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共えん者  作者: 白美希結
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共演者

昔からの友情を信じていた四人。しかし夢を語ったことで絆に亀裂が走り、仲間は離れていった。

二年後、孤独の中で再会した時、智紀は「赤い封筒」の存在を思い出す――

友情と夢、その代償が明かされる物語。



 大人になった僕たちは環境が変わったが、友情は変わらない。僕はそう信じていた……。


 目的もなく毎日集まっている。

 瑛太はゲーム、次郎は両耳にイヤホン、隼人は漫画、僕は動画を見ている。ただ空間を共有しているだけだ。でも、今日は違った。

 漫画中毒の隼人が、突然言い出した。

 「絵描ける?」

 「どうしたの、急に」

 画面から目を離さずに聞いた。

 「僕、真剣に描いたことないかも」

 「描いてみろよ。俺は、壊滅的に下手くそだぜ。だから漫画家を心から尊敬している」

 背筋を伸ばし左手の拳を右胸に当て、見覚えのあるポーズをしている。緑のマントまで想像してしまった。

 「さっきから、うるせえなぁ。集中できねぇ。弾が当たらなくて俺が死んだ」

 「一人の時にやれよ。智紀が可哀想だろ」

 「お前のこと言ってんの。急に立ち上がって変なポーズしやがって。なぁ智紀ぃ」

 『パチン』額を叩かれ、乾いた音がした。肩が上がる姿を見て楽しんでいるのだ。

 「智紀のこと叩くなって」

 次郎がムクっと起き上がり、眉毛と目がくっつきそうな程、眉間に皺を寄せている。

 「次郎さんは暴力がお嫌いですからね。散々人を殴ってきたくせに。はぁ……。つまんねぇ。ゲームに集中したいし、帰ろうかな」

 頭皮から血が出そうなほど掻きむしっている。

 「僕は大丈夫。ありがとう」

 板チョコを包む紙の裏に子虎を描いた。隼人が僕の頭を押さえ、覗き込んできた。

 「智紀、上手すぎ。短時間でそのクオリティかよ。尊敬しちゃいそう」

 頭に乗せたままの手を、飼い犬のように撫でてきた。

 「尊敬しちゃってくださいよ」

 おどけたフリをして、さりげなく手を払った。

 

