Ⅺ 次元騎士ナイン
「さて、まずはここからだ。」
こっ、
ウラニシ教官は、黒板にチョークで、
カリッ。
直線を
キキキ。
H、と書いた。
「わかるか?ナイン・エルナ。」
それも黒板の中央に、大きく。
A、「きゃー!ウラニシ教官のH!」
A、─スコォン!
チョークが「あなた」の額に直撃した。
「くしし。」と隣から他の学生のものだろう、押し殺すような笑い声がする。
「もう一度聞く。」
B、立ち上がる。「教官が、まず初めに書いた─。1番目、H。ここから元素周期表の1番目のH、水素が導き出される。宇宙において、最も多い原子。
─まさか、カヌメナーア!」
知性を持つ液体、と定義されたその生命種は、規模としておとめ座銀河団全域に分布している、そう観測された。それらが水素、その化合物全てに宿ると言うのなら、納得がゆく。
B、─「そうだ。お前が前回、次元を超えて観測を行った領域、その構成要素に対する解析も進んでいる。」
あの粘液性の雨、それそのものが知性体。びだびだびだ、と降り、植生や土くれを巻き込む流れ。
「かつての太陽系第三惑星、地球にて、そこに興った知的生命体の文明のひとつ、いわゆる地球人だが─。」
カリカリ。
教官は、「あなた」のよく知る表記法、言語で水、と書いた。
「この水、と言うものについて、連想する要素を、思いつく限り言ってみろ。」
B、「まず水は、常温で液体であり、太陽系第三惑星において、生命を育み、その活動に不可欠のもの。これに─。」
これに、知性が宿った─。
不可能なはず、だ。
体験はしたものの、あの粘液の雨と無貌の捕食者、指示を出していた外套の男。それらと第十三次元人との接点を、まだ見出せない。
言葉に詰まる「あなた」の様子を見て、教官は口を開く。
B、─「続けろ、ヒヤシンス。」
「くしし、はい。」
先程も「あなた」を笑った女生徒は、席から立ち上がる。
そして「あなた」は気付く。
ここは、ダルハルカで二次元の作品世界へ帰還したものの、大幅に変質してしまった世界、いや、構造を新たにしたこの場所、ラプリマのロータス綜合学園、いや、潜次元戦艦リコペルシカの今の状況と「あなた」の間の認識と知識、戦略のズレを矯正するための再教育教室だったはずだ。
この女生徒は、誰だ?
この教室でウラニシ教官と、第九次元人である「あなた」と同じ授業を受ける、再教育騎士の制服を着たこの少女は─。
ダリア─太陽系第三惑星人戦記─
第九次元人の「あなた」へ。
Ⅺ 次元騎士ナイン
す、と立ち上がり、ヒヤシンスと呼ばれた女生徒は口を開く。
「水は水素の燃焼路に発生し、また周囲の熱を奪い蒸発します。金属表面にから蒸発する際は、取り込まれた酸素と溶け出した金属が反応し、錆を生みます。」
「ふむ、まあ良いだろう。」
教官の言葉を受けてヒヤシンスは着席する。
カリカリ。
次に教官は、先に書いたHを袋のような丸で囲ったが、すぐに止めた。
ぽすぽす。
黒板消しで書いたものを消した。
正しくは、黒板の表面に付着したチョークの粉末を拭い、取り払った。
こっ。
黒板にチョークの角を垂直に立て、打ち付けて点を表示する。
「これを、ゼロ次元とする。」
座標すら無い、ただの点。
コッ。
同じ点を、少し離れたところに打つ。
スー。
それらの点と点を、直線で繋ぐ。
「これを、一次元とする。」
カッ、カリッ、スー。
同じように点を打ち、先ほどの直線と交差させる。
「縦と横、このダリア─太陽系第三惑星人戦記─と題された、本来第四次元人である「おまえ」、がスマートフォンまたはタブレット、その他通信技術等を用いて閲覧するこの作品世界は、二次元と表現される。」
A1、頷く。
その作品世界の登場人物たちに、「あなた」は第九次元人として、認識されている。
これは本来は不可能であるが、「あなた」と同じ四次元存在の作者、おおとろべふこが、そう彼らに認識させた。
A1、─「ではナイン、先程までの続きだ。ほんとうの「おまえ」が存在する世界、四次元の太陽系第三惑星地球、その存在する宇宙には、満遍なく水素が存在する。」
A2、頷く。
A2、─「地球に存在する全ての生命は、水素に生体活動を委ねている。」
A3、頷く。
A3、─「地球人は、その祖先、魚が発生した時から、水と関係して生きてきた。」
A4、頷く。
人間は脊椎動物であり、その始めとなった脊椎動物は、魚である。
つまりヒト種もまた、広い定義では魚類となる。
A4、─「水は、密閉容器を用いなければ、染み出し、蒸発して大気へ還る。」
A5、頷く。
A5、─「ここで、先の次元の話に戻る。」
A6、頷く。
A6、─「本来、液体である水は質量を持つ物質であるため、縦、横、高さで表現出来る三次元存在である、と定義できる。」
A7、頷く。
A7、─「四次元存在である「おまえ」は、光源を背に、紙またはディスプレイに手をかざせば、影を紙、またそこに表示された文字、つまり私に落とすことができる。」
A8、頷く。
A8、─「これは第四次元人が第二次元人に影を落とした、と言い換える事が出来る。」
A9、「つまり、以前の作品世界を「赤いインクに漬けた」カヌメナーアとは─。」
A9、─「そうだ。わたしや「おまえ」、二次元や四次元より上位の次元存在であり、それは「おまえ」と同じ四次元存在の作者、おおとろべふこが定義した第十三次元の存在、そのいち個体、またはいち群体、ともすればクルルガンナ星人のように思考を統御する文明種となる。」
一度、「あなた」は深呼吸をする。
湧き上がる丹田からの衝動を宥め、胸の鼓動を落ち着かせ、意識の方向を情報の整理という目的に向ける。
つまり、「あなた」の目の前で作品世界を、登場人物たちを焼いたあの太陽、赤いインクは、第十三次元人の翳した影である、と。
B1、「上位次元の液体存在だから、直接二次元の作品世界に染み入り、作品内容の操作が出来た、という訳ですか。」
B1─、「概ね、その理解となる。」
B2、頷く。
B2、─「我々二次元の作品より上位の次元存在となる「おまえ」がいる四次元宇宙も、元素の周期表では、水素が1番目である。」
B3、頷く。
B3─、「太陽系第三惑星、地球にて、大いなる先達は空へ手をかざし、分光器を翳し、宇宙の組成を光の長さから見出した。」
B4、頷く。
B4─、「また、宇宙の原初、即ちビッグバンから生まれるもの、それらの割合を計算し続けた先達は、先の分光器と同じ結果を導き出した。」
B5、頷く。
B5─、「我らの宇宙は、そのおおよそ、質量比では73-75%、原子数比では90-93%を水素が占めている。」
B6、頷く。
B6─、「これは、「おまえ」を含めた我らが直接感知し得ない、上位の次元でも同じだと考えられる。」
B7、頷く。
B7─、「ヒト種を構成する元素の質量割合で、水素は9.5%であり、水素原子で見るとおよそ63%である。」
B8、頷く。
B8─、「第十三次元人カヌメナーアもまた、その主成分が水素で構成されていると考えられる。」
B9、頷く。
B9─、「これは、「おまえ」が数度の次元跳躍で、関節的に体験した内容を基に仮説が立てられ、直接観測した結果を以って実証された。」
一度、深呼吸をする。
思考を整える。
低次元に干渉したカヌメナーアは、第十三次元人である。
そして同じ宇宙の法則、構成する元素の比率で見た場合、水素が第十三次元の世界でも多くを占める。
そこで発生する知的生命体もまた、その主成分は水素原子が多数を占める。
これらは、「あなた」の次元跳躍で実証された。
しかし、
C1、「先に教官は、あの粘性の雨こそが知性を持っている、と表現されました。水素を主成分とする液体自体が意識や知識、理性また文化と文明を所有するに至るとは、想像は可能ですが実際の証明が出来るとは思えません。」
C1─、「確かにその指摘は理に適っている。」
C2、頷く。
C2─、「ではナイン、水素を主成分とする液体、つまり水に生命が発生するおおよその流れ、太陽系第三惑星地球に於いて立てられた仮説をひとつ説明せよ。」
