キリギリスくんのお仕事
仕事なんて収入を得る為のものだったし、日々の生活が大事。好きなことを仕事にとか、使命感を持って仕事をするとかピンとこない。
僕はペットボトルの容器製造工場で働いていた。ライン不調で出たペットボトルを粉砕し、再生資材に生き返らせる仕事だ。
粉砕機はガタガタと揺れ、飛行場並みの轟音が出る。うるさく、熱く、粉も舞い散り、決して楽な仕事ではない。働きアリにはピッタリな仕事か。
「はぁ……」
ため息をつきながらも、粉砕機にペットボトルを投げ込んでいく。バリバリと激しい音が響き、粉とともに小さな破片も降り積もる。視界が白くなる。
無色透明なペットボトルもこうして粉砕すると圧力がかけられ、白く変化する。雪みたいだが、今の季節は春だった。
僕は働きアリさ。仕事もただただ頑張るしかないんだ。収入を得る為。生活を支える為。仕事とはそういうもの。
こうしてようやく今日の仕事が終わり、外へ。工場の近くの桜並木、満開だ。視界がピンク一面に変わる。
「あぁ、綺麗だな」
仕事の終わりに見る桜の花。なんだかいつも以上に綺麗だなと思った時だった。
音楽が聞こえた。ストリートミュージシャンが演奏しているらしい。
「その名前は永遠に語られ〜♪」
蒼空よりも澄んだ声だった。
その声のする方へ向かうと、一匹のキリギリスが歌っていた。
キリギリス族はこうして一日中歌っている連中だ。ろくに仕事もしない。ごく稀に才能があるキリギリスもいるが、ニートや引きこもりも多いと社会問題にもなっていた。
まあ、キリギリス族は身体が弱く、長くは生きられない。どうせこのキリギリスもすぐに死ぬだろうと冷めた目で見ていたが、やっぱり印象的な声だ。
「その名前は永遠に〜♪」
この声、すっと胸に落ちていく。
「何度散っても生まれ変わって蘇る〜♪ その名前は永遠に〜♪ 永遠に〜♪」
歌詞も桜の季節を表現しているみたいだ。独特な哀愁も漂い、思わず拍手を送ってしまった。
「ありがとう。『その名前は永遠に』って曲です」
キリギリスくんははにかみながらお辞儀していた。恥ずかしそう。悪いヤツではないらしい。世間では穀潰しとか怠け者とか散々な言われようだったが、普段はロックバンドのボーカリストらしい。時々お忍びでアコースティックギターとともに路上で歌っていると言う。
「また聞きに来てよ。実はこの曲も配信しているから」
「あ、うん」
「じゃ!」
颯爽と去っていくキリギリスくん。なんだかきらきらしてる。桜の花びらがふわりと舞い、また僕の視界がピンク色に一面に染まる。
「いいな、キリギリスくんって。遊んで暮らしてるんでしょ」
その日から桜の木の下でキリギリスくんの歌を聞くようになり、なんとなく仲良くなってしまった。こんな言葉もポロッと言ってしまう日もあった。ロックバンドのボーカルをやっている時のキリギリスくんの写真を見てしまい、自分と比べてちょっと嫉妬したのもある。
キリギリスくんは苦笑しているだけ。反論はしなかった。それどころか僕の仕事の心配もしてきた。
「仕事大変なの? あのペットボトル工場、大変だって噂を聞くから」
「あぁ、そうだね。楽じゃないよね」
「そっか……」
「でも仕事ってそういうもの。我慢してお金を稼ぐものでしょ」
働きアリの僕、親からもそう教わってきたが、キリギリスくんは妙な話を始めた。
「仕事は神様のためにするものだよ。収入は天国に積むもの」
「意味がわからないよ」
「僕の音楽の才能も神様がくれたものだと思う。だから自分の音楽が天国に届くように、そんなイメージで歌っているんだ」
「へぇ」
やっぱりキリギリス族、芸術家肌で言っている意味がわからないが、お金や生活が一番じゃないってのはわかる。
「僕も何か音楽やってみようかな」
「いいね! ギターの弾き方や発声方法なら教えられる」
キリギリスくんのおすすめのギターを買ってみた。おかげでボーナスのほとんどが消えたが、まあ、いいか。
「その名前は永遠に〜♪」
それに桜の木の下でキリギリスくんと歌っていると楽しく、時間も忘れてしまった。確かに一円にもならない。お金稼ぎになんて無縁だけれど、こんな時間があっても良い気がするから不思議。ふと、空を見上げると雲の隙間から陽が差し込む。眩しい。天国と繋がっているみたいな光。
「アリくん、もう桜の花びらが散って青葉が出てるね」
