「お前を愛する事はない」と言われた公爵令嬢は、本当に欲しい真実の愛を手に入れました。
「お前を愛する事はない」
アイスリーナは、夫になるデュヘル・バルク公爵令息に初夜を行うはずの床で、そう言われた。
アイスリーナはちらりとそう言った夫を見やり、
「それで?わたくしと初夜を行わずに、跡継ぎはどうなさるおつもりで?」
「私には真に愛する女性がいる」
「それはどなた?」
「愛しのリディアだ。残念ながら身分が男爵令嬢な為に私との結婚を父から反対されている。だから、彼女に私との子を産ませて、お前の子として育てれば問題はあるまい」
「それは無理ですわ」
「無理だと?」
「掃除しておきました。わたくし、余計なものに気を砕きたくありませんの」
「掃除って……」
真っ青になる夫をアイスリーナは冷たく見つめた。
この男はやはり駄目だわ。だったらわたくしは、わたくしなりの方法で、このバルク公爵家の実権を握ってみせる。
夫になるデュヘルに向かって、
「子種下さいますわね?わたくしは妻なのですから」
化け物でも見るような視線を向ける夫の顔を見ながら、アイスリーナはにこやかに微笑んだ。
わたくしだって、こんな酷い女ではなかったのよ。
アイスリーナはルベルク公爵家の娘だ。
花を育てるのが好きで、刺繍をするのが好きで、大人しい令嬢だ。
母からは、
「ルベルク公爵家の娘なのですから、公爵令嬢らしく振舞いなさい」
と言われたけれども、王立学園でも、困った人がいたら声をかけて、令嬢達の相談相手にもなり、皆が幸せになれるようにいつも気遣っていた。
デュヘル・バルク公爵令息と婚約を結んでいたけれども、歳が相手が5歳年上であり、学園で顔を合わせる事はない。
デュヘルは金髪碧眼でとても美しい令息だ。
それに比べてアイスリーナは黒髪碧眼の冴えない令嬢である。
初対面の時からデュヘルに興味を持って貰えなかった。冷たい態度だったのだ。
だから、彼がアイスリーナに魅力を感じていないのは解っている。
婚約者としての交流も、自分がバルク公爵家にデュヘルに会いにいけばいい。
ただし、デュヘルにはなかなか会えなかった。
デュヘルが自分との婚約を喜んでいないのは知っている。
調べた所、身分の低い令嬢の恋人がいるとのこと。
その令嬢とは身分違いで結婚出来ない。
22歳にもなって、まだ結婚しない息子にしびれを切らしたバルク公爵夫妻が整えた今回の婚約である。
アイスリーナには選択権がない。
家と家の契約なのだ。
今回の婚約は。
高位貴族である公爵家の結びつきを深める為の婚約だ。
アイスリーナはデュヘルが自分と会うのを拒否していても、必ず週に一度はバルク公爵家を訪ねていった。
バルク公爵夫人はいつも謝ってきたけれども、アイスリーナはにこやかに微笑んで、
「わたくしはこの家に嫁ぐのです。色々と教えて頂けませんか?お義母様」
と教えを請えばバルク公爵夫人は喜んで、
「ええ、教えて差し上げるわ」
と、家の事等、色々と教えてくれた。
アイスリーナは思ったのだ。
自分はいずれ、ルベルク公爵家を出なくてはならない。
このバルク公爵家に嫁がなければならない。
デュヘルの心がどこにあろうが関係ない。
この家に嫁いで跡継ぎを産んで。
バルク公爵夫人として輝かねばならない。
だから、愛なんて恋なんて必要ない。
わたくしはただただ、このバルク公爵夫人に気に入られて、デュヘルの子を産めばいいわ。
人を雇って、調べさせた。
デュヘルが心を寄せている男爵家の令嬢の事を。
リディア・セル男爵令嬢。
可愛らしい金髪碧眼の小柄の令嬢だ。
アイスリーナと同い年だが、王立学園でクラスは違うので、交流はない。
調査書によると、二人は頻繁にデートを重ね、時には宿で愛し合っているとの事。
なんて汚らわしい。
愛し合っているですって?