C3、立ち上がる。
「まず、太陽の周囲に存在するガスやちりが─。」暗記している内容
を口にする。
C3─、「教官、ナインの説明では女神の邯鄲ですら日が暮れてしまいます。」ヒヤシンスが、笑いながら口を開く。「ふむ。ならば答えてみろ。ナインは着席して良し。」
睨む「あなた」に微笑みかけ、ヒヤシンスは口を開く。
「大まかにふたつあります。惑星の外側で合成されたアミノ酸が隕石と共に降り立った説、そしてもうひとつが─。」
C4、「惑星内の海の中で、合成された説。」「あなた」はヒヤシンスの言葉を遮り、発言した。
C4─、「発言を許可していないが、先にヒヤシンスに解答権を奪われたのはナインだ、認めよう。」
「あなた」は悔しそうな目で睨んでくるヒヤシンスに微笑みかける。
きゅいいん、こおおん。
聞き慣れたロータス綜合学園の、金管楽器を鳴らす音が聞こえる。
「さて、休憩時間だ。四半刻後に再開する。それまでに親睦でも深めていろ。」
ちゃ。
教官は教鞭を脇に挟み、退室する。
C5、「ふぅ。」
ため息を吐いた「あなた」は、深く椅子に腰掛けて天井を見上げる。この再教育課程が終わるまでは、ガルデニアやフラマ セラタのみんなとは合流出来ない。既に現状に適合している彼女達の、作戦行動の邪魔になってしまうからだ。
ごそ。
ポケットに手を伸ばすも空振りする。アロエですら、スマートフォンの姿での携帯さえも許可されなかった。
しぃぃ…。
左腕の紫電の龍ですら、厳重に願いのリボンで封じられている。
C6、─「くしし、手持ち無沙汰のようだな。」
席に座ったままの「あなた」の視界へ、ヒヤシンスが回り込んでくる。
C7、視線を外す。思考の整理が出来ない。
C7─、「そう無視しなくてもいいじゃないか。次元を超えた読者であり、騎士のナイン・エルナ。その者焼かれた世界から託された、いたいけな娘と共に─♪」
にやにやと、ヒヤシンスは「あなた」のこの世界での来歴を詠い始める。
全てが、歌に、ルリローとして歌われる。
騎士の教育基礎課程で、骨筋神経同調トレーニングを行っていたこと、カランコエと事あるごとに抱きしめ合っていたこと、食事の際はガルデニアの口元を甲斐甲斐しく拭いていたこと、ナナカマドが活動弁士として上映会を行うたびに、ヨイショの合いの手を入れていたこと─。
さまざまな「あなた」のエピソードが彼女の口から歌として、叙事詩として歌われる。全てを知られている。
しかし、「あなた」はヒヤシンスの事を知らない。この教室で初めて見知ったからだ。
C8、「君はぼく/私を知っているけど、こちらは知らないんだ。」
「あなた」は既に、この潜次元戦艦リコペルシカの中では第九次元人としても知られている。作者のおおとろべふこは第四次元人のままであるのに対し、「あなた」だけが、抵抗の旗印として、第九次元人と定義されたからだ。
だから、目の前の少女は「あなた」とそのエピソードを知っている。現実世界でのメディアの有名人も、こんな複雑な気分なのだろうか。
C8─、「そうだなあ…。」ヒヤシンスは左手人差し指を口元に添え、首を傾げる。
「なら一つだけヒントを出すね。」
たんっ。
両手を「あなた」の机に突き、鼻先が触れ合うほどの距離にまで顔を近づける。
「私の父は、ロー学で「あなた」と接触を持つ同級生だった。」
C9、「それって、どういう─。」
かああん、こおおん。
始業の鐘が鳴らされ、教官の足音が響く。ヒヤシンスは微笑みながら席へ戻り、「あなた」は座り直す。
がらっ。
扉をスライドさせて教官が入って来る。
C9─、「きりーつ、れー、ちゃくせーき。」ヒヤシンスが号令をかけ、「あなた」は従う。
「よし、では授業を始める。」
教官の言葉は耳に入って来る。
地球という岩石惑星の重力により周囲に水素が、地表へ水が、生命が発生して、互いを喰らい合い、また個体を保持したまま─。
それよりも「あなた」の脳内では、ヒヤシンスの言葉が渦を巻いていた。作品世界でナイン・エルナの肉体を通じて、ロータス綜合学園で再教育騎士として生活は行っていた。それはガルデニアが何でも口に入れようとするのを止めたり、触って確かめようとするのを注視したり、カランコエに抱き付かれたり、といったことが記憶の大半を占めていた。
「父が「あなた」と接触をしていた。」とヒヤシンスは言った。父、と表現するにあたり、男性なのだろう。目の前のウラニシ教官には娘がいて、彼女は騎士クロユリの、黒死のぜネロジオの起動の際に死亡している事が、かつて作品としてのダリア─太陽系第三惑星人戦記─第四部命球、石炭期の終わりに、で語られていた。
他に、「あなた」と接触をしていた男性の記憶は、無い。または、戦いの中で忘れている。
飛鷹のぜネロジオによる半自動的な授業中の記録によると、この授業では、はじめに地球に起こった生き物が進化を続け、脊椎動物である魚となった。さらにそれは陸へ上がり、ヒト種の祖先となった。この、祖先を魚に持つとする分類法に於いて、ヒトは魚類である。とされる。
ウラニシ教官は教鞭を仕舞い、退室する。
A1、立ち上がり、ヒヤシンスの席へ向かう。
A1、─ぱらら。ヒヤシンスは複数のカードのようなものを、左手から右手へ移動させながら、「あなた」を見つめて微笑む。
A2、「ずっと、考えていた。」
A2、─「何だい?私に一目惚れしたのかな?」俯いて口元に手を当てるヒヤシンスは、確かに「あなた」の心を惹きつけるようだった。
A3、「君のお父さんは、誰なんだ。」
ヒヤシンスはゆっくりと目を閉じて、大きく頷いた。
A3、─「イビ ーマ、対象の四肢神経系を一時的にカットする、電気信号に抵抗値を付加するぜネロジオ─。」
どく、ん─。
「あなた」は、心臓が跳ねるような衝撃を受けた。
「クルルガンナ解放戦に於いて、先達の作り上げたぜネロジオと彼ら彼女らの築いた地位に胡座を掻き、結果キレアーサ程度の龍に、雇い入れた騎士隊を全滅させてしまった、惨めな男さ。」
ど、く、ど、く─。
鼓動が早くなる。
「あなた」が飛鷹のぜネロジオを編み出してからの、騎士隊フラマ セラタとして初の実戦にて、「あなた」のディスティナハルタの衝撃波にて網膜と鼓膜が損壊し、騎士隊全滅の責任を取る形で女神の邯鄲を受け、光崩壊させられ続けている、あの男。「なぜだ!なぜ女神は恵まれた家系とぜネロジオを持つオレではなく、穢らわしい姉を持つ薄汚いガキと、何も持たない「おまえ」を優遇する!」そうして、「あなた」は頭を踏み付けられた。ガルデニアの姉たち、アネモネとアルストロメリアは確かに、妹たちを守るため何も無い所で身を寄り添い、騎士くずれ共に春を鬻いでいた。「えへ、えへ、そうだねー。わたし、おねえちゃんたちも、よごれてるよねー。」笑いながら泣く、ガルデニアが。今まで、騎士くずれ共に、姉達が嬲られるのを、そうして笑って受け止めてきたガルデニアが、余りに不憫すぎて。
殴りかかった。
掴みかかった。
そんな「あなた」の身体を、「イビ ーマ。」ぜネロジオで抑え付け、頭を踏み躙り、唾を吐き付けた。
その彼は、「あなた」とフラマ セラタの初めての実戦で、率いる騎士隊、雇い入れた都市防衛にあたる規模の騎士隊を、キレアーサへ変異した龍に一瞬で喰われた。戦功を焦っての、戦術の基本を無視した陣形と作戦で。
その彼の、娘。
A4、「我々が彼を保護した時、もう彼の五感と意識は喪われていた。その意味では、邯鄲を受ける事は救いになったと思う。」
次の授業も飛鷹のぜネロジオを使用し半自動で受けた。内容は地球に於ける生命の基本構造、要は遺伝子を運ぶ容れ物としての説明だった。
ウラニシ教官が教室を出るよりも先に、「あなた」はヒヤシンスへそう告げて、頭を下げた。
例え、彼が立場に甘えた生き方と、その代償を支払ったのだとしても、その行為を止められなかったのは、「あなた」の心の片隅に刺さっていたからだ。
