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リコルディア⑤ノーカラーズ

こちらは

女神直属騎士隊メリージェーン隊の作戦行動、戦闘記録であり、「あなた」、ナイン・エルナに開示するべき、ガルデニア・エル・ヴィエルナとその家族、姉であるアネモネ、アルストロメリア、ブラックバッカラ、そして保護者となる幸拓 結実子、そして女神直属騎士クロユリ、そのパートナーエーデルワイスがどう生きたか、という記録でもあります

「あなた」がダリア─太陽系第三惑星人戦記─の第四部命球、石炭期の終わりに を既にお読みの場合は、同じ内容ですので、お読み飛ばし頂いても構いません。

星と月がまわって、私たちもコルソから初等生に進級する日になった。

おうちからも学園には登校できたけど、「せっかくだから寮で暮らして、友達いっぱい作ってきなさい。」ってお母さんにも、もう1人のお母さんにも言われたので、私も2人みたいにすてきなパートナーに出会えたらいいな、って思って、寮から学園に通うことにした。

ルリローの編み込まれたシャツに袖を通してスカートを腰に巻いて、ホックで留める。初等生を示す、もえぎいろ。明るい緑色の制服上着に袖を通して、鏡を見ながら横髪に櫛を通す。


「うん、いい感じ。」


私の癖っ毛はストレートにするより、ウェーブそのままがいちばん私に似合う。

椅子に座ってブーツを履いて、じゅんひはかんぺき。

がちゃり。

鍵をかけて、学園へ向かう。

今日は私の進級式。

騎士になれるかわからないけど、私はお母さんみたいに、お嫁さんを見つけたい!


   ─────


「ディスティノターテ!」


中等生を表す赤い制服の、紅い髪の、まだ騎士にもなれていないはずのその生徒は、登校中の私の見ている前でウサギを駆って、私の見たことも聞いたこともないディスティノを行った。


「往生せいやですわあああ!!!」


緑雷のポデアを纏った、中等生の進級式にもまだ出られていない、騎士ですらなかった金髪のドリルさんは、さっきの紅い髪のヒトとエンゲージをして、ランサーでセンテルデを切り裂いた。


   ─────


「少々トラブルもあったのじゃが、お主ら初等生はこれより、基礎の教育を受けるコルソから、発展した太陽系第三惑星人の知識、技能を身に付けてゆく。みなの顔を見るだけでわかる。あの紅い髪のと金髪のような騎士になりたいのじゃ──。」


女神の訓示は、ほとんど頭に入って来なかった。私もあんな、キラキラしてカッコいい騎士に。


   ─────


「私も、なる!」

「まーたその話ー?パキラまだ初等生でしょ〜。」


学園中庭のカフェテラス。模倣太陽の輝きを遮る模倣植栽の木漏れ日の中、私たちはお茶をしていた。


「そもそもパキラはあんな、ばちばち殴り合ったり、飛んだり跳ねたりより、こっちのが得意でしょ〜。」


友達が、炭焼き石パンを砕いた後のかけらをまとめて、宙に放り投げる。


「ミ メズ ヴィア ─。」


散らばり広がって、命球の重力によって落下していく無数のパンのかけら。


「ヴィザァナ ミ─。」


それら全てを捉えて。


「ア ヴィズ。」


真光のポデアで編んだ糸が、その全てを貫く。


「だからって、食べもので遊んだらいけませんよ〜。」


他のテーブルから下膳中の店員さんが、その糸で貫きまとめたパンのかけらを、素手で捕まえる。


「うそ。パキラの糸ってちょっとしたランサーくらい熱量無かったっけ。」


私はすぐ友達の手を取って、しっぽをくい、くい、と振る店員さんに。


「ごめんなさい!お手伝いしますので許してください!」


   ─────


「あきれた。それで今日は帰るの遅かったのね。」


じとーってした目で睨んで来るアスターに抱きつく。


「ごめんね!アスターの所に早く帰りたくて頑張ったの!」


ポケットからお土産にもらった、くだものビスケットの包みを取り出す。


「これ、店員さんが、アスターにプレゼントしたいです!ってお願いしてみたら、お手伝いのごほうびに、ってくれたの!」

「へぇ、そういうところ大好きだよ。パキラ。ディスガス─。」

「─ニン。うん、私もアスター大好き!」


口付けをする。

あの金髪ドリルの星姫にアスターが負けたあの日から、私たちはエンゲージしてパートナーになった。


「んっ、こら、しーつーこーい。」

「もうちょっと、もうちょっと。」


寮で2人の部屋は離れていたから、思い切って新しい部屋を借りて、2人で引っ越した。私たちだけの部屋。


「んん、好きだよ、アスター。」

「何寝ぼけてるのパキラ。そろそろエルヴィエルナに入るわよ。」


アイクルミエェタのシリンの上で、私はアスターの膝枕の上で寝ていた。

目を凝らす。

青と赤紫の薄い膜が見える。

エルベラノでのハイェルルラ救出作戦の際にエルヴィエルナへもカネクトゥスの技術が伝えられた。これはそのいちばん外側の、


「なんだっけ。」

「「エルヴィエルナは、まだクルルガンナ星人(ほしひと)の使用した対惑星文明兵器があちこちで休眠状態にあるんだ。これは、「ここより先へ入る者へは命の保証と女神、ほか騎士隊による助けは期待するな。ただ信じるはパートナー、己の騎士隊とウサギのみ。」という警告だよ。」」

「うーん、そうだったっけ。」

「パキラ授業中に寝てたから、ちゃんと復習しなさいよ。」

「うん。そうだね…。」


アスターに向かってうんうん頷く。

ちょっと待って。

今さっき。


「アイクルミエェタ喋ったのー!?」

「「そうだよ。」」

「なんで!?なんで!?私まだブーケのヒト達みたいにイクステーラ使えないよ!?」


殺人を犯して魂に太陽系第三惑星ふたつ以上の質量を与えられ、加圧加熱圧縮で光崩壊を起こし、鉄の塊となったウサギ、UltraSuperGiganticはその登録騎士が勇者、準勇者ほどの力量と経験を持った場合にのみ使用可能な、「ラアァス シア イクステーラ」によってお話ができたり、いろいろできるようになるけど。


「パキラが私の膝ですやすやおやすみしてる間に、勇者がきたのよ。」

「「彼女がぼくに、エルヴィエルナでいる間の授業と監督を任せるってね。」」

「それって、女神と勇者だけでエルヴィエルナのもんだいって解決できるんじゃないの?」


アスターに鼻をつままれる。


「ほんっとーに授業中ずっと寝てるのね?アイミ先生、授業お願いします。」

「「そうだね。ではパキラくん、春先に大きな事件があったのは覚えているかい?」」

「トースターでパンツ焼いちゃってたいへだった!」

「何やってるのよ…。」

「だって寝ぼけてたし。」

「そうじゃなくて、もっと大きなことあったでしょ!」

「うーん、あ!私がアスターとエンゲージしたよ。」

「それはそうね。大好きよパキラ。んっ。」

「んん、えへへ。」

「「続けるよ…。ラプリマだけじゃなくてクルルガンナ全域に未知の音響兵器の攻撃があった。」」

「あ!思い出した!ブーケの実地演習した時の!」

「「そう、各都市のダクトロ達が最終的に、「子どもの歌の練習」と判断したそれは、太陽系第三惑星人にとってはさまざまな知覚能力、神経と判断力を狂わせるものだった。」」

「そうね、そして女神が太陽系第三惑星人すべてに質問をした時に。」

「やっつけよう。って決まったんだよね。」

「「そう、そして太陽系第三惑星人は未知の生物種と遭遇した場合、どうするのかな、パキラくん。」」

「まず、その種の全容の理解と対策に努めます。」

「そうね、ダンサンカ ブーケの戦いを配信することで私たちに、必要な情報と彼女たちの編み出す最新の戦闘技術が開示されることになった。」

「「そう、太陽系第三惑星人に対するクルルガンナ星人(ほしひと)の侵攻で、天の川銀河にて数多の文明種を滅ぼしてきた、圧倒的な優位性を持っていた彼らが負けた理由はただひとつ。2人で答えてみよう。」」

「ウサギ。」

「ええ、UltraSuperGigantic。星の海を渡り歩いた対惑星文明兵器も、進行直後、たった数十名残っただけの太陽系第三惑星人に、騎士の駆るそのウサギに勝てなかった。」

「「この教訓を基に、太陽系第三惑星人は、他惑星文明種と戦闘を行うのであれば、知覚されることなく彼らとその歴史を全て、一瞬のうちに灰に帰すべしとした。」」


だから。


「「きみ、パキラとアスターくんとそのウサギ、そしてぼくという、最小の構成である騎士隊、メリージェーン隊は、エルヴィエルナで起こす行動と戦いの全てを観察され、記録され、研究され、太陽系第三惑星人の戦略、戦術のひとつとなる。」」


それは、かつてのクルルガンナ解放戦で戦った騎士達のように、準勇者のワイルドハントのように、青い煌めきのガブリエルハウンドのように、星姫の率いる騎士隊ダンサンカ ブーケの隊員達のように、記録に、教科書に書かれる戦術、戦略のひとつになる。


「ちょっと、悲しいね。」

「何言ってるのよ。私ならカッコよ─。」

「だって、アスターのくちびるがぷにぷにだって、バレちゃうんでしょ。」

「あーのーねー!」

「「言わなければ、記録されないよ。」」

「じゃああんしんだね!」

「今言ったでしょー!」


アスターの手で、ほっぺたがむにゅむにゅされる。


ダパァ、ン!