「そうだね。もう緑が出てきたね」
季節は変わり夏になった。夏はキリギリスくん、音楽フェスに忙しく、あんまり会えなかった。秋もコーディングや楽曲作成に忙しいらしく、ほとんど会えないまま冬に。
気づくと桜の木は枝だけになっていた。僕の吐く息は白く、手足も冷える。
「キリギリスくん、いないか……」
春の時期のようにキリギリスくんを探したが見つからなかった。ちょっと寂しいなぁと思った十二月の夜、キリギリスくん訃報を知った。
SNSでキリギリスくんのスタッフが情報発信していた。ファンの人も泣き崩れ、僕も何も考えられなかった。悪い冗談のような気がするが、実際、この時期は多くのキリギリス族が亡くなってる。キリギリス族は長生きできない。春まで生きられないんだ。
「キリギリスくん……」
部屋にはギターがあった。見たくもない。あの楽しい時間もあっけなく散ってしまった気がして。
その後、キリギリスくんのスタッフに夏から過労状態が続いていたと知った。音楽をつくるのも大変だったらしい。まさに身を粉にしていたという。公開されたキリギリスくんの創作ノートには苦悩の跡しかなかった。
「遊んで暮らしてるとか言ってごめん……」
桜の枝を見つめながら呟くが、返事はない。自分が発した言葉の酷さに、後悔しかなかった。
それでも季節は変わっていく。あんなに悲しんでいたファンも別のミュージシャンに夢中になり、そんな人気もなかったキリギリスくんの音楽は忘れられていた。数えきれないほどの新曲が発表され、毎年ヒット曲もコロコロ変わっていた。
「その名前は永遠に〜♪」
桜の木の下、僕は歌っていた。働きアリの僕、どう考えてもキリギリス族のような才能はなく、通行人からは笑われ、石を投げらつけられる日もあった。
仕事も相変わらずだ。工場は熱く、粉が舞い散り、雪のようにペットボトルの破片が降り積もる。溶けない雪だ。
仕事の帰り、桜の木の枯れ枝を眺めながら、収入を得る為だけの生活にため息が溢れる。
「その名前は永遠に〜♪」
それでも、キリギリスくんが残した曲を口ずさんでいると元気が出てきた。キリギリスくんが身を粉にして創った曲。僕さえ覚えていれば、この曲は死なないはず。
「そうだ。またキリギリスくんの歌、歌おう!」
日々の仕事に忙殺されそうになるけれど、僕はずっと桜の木の下で歌い続けた。一円にもならない。それどころか石やゴミも投げつけられるけれど、歌っていればキリギリスくんが側にいる気がした。
季節が巡った。春から夏に変わり秋が過ぎ、冬を越えてまた春がきた。桜の花が満開だ。歌っている僕の視界もピンク色に染まる。
「その歌、いいね。独特な哀愁がある。私の動画チャンネルでもカバーして歌っていい?」
「え?」
目の前にアゲハ蝶さんがいた。確か見た目が良と言われてるアゲハ蝶族。実際、アゲハ蝶さんの羽根の色、側で見ると虹のように鮮やか。最近ではネットでインフルエンサー的なこともしているらしい。
「この曲、実は僕の友達のキリギリスくんが作ったもので」
「そうなの? え、配信もしてるの? えー、原曲もすごくいい曲!」
アゲハ蝶さんはキリギリスくんの曲を気に入り、本当にカバーして動画にあげていた。最初は千回程度の再生回数しかなかったが、たくさんのアゲハ蝶族にも目が留まり、じわじわと再生回数が伸び、他のキリギリス族のバンドやカブトムシ族のギタリストにもカバーされていた。
「な、何これ?」
キリギリスくんはとっくの昔に亡くなっているのに、たくさんのミュージシャンにカバーされ、曲に命が吹き込まれていた。さらに口コミで徐々に認知され、清涼飲料水のCMソングにも決まっていた。「その名前は永遠に」は春の定番曲として卒業式でもよく歌われているという。キリギリスくんが亡くなって十五年後のことだった。
「キリギリスくんの遺した曲、今も生きてるよ。永遠だよ」
空を見上げながら呟く。桜の花びらが舞い散り、僕の視界も一面ピンク色。今日もキリギリスくんの曲を歌う。
「その名前は永遠に〜♪」
歌もギターも下手くそだ。それでも最近は二、三人の人に聞いてもらえている。
「さあ、明日も仕事だ」
残念ながら、僕の仕事は相変わらずだ。轟音の中、粉まみれで働いているけれど、天国にいるキリギリスくんは笑ってくれてると思う。