A4─、「いい。どうせ一族の中でも鼻つまみ者だった─。」ヒヤシンスは、目の奥に暗い炎を灯して答える。
「あれ、のパートナーは、ただあれ、の家柄とぜネロジオの優秀生だけが目的だった─。」
優秀なぜネロジオを産み出すための、交配。
万葉万倣騎士アイクルミエェタに認められ、その力を受け継ぎつつある、真光糸のぜネロジオを持つパキラ・リアルラ・ミノ、そのパートナーである、空間跳躍騎士オカイグサの直系であり、遍黒のぜネロジオを持つアスターイスヴァティージスララテア、彼女らの親、祖先に当たる人物たちは、新たな文明種との絶滅戦争のため、対惑星文明兵器として子をはぐくみ、代々そのぜネロジオを改良し続けてきた。
これは、ダリア─太陽系第三惑星人戦記─の第四部命球、石炭期の終わりに、にて明確に語られている。そもそも本来の主人公である星姫アセデリラ・アルマコリエンデが、太陽系第三惑星人の女神直属の勇者ゲンザンと、クルルガンナ星人の当代星姫リコペルシカとの間で発生した、血の繋がりを持つ存在なのだ。
ロータス綜合学園、各都市の分校も合わせそこに通う事を義務付けられる一切衆生、死して、生きるために廻る命の中でヒト種の姿となったもの全てが、何らかのぜネロジオを有している。
その彼ら彼女らの中にあって、一切のぜネロジオも、後ろ盾も、バックボーンも持たなかった読者の「あなた」が、作者と女神の庇護を受けていた、と言うのは、妬む者がいてもおかしくはない。
A5、「それでも、きみのご両親のはずだ、あれ、なんて呼び方は─。」
既に「あなた」の意識から、記憶から彼の姿や顔は薄れつつあった。
今は個人的な、些細な過去の怨恨よりも、大きな謎と目的、第十三次元人への対処と、新たな戦術に対応する方が大事なのだ。
A5─、しかし、ヒヤシンスは首を横に振る。「あれ、がアイナファ ィ キレアーサ当該個体群の駆除と、女神直属騎士隊フラマ セラタとの共同戦線を張っていた頃─、」ヒヤシンスは、自嘲するような口元で手元のカードを切る。
しゃ、しゃ。
「私は、女神の邯鄲の中、圧縮された時間の中で、コルソとして歌の、ルリローとしての調整を受けていた。」
ぱらららら。
ヒヤシンスの手のカードは、それ自体が意識を持っているかのように複雑な動きをする。
「あれ、とそのパートナー、家の者は全てがあれ、のようなものだ、私に声をかけてくれるのは、従者のような存在くらいだった。」
「あなた」は既に、カードの動きとヒヤシンスの声から逃げられなくなっていた。
飛鷹のぜネロジオが警鐘を鳴らす。
これはルリローの形式ではあるものの、ヒヤシンス独自の歌でありポデアだ。
「あれ、がフラマ セラタに救助され、責任のため邯鄲を受けた。そして私は、真実を知り家と縁を切った。」
ささささ、さ。
カードがヒヤシンスの指先で回転する。飛鷹のぜネロジオが解析をする。これは図柄、彼女の声と合わせて対象の全身を拘束する。
「そこからは、働いた。窓を拭いた。食器を洗い、お皿を拭いた。市街地の石床にモップをかけた。衣類を洗濯し、干して畳んで、靴磨きをした。従者が私のためにしていてくれた事くらいなら、私も見知っていたから。」
カードをつまむその指先は、細くしなやかであったが、酷使によりふしくれだっていて、彼女くらいの年齢の女の子が経験するべきではない、労苦の跡が見えた。
「そして、改めてロー学に入り、女神に直談判した。騎士になり、受け継いだこのぜネロジオを捨て、私だけのぜネロジオを編み出すために。」
それでも、捨てきれなかったのは理解できる。これは彼女の父、またその父たち母たちが編み出したもの、そして─。
「そう。これはトー家のぜネロジオに、私が本質的な改良を加えたもの。」
既にヒヤシンスは、少なくとも彼女の父を乗り越えて、ここに立っている。
さらら、ぱしっ。
彼女はカードをまとめて、手を叩く。
「あなた」の身体への拘束が解かれる。
A1、「ヒヤシンス、君は─。」
A1、─言葉を続けるより先に、
「私に居場所なんて無かった!あれも父として私を見ることは無かった!私に求められていたのはただ血を受け継ぎ、次代へ繋ぐ、ただの役目を果たす人形だった!」
今までの飄々とした顔は、小さな女の子が周囲に「生かされる」ため身に付けた仮面だった。
「私は「あなた」に会えば、何かが変わると願っていた!何も無いところから居場所を掴んだ「あなた」に会えば、何かが変わる、変えてくれる、って!」
「あなた」を試すような行動も、「あなた」の言動を笑ったのも、全てを話せる同世代の友人が、悩みを聞いてくれる両親がいなかったから。
飛鷹のぜネロジオを使わなくても理解できる。この子は─。
A2、抱きしめる。
震えるヒヤシンスを、そっと。たまごを温める母鳥のように。
A2、─ぴくっと反応した彼女は、「あなた」の腕の中で力を抜いて、甘えるように頭を擦り付ける。
A3、頭を撫でる。
ぽん、ぽん、と肩に手のひらを乗せてもう一度抱きしめる、強く。
A3、─「お父さんが、欲しかった!お母さんが、欲しかった!」
ヒヤシンスは「あなた」の腕の中で声を上げる。
A4、姉たちを想い泣くガルデニアをあやすように、「あなた」はヒヤシンスの頭を優しく撫でる。言葉ではなく、ただ抱きしめて、頭を撫でる。娘の努力を労る父親のように。娘の成長を認める母親のように。「がんばったね。」落ち着いて顔を上げたたヒヤシンスへ、そう声をかける。
A4─、「うあ、あああ。」力無く、静かに泣き始めたヒヤシンスへ、「あなた」は子守唄を歌う。ガルデニアとエンゲージを行ったことで、焼かれた世界でガルデニアに摂食され、魂のありかを移した姉、アルストロメリアはピニ イラでの戦いの際、「あなた」とエンゲージを交わした。そのアルストロメリアの魂の残滓が、「あなた」に泣く子どものあやし方を教える。
よく泣いて、よく笑え、愛しい子。
「す、う。」
ヒヤシンスの泣き声は、やがて「あなた」の腕の中で、静かな寝息となる。
そして、
静かだ。
あまりに、静かすぎる。
鳴るべきはずのチャイムも、ウラニシ教官の足音すら聞こえない。
始業時刻はとっくに過ぎている。
飛鷹のぜネロジオで周囲の空気、分子や粒子の流れを解析する。
どうも、猫耳と尻尾の生えた女と、角の生えた女が扉の向こうからヒヤシンスと「あなた」の様子を伺っている。
「早くちゅーしなさいよ。」
「今がチャンスじゃぞ。」
小声でそんな事を言っているのも検知出来た。
アルカルブ艦長が、ウサギと連結して放つディスティノーマ、9万6千800発のプラズマ砲弾を、ピンポン玉ほどの極、軽質量の実体弾として、主に騒ぐ騎士達を昏倒させるのに使用する所を「あなた」は実際に受け、その構成過程と圧縮された祝詞を確認、解析した。
「ああもう、じれったいわねー。」
「ヒヤシンスも唇を突き出しておる、はようぶちゅーっとせぬか。」
「あの、べふこ、女神…さすがに覗くのは。」
ウラニシ教官も覗きに参加している。
A.「ヒヤシンス、少し目を閉じて─。」
A─、「はい─。」ヒヤシンスは、両手を胸の前で組み、瞳を閉じる。
「へえ、覚悟を決めたみたいね。」
「ほれほれほれ、はよう、はよう。」
「ナインめ、中々やる。」
「お前達何をしている…む。」
アルカルブ艦長も、覗きに参加したようだ─。
B、「ヒヤシンス、大丈夫だから驚かないで、激鉄を起こせ─。」「あなた」も、アルカルブ艦長のように、簡略化したディスティナハルタ発動の祝詞を唱える。
「…、。」ヒヤシンスはディスティノの祝詞と「あなた」のポデアが収束する方向から、覗きに興じている者たちの存在に気が付いた。ヒヤシンスは「あなた」の頬を手で包む。
「ひゅー、ヒヤシンス大胆!」
「これはこれは、魅せてくれるのう!」
「これが青春か。」
「私も後でマルと。」
「みんな趣味が悪いよぉ〜。」
更に声が増えた。その人物も同じように覗きを開始した。標的の数は5。
「ナイン、私は「あなた」に甘えてもいい、の─♪」
ヒヤシンスの歌が、扉の向こうで覗いてるいる一団を包む!