遠く、アイクルミエェタの進行方向に、いくつかの灰色の菱形が飛び上がる。

それらの中央の、資料で目にする鉱物の煌めきのような瞳と、目が合う。


「ミ メズ ヴィア─。」

「「私は、思い描く─。」」


アイクルミエェタが私のポデアの祝詞を完全に取り込み、拡張する。


ダパ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダパァ!

近く、遠く、私たちの周囲を囲うように、8時、3時、10時、方角、距離、高さ、個数それぞれがばらばらで、さらにそれそれが瞳の中央から黒い槍を放つ。


「 ヴィザァナ─。」

「「あなたを─。」」


当然、それらを知覚出来た瞬間には、アイクルミエェタのいた位置は黒い槍に貫かれている。


「─ ミア ヴィズ。」

「「夢で見るように。」」


ひゅ、ぱぱ。

祝詞を解き放ち、アイクルミエェタのシリン前部のカメラ兼砲門から、光の糸が放たれて、兵器群を貫く。


「─っ、はぁ。こうもザコばっかりだと飽きちゃうわね。」

「「ぼくはこのくらいでいいよ。君のオカイグサが目覚めるところは見たくない。」」

「2人ともありがとう。」


アスターのぜネロジオは、クルルガンナより強力な、新たな惑星文明との戦いに向けて調整された、ひみつのもので、「簡単に言えば、どんなものも私が認めなければ私に触れないのよ。」ってくらいひみつのかたまり。だからアスターは、学園の特設リングで星姫と戦った時、彼女の攻撃をぜんぶ「当てられない結果」にした。

アイクルミエェタは砲撃型ウサギで、動きは普通の砲撃型よりも特に遅くて、ヒトの歩くのと同じくらい、本当にとってもとっても遅いけど、私のポデアをそのまま砲撃にしてくれる。

戦う時は、避けることも、移動する必要もない。ただ、私が対象の核を認識して、ポデアの祝詞とアイクルミエェタの砲撃が終わるまで、アスターのぜネロジオで相手の攻撃が当たらない結果を選び続けるだけ。

アスターのウサギ、オカイグサはよく知らないけど、さっきのアイクルミエェタの話だと、とっても怖いのかな?

とにかく

これが、私たちメリージェーン隊が、たった2人の新米騎士とたった2台のウサギだけで女神直属の騎士隊になって、エルヴィエルナに送られた理由。

たぶん、今のダンサンカ ブーケとだって互角以上に戦える。


「パキラって、時々悪い顔になるわよね…。」

「え!?そんなことないよ!」


ぎゅっとアスターに抱きつく。


「アスターのこと、考えてたの。」

「ばか。」


アイクルミエェタがゆっくりと、力強く歩く。エルヴィエルナの領域の、灰の上を。


「「さて、それじゃあ授業の続きを始めようか。ここ、エルヴィエルナはなぜ、嘆きの灰が覆い隠す湖と呼ばれているか、予習してあるかな?パキラくん。」」

「聞いたことがありません。たぶん、クルルガンナの兵器が眠っているからです。」


困ったような顔をして、アスターが口を開く。


「パキラ、あの灰を「視」て。」

「見て、って見えて…。」


アスターに手を掴まれ、繋がったぜネロジオで、アスターのポデア越しにあの灰を「視」た。


「「クルルガンナ解放戦にて、太陽系第三惑星人はいく百億の命が喪われた。彼ら彼女らの魂、肉体は女神の邯鄲で、天の川銀河中心天体、その一部、この命球と名付けられた領域にあらゆる形で循環するようになった。それは我らの祖先のあった母なる惑星、地球のように。」」


視たくなかった。けど、アスターのぜネロジオは私のぜネロジオを離してくれない。


「けど、勇者や当時の騎士達が命を奪った、殺害したクルルガンナ星人(ほしひと)の肉体と魂は、循環が出来なかった。」


殺害される寸前の苦痛が、視えた。


「「彼ら彼女らは、女神が再現したものでは無かったから。」」


ただ、太陽系第三惑星人への純粋な殺意が視えた。


「私たちがダンサンカ ブーケの戦いで見たように、そもそもクルルガンナ星人(ほしひと)は魂の改変を行う文明を持っていた。」


幼い、小さな子どもも、年老いた者も、あらゆる魂が、蠢いていた。


「「つまり、太陽系第三惑星人で言う所のいわゆる死と、生まれ変わると言う概念は、彼らには存在しない。」」


蠢く。切り刻まれ、潰され、焼かれ、溶かされた魂が、それでも。


「太陽系第三惑星人の言葉にもあるでしょ。魂は不滅だって。だから、兵器になったクルルガンナ星人(ほしひと)の魂を鎮めるには、こうするしか無かったの。」


灰は、物質化、兵器化したクルルガンナ星人(ほしひと)の魂全てを、焼いて、死を与え、撒いたものだった。


「「逃げて、ラプリマへ帰りたいかい?」」


途端に、アイクルミエェタが、私の知らない、立派な騎士のように感じた。


「「君ならば、この視えたもの、その全てを受け入れられるはずだ。」」


彼の、アイクルミエェタの言葉は、砲撃しか出来ないだけの、女神から与えられた時に感じた「騎士向けじゃない、工事用の普通のウサギより弱くて期待外れだな。」と言う気持ちを溶かしていくようだった、確かに溶かした。


「「女神が、君に相応しいウサギとして、万葉万倣(ばんようばんほう)騎士だったぼくを選んだように。」」


ぱら、ぱら。

標準的な砲撃型ウサギの姿をしていたアイクルミエェタの背面装甲が、剥がれ落ちていく。


「「君は女神が選んだ、ぼくを駆るに相応しい騎士なのだから。」」


彼の背面には、無数の薄い紙のような板が敷き詰められていた。


「「さあ、今視たものより悍ましく、救いようの無い、けれど君の意識があるうち目にする全てのものより美しいものを見つめる勇気があるのなら、それを手にするといい。騎士パキラ・リアルラ・ミノ」」


シリンに浮かび上がったのは、一本の筆。


「「それが、ぼくのランサーだ。」」



第四部命球、石炭期の終わりに 中編 ノーカラーズ



「あなたは、ただの殺人者じゃなかったんだね。」


灰の、消えることも、新たな命に生まれ変わることも出来なくなった魂の上を、アイクルミエェタは歩く。


「「そう、クルルガンナ解放戦のあと、まず勇者が娘さんの、君たちもよく知るアセデリラ・アルマコリエンデのために邯鄲を受けた。確かに太陽系第三惑星人はその数を文明の存続、いや、ひとつの集団を続けることすら不可能なほど減らしていたけれど、女神がクルルガンナ星人(ほしひと)の技術を応用して、口付けをすることであかちゃんを誕生させられるようにしたため、たくさんの赤ちゃんが生まれたんだ。あの頃は大変だったよ。」」


私たちの見ている前で、アイクルミエェタのシリンの上に当時の映像が映し出される。


「このヒト、ダンサンカ ブーケの…。」


アスターの言葉に、彼は答える。


「「そう、彼女はもともと、女神が都市でお知らせをする時に使うメガホンだった。今はヒトの姿だけど。君たちの両親も、彼女の子守唄で育ったんだ。」」

「でも、クルルガンナ解放戦からはそんなに経ってないでしょ?」

「「そう、これはね。女神の邯鄲が関わっているんだ。君たちも知っているように女神はただの、太陽系第三惑星の女学生だった。彼女の力である邯鄲は、ぼくの知る限りだと彼女のまばたきが関係している。ぼくの知り合いの騎士が女神にランサーをした事があって、確かに光に変えた後、女神は何事もなく元に戻った。周りのヒト達はランサーに巻き込まれて焼かれたんだけどね。とにかく、元に戻った女神がまばたきをした瞬間、破壊された建物は元に戻り、ランサーを使用した騎士は邯鄲の柱となった。つまり─。」」

