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氷の侯爵様は、捨てられ令嬢の淹れるお茶しかお気に召さないようです  作者: 九葉(くずは)


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第2話 お茶会と芽生える絆

あの衝撃的な夜会から、三日が過ぎた。

我がヴェルナー伯爵家は、それはもう大騒ぎだった。


お父様は私の身を案じてひどく憤慨してくださり、お母様は「ラングローブ公爵家にどう顔向けすればいいのか」と世間体ばかりを気にして泣き暮れていた。

まあ、いつものことだ。


私自身はといえば、意外なほど落ち着いていた。

もちろん、夜中に一人になると、ふと虚しさに襲われて枕を濡らすこともあったけれど。

それでも、昼間は気丈に、いえ、むしろ以前より晴れやかな気持ちで過ごしていた。


長年の重圧から解放された、という感覚の方が大きかったのかもしれない。


そんなある日の午後。

メイドが運んできた一通の手紙が、私の日常に再び波紋を広げることになる。


差出人は、アシュトン・グレイフィールド侯爵。

あの夜の出来事が夢ではなかったことを証明する、美しい銀の箔押しが施された封蝋。


(本当に来ちゃった……社交辞令じゃなかったんだ)


手紙の内容は、極めて簡潔だった。

『先日お話しした件、ご検討いただけただろうか。近いうちに、貴女の淹れた茶をいただきたい』

貴族らしい遠回しな表現は一切ない、用件のみを伝える、いかにも彼らしい文面だった。


「どうしましょう……」

「どうするもこうするもあるものか! これはまたとない機会だ!」


私の呟きに、手紙を後ろから覗き込んでいたお父様が興奮気味に声を上げた。


「グレイフィールド侯爵家といえば、王家にも匹敵するほどの歴史と影響力を持つ名門中の名門! そのご当主が、リリアーナ、お前に会いたいとおっしゃっているんだぞ!」


(いや、会いたいんじゃなくて、お茶が飲みたいだけだと思うんですけど……)


私の冷静なツッコミは、娘の新たな縁談に色めき立つ父の耳には届かない。

結局、半ばお父様の決定のような形で、私はグレイフィールド侯爵をお茶会にお招きすることになった。


そして、約束の日。

私は朝からずっと、キッチンの片隅にある自分専用のティースペースで、どの茶葉を使うべきか頭を悩ませていた。


グレイフィールド侯爵領は、厳しい冬に閉ざされる北の辺境。

きっと、体の芯から温まるようなお茶がお好みかもしれない。

それなら、少しスパイスを効かせたブレンドがいいだろうか。

いや、でも、あの方の雰囲気からすると、もっと静かで澄み切った味わいを好まれる気もする。


(……何を悩んでいるんだろう、私)


ふと、自分の姿がおかしくなった。

アルフレッドのために、彼の好みだけを考えてお茶を淹れていた頃と、やっていることは同じではないか。


(違う。これは、誰かのためじゃない)


今、私が淹れたいのは、誰かのご機嫌を取るためのお茶じゃない。

あの夜、惨めだった私に、ハンカチを差し出してくれた人への、感謝を伝えるためのお茶だ。

そして、私自身が「美味しい」と心から思える、最高の一杯。


そう決めたら、すっと心が軽くなった。

私が選んだのは、『シルヴァームーン』と名付けられた、月の光を浴びて育つという希少な白茶。

繊細で、ほんのりと甘く、心を落ち着かせる香りを持つ、私の一番のお気に入り。


やがて、約束の時間。

玄関ホールがにわかに騒がしくなり、お母様の甲高い声が聞こえてくる。

どうやら、氷の侯爵様がお成りになったらしい。


客間に通されたアシュトン様は、黒の軍服ではなく、上質な生地で仕立てられた濃紺のシンプルな平服を身に着けていた。

それでも、彼の持つ威圧感というか、圧倒的な存在感は少しも損なわれていない。

我が家の応接セットが、やけに小さく見えるほどだ。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます、グレイフィールド侯爵様」

「こちらこそ、急な申し出を受けていただき感謝する」


私がカーテシーをすると、彼は軽く頷いて席に着いた。

その仕草の一つ一つが、洗練されていて無駄がない。


緊張に強張る両親を後目に、私はワゴンを押して彼の前へと進み出た。

ここからは、私の時間だ。


銀のティーポットにお湯を注ぎ、茶器を温める。

その湯を捨て、用意した茶葉をポットに入れると、ふわりと甘く清らかな香りが立ち上った。

最適な温度まで冷ましたお湯を、そっと注ぎ入れる。


茶葉がゆっくりと開いていくのを待つ、数分間。

その静かな時間が、私は好きだった。

アルフレッドはいつもこの時間を「退屈だ」と言って急かしたものだけれど。


ちらりとアシュトン様を見上げると、彼は黙ったまま、私の手元をじっと見つめていた。

そのアイスブルーの瞳は、好奇心とも違う、何かを確かめるような真剣な光を宿している。


やがて、完璧なタイミングで、私は琥珀色に透き通ったお茶をティーカップに注いだ。


「どうぞ、お召し上がりくださいませ」


彼がカップに口をつけた瞬間、私はごくりと唾を飲み込んだ。

まるで、試験の結果を待つ生徒のような気分だ。


一口、そしてもう一口。

アシュトン様はゆっくりとそのお茶を味わうと、カップをソーサーに戻し、そして―――。


「……ああ」


ふぅ、と。

今まで張り詰めていた空気が、まるで緩むかのような、長いため息を漏らした。

そして

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