わたくしはバルク公爵家に嫁ぐ為に、公爵夫人になる為に頑張っているというのに。
デュヘルはリディアと愛し合っているという。
こっそりと王立学園でリディアの事を中庭に呼びつけた。
リディアは慌てたように、中庭に来て、睨みつけるアイスリーナの視線に震えながら、
「わ、私に何か御用ですか?」
「わたくしはアイスリーナ・ルベルクよ。デュヘル・バルク公爵令息と婚約を結んでいるわ。言いたい事は解るわね。デュヘルと別れなさい」
リディアは首を振って、
「嫌です。デュヘル様が可哀そうです。私とデュヘル様は愛し合っているのです。ですから、別れる事なんて出来ません」
「貴方がいくらデュヘルと愛し合っていたって結婚するのはこのわたくしよ」
「それでも、私は離れる事は出来ません」
頭に来た。
この女を排除しなければ。
愛人に囲って、この女に子を産ませて、わたくしを、お飾りにするだなんてデュヘルなら、言い出しかねない。
アイスリーナはリディアに、
「そう?わたくしを怒らせたいのね。解ったわ」
三日後、バルク公爵家に行ったら、珍しくデュヘルが会ってくれると言う。
テラスで椅子に座って待っていると、デュヘルが足音高くやってきて、バンとテーブルを叩いた。
「お前、リディアに何か言っただろう?」
「貴方と別れなさいと言いましたわ。当たり前でしょう。貴方はわたくしの婚約者なのですから」
「お前と私とは政略だ。私は真実の愛を大切にしたいだけだ」
「その真実の愛があのリディアという女?」
「ああ、そうだ。リディアに手出しして見ろ。ただではおかない」
不貞を訴えて婚約破棄をする。
そうしたら、自分はバルク公爵家に嫁げない。
それは何としても避けたかった。
「解りましたわ。わたくしは何ももう言いません」
「それならばいい。二度と、リディアに接触するな」
結婚してしまえば、こっちのものだ。
国王陛下立ち合いの元、式は行われる。
籍を入れてしまえば、公爵家同士の結婚。簡単に離婚は出来ないのだ。
だから、結婚する少し前に、あの女を排除することにした。
アイスリーナは強くそう誓った。
そして時は流れて、王立学園を卒業し、結婚式を挙げる日が近づいてきた。
結婚式の二日前、アイスリーナは護衛を引き連れて馬車で出かけた。
リディアという女は捕らえてある。
街にある屋敷の地下室に。
アイスリーナは、案内されて地下室へ向かえばリディアが椅子に縛られて泣きながらこちらを見つめていた。
「私をどうする気なのです?」
「貴方には死んで貰うわ」
「私が何をやったというのですっ?ただ、私はデュヘル様を愛しただけでしょう」
「わたくしは二日後、デュヘルと結婚します。貴方は愛人になるつもり?」
「だってデュヘル様が愛してくれるっていうから。私はデュヘル様から離れられない。お願いです。ここから出して下さいっ」
「愛なんてくだらない。そして貴方なんて必要ないわ。デュヘルは、わたくしに貴方の子を育てさせると言い出すでしょう。誰が貴方の子を育てるものですか。わたくしは馬鹿にされる事が嫌いなの。だから貴方には死んでもらう。馬車の事故がいいかしら。いえ、自ら運命を悲しんで自殺してもいいわね」
愛だの恋だの言っているこの女が憎い。
わたくしはバルク公爵夫人になることだけを考えているの。
わたくしの子がバルク公爵家を継ぐの。
貴方なんて邪魔。邪魔なのよ。
護衛の一人に命じた。
「この女を殺して。方法は自殺に見せかけて頂戴」
「かしこまりました」
リディアが叫ぶ。
「私とデュヘル様は愛し合っているのよーーー。いやっーーー近づかないでっ」
ドアを閉めて、背を向けた。
あの女が憎くて憎くて仕方が無い。
憎くて仕方が無かった。
そして、冒頭に戻る。
初夜を行うはずの夜に、デュヘルに言われたのだ。
「お前を愛する事はない」
だから言ってやった。
「掃除しておきました。わたくし、余計なものに気を砕きたくありませんの」
そしてデュヘルに、
「子種下さいますわね?わたくしは妻なのですから」
デュヘルの夕食に薬を仕込んでおいた。