「時間と空間を、あやふやにさせるの?」


アスターが聞くけど、私にはよくわからない。だって、そんなのめちゃくちゃ。


「「そう、だとぼくは理解している。もともと、女神の持つ邯鄲は、太陽系第三惑星、地球と呼ばれる場所のある大陸のいち地域のお話なんだ。これはコルソの教科書にもあるはずだ、パキラくん。」」

「覚えてません…。」

「アイミ先生、パキラは授業中寝てばっかりだったから、私が答えます。」

「「うーん。女神がぼくをきみに付けたもうひとつの理由がわかった気がするよ。」」

「いい、パキラ?これはむかしむかしのお話だって思えばいいわ。昔々あるところに学生さんがいました。その人は言葉にするのが難しいけど、ひとがひととして生きてゆくための苦しみや悲しみ、欲望から解き放たれたいと思っていたの─。」


アイクルミエェタは、ゆっくりと歩く。


「それで、すごい人から借りた枕で、ただの夢を見ていただけだってわかったの。」

「「これが、邯鄲の夢というお話だよ。ここでパキラくんに質問しよう。邯鄲とはどう言う意味の言葉かな。」」

「おかゆはちょっと寝てるあいだに炊ける。」

「アイミ先生、パキラってきっと、ポデアを使う事以外ぜんぶベッドに置いてきちゃったんです。」

「「うーん。よし。パキラくん。邯鄲とは、どんなに長い時間に思えても、終わってしまえば、まばたきをする間にも満たないほどの、はかないものだと思ってほしい。」」


だから、女神は私のお母さんも、もう1人のお母さんも。


「まばたきの間に育てたの?」


目を閉じる。

私の身体に流れるぜネロジオに触れる。

そこには、確かにお母さんとお母さんがロータス綜合学園で出会って、運命的な恋をして、キスして私が生まれて、お母さんのお父さんとお父さんや、お母さんのお母さんとお父さんに…。


「パキラー?帰ってきなさーい?」

「「パキラくんは今、ぜネロジオを通じて相当な世代を遡っているよ。彼女が自分を見失わないように手助けはぼくが行うけど、アスターくんは大丈夫なのかい?」」

「ふ、ふふ。イスヴァティージスララテアのぜネロジオに生まれた者は、女神の手で発生させられた時から、己の全てを理解しているわ。アイミ先生やオカイグサの名前もぜネロジオに刻まれているもの。クルルガンナ星人(ほしひと)との戦いにおいて編み出されたあらゆるポデア、その組み合わせを完全に記録して、再現する。もちろん、これから先の新たな、そう、パキラの編み出すものも。万葉万倣のアイクルミエェタ。その騎士ぜネロジオを後世に遺す、次代に託す事を良しとせず、ウサギとしてひとびとの新たな可能性を、自身で見守るため、最も罪の重い自害を行った、って。」


ぱたり。


「パキラ?」

「わた、わたし、が。」


今目の前の、抱きしめてくれる女の子とキスをしたいって、思ったのは。


「わた、しの、きもち、じゃなく、て。」


クルルガンナ星人(ほしひと)以上の、惑星文明種を、


「わたし、の、ぜネロジオ、に。」


皆殺しに、


「アスターの、ぜネロジオをまぜ、て。」


するために。


「あ、ああ、あ。」


けんかするかも、しれないけど


「ただ、ころすため、だけに。」


仲良くなれるかも、しれないのに


「あなた、を、」


ただ、ぜネロジオのために


「すきに、なっちゃっ、た。」


ぎゅっ。

アスターの腕が、胸が私を包む。


「いい子、いい子。」


優しい手が、私の頭を撫でてくれる。


「いい?パキラ。」


おでこに、優しく口付けをされる。


「それは、私もよ。」


え…。


「私も、星姫のぜネロジオが欲しくて、あのアセデリラ・アルマコリエンデに勝負を挑んだの。あの戦いであらゆるクルルガンナ星人(ほしひと)の、駆騎士の技を当たらない結果に変えたけど、最後は彼女の知恵に負けたわ。そしてあなたのプロポーズを受けた。もともとダンサンカ ブーケが目立つまでは、あなたのぜネロジオが一番の優先だったしね。」


アスターの指が、私の目元を撫でる。


「けどね。パキラ。」


アスターのほっぺたが頭に、耳に擦り付けられる。


「いくらぜネロジオが優秀な相手を探して求めるって言っても、そんな事は太陽系第三惑星でも普通だったのよ?あなたは授業中、寝てばっかりだったけど。」


アスターがアイクルミエェタのシリンを撫でて、彼は太陽系第三惑星に存在していた、六本の脚部を持つ、黒く見える節足動物や、半透明の体組織に核や消化管を備えた生物のスケッチを映し出す。


「単なる化学反応でただの泡が出来て、その泡の中でタンパク質が作られて、次第に集まったそれらは、同じような個体とくっついて。」


いつもは、ポデアの運用に必要がないからと、寝て過ごしていた授業のような、先生のような話し方で。


「それらはお互いを食べ合って、大きくなって、さらに長く生きるために、より生きる力を、他のものを殺して、食べて生きていくために、より良い相手を探して、そして。」


アスターは空を、模倣太陽を指差して。


「私はあなたを。」


私に手を差し伸べる。


「あなたは私を求めたの。より長く生きるため、2人の赤ちゃんが、健やかに生きてゆくために。」


その手に、頬擦りして両方の手で握る。


「もしそれを邪魔する生命種が、私たちだけじゃなくて、太陽系第三惑星人全てに害を与えるのなら、どんな手を使ってでも排除したいって思うのは、当然なのよ。私たちは、太陽系第三惑星に、ヒト型の二足歩行生物が現れるより遥か先の、ぜネロジオに組み込まれた誰かよりもっと先、ほんの小さな泡の頃から、そうやって生きてきたんだもの。」


アスターの眼と、眼が合う。


「もしそれを罪だって思うのなら、それは確かに、私たちの生まれ持った宿業。」


彼女のくちびるが、私に触れる。


「なら、それを背負って生きてゆくのが、私たちが背負うべき罰よね。私は、それでもあなたが好きよ。パキラ。パキラ・リアルラ・ミノ。ディスガス─。」


知っている。ううん。知ったつもりになってた。この、エンゲージの時に使われる祝詞の意味は。


「うん、私も好き。アスター。アスターイスヴァティージスララテア。ニン。」


2人で背負う、同じ罰を。


「んん、んっ。」


閉じていた目を開き、くちびるを離す。


「「さあ、本当の意味で目の覚めた、ぼくの主人。」」


アイクルミエェタが、その探知する範囲にある、全てのクルルガンナ星人(ほしひと)の遺した魂の残滓と、それらが集合し、起動を始めた対惑星文明兵器群を、私の網膜に投影する。


「「告げよ。」」


アイクルミエェタのランサー、一本の筆と、背面に格納されていた板が一枚、浮かび上がって私の前へ。


「我があるじ。」


アスターが横髪を一本引き抜いて、私に手渡す。


「「書き記せ、万(よろず)の葉(いのち)を。」」


私も横髪を一本引き抜いて、アスターのものと合わせる。


「「描け。手にかける命を、己の生きる道を。」」


クルルガンナの星人(ほしひと)の魂と、それが変化した対惑星文明兵器群は、空を覆い尽くすほどの数へ膨れ上がり、私たちは彼ら彼女らの影に、力の渦に包まれる。


「我が名、パキラ。」


アスターと私の髪が混じり合わさって濃く、彩度を落とした赤紫のランサーは、溶けてインク、墨汁となる。


「我があるじ、パキラ・リアルラ・ミノ。」


筆の先をそこに浸す。

キュオオア。

クルルガンナ残魂兵器は、私たちの周りの空間を捻じ曲げ始める。


「ラ フィナ ─。」

「「あなたを見つめよう─。」」


ピシャア!