 文句を言い合っていたが、ボロ机に集まり乱雑に置かれた色鉛筆などを使い、男四人で絵を描いている。

 部屋中に紫煙が漂い、雀荘のような雰囲気で真剣に『子虎』を描いているギャップが愉快である。

 隼人が早速、音を上げた。

 「無理!動物ってハードル高くね?チューリップとかでいいじゃん」

 「おっと、関節無視だな。銃で撃たれた子虎みたいじゃんかよ。ありえない方向に足が曲がってるぜ」

 口端を上げ、意地悪な表情をしている。

 「だから言ってんじゃん。壊滅的だって。そういう瑛太は『ふ・つ・う』だな」

 「何だよ。『ふつう』って。俺が中途半端な奴みたいな言い方しやがって!」

 今度こそ、頭皮から出血しそうだ。

 瑛太と隼人はマイナスとマイナスように常に反発しているが、片方がプラスになったとき、驚く程の結束力を発揮する。

 「次郎ちゃんは描けた?」

 亀のようにゆっくりと顔をあげると、ベッドでいつものスタイルに戻っていた。

 手に取り黙って見た絵は、線画で描いた子虎に色付けまでしてあり、配色のセンスに心が疼く感覚を僕は誤魔化せなかった。

 「夢ある?」

 今度は僕が唐突に口を開いた。

 「ガキの頃はあったけど、働かなきゃ生活できねぇし、夢を見ることも忘れてた。だから俺は、適当に働いてゲームできれば満足かな」

 遠くを見つめる瑛太の瞳には、萎れた花が映っているように見えた。

 「俺の夢は、絶対に叶わないんだ」

 「『漫画家』とか言っちゃう?」

 磁石コンビの会話が始まった。

 「正解!」

 「まずは、関節をどうにかしないとだな」

 お腹が痛くなるほど笑った。

 「智紀はどうなんだよ」

 僕の返答が遅せいで、糸が張ったような空気になった。

 「……実はさ、彫り師になりたいんだ」

 隼人は漫画を落とし、瑛太の手は僕の頭の上に置かれたまま。

 次郎ちゃんは、子供を見守る母親のような視線を僕に送っている。

 張り詰めた糸を切ったのは次郎ちゃんだった。

「覚悟あんのかよ」

 僕だけには見せたことのない、あの眉毛と目がくっつきそうな表情を一瞬だけした。

「ある」

 間髪入れずに答えた。

「なるほどな。『彫り師になる』じゃなくて『なりたい』って言ってるような奴が、どの程度の覚悟かしらんけどな」

 「そんな酷いよ。次郎ちゃんなら応援してくれると思ったのに。やっぱり言わなければよかった!」

 「そっか。ごめんな、智紀」

 僕の頭を『ポンポン』と軽く叩き、イヤホンをつけたまま部屋を出て行った。

 「次郎どうしたんだろうな。『頑張れよ』くらい言ってもいいじゃんな。俺は、智紀の画力ならなれると思う」

 「関節が曲がってないからな」

 「いい加減にしろよ。もうネタにしてるだろ。俺こそ絵なんて描かなければよかったぜ」

 磁石コンビは、僕を笑わせようと結束している。

 「ありがとう」

 そんな当たり前の言葉しか出てこなかった。


 僕ら四人は割れた皿のように、全員揃うことはあの日から一度もない。ヒビが入ってしまうと修復が難しいのは友達関係でも同じらしい。

 時々、磁石コンビは来るが絵ばかり描いてる姿に見飽きたらしく、いつの間にか来なくなった。もう二年、誰も来ない。

 ボロ机の上でデザイン中に消しゴムを落とし、屈んで拾った。

 「紙が落ちてる」

 胸が焼けそうなくらい嫌な予感がした。

 「……忘れてた」

 左手で右手首の震えを押さえ、赤い封筒を摘んだ。

 「……ダメだ。死ぬじゃん」

 次は手汗が止まらず、何回もタオルで拭った。

 「何を契約したんだ……。よく覚えてないけど、魂が何とかって……」

 恐る恐る封筒から一枚の紙を取り出した。


 【『成就プラン』

 『大切なものを壊さないこと』

 条件未達成の場合、魂を没収……】


 夢が叶いそうなのは、契約の効力だった……友情が壊れる事はないと信じて疑わなかった僕は、軽々と判を押したんだ。しかし、友情は壊れた。

 「僕は死ぬ」

 ……みんなに会いたい。

 応援してもらえなかった反発心が消えずに連絡することもしなかった。素直になればよかったんだ。

 断崖絶壁に立たされている僕は、もうすぐ落ちる。

 『……カツ、カツ、カツ』

 聞き覚えのある足音に感じたが、ついに魂を奪いにきたようだ。

 『キーィー』

 目を開けられなかった。

 ……。

 「智紀」

 最後に聞こえたのは、次郎ちゃんの声だった。殴られる感覚に敏感な僕は反射的に肩をすくめた。

 『ポンポン』

 確かに頭をそっと叩かれた。

 「おい、智紀ぃ」

 次は飼い犬を撫でるような触り方だ。

 走馬灯を肌で感じてしまうほど、恐怖で頭がイカれたらしい……。

 『パチン』

 現実かと勘違いする程の乾いた音がした。

 「とーもーのーリー」

 突然の大声に驚き、目を開けてしまった。

 「う、うそ、な、なんで?」

 目の前に、ずっと会いたかった大切な人たちがいる。

 

 「あれから一度も来なくてごめんな」

 一気に顔の穴という穴から、涙がとめどなく溢れてくる。

 「おい、汚ねぇなぁ。そんなに嬉しいかよ」

 撫でながら、隼人がいった。

 「次郎が来なくなった理由、聞きたいだろ」

 僕はおもちゃの『うなずきん』のように、頷くことしかできない。

 「邪魔をしないようにだ。『覚悟はあるのか』なんて上から目線で言ってたくせに、俺らの前ではさ『智紀の目は真剣だった』とか言っちゃって」

 「そうなんだよ。『三人で応援出来ることは全力でしよう』って話になってよぉ」

 「俺、そんなにカッコつけてねぇけどな。まぁ、そう言う訳で俺たちの準備が整うのに二年近くかかった」

 しゃっくりが止まらない。

 「俺たちの体、智紀に預けるわ」

 「ど、どう、言うこと?」

 「相変わらず、鈍いんだよ」

 額から『パチン』と聞こえた。

 「だから叩くなって!」

 「練習台に使ってくれ。俺、智紀の絵が好きなんだ。三体とも智紀画伯の絵で、埋め尽くしちゃってくださーい!」

 「生きてるんだから、三体とか言うなよ」

 「三体、責任を持って預からせてもらいます」

 男四人の笑い声が部屋中に響き渡った。

 

 練習台になれる職を探し、極めるのに二年を要した。と、照れ臭そうに瑛太が教えてくれた。

 次郎ちゃんはDJ。

 隼人は足場屋の現場監督。

 瑛太はゲームクリエイター。

 「智紀が背中を押してくれた。ぼんやりと夢を持ってたのに、覚悟がなくて直視する事を避けてた」

 次郎ちゃんが、また『ポンポン』としてくれた。

 

 みんなが休みの日、集まることができた。

 瑛太の左手首に四匹目の子虎を彫っている。

 「お揃いの子虎かよ」

 痛みを紛らわす為、気になってたことを話すことにした。

 「隼人、そこの引き出しの中から、赤い封筒出して欲しい」

 「おう。これか?」

 次郎ちゃんの封筒を見た瞬間の表情が気になったが、集中していた僕はそのまま流した。

 「不気味な契約書だな。ふざけてるだろ。ホラー映画でもあるまいし、何だよ『血判』って」

 「自分の血で指紋を押すこと」

 「そんなの知ってるわ!バカにしてるよな」

 今日の磁石コンビはマイナス同士らしい。

 「血判じゃないと契約成立しないんだとさ。智紀、これ普通の判子じゃん」

 「……まじ?」

 「まさか本物だと思ってんの?【恐閻社】なんて会社、あるわけないだろ」

 漫画を片手に大笑いしている。

 ……僕は血判じゃなかったから無効になったのか。

 「瑛太、終わったよ」

 「記念に、みんなの子虎を撮ろうぜ。次郎、早くこい」

 ムクっと起き上がり、曇った表情をしているように感じた。

 『カシャ』

 四人で左手の拳を右胸に当てたポーズをした。

 『もう、友情にヒビが入ることはない』

 

 「実はさぁ、俺も持ってるんだよねぇ。その赤い封筒……」

 

 スマホに映った次郎ちゃんの顔は、煙のように歪んでいた。

 

 「次郎ちゃん……」

 

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