その気になるように。
デュヘルの上にのしかかった。
しかし、デュヘルに拒否された。
「誰がお前なんかとっ」
「公爵家同士の契約ですわ。貴方とわたくしの婚姻はっ」
「それでもだ。お前などと誰が子作りするものかっ」
デュヘルは怒りまくって、部屋を出て行った。
ああ、どうしよう。
失敗してしまった。
デュヘルとの間に子を作らなければいけないのに。
失敗してしまったのだ。
翌朝、雨が降っていて、一人、ぼんやりと部屋で庭を眺めていた。
本当はこんな事をしたい訳じゃない。
刺繍をして、好きな本を読んで、のんびりと過ごしたい。
人を殺したかった訳じゃない。
ただ、幼い頃から言われたのだ。
ルベルク公爵家に生まれたからには、気高く生きろと両親から。
だから、バルク公爵夫人にいずれなれるのなら、デュヘルに愛されようが愛されてなかろうがどうでもよかった。
バルク公爵家の子を産むために、手段を選ばなかった。
それでも本当は……
デュヘルに心から愛されたかった。
何故、自分は愛されなかったのだろう。
最初からデュヘルは自分を見てくれなかったのだ。
そして、デュヘルは自分を許さないだろう。
涙が零れる。
雨をずっと眺めながら、涙を流すアイスリーナであった。
デュヘルが午後に戻って来て、アイスリーナに罵詈雑言を浴びせた。
「リディアが森の中で死体で見つかった。自ら命を絶った形跡があると。私はお前を許しはしない。必ず証拠を掴んでお前を投獄するっ」
アイスリーナは微笑んで、
「どうぞご勝手に」
どうせ証拠なんて出て来やしない。
護衛騎士はうまくやったはずだ。
二日後、デュヘルは驚くべき事に馬車の事故にあって亡くなった。
アイスリーナはその知らせを聞いて驚いた。
事故なんかじゃない。
彼を殺した人物に心当たりがある。
当然、アイスリーナは婚姻は解消されて、ルベルク公爵家に戻されたのだ。
父に、
「失敗しよって。お前が魅力がないのがいけないのだ」
母からも、
「そうよ。出戻って来て、我が公爵家の恥だわ」
精一杯頑張った。
頑張ったのだ。
黒髪碧眼の背の高い護衛騎士のロイドが、アイスリーナの手の甲にキスを落として、
「私と一緒に家を出ませんか?お嬢様」
「ロイド……」
「お嬢様は優しい方だ。ずっと無理なさっていて、見るのが辛かった。私の実家に参りましょう。弟妹が沢山いてとても賑やかですよ」
「いいの?それで……」
「ええ。お嬢様の為なら私は‥‥‥‥」
ロイドの家だって裕福な訳ではない。
ロイドは護衛騎士として、アイスリーナの命令を何でも聞いてきた。
あの女を殺したのもロイドだ。
自分を連れて、家に帰ると言うのだ。
アイスリーナは思った。
ロイドに頼ってはいけない。
でも、本当はわたくしは……
「愛されたかったの。デュヘルに。愛されて子を産んで、公爵夫人として成功したかったの」
「ええ、ええ……解っておりますとも」
「でも、失敗してしまった。わたくし、頑張ったのよ。恥ずかしかったけど、ベッドでも一生懸命、誘ったのよ」
「ええ、精一杯頑張りました。私としては、失敗して嬉しいのですよ。あの男に汚されずにすんだのですから」
「ねぇ。デュヘルを殺したのは貴方?」
「責任を取らないと……お嬢様を苦しめた男を許してはおけなかった。だから馬車に細工しました」
涙が零れる。
二人も自分の為にロイドは人を殺したのだ。
「一生、わたくしを離さないで」
「ええ、離しませんとも。愛していますよ。お嬢様」
「愛しているわ。ロイド」
二人はこっそりとルベルク公爵家を出た。
乗合馬車に乗って、ロイドの実家を目指す。
バルク公爵夫人になって、子を産む事には失敗してしまった。
でも、ロイドが優しく手を握り締めてくれる。
愛や恋なんて必要ないとわたくしは思っていた。
でも、本当は欲しかったの。
デュヘルは死んでしまったけれども、ロイドがわたくしに愛をくれた。
わたくしは本当に欲しい真実の愛を手に入れる事が出来たのではなくて?
アイスリーナはロイドに寄りかかり、幸せを感じながら瞼を瞑るのであった。