筆を赤紫の墨汁から引き抜き、その勢いでインクが飛び散る。


「─ ミア ディソヌア。」

「「─夢の終わりまで。」」


板へ、思うままに線を引く。

生きるためには、命を奪う。

それが、罪だと言うのなら。

こうして無様に生きるのが。

私の、責任だ。


私のポデアを乗せた筆の動きを、アイクルミエェタは完全に模倣して、ねじ曲がる空間ごと、クルルガンナ残魂兵器群を焼き、溶かして光に返す。


「アスター。」

「うん、パキラ。」


抱きしめあって、口付けを交わす。

常に灰の覆う、色のないグレーの空、エルヴィエルナの─


ぱち、ぱち、ぱち。

乾いた拍手の音。


「誰!?」


振り向く、アイクルミエェタの探知に私たち以外の、太陽系第三惑星人の存在は感知していなかった。


「よぉよぉ、ウブだねぇ、お熱いねェ、おふたりさん。」

「もぉ、趣味悪いよぉ、ブラックバッカラぁ〜。」


ブラックバッカラと呼ばれた、私たちと年齢の変わらないように見える少女は、声をかけた方の少女の首元を掴んで引き寄せ。


「愛や信頼が無くてもなぁ、アタシ達ゃこうやって。」

「ん、んん、んっ。」


唇を重ねて、口を吸う。

思わず、庇うようにアスターを抱きしめる。

渡さないように、奪われないように。

今ならわかる、視える。

このブラックバッカラと呼ばれる少女は、声をかけた少女のぜネロジオを、強引に自分のものと接続している。

そして、彼女の空いた左手は、左腕は。


ばくぅん。

軟体型の龍のあぎとのように、膨らんで開き。


じゅるん。

遥か先に見える、起動を始めたクルルガンナ残魂兵器群が、腕口から伸びた赤黒い舌肉に呑まれた。


「「視え、なかった…。」」


アイクルミエェタの声を聞くまでもなかった。私にも。アスターにも視えなかったはずだ。彼女のぜネロジオが、彼女がどうやって、祝詞も無しにあれほどの質量を生み出したのか。


「ゲェアゲェア、ガハッ。片田舎のラプリマよりお越しの皆様にゃ、少々刺激が強すぎたようで。」

「やっぱり趣味悪いよぉ〜。」


たすっ。

降り立ったふたり分の足音が、後ろから聞こえた。


「ここか、アネモネ。その狼を手なづけろと指示したはずだが?」

「待てエーデルワイス。アネモネは曲がりなりにもマークワンなのだ。敬意を払え。」


アネモネたちに声をかけた女性の騎士ふたりは、やっぱりアイクルミエェタの探知機能では、先の2人、アネモネとブラックバッカラのように、太陽系第三惑星人として検知が出来なかった。


ぽん。

肩を叩かれる。

アスターは私の腕の中にいる。

アイクルミエェタのシリンに、私たち以外の誰かが立っている。

振り向かないといけない。

でも、それが怖い。

アスターと戦った星姫の手は、抜き身の、励起したランサーのようで恐ろしかった。

けど。

この手は、龍のような感触が、した。

こちらをただのアミノ酸としてしか認識していない、龍の目線のような感触が。


「あーた達が自己紹介しないから、この子たちびっくりしちゃってるでしょーが。」


その手の主は、向こうの4人へ声をかける。


「そんなに怒っちゃだめだよアルストロメリアー。クロユリは注意した方なんだからー。」


抱きしめ合う私たちを包むように、もう1人、いえ、ヒト型の龍の腕が一体分、私たちを優しく抱きしめる。


「はじめましてラプリマの騎士さんウサギさん。私たちはエルヴィエルナの騎士、対惑星文明兵器ノーカラーズ。そして─。」


振り向いた私たちに、絵本の中のお日様のような笑顔で、彼女は笑いかける。


「わたしはノーカラーズマークシックス、ガルデニアだよ。よろしくね。」


その笑顔に、私たちの緊張は解けて、アスターとお互いを強く抱きしめていた腕が緩む。


「あの、マークシックス。あなたは太陽系第三惑星人に、みだりに接触したらだめって、幸拓室長が。」


アネモネの言葉に、ガルデニアは首を180度ほど、回転させて。


「そうだったっけ。アネモネだけじゃなかった?」


私たちは、その。急に首から上が真後ろを向いたガルデニアを見て、再びお互いを強く、抱きしめる。


「気ぃ付けろよ。ラプリマの新米騎士ども。」


ブラックバッカラは、ガルデニアの腕を私たちから引き剥がす。


「いちばんの窮地に、笑顔で手を差し伸べてくる相手は、大抵が悪(わり)ぃ奴だ。」


そう告げるブラックバッカラが引き剥がしたガルデニアの腕は、ヒトのかたちを保っていなかった。


「「私たちの、来ることは。」」

「はい、幸拓室長から指示を受けていますぅ。こちらの座標に第9クルルガンナ研究室がありますのでぇ、そちらへお向かいくださいぃ。」


声色でわかる、平静を保とうとするアイクルミエェタが質問すると、アネモネと呼ばれた個体が答えて、中空に青い図を浮かべる。


「へぇ、ノーカラーズさんは、案内してくれないんだ?」


腕の中のアスターが、なんとかいつもの調子で、挑発するように聞く。


「そもそも、私達にその指示は出ていない。」

「貴様達は、女神とやらの送った代表なのだろう。歩け。」


エーデルワイスとクロユリという名を持つ騎士のペアは、さらに向こうに見えるクルルガンナ残魂兵器群へ向かう。


「な、何よあいつら!私たちより強いからってえらそーに!べーだ!」


腕の中のアスターは、駆け去る2人へ、ベロを出す。


「ははっ、ラプリマの新米ども、威勢だけはいっちょまえだな!」

「やっぱりブラックバッカラは趣味悪いよぉ〜。」


私たちへ、ブラックバッカラが手の平を向ける。


「どーせアタシらも戻るんだ。話ながら行こうぜ。」


光を飲み込むような黒地に、切り裂くような深い赤の意匠をした制服のブラックバッカラは、淡く、さまざまな色を飲み込み、混ざり合わせたような青い赤紫の制服を着ているガルデニアを引っ張る。


「やーだー、もっと食べるのー。」


彼女らに合わせて、アイクルミエェタが歩く。


「ちょっとした昔話だ。」


私たちの方を見ずに、ブラックバッカラは口を開く。まるで自分に言い聞かせるように。


「そこのウサギが、まだ万葉万倣騎士だった頃、クルルガンナ星人(ほしひと)は、お前たちも見たように、今まさに踏んでるわけだが、この、殺意と苦痛に縛られた状態で自分たちを兵器へ転換した。新たな命へ生まれ変わることもできず、どこにも行くことも出来ない魂は、当然女神にも助けることが出来なかった。」

「「そうだね、だから、せめて彼らが稼働することの無いよう、この湖へ、灰にして…つまり、君たちは。」」

「ご名答。アタシ達は、どれだけ食っても殺しても光へ還しても、いずれ起き上がって喚き出す、このクルルガンナどもを殺して─。」


左腕を挙げたブラックバッカラの指し示す先、膨れ上がったクルルガンナ残魂兵器群へ、ガルデニアの両腕が、拡がり、覆い尽くす。


「太陽系第三惑星人がヒトとして龍を狩るのは、あくまで食べるため、己が生きるために他者を殺す。そこには命への敬意がある。」


ブラックバッカラは両手を合わせる。ラプリマでの食事の際、女神がそうすることを義務付けたように。


「太陽系第三惑星人は命を、食べるため、生きるために、いただく。アタシらは。」


彼女は、隣でうとうとと、眠りながら歩くアネモネを抱き寄せて、左の袖をルリローごと引き破る。


「え、何?」


目覚めるアネモネの、引き破られた袖の下、その素肌には製品管理番号のようなものが刻印されていた。


「私の服で説明するの、やっぱりブラックバッカラは趣味悪いよぉ〜。」


不満を口にするアネモネから手を離し、ブラックバッカラは続ける。


「お前たちの持つ技術は、全てが生きるためのものだ。アタシ達は、ここで全てを呪い続ける亡霊どものような、いずれ出会う、太陽系第三惑星以外を起源とする、他惑星文明種を─。」

