狐耳の少女
「(なんだありゃ、コスプレかなんかか…花畑の上に危険な趣味の奴らかよー。マジで勘弁してくれよ)」
そう思いつつユウが眺めた先には4男1女の集団がいた。
その集団は、犬耳や猫耳に加えて、それぞれの種族に合った尻尾を爆走しているがためにユッサ ユッサと力強く振らしている。
砂浜で全力疾走しているのが原因か、顔を見てみると男達は阿鼻叫喚の地獄絵図に似た表情をしているが女の方はまだまだ余力を残しているように見えた。
「(あいつらアレでドラマのワンシーン再現してるつもりなのかよ。捕まえれるものなら捕まえてみなさーいの彼氏彼女ごっこより、スポ根の特訓になってんぞ。いや、あれは初めからスポ根のワンシーンを再現してるのか、でもやっぱり…)」
ユウが変な方向へ考え込んでいる間に汚れが目立つ紺のハーフパンツに染みが点々とある白いタンクトップを着た狐耳を生やした少女がユウの背中に回り込んだ。
髪型は綺麗な金髪であり、瞳は蒼色。
ミディアムヘアの顔が整った服以外は綺麗な少女であった。
それに引き続き小奇麗な恰好や屋台の調理師がする前掛けを付けた男達が激しく息を荒らしてユウの目の前に辿り着く。
「これ…までだ…、この悪餓鬼が…。今日という今日は…しょっぴいて…警備隊に…引き渡してやる」
「誰があんた達に捕まるもんですか、それに支払う当てだってあるの」
小奇麗な服を着た猫耳男が肩を揺らしながら、狐耳の少女に指さしながら言ったが、余裕の表情をしている彼女に憎まれ口で返答される。
おまけに、口を横に引き伸ばしイーッとセリフの最後に付けた。
「あのー、すんません。ちょっと聞きたい事があるんすけど」
会話の流れをぶった切ったのは空気を読まないことで定評のあるユウ。
彼の中で、お嬢様ごっこでもスポ根でもなかったかと完結してからの一言であった。
「兄貴、こいつら金払え払えってしつこいんですよ。一発ガツンと言ってやって下さい!」
「あ、兄貴?いや、そうじゃなくて聞きたいことが…」
後ろでユウの服を掴み、狐耳少女が期待の満ちた目でユウを見つめている。
それに対してユウは何言ってんだこいつ?という表情で後ろを振り向き言葉を続けた。
「お前がこの悪餓鬼の保護者か、そこの連れが盗んでいった溜り溜まった俺らの商品の代金支払いな」
「いや、だから違いますって」
ユウが抗議の声を上げたがもはや彼らの耳には届いていない。
「やっと支払って貰えるのか、ウチの店は2万5千カルーナだ。いいもんばかり盗みやがって!!道具屋、あんたんとこは?」
「私の店は総計5万カルーナですね」
「僕の所は2万8千だね。今まで盗まれたパンの総額はこのくらいだよ」
「それで俺の8万カルーナを合わせて………………18万3千カルーナだ。利子も加算してキリのいい20万カルーナにしといてやる。さぁ、払ってもらおうか」
少し休憩し、息を吹き返した男達がユウを睨みつつ言った。
いきなり借金を負う羽目になりかけるユウは気が気じゃない。
「ちょっと、ちょっと!!何度も言うけど俺はこいつの兄貴でも保護者でも無いって!!」
「兄貴ぃー、見捨てないでぇー」
狐耳少女の目から、涙がこぼれた。
迫真の演技である。
それを見た男達の代表らしき犬耳を生やした初老の男性がユウに歩み寄った。
「おい、兄ちゃん。男らしくねぇな。てめぇの妹分の世話も焼けないで兄貴分名乗ってんじゃねぇよ」
「兄貴分でも何でもないっす」
「言い訳ばかり並べてんじゃねぇよ、払えるのか、払えないのか?」
「ぇー、支払うといっても今持ち合わせが無いんすけど」
支払う金がないと言ったらこいつらも諦めてくれるとユウは踏んだが、初老の男には通用しなかった。
「なに、俺も鬼じゃない。今すぐ払えなかったら警備隊に引き渡したりはしねぇ。代わりにお前が今身に着けてる付けてる道具でもいい。例えば…そうだな、その腕輪でどうだ?」
「(鬼じゃなくてもヤクザだろ)」
犬耳男がやれやれと、指さしたのは心の中で突っ込みを入れるユウが腕に付けている時計だった。
付けている時計は非常に高価なものであり、初めてWAGの戦争で得た報奨金で買った思い出の品であった。
しかし、悲しきかな、浦上悠。NOと言えない日本人に当てはまるユウはこの男には話は通じないと判断し、渋々それをはずしてから犬耳男にそれを渡した。
「これは…時計か?いつの間に小型化に成功したんだ…作ったのはドワーフかヒューマンの名のある者か、売った金で足が出るぞ…。」
腕時計を裏返したり横から見たりとじっくり観察しながら小声でぶつぶつと言った。
「兄ちゃん、俺がお前だったらこれは売りたくないだろうから質預かりしといてやる。質料は取らないでやるから3か月以内に20万カルーナ払え。金を払う場所は俺の店でいい。1日でも遅れたら売りに出すからそのつもりでな」
犬耳男はそう言いって、じゃあなと右手をひらひらと動かし、他の男達と供に来た道を歩き去って行った。