C、「いつでもおいで、愛しい子─♪」
「あなた」の返歌を引き鉄に、ヒヤシンスが叫ぶ!「イビ ーマ!」覗きの一団は、それぞれが全身を拘束される!そして─。「ディスティナハルタ!」ピンポン玉ほどの極軽質量光球を、「あなた」は複数放つ!
「みゃあ!」べふこが拘束をエラヴァで引きちぎり、「ほにょら!」女神が7本のランサーを展開し、「ふん!」ウラニシ教官が迎撃の構えを取り、「─ノーマ!」アルカルブ艦長が光球を自身の周囲へ球状に展開、「もー!」最後の人物は鎧腕を展開し振り上げた。
ほんの、カンマ数秒ほどの間に彼女らは対応した。
しかし、既に、プラズマを生じさせる速度でのランサーを使用した剣戟を、「あなた」はウバタニとの間に行なっている!
作者に女神、教官に艦長、最後の人物の単純な戦闘能力自体は「あなた」より格上である事は当然であり、それぞれが迎撃行動を取る事は予測済みだ!
かつて、フラマ セラタが赴いたラフリマ衛星都市ピニ イラで、都市民が別次元人フィンネルの技術供与した祈りの歌を使用し、対惑星文明兵器リピニィエーラを保護、養育、隠匿していた。
キャキキキキィィン!
覗きの一団は、見事にディスティナハルタの極軽質量光球を弾き切る!
しかし!
キュウウア!
1秒の千分の1にも満たない速度で、隠匿されていたディスティナハルタの光球が螺旋と共にそれぞれの額の前で発生する!
祈りの歌、その隠匿に関する祝詞。それを「あなた」は飛鷹のぜネロジオで解析し、模倣していた!
チュアアアア!
光球の螺旋は渦を巻き、それはめいめいが認識をする!
しかし、もう遅い。
あらゆる動作には、次の動作に繋げるための、エネルギーの流れが必要になる。
「あなた」はエルベラノにて、準勇者の転写模倣体との戦いでその真髄に到達した。
光速の剣戟でであっても、袈裟斬りの次は横凪に繋げるのが、流れを切ること無く次手を放つための基本となる。
彼女らは、目に視えていた光球の変則的、多角的な連続射撃に対して、一度きりの連続迎撃動作をしてしまった。
つまり、次の迎撃動作に移るための力の流れを作る時間が、足りない!
スココカカカカン!
それぞれの額に連続で、隠匿された光球は命中し、全員がぱたり、と倒れる。
「うう、無念…。」
「ワガハイ覗きが趣味なだけなのじゃあ。」
「師を超えたか、ナイン…。」
「このボンクラ共に付き合ったお陰で醜態を晒してしまった…。」
「久しぶりの登場なのに〜。」
それぞれが、口々に好きなことを言う。
即応の閃きで放った、破滅的な殺傷能力こそ持たないものの、普通のヒトならば意識を完全に失い、気付けのための衝撃を与えなければならないほどの威力はあったはずだ。
しかし彼女らは頭を上げて、ぶーぶーと文句を言っている。
この一団の中に於いて、ただ1人ウラニシ教官だけは、アルカルブ艦長のように刹那トラッカーによる再生も行われていない、ただのヒトのはずだ。改めて「あなた」は、教官の積み上げてきた経験に、敬意の念を持つ。
そんな中。
しゅしゅしゅ。
刹那トラッカーのような、赤い走査線が走る。
「む、ここにおったか。」
軽やかな、声がする。
す、ぅ。
走査線が、人物のシルエットを形作る。
「忙しいと言うに、遊びよって。」
見事なまでに軽薄な、クルルガンナ星人特有の金髪。
うつ伏せのような、浮かびながらも、水の中を泳ぐような。
その身体が、腰を軸にくるりと回転し、つま先から─。
った。
つま先から着地した。
ふわりと、その金髪が揺れる。
先代星姫リコペルシカ。
彼女は渋々身を起こし始めた覗き一団に告げる。
「そなたら、早よ厨房に来ぬか。」
そして腰から上体を捻り「あなた」とヒヤシンスへ、
「そちらも来やれ。人手は多いに越した事は無し。」
微笑んだ。
しゅか、あ。
彼女は再び赤い走査線と共に消えた。
「もーそんな時間だったのー!」
「急ぐのじゃ急ぐのじゃ!」
「働きたくないよぉ〜!」
べふことロータス2が、紫の少女を囲む。
既に艦長は踵を返し歩き始めた。
「ふう、ここまでとする。」
つまり、午前中の授業時間が終わったと言うことになる。
教室へウラニシ教官が入り、口を開く。
「さて、変則的ではあったが、ナインのぜネロジオ制御能力に向上を確認、またとヒヤシンスとの連携は成果を上げた。昼よりは第釤ハンガーへ集合せよ。」
ウラニシ教官が視線と共に頷き、ヒヤシンスが号令をかける。
「起立、礼。」
A、「ありがとうございました。」
A─、かああん、こおおん。「あなた」の声に合わせて、鐘が鳴る。
先程の鳴るタイミングがズレていたのにも合わせ、この鐘はどこから鳴っているのだろう。見回す。教室は既にくにゃくにゃ、と歪み始めて目覚める前の夢のように朧げとなる。
「ナインはまだ、このフネの事を知らないんだったね。」
ぱふ。
ヒヤシンスが「あなた」の右腕に抱き着く。
A、「そう言えば、授業では水素と四次元の世界との関わりが主な内容だった。」
飛鷹のぜネロジオで記録した内容を、「あなた」は脳内で瞬時に再生する。「あなた」のいるほんとうの世界、三次元と時間軸を合わせて四次元。
第四次元に存在する普通の人間の言葉で表記するなら、思い出す。
宇宙全体の組成、その大半を占める水素は、恒星の燃料であり、岩石惑星などでは有機体としての命を育んだ。
そして、それらは上位次元からの影である、と。
燃焼し、氷り、気化し、蒸散蒸発し、液体の姿を取り、命を育み、知的生命体に熱の概念を与え、そしてまた、間接的に命を殺す。物質を削る。流れる間、循環している間は知性体にとっての清潔、清涼さを与え、溜まれば、衛生的、精神的にも澱みとなり、濁らせる。
ここに
これらは全て、上位次元からの、意識的ではない干渉である、と太陽系第三惑星人とクルルガンナ星人は、作者おおとろべふこの筆を借りて結論づけた。
水は生命を繋ぐために必須であり、そしてまた、生命を奪うものでもある。
我々は未だ、水素とそのほんとうの姿を知らない。
知らなくても、生きて行けるから。
水素。
もしくはそれの、化合物。
それが第十三次元人、カヌメナーアの中で、「あなた」の左眼を奪い、二次元世界のダリア─太陽系第三惑星人戦記─の世界を焼いた。赤いインクに漬けた。
夢物語だ。
そう考えるのは楽だ。
しかし、「あなた」の世界においても、空を飛ぶ飛行機は発明された。船は海を渡った。電気は利用された。樹木の繊維質は梳かれ、紙となった。水車は穀類を挽いた。火は、夜を照らした。
これらは、その存在を知らなければ、夢物語だ。
まだ、「あなた」の存在する四次元の世界、岩石惑星地球での知的生命体、地球人はまだ、気付いていないだけ。
水素の取る姿全てが、上位次元存在の影だと言うことに。
「ほーら行くよー!」
「ほれほれ!」
「趣味が悪いよぉ〜!」
べふことロータス2は、紫の少女を担ぎ上げた。
ヒヤシンスに抱きつかれたまま、廊下を、艦内の通路を歩く。
ほんの少しの青みがかった、鉄のような白い壁には、グレー寄りの黒い、細い線が天井に近い側に、太めの線が「あなた」の腰ほどに走る。
「クルルガンナ星人の対惑星文明兵器は、本能の抑制が平均より低い個体を転用したもの、って事は理解できてる?」
A、ヒヤシンスの言葉に、頷く。
これは、さまざまなダリア(略)のエピソードで断片的に語られてきた。
また、大型、中型、小型など、それらの中には一定数の居住者、操縦者もいる。
こん、こん。
ヒヤシンスは頷いて、壁の下線へノックするように触れる。
しいいいい。
黒い線の中に、緑の線が走った。
「これは、クルルガンナ星人の対惑星文明兵器とその内部機構を、太陽系第三惑星人が再現したものなの。」
こん、こん。
それは少女の手の甲に対して、軽い木製の板のような音と走る光を返す。
「ウサギの操縦と同じです。接触と同時にぜネロジオを接続して、意識を流す。そうして下から上への情報伝達を行います。」
よく見れば、意識を向ければ、黒に見えていた線は、さまざまな色が折り重なっている、まるで絵の具を画用紙に塗り重ねたような、濁ったようでいて、鮮やかな色の集合だった。
「また、各員への伝達、各騎士隊への指示、連絡はチャンネルごとに、ふつうにアナウンスがかかります。」
これは「あなた」が目を覚ました時に聞いたものとして経験している。
そこで疑問が生まれた。
A、「このフネは、何を材料にしているの?」
そもそも天の川銀河の中心天体いて座Aスター、命球はあらゆる物質をプラズマ化しデータとして集積するブラックホールのはずだ。そこから発生する潜次元戦艦リコペルシカも、「あなた」の作品での肉体「ナイン・エルナ」も、登場人物たちも、ウサギも、ただの情報のはずだ。何を使って、どうやってここまでのフネを組み上げた?