「みなごろしにするために造られたの。だから目的のちがうあなた達は弱いんだよ〜。」


突然降ってきたガルデニアが言葉を続けた。


「あんですって!?私が弱いって!?」


さっきまで震えているだけだったアスターが声をあげる。

からかうように笑うガルデニアを睨む私たちへ、アイクルミエェタがぜネロジオを使った言葉をかける。


「「アスターくん、ここは彼女たちの言葉の通りにしよう。」」


私は頼もしい、冷静沈着な先生としてアイクルミエェタを見ていた。

けど、彼も元は太陽系第三惑星人の騎士なんだ。

つまり

血の気が多い。


「あー、もう!わかったわよ!さすが対惑星文明兵器のノーカラーズ!私たちみたいな田舎者のラプリマ騎士は逆立ちしたって、かないっこありませんよーだ!」


舌をべーって出して、悔しそうにアスターは私の腕の中に顔を埋める。


「わーかーれーばーよーろーしーいー!」


腰の側面にそれぞれの手を当て、ガルデニアは鼻を鳴らす。


「そっちの怒らせちまって悪いな。もうしばらく歩くから、ゆっくりしててくれ。」


ブラックバッカラの言葉に頷き、私はアスターを抱いたままアイクルミエェタのシリンへ座る。


「「それで、アイミ先生はこいつらやっつける方法思い付いたんでしょ?」」

「「うん、聞かせてほしい。」」


座った私たちは、シリンごしにぜネロジオを通じて、彼に質問する。


「「君たちは、本当に少し落ち着いた方がいい。」」


先生は、そんな事を言い出した。


「「ええ!?あんなにみくびられてアイミ先生は悔しくないの!?」」

「「私も、先生を、ラプリマのヒト達をばかにされて悔しい。」」

「「女神の、ぼくたちメリージェーン隊に与えられた指示を思い出してほしい。」」

「「うううん、私は半分寝ていたので忘れました。」」

「「私は、女神がパキラの癖っ毛を触ろうとしてた事以外覚えてないわ。」」

「「それは、ぼくもなんだ。」」


ぜネロジオの中を、沈黙が支配する。


「「女神は、エルヴィエルナで、パキラくんとアスターくんとオカイグサ、そしてぼくの力が必ず、必要になるとだけ言った。」」


アスターと目を合わせる。


「「何が相手でもノーカラーズだけでよくない?」」

「「私もそう思う。」」

「「さらに女神は、ラプリマの体勢が整い次第、追加の騎士隊を送るとも言っていたんだ。」」

「「これは私も覚えてるわ!私のパキラの癖っ毛ちょっと触ってたの!」」


少し気になって、先生に質問してみる。


「「先生、それは、ノーカラーズが何者かに負けるか、それともラプリマへ、太陽系第三惑星人へ叛乱を起こすって意味ですか?」」

「「パキラ…?」」

「「彼女らのぼくたちへの行動には、害意は見受けられなかったよ。それにそもそも、ここまでの戦力ならば、クルルガンナ解放戦に於いても太陽系第三惑星人への被害は極めて少かっただろう。女神がぼくたちを送った根拠は確かにあるはずだけど、今のところ見当たらない。」」


あまりにも静かになったラプリマ騎士達を、ブラックバッカラは見遣る。


「旅の疲れで寝てんのか?」

「「まあそんな所だよ。到着すればぼくが起こそう。」」

「私はぁ、足手まといだからいない方が良いと思いますぅ。」


アネモネの言葉に思わずアスターが飛び出しそうになるのを、私はぜネロジオで押さえつける。


「「ご忠告にありがたく感謝しよう。」」


先生も私のぜネロジオで縛っていないと、飛びかかるかも知れない。


「「そう言えばアイミ先生、ノーカラーズは対惑星文明兵器って言ってたけど、太陽系第三惑星人でもいちから作る事は出来たの?クルルガンナの模倣品じゃないの?」」


アスターの質問で、アイクルミエェタは落ち着いたように話し出す。


「「クルルガンナ解放戦のあと、エルベラノにあった第9クルルガンナ研究室で、その基礎が造られた。それは騎士になる前の君たちもカネクトゥスとしてあの戦いに参加したように、ダクトロハイェルルラ、準勇者ダリア以外のエルベラノの都市民全てを飲み込んだ災厄となった。」」

「「はい、よく覚えています。飲み込まれた騎士のカゲとも交戦しました。」」


今でも覚えている。あのカゲ達は単なる模倣品ではなく、自立した意思を持っていた。


「「パキラが覚えているほどなんだから、当然私も知ってますけど、あの災厄は桃という植物を再現したものでした。ノーカラーズはヒト型ですよね?」」

「「そうだね。しかしアスターくん、君は星姫がルルメンタ ブリンダで何を行ったか見たはずだ。」」

「「あ。」」


エルベラノを滅ぼした災厄が産み落とす果実、仔を準勇者が命と引き換えに殺し、ヒトとして育てられたその仔とエンゲージをした星姫は、ルルメンタ ブリンダにてその仔を殺された後。


「「太陽系第三惑星人の初めて製作した対惑星文明兵器の産み落とした果実に、クルルガンナ星人(ほしひと)のぜネロジオを組み込んで、ヒト型のそれを作り直した。」」

「「そう。エルヴィエルナへの情報提供はエルベラノが壊滅してから女神が念入りに制限していたそうだ。今回の件を見越したものかはわからないけどね。ただ、第9クルルガンナ研究室の幸拓室長という人物は、自力でそれを行ったようだ。」」


アイクルミエェタのカメラを通じて私たちの網膜へ、エーデルワイスが1レグアは伸ばした腕をランサーのように白熱させて、クルルガンナ残魂兵器群を切り裂く。


「「パキラくんは確か、ぼくたちメリージェーン隊は、ダンサンカ ブーケにも勝てると日頃言っていたけど、今も同じ気持ちで、ノーカラーズにも勝てると言えるかい?」」


星姫アセデリラ・アルマコリエンデとそのパートナー、対惑星文明兵器モモ・クルルテラ。思い返せば、ダンサンカ ブーケにはダクトロのアウタナ・セリフラウ、都市管理者の、騎士隊サイクロンの隊長ヨシオカ、破壊女帝の二つ名を持つシクローナ ジア ユベライサの娘エウトリマ・ヤポニカナもいる。

何より、たった今、目の前に「制限のない」対惑星文明兵器の機動力と殲滅力が複数体いる。


「「う、う。」」


言い淀む。

私は本当に、ダンサンカ ブーケに勝てると考えていたんだろうか?

本当にそう考えていたのなら、あの時星姫に直接の勝負を挑んだアスターのように、ルルメンタ ブリンダで騎士隊戦を挑んで、勝利を手にしていたのではないんだろうか?


「「あのねー。」」


アスターが口を開く。


「「そこは、勝ってみせるって言いなさいよ。パキラ。」」


いつもの勝気なアスターは、アスターのままで。

だけど


「「私は、もうそこまで軽々しく、言葉を口に出せない。」」


命を奪う意味を新しく胸に刻んで。

目の前には、何があっても守りたい、大好きな女の子がいて。

そして、今も消えることのない亡霊を喰らい漁る、ノーカラーズがいる。

こんなことになるって理解していれば、アイクルミエェタの差し出した筆を、取らなければ良かったのかも知れない。ただアスターと、片田舎のラプリマで─。


「「いいや。君は言うべきだよ。パキラ、パキラ・リアルラ・ミノ。」」


アイクルミエェタのはっきりとした言葉が、暗い思考に囚われた私を叩き起こす。


「「どうやって。」」


勝てるわけがない、星姫(アセデリラ)にも、対惑星文明兵器(ノーカラーズ)にも。


「「どうやって、勝つって言うの!」」


私なんかが、勝てるわけがない!


「「とある晴れた日。」」


アイクルミエェタが話をはじめる。


「「ぼくの妻は、ぼくとの子どもを身籠った。」」


   ─────


「やっト、わたシ達の赤チゃん、産まレるね。」


誰かの真似をする事でしか、騎士として生きることも難しかったアイクルミエェタは、まだ無名の、雑用をこなす、それすらも上手には出来ない、三流と呼ぶのもおこがましい、学園での再教育が検討されるほどの、かんたんな職務もこなせない騎士だった。

例えば、掃除用具を入れるバケツに、濡れているモップを逆に立てて乾かす事ができなかった。

これは、先輩や同僚に何度もお願いをして、その様子を観察とスケッチさせてもらい、ひとりで行った後、自分の行動を再検証する事で少しずつ改善するしかなかった。

龍との戦いでは、学園での訓練通りの砲撃すら、実戦では出来なかった。


「こんにチは。」


そんな、日常の買い物ですら、買い出し袋に穴が空いて、落ちた缶詰を拾おうとして転んだぼくを助けてくれたのが、彼女だった。


「ほら、るミエータ。おくチ、開けテ。」


勇者と当時の星姫の婚姻のあと、相当数のクルルガンナ星人(ほしひと)が太陽系第三惑星人の支配区域にて、自由な恋愛、星姫の言葉を借りるなら、「つがイさがシ」を行った。

