第四話 作戦会議
アルヴェリア王国へ戻った俺たちは、王宮の一室で今回の料理対決について話し合っていた。
テーブルを挟んで座っているのは、アルバート、レオン、そして俺の三人。
グランディア王国で告げられた料理対決のテーマは、『辛い料理』。
テーマそのものは、料理として考えれば決して珍しいものじゃない。
日本にいた頃なら、辛い料理なんていくらでもあった。
辛さを売りにした料理もあれば、辛味をアクセントとして使う料理もある。
そういう意味では、辛さの種類だって一つじゃない。
だけど、今回の相手は普通の料理人じゃない。
世界最高峰の料理人である、神厨八師の一人、「雷獣」ヴァリファリスだ。
俺は腕を組みながら、さっきから気になっていたことをアルバートに尋ねた。
「あのヴァリファリスって奴、そんなに凄いのか?」
アルバートはすぐには答えなかった。
少し考えるように目を伏せ、それから重々しく口を開く。
「……凄い、という言葉だけでは足りないな」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ姿勢を正した。
アルバートは王宮の料理人だった経験がある。
料理人としての世界を知っているからこそ、神厨八師という存在がどれほどのものなのかも理解している。
そんなアルバートがそこまで言うのなら、相当な相手なのだろう。
「まず、ヴァリファリスは、特定の店を持たない」
「店がない?」
「ああ。どこか一つの場所に店を構えているわけではない」
アルバートの説明によれば、グランディア王国を拠点にはしているが、ヴァリファリスは特定の店を持たず、世界各地を渡り歩くような料理人らしい。
それだけを聞けば、少し変わった料理人という程度にしか思えない。
だが、問題はその先だった。
「それでも、奴の料理を求める者は世界中にいる」
アルバートの声が低くなる。
「ヴァリファリスの料理は、一般的な料理とは大きく異なる。奴は既存の料理の常識に囚われず、強烈な刺激と大胆な発想を組み合わせる。食べる者の味覚だけではなく、身体そのものに訴えかけるような料理だ」
攻撃的かつ前衛的な料理。
それがヴァリファリスの料理だった。
強烈な辛味と、刺激的な香り。
食べた人間の感覚を強烈に揺さぶり、忘れられない体験を与える。
それがヴァリファリスという料理人の特徴らしい。
「そして、その刺激に魅了されている者は多い」
「魅了?」
「一度食べただけでは飽き足らず、何度も奴の料理を求めるようになる者がいる。なかば中毒のようになってしまう者も少なくない」
料理に中毒になる……
言葉だけ聞けば大げさに思える。
しかし、アルバートの表情は冗談を言っているようには見えなかった。
「中には、奴の料理を食べるために私財を投げ打つ者までいる」
「そこまでかよ?」
「ああ、金に糸目をつけず、奴の料理を求める者は珍しくない」
なるほど、そこまで聞いて、ようやく俺にもヴァリファリスという料理人の異常さが少し見えてきた。
特定の店を持たないが、自分の料理を求めて世界中から客が集まってくる。
しかも、その料理を食べるためなら大金を払う人間までいる。
固定した店を持っていないにもかかわらず、ヴァリファリスが料理によって生み出す収益は、並大抵の店とは比べ物にならないという。
料理人としての腕だけではなく、自分の料理そのものに、それだけの価値を生み出しているということだ。
「その功績と、奴の並外れた料理の腕が評価され、ヴァリファリスは神厨八師の一角を担っている」
神厨八師。
その名前なら、俺でも聞いたことがある。
料理の技術だけではなく、これまでの功績や独自性、料理界に与えた影響まで含めて評価され、その頂点に立つ者たちだ。
つまりヴァリファリスは、世界中の料理人たちから、その実力を認められているということになる。
「なるほどな……」
思っていた以上に、とんでもない相手らしい。
そして、そんな男と俺たちは国を代表して料理で戦うことになる。
しかも今回のテーマは――
「だからこそ、今回も料理のテーマが『辛い料理』である以上、並大抵の料理ではないはずだ」
アルバートがそう言った。
「ヴァリファリスが代表として出てくる以上、ただ辛いだけの料理では終わらないということだ。奴は料理に強烈な刺激を組み込み、それを一つの完成された料理に仕上げる。それだけの技術を持っている」
確かに、その通りだ。
辛ければいいというものじゃない。
ただ辛味を大量に入れて、食べた人間が悶絶するような料理を作れば勝てるわけでもない。
辛さを料理として成立させなければならない。
そして相手は、そんな刺激的な料理を何度も作り、世界中を魅了してきた料理人だ。
俺が今まで戦ってきた料理人とは、明らかに次元が違う。
しばらく考え込んでいたレオンが、ゆっくりと口を開いた。
「アルヴェリア王国にも、辛い料理はあるにはあります」
俺とアルバートがレオンを見る。
「ですが、そこまで有名なものはありません。辛味を使った料理自体は存在しますが、アルヴェリアを代表するような料理となると、すぐには思いつかない」
レオンは料理人らしく、頭の中でいろいろな料理を思い浮かべているのだろう。
その表情は真剣そのものだった。
「今回、どんな料理を作り上げるかは慎重に考える必要があります。単純に辛さを強くするだけでは、ヴァリファリスには通用しないでしょう。辛味をどう料理に組み込み、それをどこまで完成された一皿に仕上げられるか。それが重要になると思います」
眉間に皺を寄せながら苦し気な言葉を放つレオンを見て、俺は少し意外に思った。
レオンは、これまで数々の料理人を相手に勝ち続けてきた。
王都料理学院を史上最年少で首席卒業し、三ツ星料理人にまでなった天才だ。
そんなレオンでさえ、ヴァリファリスの名前を前にすれば緊張する。
それだけ神厨八師という存在が、この世界の料理人にとって大きなものなのだろう。
「まずはアルヴェリアにある辛い料理や、使われている香辛料を調べた方がいいだろう。その上で、ヴァリファリスに対抗できる料理を考える必要がある」
アルバートとレオンが、さらに具体的な料理について話し始める。
俺はその話を聞きながら、頭の中に一つの料理を思い浮かべていた。
辛い料理か……
そう聞いた瞬間から、俺の中にはずっと一つの答えがある。
日本にいた頃なら、珍しくもない料理だった。
家庭でも作られていたし、専門店だっていくらでもあった。
辛さを調整することもできるし、香辛料の組み合わせを変えれば、まったく違った味にもできる。
そして何より、俺自身が何度も作ってきた料理だ。
この世界に来てから、まだ一度も作っていないが、今回のテーマを聞いてしまった以上、これを使わない手はない。
俺は二人の話を聞き終えると、静かに口を開いた。
「俺からも一つ良いかな?」
アルバートとレオンが、同時に俺を見る。
俺は二人の顔を見ながら、はっきりと言った。
「辛い料理で俺が一番得意なものが一つある」
「それは何だ?」
アルバートの問い掛けに対して、俺は少しだけ笑って、その料理の名前を口にした。
「カレーっていうんだけどね」
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