A、─「なんじゃなんじゃ教えて教えてと、しょーがないやつじゃのー。」「さっきヒヤシンスがヒント出してたでしょー。」「ちゃんと教えてあげないで意地悪するの、趣味が悪いよぉ〜。」
ロータス2が、べふこが、紫髪の女性が口々に「あなた」たちへ振り向いて、話しかけてくる。
「何を隠そうこの潜次元戦艦リコペルシカはの!」
「その素材にUltraSuperGiganticを利用した!」
「やっぱり趣味が悪いよぉ〜。」
そう、伝えられた。
UltraSuperGigantic、他害または自害を行なった太陽系第三惑星人の魂に、地球と同等の質量を本人と犠牲者の人数分与え、光崩壊させた後に生まれた、鉄。
つまり加工にワンクッション挟むものの、それはクルルガンナ星人個人を加工する対惑星文明兵器と、本質的には変わらない。
「お主には、エルヴィエルナでこのフネを建造しておるいち場面を見せておったの。」
「そうだね、ただの情報、熱量として定義され、発生した太陽系第三惑星人の魂から生み出した鉄を、フネの素材にするの。名案でしょ?熱量自体は命球、いて座Aスターから引っ張るから、だいたいは、「あなた」の生きてる時間で見れば無限よ。」
「だからって、やっぱりヒトの魂でフネを造るのは趣味が悪いよぉ〜。」
「あなた」は、その言葉を聞いて想いを巡らせてもいいし、次の記述を読んでもいい。
「あなた」の世界での橋、建造物には、碑が打たれているものを目にした記憶があるかも知れない。
それは事業者の興したビルヂングであったり、島と島を繋ぐ、川や海を渡る橋であったり、山腹に開けられたトンネルであったり、と。
そして天災、病、戦乱。
それは、人類が行う生命活動を支えるためのあらゆる業に於いて、亡くなられた方の名前を記録したもの。
墓。
彼ら彼女らの肉体は、魂は、そうして刻まれる。
記録される。
熱量を。
熱量の移動を。
A、「つまり、潜次元戦艦リコペルシカとは─。」
それ自体が、碑。
A─、「概ねはそうじゃの。」
「わたし達太陽系第三惑星人、地球人、クルルガンナ星人の二次元人は、「あなた」、ナイン・エルナは、誰かのお墓で、戦うの。」
「やっぱり趣味が悪いよぉ〜。」
紫の髪の女性、少女は、べふこの鼻を摘んだ。
「わたし達は先達の積み上げた、碑の上に生きる。」
「歩くの、食べるの、おしゃべりをするの、眠るのじゃ。
「それが、戦うってことだよぉ〜。」
そこがどこでも、「あなた」の意識のあるところ、この二次元の作品の中にあっても。
情報は光として眼球、網膜に入り視覚を通じて脳で文字またはイラストとして入力され、脳内で文字または感覚、または映像として処理される。
それを思い出すことも出来るし、忘れることも出来る、何度でも読めるし、読み飛ばすことも、読まないことも出来る、その次の展開を想像する事も、期待しないことも、既に、「あなた」の心のあり方は十一次元を表している。
B、「なら、第十三次元人と戦うという事は。」
心の中で「勝った」と思うだけなら、脳内の十一次元でいつでも可能だ。しかし、「あなた」の存在する三次元または四次元と物理的に接続する十三次元の存在、水素に由来する知的生命体と、どう戦うのか。
B、─「ふっふっふ、良い質問だねナイン・エルナ。いえ、「あなた」!」
「お主が二次元の作品世界に干渉している間、べふこはお主を第九次元人と定義したのじゃが。」
「それはつまり、三次元または四次元の「あなた」が、二次元で表現されるこの世界で、二次元存在となった状態を表してるよぉ〜。」
ややこしい。
屁理屈だ。
無理がある。
「だけどね。」
「作者のべふこは、介護施設でほとんど寝たきりか、車椅子に座っておる。が、二次元世界では自由に振る舞っておる。」
「この舞ちゃん2も、べふこの経験をコピーされた、転写模倣体として作品世界で命球に辿り着いて、女神となったよ。」
これは、「あなた」も知っている内容だ。
おおとろべふこが、幼少期に買い与えられたおもちゃのラジオ、そのラジオノイズから第十三次元人のいち個体に視覚的にアクセスを受け、後にダリアの作品を描いた。
その際に「自分が女神になるのは恥ずかしい」という理由で蓮坂舞を作り、女神とした。
女神は焼かれ、ロータス2として再生された。
なら、この紫髪の少女は誰だ。
「へー、良いところに目をつけましたねお客さま。」
「こやつはべふこの同性の、元彼女でもあるのじゃ。エルヴィエルナでのエピソードもほぼ事実じゃぞ。ちなみに作品登場への、本人確認と了承も取っておる。」
「だからって出すの趣味が悪いよぉ〜。」
薄い紫のふわふわのコートに、ベルトを過剰に巻き付けたロングのエナメルブーツ。そしてディスティナハルタを迎撃した鎧腕、「趣味が悪いよぉ〜。」という口癖。
「あなた」は既に、彼女の想像が付いていた。
冬都市エルヴィエルナにて、アルストロメリアと共にブラックバッカラとガルデニアを養育した長姉、
A、「幸拓 結実子の製造した対惑星文明兵器─。」
B、「ノーカラーズマークワン─。」
C、「アネモネ・エル・ヴィエルナ。」
A、B、C、─「だーいたい正解ですねお客さま。」
「こやつは焼かれた世界のアネモネの姿を再現しておるが、お主のガルデニアの姉とは別個体として捉えれば良いぞ。ワガハイがロータス2なら、こやつはアネモネオじゃな。」
「名付けの趣味が悪いよぉ〜。」
「あなた」はその返答に頷く。
目の前の紫の少女はべふこの彼女だった人物を元にデザインされたアネモネオであり、「あなた」のガルデニアの姉アネモネとは別人だ。ただ経歴の一部は同じであり、その意味では転写模倣体とも呼べる。
ここまではいい。
A、「肝心の質問に答えてほしい。」
A、─「これまでの理解からご説明いたしましょう。
「あなた」の住まう、立体、三次元の空間に時間を足して四次元。
そうして、可能性や平行した世界など、考えつく選択肢を足してゆけば、この宇宙は十一次元までは定義できる、とします。
今この作品では。
わたしが定義しました。
そして、太陽系第三惑星地球に住まう二足歩行の知的生命体、ヒト種。その脳内の構造もまた、十一次元とされます。
なぜか。
「あなた」は、二次元の文字を読み、ダリアの作品世界に触れた。
その作品世界の住人たちと、描写を通じて触れ合った。ガルデニアやフラマ セラタの仲間たち、パートナーたちと口付けを交わした。
これは二次元世界の中の描写であり、「あなた」の存在する世界での事実ではない。
しかし
「あなた」は眼球を通して脳内へこの記述を送り、それを脳が認識し、理解し、整理をする。
ダリアの作品世界でなら、過去の記述へのアクセスは容易に行える。視線を移せば過去と未来、現在への移動が可能です。
「あなた」は作中でA.B.等の選択肢を選び、登場人物たちと交流を行える。
描写不足により実質的な選択肢とは乖離してはいますが、
それでも「あなた」は選んだ。
そもそも、読まない、読むという可能性から、読むという選択を「あなた」は行なった。
選び取った。
「だから、この作品を読む「あなた」は、」
「既に第九次元人としての能力を行使しておるのじゃ。」
「でもやっぱり十三次元には届いてないよぉ〜。」
そう、そして戦う手段も。
べふこは、先を歩いていたウラニシ教官の背後に近づき、両足を揃えてつま先を伸ばし、左腕を上げて襟首へ手を伸ばし、引き寄せた。
「何をする!」
ウラニシ教官は怒る。
当然だ、いくらべふこが作者とは言え、ウラニシ教官は教官であり、敬意を払って接するべき相手だ。
彼の耳元でべふこは何かを囁き、ため息をついた教官は、「あなた」に向かって口を開く。
「それではナイン。食堂へ着くまでに簡易的ではあるが説明をする。いいな?」
A、「はい教官。」
やっと本題だ。今までは現状の整理と人物の説明だった。
A、─「では、主目標、撃破破壊或いは抹殺対象とする第十三次元人カヌメナーアだが─。」
「あなた」の視線はウラニシ教官を注視しているが、その奥ではべふことロータス2がアネモネオを担ぎあげた。
「─ふむ。」
教官は、顎を摘んで「あなた」の視線の先を見る。
「ロータス2、提案がある。」
教官の呼びかけによりロータス2が振り向き、バランスを崩したアネモネオの身体はべふこともつれあって倒れた。
「何じゃの?」
「カヌメナーアの説明を行うのに厨房での調理手伝いを行いたい。」
「ふむ。少し巻き戻すのじゃな。」
ロータス2は、瞳を閉じた。
「かんたん─。」
「あなた」の意識は継続しているものの、「あなた」の肉体は後ろへ歩き出す。ロータス2は再びアネモネオを担ぎ、下ろし、べふこがウラニシ教官に耳打ちをしたところまで場面が戻る。
教官がため息をついて、「あなた」に指示をする。
「ではナイン。壁にある、天井側の線へ触れろ。」
A、黒い、様々な色が混じり合って黒に見える線に触れる。
A、─「これはクルルガンナ星人の神経系を模倣したものだ。ウサギを用いているため、ぜネロジオを通す事が出来る。」
きゅ、あ。
飛鷹のぜネロジオを接続する。
「そうだ。我らの肉体、意識は熱量ベースの電気信号を元に二次元の文字として構成されているため、この模倣神経系を使用して艦内に限り即座に移動が可能となる。」
「太陽系第三惑星人の公用語から拝借して、ネアレラ ヴィタって呼ばれてるよ。」
ヒヤシンスも同じように、天井側の黒線、ネアレラ ヴィタに手を付ける。
「では、第釟番調理室へ経路を繋げ。」
A、頷き、神経の流れが脳髄、頚椎から脊椎、肩腕肘手、腰腿膝足首へ繋がるようなイメージと共に、第釟番調理室への回路を繋ぐ。
A、─しゅあっ。
「あなた」の身体に赤い線が走り、まばたきの間に。
かん、かかかかん!