数万年に渡り個人感情を否定してきたクルルガンナ星人(ほしひと)は、星姫が勇者に恋をしたのと同様、胸がときめいた対象に恋をした。

ぼくと妻も、騎士としてのぼくの稼ぎは少なかったけれど、婚姻を行って、幸せに暮らしていた。


ぐぅわん、ごわん。


「あ、ア、る、み、エー、タ。」


君たちも知っている通り、クルルガンナの合議主導者達は、双方星人(ほしひと)の間に子を成すことが出来るようぜネロジオに改変を行い、そして、混血を行った夫婦から殺戮を開始した。


ぶぅわあ、わわ。


「赤チゃン、かわ、イ、イ、ね。」


光と共に空へ現れた、クルルガンナの対惑星文明兵器ナァフルァーカの、生体指向性誘導弾で胸を貫かれた妻は、自分の血の海の中で、絶命前の幻覚を見ていた。


「あ、あ、かわいいね、君に、そっくりだよ。」


はらはらと、穴の空いた天井に吊り下げていた、生まれてくる子どもの名前を、2人で考えて書いた紙が、落ちてくる。女の子なら、男の子なら。クルルガンナの名前と、太陽系第三惑星人の名前。どちらにしようか。1人だと寂しいと思うから、もう1人、でももっとたくさん赤ちゃんを産んで、家族みんなで、楽しく暮らそう。


「どウ、か─。」

「健やかで、あれ。」


ぐわぁん、ぐわぁ、きゅるるるるうううううううう。


ナァフルァーカの反陽転斥力エンジンが大気を取り込む。

次はぼくを、ぼくのようにパートナーを抱くものを狙うのか。

さまざまな所から、愛するものを撃ち抜かれた嘆きの叫びがあがる。

それもいい、彼女のところへ葬ってくれるのなら。


光が、疾走る。


「ちぇあああ!」


光は、青髪の少女が弾き返していた。


「立て!騎士アイクルミエェタ!」


檄を飛ばす。

妻を抱くぼくへ。


「妻が、死んだのです。」


青髪の騎士は、ぼくより幼く見えた。


「知ってる!」


ちょうど君たちのような、学生のような。


「なぜ、ぼくなのですか。」


けれど、ぼくの知らない制服を着ていた。


「マイが、繰り返すこの場面の中で、あなたの力を見た!」


ぐぅわわ。

ナァフルァーカの反陽転斥力エンジンが、再び動き始める。


「雑用もまともにできない、ただ真似るだけのぼくに、何が。」


きゅるるるるる。


「なら、私の技を真似しなさい。あなたには、それができる。」


彼女は左腕を掲げて。


「暗く冷たい光の海に─。」


そう、君たちもブーケの戦いで知っている。


「我ぞ花よと舞い踊る─。」


勇者と、準勇者ほどの経験、実力を持った者のみが、行える。


「黒い渦の、光のつるぎ─。」


キュパアアアアア!

たった2人だけの生存者を狙って放たれた、ナァフルァーカの生体指向性誘導弾の全てを、黒い渦が飲み込み


「─ヤリラ ルーマ!」


光の槍が、空に浮かぶそれを、光に還えす。


「ぼくには、やりようが、ない。」


さあああ。

あまりにもの熱量で、雨が降り始める。


「あなたは、あらゆる騎士の、あらゆる力の動きをスケッチして、研究し、再現を行える能力と、経験がある。」

「それで、それが、何の役に立つんですか?」


彼女は、妻の亡骸に、胸ポケットから取り出した、花を供える。


「あなたの妻と、生まれるはずだった赤ちゃんの、かたきうちができる。」

「は、い…。」

「立ちなさい。マイが待ってる。」


彼女に手を引かれて立ち上がる。


「マイさんと言う方をぼくは知りません。あなたのお名前も。」


はぁ、と彼女はため息をついて。


「あなたも知ってる名前なら、マイは女神ロータス。これからあの子は、クルルガンナ星人(ほしひと)を滅ぼす、魔王ペンディエンテと名乗ることになるわ。あの子名前が多すぎるのよ。」


頭をぽりぽりとかいた彼女は、思い出したように。


「あと、私の名前ね。トモ、トモでいいわよ。」


   ─────


「「これが、ぼくにとっての、クルルガンナ解放戦の始まりだ。」」


ぜネロジオを繋いでいるから、当時のアイクルミエェタが見た全てを、お嫁さんの血の海の匂いも、そこからの戦いの記憶も、全てが私たちの魂の中に流れ込んできた。

救った命、奪った命、救えなかった命、奪うことでしか救えなかった命。


「「万葉万倣の。」」

「「アイクルミエェタ。」」


アスターの声に続ける。


「「そうだ。ぼくが、まっすぐ歩くことすら出来なかったけれど、あらゆる太陽系第三惑星人の騎士の動きを、ぜネロジオを、ポデアを完全に記録して、再現する、クルルガンナ星人(ほしひと)の対惑星文明兵器を単騎で無数に屠った、万葉万倣騎士のアイクルミエェタだ。」」


私は、彼に認められて、いる。


ぜネロジオの接続を切る。

起き上がり、背面ユニットに格納された板を引き抜く。


「お。」


ブラックバッカラが、動きに気づいて声を上げる。


かちゃり。)

ランサーホルスターから、アイクルミエェタのランサー、筆を取り出す。


「あー、なになにー?」


ガルデニアが興味深そうな声を上げる。


「やーっとその気になったのね。」


アスターが私に抱きついて、耳へ口付けをする。


「聞け、エルヴィエルナのノーカラーズ!」


当時のアイクルミエェタのそうしていたように、対惑星文明兵器へ、ノーカラーズへ声を張り上げる。


「私はラプリマの!女神であり魔王であるロータス・ペンディエンテの直属騎士隊のひとつ、メリージェーン隊の隊長パキラ、パキラ・リアルラ・ミノ!」

「私はアスターイスヴァティージスララテアよ!」


アイクルミエェタとその妻の、子どもたちの名前の書かれた紙の模倣された板へ、励起した筆(ランサー)を走らせる。それを模倣したアイクルミエェタが輝き、両手持ちの黒鉄(くろがね)の砲身となる。


「「キョーキョッキョッキョ!!!アイミが鳴くならワタァシも出しなッスァーイ!」」

「呼んでないんだけど、オカイグサ。」


私を抱えたアスターが、靴として装着していた空間跳躍用ウサギ、オカイグサにぜネロジオを通す。


「私たちは、君たちを圧倒する!」

「ぎゃふんって言わせてあげるわ!本気でかかってきなさい!」


しゅかぁ!

その位置を、紫の熱線が焼く。


きゅわん。

予測され、計測した射手の体細胞が拡がる位置一帯を、炎熱の砲撃で焼く。


「へー、活きがいいじゃん。」


アイクルミエェタの視覚に、未来予測に捉えている。

回転しながら伸びて来たガルデニアの顔へ、ランサーを纏った拳を叩き込む。


ぷしゅううう。

無限の熱量に灼けながら崩れてゆくガルデニアへ、叫ぶ。


「読めているぞ!さらに灼かれたくなければ、降参しろ!」

「ばぁ。」


空間全体へ拡がった。むしろ私たちを覆うように拡がったガルデニアの顔が、口が開く。


「「キョキョキョーッ!」」


限定されたこの空間を捻じ曲げるガルデニアの口へ、アスターの遍黒(あまずみ)のぜネロジオが、オカイグサの空間跳躍を操り、ガルデニアの眼の中へ入る。

そして、私の祝詞は、もう詠み終わっている。


「真光。」

「まあああああぶっしいいいいいい!!!なに、何これええ!目を閉じても、えぐっても、脳を入れ替えても光ってるううう!!!」

「やかましい。」


もとの姿に戻り、両目の穴に手指を突っ込んで視神経と脳を引き摺り出すガルデニアの顔面を蹴飛ばし、ブラックバッカラは言う。


「あっちでクロユリとエーデルワイスも灼かれて、処理が大変だった。認めるよ万葉万倣騎士、ラプリマの女神直属騎士隊、メリージェーン隊。あなたたちは確かに、私たちが手本とするべき本物の騎士だ。侮った、失礼な態度を取って、済まなかった。」