残されたのは嵐の様に流れ、進んでいく状況が丸で掴めていないユウと涙をユウの服で拭う狐耳少女の2人であった。
「じゃあ、あたしはこれで」
「ちょっと待て」
踵を返し、ユウの声でギクリと体を震わせた少女の首を彼が掴む。
怒りで自然と力が入り、掴んだ首からギリギリと音が鳴る。
「金払え」
「生憎見ての通りスカンピンよ」
「親呼んで来い」
「残念。あたしは一人身なの」
「どうにかしろ」
「見ての通りか弱い少女なの。魔物を狩って肉や毛皮を売ろうにも私じゃ狩れないわ。それに街じゃ悪評が立って誰も雇ってくれないの」
「…」
何を言っても返ってくるのは素っ気ない返答とそれに織り交ぜられる妄想ワード、そこから考えられる金を絶対返さないという強い意志。
「だぁああああああ!!拉致が明かねぇ、ちょっとお前、付いて来い!!」
「(俺もこのくらい意志が強かったら犬耳おっさんにNOと言えたろうなぁ。よし!次からは絶対にNOと言える日本人になろう)」とユウは心の中で誓い、釣竿とバックパックを置いてきた元いた場所へと狐耳少女の首を掴みながら歩いた。
「で、お前はなんなんだよ」
砂浜で折りたたみ椅子に座り、煙草を吸いながらユウは言った。
「お前って失礼ね。あたしの名前はレン・クルシア。誇り高き狐族の女よ」
「はいはい、その誇り高い狐族とやらが店で泥棒かよ」
レンは不満げに眉をしかめてユウを睨みつける。
まだ獣人ロールプレイ続けるのかよこいつ、日本の未来を担う若者がこれじゃあ未来が不安だなと思ったユウは、ぶっきら棒に彼女の自己紹介を聞き流した。
「じ、事情があるのよ!」
「事情が何なのか俺には興味が無いし、金さえ払ってくれればそれでいいからな」
「だから無いっていってるでしょ!」
「なに、俺も鬼じゃない。今すぐ払えなかったら体で払えとか言ったりはしねぇ。代わりにレンが着けてる付けてる道具でもいいぞ」
「どこかで聞いたわよ、それ」
「そのペンダントとかどうよ?」
さっき自分が言われた台詞をそのまま流用したユウは、視線をレンの顔から彼女が首からかけるペンダントに移した。
その視線に気付いたレンは、さっと両手でペンダントを隠す。
「これは駄目…これだけは駄目」
「わっからねぇ奴だな、じゃあこの事はひとまず保留するか」
ユウはピンっと煙草を弾いて捨てた。
「それよりも聞きたい事があるんだ」
「何よ?」
「ここは何処か分かるか?」
「ケイル大陸、ライル共和国、ベクゥエルの街近辺」
「は?」
「え?」
何を言っているのか分からない顔を作るユウ。
今のはコスプレイヤーの妄想だと自分に言い聞かせる。
「そういう冗談はいいから。ここが何処だか聞いてるの」
「だからケイル大陸の、ライル共和国にある、ベクゥエルの街から徒歩20分程にある海辺だってば!これでいいの?」
「ま、まじで?」
「うん」
「その言葉には嘘偽り無い?」
「こんな所で嘘ついてどうなるのよ」
「その狐耳もまさか本物?」
「当り前でしょ」
ぴょこぴょことレンの頭の上にある狐耳が動く。
「(ちょ、ちょっと待って。ここって何、異世界か?異世界召喚が許されるのは妄想拗らせた高校生の童貞までだよねー、俺も童貞だけどね。いや、そうじゃないそうじゃない、落ち着け俺。異世界って事は何?俺が稼いだ金は全部パーってこと?神様、神様。オーディエンス、フィフティーフィフティー、テレフォンのテレフォンでお願いします。ご利用になった電話番号は現在使用されてない?そうだよな、神様が電話持ってるわけないもんな。あ、携帯だ!マップでここが何処か見れば…!)」
ズボンのポケットを探り、スマートフォンを取り出す。電波状況を確認すると電波を受信していないので、何も表示されていなかった。それを確認したユウの目からは光が消え、死んだ魚のそれになる。
「なにそれ!?魔道具?」
スマートフォンを見たレンは興味津々である。
「(ははは、この世は終わりだ…選ばれしニートから文無しニートにジョブチェンジかぁー。神は死んだ。無宗教万歳だよ。)」
「ちょっと!あたしの話聞きなさいよー」
無視されたレンは両頬に空気をためぶすっと膨らませて、ユウの服を引っ張る。しかし、ユウは乾いて笑みを浮かべ、思考の海にダイブしているので気付く様子もない。何をやっても反応しないユウに業を煮やしたレンが彼の頬をパンっと叩く。
「あー、お前か…俺、今日はもう寝る…」
「だから話を…」
「もうすぐ日が暮れるしな。まだ聞きたい事あるから今日は泊まってけ、明日聞く。寝袋2個あるから…」
寝て悪い事を忘れたいユウはバックパックに括り付けた簡易テントを取り外し、砂浜から森の近くにそれをゆっくりと組み立て始める。
レンが泊まるとも言ってないのに、もう泊まると決めつけテントを組み立てるマイペースな彼に彼女は文句を言おうと思った。だが、どうせ泊まる所もないしまぁいいかと思い、ユウの所へ歩き、手伝うよと声をかけた。