ヒトふたりがゆったり入れる大きさの鍋が、けたたましく打ち鳴らされる!
「ぼさっとするでない!毛髪まとめ後エプロン付けい!手洗い励行せよ!」
「あなた」は苛烈なものの気品を保った指示を受け、即座に手洗い場へ立つ!
学園で必修科目だった調理の訓練!
理解するよりも先に身体が動く!
ここは戦場だ!
学園制服上着を脱ぎ、畳み空きのカゴへ入れる!
ハンガーから吊り下がった浅いグレーのエプロンに首を通す!腰に巻き付けて括る!
身に纏う!
ヒヤシンスと共に粘着式のハンディローラーでシャツの肩や胸に腰、腕に付着した毛髪をお互いに除去し合う!特に背中側は自身では確認出来ないためパートナーが必要となる!
鏡の右隣に設置された箱から折り畳まれた、薄いヘアネットを取り出し、装着する!
マスクを着ける!
ヒト種生命体は24時間に平均40本の頭髪、60本の体毛が抜け落ちる!
制服のシャツ袖口を折り返しボタンで止め、樹脂の輪で縛る!
調理用キャップもしくはバンダナを巻く!
これだけは、厨房に入る者に認められた自由!
蛇口を捻り水を出し、手のひらで擦り合わせ、ポンプの薬液を出し、再度手のひら、甲と擦り、指の付け根に浮かび上がる老廃物をこそぎ取る!指先、爪の間を手の甲に当てスライドさせ、 汚れを取り除く!
表向きは綺麗に見えても、微細な汚れは溜まるものだから!
流水で再度同じ手順を踏み泡を洗い流す!
据え付けの箱から再生模倣樹木繊維の使い捨て手拭きを取り出し、水分を拭き取る!
表皮の水分は汚れを溜め、雑菌が増殖するものだから!
据え付けの消毒液、アルコール濃度80%のもの、側面にメモされた希釈日付を確認してスプローノズルから吹き付ける!
手指に擦り込む!
同じ作業を、ベンザルコニウム塩化物とエタノールの混合溶液の希釈物を手指へ!
食中毒は、「あなた」の地球に於いても、人類の発生してから、恒常的に人類を殺し続けているのだから!
A、「ふううう。」
呼吸を整える。
手洗い場の鏡を見る。
おのれ自身の目を見つめる。
帽子かバンダナで纏められた前髪と横髪は、乱れが無い。
調理用エプロンに身を包んだ「あなた」は間違い無く、
調理場へ赴く騎士となる!
す。
同じように身だしなみを整えたヒヤシンスと共に、調理場へ足を踏み入れる!
熱気!
立ちこめる様々な香り!
鼻腔と喉、胃袋を刺激する揮発した食用油の香り!酸味の強い果実と香味野菜の煮詰められた香り!青々とした葉物野菜が手でちぎられ、包丁で断ち切られ、そのまま器に盛られ、炒められ、煮込まれる香り!
「十五番鍋!」
「焼け!焼け!」
「給仕!ゆけ!」
じゅう、わああ!
鉄の大鍋が、船体のエンジンから発生する過剰分のエネルギーを導き変換した熱により、刻まれた野菜を加熱し、混ぜ合わせる!
鳥類が!魚類が!四足獣類が!
捌かれ、焼かれ、煮込まれる!
「そこの!九番鍋に!」
「あなた」は指示を受けて、寮の浴槽はあろうかという大鍋に着く!
「次のだ!」
「おら、いっとけよ!」
威勢の良い掛け声と共に2人の調理担当、食卓騎士が「そう、れ!」と声を合わせ下拵えした一斗缶五杯分の食材を大鍋に入れる!
「あなた」は学園での教育課程にて、ウサギ連結式調理器具の操作方法を学んでいる!潜次元戦艦リコペルシカに於いての動力にはまだ説明を受けていないが、基本は同じだ!
叫ぶ!
A、「2-4-3!」
B、「5-3-1!」
A、B、─「6-2-5、4拍子だ!」
その返事を受けて、「あなた」は大鍋の前面に生えた手回しハンドルを両手で掴む!「ティオ!」叫ぶ!
足を肩幅に開き、腰を落とし、手と肘ではなく、足首と膝、腰でハンドルを6-2-5の指示通り、6回4拍子のリズムで左回し、2回右回し、5回左回しする!
大鍋は中央に動力回転する大型ミキサーが焦げ付き防止のために回転している!
が!
ヒヤシンスが投入する調味料、オイル、四足哺乳類の粉乳に偏りが生まれる!
そのため料理ごとに設けられた回数ハンドルを回し、大鍋に傾きを与えてゆく!
A、「輝く我らの鉄鍋にゃあ〜♪」
「あなた」が学園で身に付けた女神の詩(調理用)を4拍子の大声で歌う!
A─、「今を生きる、喜びがあ〜♪」
他の鍋ハンドルを回す食卓騎士達が歌声で返す!
手や肘ではなく、上半身はハンドルに食い込ませるように腕と肩で羽交締め!
膝と腿の動きだけで回す!
「あなた」は!
「あなた」たちは今!
この潜次元戦艦リコペルシカの全クルーの食事を!
調理している!
かつて、漁をしていた木彫りの船の!
かつて、荒波を渡り切った船のオールを漕ぐように!
この灼熱の大鍋という荒波を!
声を揃え!
拍子を合わせ!
ガクッ!
それぞれの鍋、櫂の漕ぎ手が力尽きると、即座に両わきを抱えられ運ばれる!
薄れゆく意識の中、次の食卓騎士一団が大鍋に取り付く!
ざぱっ!
ぬるま湯を顔に浴びせられる!
ぬるま湯ではあっても、先ほどの蒸す戦場と比べれば天国である。
生き返る。
ざ!
即座に上半身を、背筋に力を入れ、腰を浮かし、中空を蹴り上げるように飛び起き、「あなた」はその勢いのまま立ち上がった。
「よし、飲め。」
ウラニシ教官からコップを渡され
A、飲む。
ゴクッ!