頭を下げてから、ブラックバッカラは。


「今の戦闘、全記録を室長に届けて来い。あとガルデニアの脳を書き換えてやれ。」

「私が全部やらされるんですかぁ?ブラックバッカラはやっぱり趣味が悪いよぉ〜。」


一番危険だと判断して、変形前のアイクルミエェタで頭部と心臓を同時に撃ち抜いたはずのアネモネが、無傷で立っていた。


「ガルデニアの処理はともかく、戦闘記録の提出は必要ない。」


ち、ち、ちゅん。

聞いたことのない、小さくも力強い声をした生き物があたりを飛び回り、女神ロータスのような、銀髪の少女の手に止まる。


「全て、ユキヤナギが記録した。」

「けっきょく脳の書き換えは私がやるんですかぁ〜?やっぱり室長も趣味が悪いですよぉ〜。」


幸拓室長は、私たちに向き直る。


「さて、自己紹介が遅れたね。私は幸拓 結実子。気軽に室長とでも呼んでくれればいいよ。今日は色々あって疲れたでしょ。いい温泉があるからゆっくりしてね。」

「はぁ。」

「何ほやってしてるのよパキラ!」


少し、拍子抜けしてしまった。対惑星文明兵器を作った人物なんだから、もっと、息を吸うように命の尊厳を踏み躙る、そんな血も涙もない人だと、勝手に思っていた。


「ノーカラーズの本格的な実戦データも取れた。やはり変化のないクルルガンナの亡霊より、生身の騎士の方が戦術に富んでいて興味深い。メリージェーン隊、と君たちを呼べばいいかな?君たち、無限に続く命と美貌に興味はないかい?」


前言を撤回しよう。

彼女は確かに、ひとでなしだ。

ブラックバッカラ達を見る。


「言いたいことはわかる。そんな目でアタシ達を見るな。マークスリーとフォーはともかく、アタシらは死にかけてたんだ。」

「そのまま死ぬか、被験体になるかしか選べなかったんですよぉ〜。室長は趣味が悪いです〜。」


チュン、チ、チ、チ!

小さな、茶色と白の生物が、怒ったようにアネモネのおでこをついばむ。


「いた、いたい!すみません、すみませんユキヤナギ様〜!」


通常のウサギの姿に戻ったアイクルミエェタが、機体前方のカメラを光らせる。


「「ぼくの記憶だと、ダクトロユキヤナギはヒトの姿をしていたはずだ。彼も非検体にしたのかい?」」


その言葉に幸拓室長は、遠くを見つめるように微笑む。


「それは、蓮坂さん達の目を欺くためだ、私たちは間接的に知り合いなんだ。」

「その方は知らないんですけど、お知り合いなら知られたくない秘密もありますよね〜。」


アスターが私の手を握って、ぜネロジオを通じて話しかけてくる。


「「蓮坂舞は女神の、太陽系第三惑星、地球での名前。」」


ぎょっとする。悟られないように─。


「「トースターでパンツ焼いちゃってー。」」


ぎょっとする。アイクルミエェタが、私の会話記録を再生している。


「アイクルミエェタ!?」

「「そう、知られたくない秘密は誰にだってあるね。」」

「パンツをトースターで焼いたりね。」

「だからって、今それ言う!?」


思わずアイクルミエェタの装甲を握り拳で、どんどんと叩く。


「あはははは!何それー!」


声に振り向くと、幸拓室長が、お腹を抱えて笑っている。

その姿は、外見相応の、私たちと年齢の変わらない女の子のようだった。


「室長うるさい!今脳の神経いじってるの!」

「いや、いや、あっはっは!すまないすまない。こんなのは久しぶりだ。やはり生身の人間はいい。新しい発見がある。」


ガルデニアの脳の神経を、何らかの細い糸で繋ぎ直しているアネモネへ謝った幸拓室長は、目元を拭いながら私へ向き直る。


「こほん。」


咳払いをした幸拓室長は、真剣な表情で私の手を取る。


「取り乱してしまってすまない、パンツトースターくん。これからも定期的にここへ来てくれないか?」

「ぜったいに…いやです。」


顔が真っ赤になって、両手がわななく。

生きることが罪だと言うのなら。

惨めに生きるのが、私の責任だ。

けど、こんな罰があるのなら。


「室長、とりあえず客室の清掃が終わった。他にやることは?」


ブラックバッカラの赤黒い肉舌が、灰の下を掻き分けて声を出す。

一度は見たものの、この舌は脅威に間違いない。


「そうだね、今日は久しぶりに生身のお客さまだから、いいものを食べようか。」

「わー!くだもの、くだものたべれるのー?」

「まだ動いたらだめだよぉ〜。脳が崩れちゃう。」


幸拓室長の言葉に喜んだガルデニアが立ち上がり、アネモネに抱き止められる。

パキラは彼女たちの様子を見て、ラプリマの母たちを思い出した。

彼女たちがこの関係を持った経緯はわからないけど、確かに彼女たちは家族だ。

そして

「友達いっぱい作って来なさいね。」

その母たちの言葉を思い出す。


「ガル、デニア?」

「んー?」

「君の瞳を灼いてごめん。」

「そんなこともあったねー。」

「もし良かったら、友達に、なってくれないかな?」


あんな、殺し合いのようなことをして、彼女らの不死性を知っていたとはいえ、酷いことをしてしまったのは事実だ。こんな厚かましいことをお願いする立場にはないのはわかっている。それでも、ここまで来てしまったのなら、思いついた事はやらないと、後悔する。


「うん。いーよー。」


ここまでの気持ちのいい返事は意外すぎた。けど、彼女の裏表のない言動なら、受け入れてくれるだろうという、ずる賢い計算はあった。


「そのかわりー。」


彼女の首が回転しながら伸びて、私のお腹のあたりの匂いを嗅ぐ。


「すんすん、おおー。確かに焼いたらおいしそーな匂いだねー。今履いてるパンツちょーだい。」


そのガルデニアの耳を、アスターが掴む。


「何考えてんのよ!パキラは私のだからパキラパンツも私のものよ!」

「いたいいたいいたいー!」

「そんなにパキラのパンツ食べたいなら私のをあげるわ!毎日パキラとキスしてるからパキラ汁も入ってるわよ!」


顔が赤くなる。

どうして私はこんな恥ずかしい思いをしなきゃいけないの。


「うーん。不純物のにおいはするけど、たしかにパキラ汁が入ってるねー。わかりました!今日からおともだちです!またときどきパンツちょーだい!」


アスターと私と握手をしたあと、アスターの脱いだパンツをガルデニアは大事に胸に抱えた。


「私は普通の人間だからパンツは食べられないが、出汁を取ればパキラ汁を味わえるのではないか?」

「室長まで何言ってるんですかぁ、やっぱり趣味が悪いですよぉ〜。」


アネモネの言葉にうなづいていると、アスターが背中に抱きついて来た。


「「女神は太陽系第三惑星人を、「ヒト」って呼び方に統一していて、私たちもまた、人間という言葉は常用はしない。せいぜい太陽系第三惑星学術復元会の刊行した書物に表記されるくらい。パンツのことで、幸拓室長の「秘密を守る」っていう気持ちが薄れたのか、それとも、もともとそういう意識が無いのか知らないけど、このヒトは情報に価値のあることをわかってない。」」


そして、アスターの手は私のお腹をさわさわと撫でる。


「待ってアスター、今そこ触ったらだめ。」

「お、なんだなんだ?今ここでおっぱじめるつもりか?」


ブラックバッカラの舌肉が声を上げる。


「そんなことするわけないでしょ。幸拓室長、パキラの生パキラ汁、ちょっと溜まってます。ここは冷えますし、そろそろー。」

「いや、私には原液そのままという高度な趣味はないよ。そこはアスターくんにお譲りしよう。」


ガルデニアが不思議そうな顔で。


「おっぱじめるってなにー?げんえき、もよくわからないー。」

「マークシックスが知る必要はありません〜。幸拓室長も趣味が悪いですよぉ〜。」


パンツを焼いたことをばらされて、今ちょっとだけお腹のむずむずすることもばらされて。

これが惨めに生きる、私の責任。

アスターに撫でられて意識すると、本当にむずむずが止まらない気がして来た。

どこか物陰は無いかなって思ったけど、ここの物陰ってつまりクルルガンナ星人(ほしひと)の亡霊だし、その灰の下には、ブラックバッカラの舌肉がある。


惨めに生きるのが責任ではあるけれど、これから起きそうな大惨事は惨めの意味が違う!

