 レンの瞳から涙が流れ、首から下げるペンダントを握った。

山刀(マチェット)を振りかぶり、トロル・ウォーロードがレンの首を落とそうとしたその時、目の前にいたそれが黒と白い色をした何かに蹴られて吹き飛ばされ、地面を派手に転がった。


 レンの前に音を鳴らして着地したのは黒い異形であった。


 約2mを少し超える程の高さのそれは、全身の筋肉を剥き出しにしていた。全身の筋肉は大きく膨れ上がってはいなく、力強い剛ではなくしなやかな柔の姿をしている。ここまでの部分だと、体を鍛えた身長の高い人とは変わらない。しかし、それら以外の部分が異常だった。皮膚が筋肉を覆っては無く、繊維が鮮明に見える。本来赤いはずの筋肉は、すべての色が黒い。そして、黒い異形はフルフェイスの頭、両手、腰、脛と足に光沢の無い白い甲冑を付け、白い胸当てを甲冑とは別につけている。両手に付けたそれぞれ手甲は肘まで伸びており、それら手甲の肘部分から2本の刃、両方を合わせて計4本の刃が出ていた。飛び出した刃は拳から30cm程突き出た所で内側に折れ曲がっていた。


 異形はレンに体を向け、彼女の顔に指をさす。異形は指をさしただけのつもりだが、レンにとってはそうではなく、彼女は異形に殺される事を覚悟した。なぜなら、指と同時にその手甲から延びる刃が彼女の眼前に突き付けられたので、展開的にはトロル・ウォーロードが彼女を殺さんと行った行動と大差ないからである。


 ガタガタと身を震わすレンに向かい、異形が言った言葉。

 それは、


 「俺のケータイ返しやがれ!この糞餓鬼!!」


 であった。


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