A、─塩で練られた果実のペーストを水溶きした飲料は、「あなた」の鼻腔、喉、そして胃袋に染み渡る。
「栄養量食だ。」
手渡される穀類固め焼き。
A、齧る。
バリッ!
A、─香ばしく焼き固められた穀類の粒が歯の間、口の中で弾ける。
そう。
そう言えば、授業の前から、何も食べていなかった。
それは、前回の次元跳躍から、あの領域で、左目を喰らわれ、ダルハルカで再度向かった時から。
A、「まだ、足りないです。」
胃袋が、本能が、魂が空腹を訴える!
まだ「あなた」の心は飢えている!
第十三次元人カヌメナーアと戦うために!
ガルデニアやフラマ セラタのみんなを、太陽系第三惑星人を、クルルガンナ星人を守るために!
まずは!
お腹を満たさなければ!
「よし、まずはシャワーで汗を流してからだな。2-6へ飛べ。終われば兵員食堂だ。」
す。
教官は握った左拳を胸にあてて軍礼を行い、ネアレラ ヴィタで赤い線となり、消えた。
先代星姫リコペルシカもそれを行なったのを見て、「あなた」自身もこれを利用して厨房へ飛んだ。
熱量に依存した情報を、回路を通して移動させる。
「あなた」は電子機器の基盤回路を見たことがあるかも知れないし、無いかも知れない。もしくは、ケーブルを通じた機器同士のデータ転送。
「あなた」は、考えを口に出して整理する。
A、「あらゆるものを熱量として蓄積、保管する天の川銀河中心天体いて座Aスター、または同じ性質のブラックホール。そこに興った文明種があれば、確かにこの転送装置は再現出来るのだろう─。」
A、─「へー、冴えてますねお客さまー。」
「んむ、ここまで本文を読んでおるのじゃ。意識だけで無う、潜在意識や本能でも理解しておるじゃろ。」
べふこと、ロータス2に腕を掴まれる!
「2人とも隙をついて、趣味が悪いよぉ〜。」
B、「何をするー!」
B、─「何って、ねー?」
「ワガハイらも汗をかいたからの。重労働を行ったナインを労ってやらねばの。」
「私もべとべとだよぉ〜。」
C、「やめて!ぼく/私にはフラマ セラタのみんながー!」
C、─「いーのいーの。えんりょなさらないでー。」
「ふむ!フラマ セラタ用の家族風呂に飛ぶぞ!」
「ガルデニアに会いませんよーに。」
アネモネオがネアレラ ヴィタに触れる。赤い走査線が走り始める!
「ああっ!ナイン!」
しゅぱあああ。
ヒヤシンスの声と共に手を掴まれ、「あなた」の視界は赤い走査線に覆われた。
かぽーん。
「おー、ナインが来ましたなー。」
「お待ちしていた甲斐がありましたね。」
「ふふ、ぼくの胸ははちきれそうだよ。」
「この身体になってからナインとお風呂は初めてなので早くお背中流したいです!」
「は?ナインを洗うのは私の役目ですが!」
湯気が晴れる。
「げ!」
「むう!」
「やばー。」
「えええ。」
「おー、べふことロータス2にお姉ちゃんのそっくりさん、もうお一人もナインとお風呂したいのですなー。」
「湯船的には余裕がありますが、私達の隊長とお風呂に入るのはいただけませんね。ぶぶ漬けでもいかがどす?。」
「ふふ、ナインは汗まみれでぼくの鼓動は跳ね上がったよ。」
「私のデータベースによるとそちらの方は…。」
「は!?ナインが一気に女を4人も増やしたんですけど!?」
カランコエの弾けるような声に。
「悪いけど、今日のナインは。」
「ワガハイらが先約での。」
「やっぱり他の人たちの隊長とお風呂は趣味が悪いよぉ〜。」
「私のエンゲージ祝いと言うことで、皆様にはお引き取りを─。」
ヒヤシンスの言葉に浴槽の全員が厳しい顔付きになる。
「ナインは渡しませんが!」
ザッパァ!
カランコエが浴室の床をものともせず駆け出す!
ガルデニアが浴槽に浸かったまま腕と首を伸ばす!
ナナカマドが透けるように分身する!
フィンネルが飛び上がり天井を蹴り、「あなた」へ飛び込む!
アロエは「あなた」を洗うためスポンジを泡立てる!
「へえ、面白いじゃない。」
「見せてやるかの!」
「ここお風呂場だよぉ〜。」
「ただナインとゆっくりしたいだけなのに!」
べふこは足を広げ前屈みになり、ロータス2は胸を反らして腕を組む!アネモネオは横髪を摘みヒヤシンスは「あなた」の腕に抱き着く!
このカンマ数秒後には、浴室の中はめちゃくちゃになり、恐らく「あなた」の身体もここにいる全員にめちゃくちゃにされる!
カンマ一秒進む!
ただ汗を流したかっただけなのに!
ただ美味しいご飯を食べたかっただけなのに!
家族風呂その浴室にはガルデニア、カランコエ、ナナカマド、アロエ、フィンネルそしてべふこ、ロータス2、アネモネオ、ヒヤシンス!
もうおしまいだ!
カンマ一秒進む!
「あなた」の飛鷹のぜネロジオは計算する!彼女たちの激突とその後に起こる、「あなた」へのもみくちゃを!
カンマ一秒進む!
見えた───!
口を開く。
A、「─この中で一番大人しくしてくれた子の、髪を洗ってあげる。」
A、─しぃ、ん。
浴室の空気が、荒れ狂う風が、凪いだ。
ぽちゃ、ん。
「あなた」の言葉の後、そこには天井から滴った水滴が、湯船に落ちる音だけが響いた。
きゅ、きいい。
蛇口を捻る。
ざああ。
シャワーからお湯が優しく降り注ぐ。
「あなた」は静かに身体と頭を洗い。
かぽ。
手桶で湯を掬い、浴びて。
ざ、ぶ。
湯船に肩まで浸かり。
るーるるる♪
鼻歌を歌い。
ざばぁ。
立ち上がって、浴室を出る。
清々しい気分だ。
汗を洗い流し、ゆっくりと湯船に浸かれた。
厨房での調理も、第十三次元人の事も、全てを忘れて、静かな入浴を楽しんだ。
かぱ。
透明な開き戸の冷蔵庫から、四足獣のミルクの瓶を取り出す。
しゅる。
巻かれていた紐を解き、覆っていた薄紙を剥がす。
きゅ、ぽ。
瓶の口に蓋として嵌め込まれていた厚紙を、指先で持ち上げるようにして外す。
ご、く。
鉄火場と浴室で汗をかいた口、喉、胃袋へ、適度以上に冷やされた、キンキンのミルクが染み渡る。
ん、く。んく、んく。
息継ぎもそこそこに、一気に流し込む!
A、「んん、ぷはーっ!」
口元に手を当て、大きく息を吐く。
「あなた」は今、生きている!
満たされた「あなた」は浴室の方を振り向き─、
A、─「逃がさない!」
9人の女子の手により、再び浴室へ引き摺り込まれた。
ぶぉぉぉ。
浴室を出た「あなた」は、身体を3枚の羽を回転させて風を送る機械で乾かし、冷まし、そして制服に袖を通した。
「はい動かないで、今日も素敵な髪型ですよナイン。」
カランコエが「あなた」の髪をセットし始めて、もう1日は経った気がする。
「制服にアイロンも当てましたので、ナインみたいにパリッとしていますよ。」
ナナカマドが、腕を伸ばした「あなた」に制服上着を着せる。
「君の左眼に穿たれた穴は、べふこくんの物と同じく、義眼を嵌め込むよ。」
ず、ぷ。
めり込ませるように、フィンネルが、何度も磨いた義眼を嵌め込む。
「あわー、ナインー、もうちょっと右ですな〜。」
「あなた」に背を向けたガルデニアの柔い肩を揉む。
「ルニア、そこ痛っ!」
同じようにしてガルデニアに肩を揉まれていたアロエは、声を上げる。
「ふーん。」
そして、
「フラマ セラタは第九次元人ナイン・エルナを隊長とした家族だって聞いてたけど、本当にそうなんだね。」
A、「あなた」は、ガルデニアの肩に指を添えて、ヒヤシンスに向ける。
A─、「わかりましたなー。」
ガルデニアが腕を伸ばし、離れた所から「あなた」達を俯瞰していたヒヤシンスを捕まえて、抱き寄せる。
「やっ、やだ、何っ。」
「みんなで一緒にお風呂に入ったのですから、もうヒヤシンスも家族ですな〜。」
B、「あなた」はガルデニアに抱きしめられて大人しくなったヒヤシンスの頭を撫でた。
B、─「ふむふむつまり、ワガハイらもナインと風呂に入ったのじゃから家族と言う事かの?」
「んーいろいろやっちゃったからねー。わたし達もお嫁さんでいーんじゃない?」
「一回お風呂したくらいで妻気取りとか趣味が悪いよぉ〜。」
そうだ、アネモネオの事もあるけれど、聞きたいことがあった。
A、「ロータス2は焼かれた世界でべふこに再生された存在のはずだ。こちらの女神はどうなったの?」
アネモネオは確か、女であるべふこの元彼女というややこしい出自ではあるものの、ガルデニアは「お姉ちゃんのそっくりさん」と認識した。
女神もまた、そう作品世界の住人に認識されるのだろうか?