目を閉じる。

深く息を吸う。

ぜネロジオに、魂に流れ込んだアイクルミエェタの経験を検索する。彼だって長い間、クルルガンナ解放戦を戦い抜いたんだ。こんな経験あったはずだ。


見つけた。

「ミツケタ。」

「見つツケた。」

「ミツけた。」

何か、心の、ぜネロジオの中で誰かの声がする。けどそんなこと構っていられない。


   ─────


「さすがだ万葉万倣、家族の、町のみんなの仇を取ってくれて、感謝する。」


女神直属の、単騎での任務遂行を行う遊撃騎士となってから、女神が邯鄲で再生した集落の防衛も行うようになった。クルルガンナの対惑星文明兵器は、空間の転移を行える。転移の兆候を確認してからでは生体指向性誘導弾の使用を止められない。

地域の解放、つまり支配権奪還には複数の騎士で構成された騎士隊が向かうことになる。

ぼくのような単騎で遊撃に当たる騎士は、対惑星文明兵器の中でも大型種の撃破が主な任務となる。遊撃騎士が頭を叩いて、統制を失ったものは経験の浅い騎士隊が掃討する、というふうに。


「ああ…。ぼくの力が及ばなかったばかりに。」

「いや、あんたはよくやってくれた。全員が死なずに済んだだけでもじゅうぶんだ。」


だが、クルルガンナ星人(ほしひと)の代表的な対惑星文明兵器には、内部に10千から200千の居住民がいる、彼らも己の魂を即座に小型の兵器へ転換が可能だ。

この場合の小型とは、通常のものより相対的に小型と定義しているだけであって、各個体が4-6階建ての建築物相当の大きさを有する。

つまり、ナラシンハやナァフルァーカ、ヴリトラと言った大型兵器は、胎に孵化寸前の卵を抱える母体であるとも言い換えられる。

防衛する都市、集落への攻撃にこのような大型種が編成されていた場合、被害を出さずに防衛を行うことは困難になる。

それこそトモさんや勇者はもちろんのこと、準勇者のように模倣不可能なほどの規格外の能力を持っていなければならない。


   ─────


「「今何か変な言葉が聞こえた。」」

「「パキラ・リアルラ・ミノのぜネロジオにモ記述が無い。」」

「「アイクルミエェタのぜネロジオに散見さレる。」」

「「調べヨう。」」

「「調べよウ。」」

「「早く調べようパキラ、私たちも知りたい。」」


準勇者は、わたしも見たことがある。ダリア・アジョアズレス。ワイルドハントの隊長で、ラプリマのいち酒場兼食堂に勤務しているのは知っている。

けど、アイクルミエェタが規格外って称するのは興味が湧いた。

声たちも知りたがっている。

検索してみよう。


「見つケた。」

「見ツけた。」

「見つけタ。」

「うん、見つけた。」

   ─────


ダリア・アジョアズレス。クルルガンナ解放戦で孤児となり、邯鄲で保持されたラプリマの中で生育される。学園在籍時、女神立ち合いの天覧大会において勇者ゲンザンと引き分け、準勇者の称号を得る。ラプリマの騎士隊ワイルドハントを設立し、初めての任務にて、食化騎士との戦闘で隊員を失った後、邯鄲の外でクルルガンナ解放戦に参加。時期を同じく、邯鄲の中のエルベラノにて、ぜネロジオ適合実験の被験体となる。

施術者は女神ロータス。ぜネロジオは─。

目が合った。


「きみたち誰か知らないけどさ、わたしのひみつにこれ以上近づくなら、ディスティノしちゃうぞー!ばっきゅ〜ん⭐︎」


その指先から出た弾丸は、私たちの胸を貫いた。


   ─────


びしゃあ!

意識が覚醒する。

冷や汗が止まらない。


驚いたアスターが私から飛び退いて、逆にガルデニアが近づいてくる。


「─うし──。ぱ──。」

「──ら。────の?」


ど、く。ど、く。ど、く。

アスターの、ガルデニアの大きな声も、心臓から送られる血流で押し広げられた耳の血管を通る私の血に遮られる。


「私、いま─。」


通信用のネクタイリボンを外し、制服ジャケットの胸元を開く。


「死んだ。」


左胸の付け根あたりに、小さな、紅い痣が出来ていた。


   ─────


同時刻、ラプリマ。


都市周辺の、いくつかの騎士隊の開いた集落からラプリマへ、一時的に里帰りされた団体様がお越しになっていた。

以前からのご予約だったので、今日の「レジーナ」は1日貸し切り。


「ダリ坊、藁の転換が終わった、代われ。」

「はいほい。」


ドンと持ち場を代わる。細かく砕いた炭と藁土を練って石板に薄く塗り、さらに藁を敷いて、少し洗っただけの、手のひらほどの川魚を並べて、さらに藁をかぶせ、同じ藁土で香りをつけたキツめのお酒をかける。

カチ、カチカチ。

火打石をぶつけ合い、別の藁土に敷き詰めた藁に火花を当てる。

ぶわ、ぼ。

火のついた藁の束に藁土を被せてしばらくすると、独特の香りが漂い始める。

深く、濃い、森の中を連想させる良い土のにおい。この転換資格者さんは良い仕事してる。

さっきのお魚石板を乗せて、お客様方へ微笑む。


「それではみなさま、この魚達が仕上がるまで、当店、ラプリマ、いえ、クルルガンナ地域きっての歌鳥の声を、お楽しみください。」


お辞儀をしたまま、一歩後ろへ下がる。代わりに赤い、いく層にもひだ、ドレープの付いたドレスを着たレジーナが前に出る。


「アタシゃ!」


コン!

叫び声に合わせて右ももを高く上げて、ヒールで木床を打ち付ける。薄暗い店内の照明で、ただレジーナだけが灯りに照らされる。


「15で旅に出た♪あてのない旅人さ♪」


溌剌とした歌声に合わせて、ドンが弦楽器の演奏を、ガスが2枚の平たい木の板をぶつけ合う打楽器でそれぞれ鳴らし始める。


「そこのアンタは村人かい?ならアタシの荷物を持っとくれ♪」


お客様方のように、わたしもレジーナの歌声に、その動きに魅了される。

─恋に焦がれた赤い鳥─

そう、エルベラノ第9クルルガンナ研究室のあのヒトは言ってたっけ。


どく、ん。


急に鼓動が強くなる。

むむ、これはレジーナに惚れ直しちゃったかな?


ぴしっ。


おでこを指先で弾かれたような衝撃。

そう、わかった。


本当は、お料理にポデアを使わない、太陽系第三惑星、地球の人が行っていた伝統的な調理法を守るのがわたし達「レジーナ」や他の食卓に関わる騎士の誇り。

だったけど、これは緊急すぎ。

じっくり燻す藁土の上から炎熱のポデアをかけて、わたしがいなくてもしっかり仕上がるように。


お皿を下げて、キッチン裏口からお店の外へ。


「アタシゃ15で夢を見た♪」


レジーナの歌声が響いている。

お店のみんなに気付かれないように小走りで、少し距離が空いたので飛び跳ねる。

たしっ。タタタタタタタタタタ!タンッ!

石床の道を蹴って建築物の壁へ、全速で駆けて、さらに跳ねる。ラプリマのいちばん外側、女神の借りてるアパートへ。


だんだんだん!

ドアを何度も叩く。


「マイちゃんマイちゃん!」


返事がない。きっと居留守。


ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん!

がちゃがちゃがちゃ!


ドアのインターホンを連打して、締め付けの悪いドアノブを回す。


「ていこーするならディスティノしちゃうよー!」

「ダリア、あんた何やってんのよ。」

「お酒もう飲めませんのじゃ〜。」


振り向くと、トモちゃんが酔っ払ったマイちゃんを引きずっていた。


「わたしの情報に、他惑星文明種からの接触があった。アクタくんのぜネロジオから。」


引きずられてぼろぼろだったマイちゃんが、顔を上げる。


「ハイェルルラとブラックを出す。」


この顔を、わたしはよく知っている。

太陽系第三惑星人(こどもたち)を守るためなら、あらゆる敵を鏖(みなごろし)にする。

魔王(ははおや)ペンディエンテ。


   ─────


同時刻、エルヴィエルナ第9クルルガンナ研究室。


「ここにも、金属類は見当たらない。」

「クロ、ユ…リ。」


ぐしゃ、びちゃ。

辛うじて声を出したその頭を、踏み潰す。

しゅく、しゅ。

飛び散った眼球、歯骨、頭骨、脳漿、神経と組織液の再構成が始まる。


「エーデルワイス!」


駆け付けた黒衣の騎士の目の前で。

きゅるるら。

青緑の渦が起こり、エーデルワイスと言う名だった騎士の残骸を、分解し飲み込んでゆく。


「何故だ!そしてその力は何なのだ!お前は一体誰なんだ!ブラックバッカラー!!!」


声をかけられた赤黒の騎士は、面倒くさそうに。


「お前たちの言葉では星食い。騎士隊と言うのなら、私達はクエーサーズだ。」




第四部命球、石炭期の終わりに 中編ノーカラーズ 了

第四部命球、石炭期の終わりに 後編フルウ ルア ミア エルナ/第五部 アストロブレム攻防戦04 へ続く


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