A、─「ワガハイかの?」
ばっ!
ロータス2は、両腕を広げて女神と同じ衣装を纏う。
「何を隠そうワガハイは!」
「そうもったいぶる物でもないでしょ、この子はねナイン─。」
べふこはてきぱきといつもの給仕服を身につけて、告げる。
「第十三次元人カヌメナーア、当該個体または群体の存在可能限界域、それぞれに打ち込むアンカーポイント、そのロータスシリーズ、その─。」
「本人に説明させてあげないの趣味が悪いよぉ〜。」
「むう。」
「うむ!ワガハイはロータスシリーズの試作一号、ロータス2じゃ!」
ややこしい。
A、「なら名前を変えて1で良かったんじゃないの?」
アンカーポイント、と新しい言葉が出てきたものの、まずはそこを指摘したい。
A、─「ふっふっふまだまだですねナインさま!」
べふこが自慢げに胸を張る。
「ナインの、「おぬし」の信ずる宗教には触れぬが、べふこの持つ宗教観には、分霊と言うものがあっての。」
ロータス2は、くるりと回って美しい銀髪と青いマントをはためかせ、
しゅぽ。
もう一体、ロータス2のような姿の存在が現れた。
「これはほんとは、ウラニシ教官に説明してもらうつもりだったけどー。」
べふこが、手のひらを天井へ向けて「あなた」の目線に持ち上げる。当然何も無い。
「何もないよ。目に見えるものは。」
「いちおうこれが、0次元と定義するよぉ〜。」
アネモネオの言葉に、「あなた」は頷く。
「ここに、「・」点を表示させるのが刹那トラッカー。」
べふこの手のひらの上に・、点が表示された。
「これはつまりの、記録された熱量を再生させたのじゃ、リコルディアとも性質が似ておるの。」
「ややこしいって思うだろうから先に言っておくと、「あなた」の第四次元世界のゲームで言う、セーブした記録をロードするようなものだよぉ〜。」
つまり、刹那トラッカーとは─。
「そう、アンカーポイントに記録した熱量移動を、再生するもの。」
「と、ゆーわけで、の。」
ロータス2は、ロータスシリーズの背を押す。
しゅぱ。
押された方の個体は、にやりと笑って消える。
潜次元戦艦リコペルシカの、窓枠の景色が、繊維質のものから炭化した黒へ変化する。
「このフネは、0次元から4次元までのさまざまな所に、アンカーポイントを打ってるよぉ〜。」
目まぐるしく、窓の外の景色は変化し続けていた!
「あなた」は認識していなかっただけで、ロータス2は常に、分霊を生み出し送り出していた!
A、「ここまでは、理解しきれていないものの、理解した。けど、ロータスシリーズだけで何が─。」
「あなた」の口を、唇を、無数のロータスシリーズが撫でる。
A、─「この世界、ダリア─太陽系第三惑星人戦記─、その第六部 第九次元人の「あなた」へ。の世界は─。」
「今この文章を読んでおる「おぬし」、ナイン・エルナの意識と熱量に依存して表現され、描かれておる。」
「だから、ナイン・エルナこと「あなた」が、この作品世界を覚えている限り、ロータスシリーズと再生される世界は動き続けるよぉ〜。」
めちゃくちゃだ。
二次元の作品を読む「あなた」の意識と熱量を基軸にして、登場人物を、世界を描く。第十三次元人カヌメナーアがどれほど強大で、それすらも陳腐な言葉になる、次元の違う存在であったとしても、「あなた」が記憶し続ける限り、消されることはない。
めちゃくちゃだ!
「そう、第四次元の存在である「あなた」、その脳のシステムは第十一次元に相当するのよ。」
「そこにほれ、ワガハイら二次元の作品世界人を加えるとの、もう十三次元なのじゃ。」
「すごい屁理屈だよぉ〜。」
A、「それは、ぼく/私が忘れちゃったらどうするの!いつでもこの世界が、ガルデニアや君たちが消えてしまうんだ!」
A、─「ふっふっふー、ナインの心配もその通りですなー。」
「私はナインに忘れられるつもりはありませんが!」
「うーん、忘れたとしても構わないんですよー?」
「そうさ、ヒト種は忘却する生き物だからね。」
「ですが、その度に記憶し直せばいいんです!私も機械の身体から今の姿になって、そうしています!」
「クククク!我も「おまえ」の物なのだ!好きに忘れて、好きに思い出せ!」
ふと、少し懐かしい声がした。
「あなた」が準勇者の転写模倣体を倒した際に、強すぎる力の反動で「あなた」の左腕に巣食った紫電の龍。少女の魂。
A、「久しぶりだね!ええと─。」
「あなた」は声をかけたものの、この龍の名前、名前はええと─。「コルチカム…エキナセア…リシアンサス…。」
A─、「うわーナインが知らない女の名前ばっかり呼びますなー。」
「次にナインが呼ぶのは私の名前ですが!」
「女の子の名前を覚えていないのはかわいそうです。」
「ナインはアロエだけ覚えていればいいですよ!」
「ふふ、ずっとナインを見ていたから、接触した女性の名前だと言うのは理解しているよ。」
「それって私の父よりひどいんじゃ。」
「まーナインは「第九次元人の「あなた」へ。」の主人公だから、モテモテなのは仕方ないよねー。」
「ふむ。確かにワガハイも満足したからの。」
「けど本人を前に別の女の名前を連発するのは趣味が悪いよぉ〜。」
くちぐちにパートナー達は「あなた」の事を好き勝手に言い始める。
「えっと。」
左腕に絡み付いた煌めきが声を出す。
「ヒルガオ、です。」
「キカカカカカ!我は元よりヒルガオの側面に過ぎぬ!」
つまり、今までにどのような呼び方があったにしろ、この左腕の龍はヒルガオという名前になった。
めちゃくちゃだ。
それでも。
「あなた」の心が想う時、彼女たちは存在できる。
赤いインクに、焼かれても。
A、「つまり、君たちは─。」
「あなた」の唇に、ガルデニアの人差し指が添えられる。
A、─「んっふふー、そこから先は言わなくてもだいじょーぶですなー。」
「さーそれよりナインさま!」
べふこが後ろから「あなた」の両肩に手を添えて、声をかける。
「刹那トラッカーとはつまり、「おぬし」の心に大幅に依存をしておる。」
「つまり思い出をいっぱい作ろうねってことだよぉ〜。」
無数に打たれ続ける、アンカーポイント。
それは、天の川銀河中心天体いて座Aスターを命球として、太陽系第三惑星人の世界を作った女子高生、蓮坂舞、その再生されたものの、転写模倣体。
「そー、カヌメナーアの排除は一瞬で終わらせるよ。」
「一片でも残せば、ワガハイらのやったように逆転されるからの。」
「行う日は「あなた」の世界、東京標準時刻で1月15日の15時57分くらいだよぉ〜。」
それは、つまり─。
「焼かれた世界で、ナインとわたしが出会った日ですな〜。」
「ちょうどこのエピソード投稿日が6月29日!7月!夏!」
「そう!海じゃ!」
「水着で遊ぶよぉ〜!」
振り返ると、フラマ セラタのみんなは水着に着替え始めている。
A、「みんな気が早すぎる!」
第六部 第九次元人の「あなた」へ。
Ⅺ 次元騎士ナイン 了
次回予告!
ヒヤシンスとのエンゲージを覗いていたべふこやロータス2を倒した(物理的に)「あなた」!
刹那トラッカーによる第十三次元人カヌメナーア排除のため、「あなた」は1月15日15時57分近辺まで、熱量を蓄積させる!
つまり、夏は水着で!
きゃっきゃうふふ!
次回、第六部 第九次元人の「あなた」へ。Ⅻ ビーチストライカー!
読んでくれなきゃ、ダルハルカしちゃうぞ!
ってゆーわけで!
次回は水着回です!
がんばって描きます!
7月後半の予定です〜!




