共援者
失った妻を想いながら配信に救いを求めた男。
だが援助のつもりが搾取となり、
やがて契約の代償として魂を差し出すことになる--
寝落ちしてしまった。充電コードを挿し忘れたスマートフォンの画面は真っ暗だ。
「配信の途中で寝ちゃうとかホント萎えるわ」
自分に毒を吐き、朝食の支度を始めた。リピート再生のように毎朝、目玉焼きとベーコンを焼く。
「何百回焼いても焦げるな。この際、両方とも生食にしようかな。どうせ食うのも、腹を壊すのも俺だ。妙子の分もあるが、実際に食うわけじゃないし」
何を言っても微笑んでいるだけの妙子の前に座った。
「毎日、焦げを食わせて申し訳ない。明日からは生食だからよろしく!」
『チーン』と音を鳴らし、今日も手を合わせた。
季節が変わるたびに妙子の写真を入れ替えている。自撮りなどあるはずもなく、様々な写真から妙子だけを切り抜き、写真立てに入れているのだ。
「もっと撮っておけばよかったな」
後悔してもどうにもならないのだが、巻き戻しができたらいいのになと思うことが多い。人は失って初めて大切さに気付く生き物なのだろう。
「来世では、妙子だけの写真をいっぱい撮ろうな」
微笑み返し、『行ってらっしゃい』の声を恋しく思い、家を出た。
幼少期に近所の子達が『秋見つけ』をした季節がやってきた。どんぐりや、栗、枯れ葉などを集め、競いあった。しかし、ここ最近は秋を飛び越え、急に冬がやってくる。
仕事場に着くと、昔を懐かしみ、心に『ポワン』と灯っていた明かりが消えた。
『仕方ない。生きる為には働かなくてはならないんだ』
門を再び越えるまで、何度も呪文のように唱えている。
休憩中も話す人などいない。菓子パン一つと、缶コーヒーで昼食は終了だ。残り時間は頭を空っぽにし、ひたすら投稿動画を流している。そんな退屈な日常にある日突然、妙子が映った。画面をスワイプし、再度動画を見なおした。
「焦ったぁ。若い頃の妙子にそっくりだ。えーっと、『ルーナ』」
名前を書く時につい、言葉を発してしまったので、人の気配を確認した。
……残念。一人の男が鋭い視線を送り、近づいてくる。急いでゴミをポケットに押入れ、缶コーヒーを片手に腰を上げたが、膝の痛みのせいで逃げ遅れた。
「休んでいるところ、申し訳ないのですが、一つだけ質問させてください」
妙子を失ってから人と関わることを避けてきたのに、しくじった。
「あ、はい。どうぞ」
「先程、『ルーナ』と言いませんでしたか」
「言いました」
「あなたも『ルーナ』のファンですか」
「いえ、動画を見てまして偶然流れてきたんです」
「あ!そうなんですね」
ファンなのだろうか。声のトーンが、一オクターブ上がり安心したのだと分かった。
「私は『ルーナ』の大ファンでしてね、欠かさず配信を見てるんです。名前が聞こえたので、つい反応してしまいました。驚かせてすみません」
「い、いえ。実は、亡くなった妻に似てまして……。もちろん『ルーナ』ちゃんの方がずっと若くて可愛んですけど。なんて言ったらいいか……。とにかく似てるんです」
余計な事を言ったと焦り、思わず口を抑えた。男の表情が読み取れない。気分を害しただろうか。
「なるほど。奥様はとてもお綺麗な方だったのですね。申し遅れました。私は『真田 茂男』と申します。部署は生産技術部です」
「えっと、僕は『和田 功』です。製造部にいます」
予想外の事態に心臓のリズムがいつもよりワンテンポ早い。真田さんは白髪頭で、会話中に何度もメガネを拭き、神経質そうな人だ。
茂さんにはそんな第一印象を抱いた僕だった。時々、二人が出会った時を思い出す。
ルーナちゃんを応援することで二人は連絡を取り合う様になった。その為にパソコンを購入した。しかし、ビデオ通話機能しか使いこなせず、まさに宝の持ち腐れというやつだ。
「功さん、昨日のルーナちゃんは少し元気がなかったと思わないかい?」
「はい。僕もそう感じました。来月開催される総合人気投票が心配なのでしょうか」
「や、っぱ、り……」
画面が固まり電波の悪さに腹が立つ。仕事の都合上、茂さんとは画面越しの会話が多い。相変わらず、メガネを何度も拭いている。
「すみません。また電波が悪いみたいです。なんて言いました?」
「やっぱり、俺たちがもっと応援するしかないな!功さん、ルーナちゃんを一番にしてあげよう」
具体的に何をすればいいのか分からない僕は、とりあえず返事をした。
「決まりですね!では今夜もルーナちゃんの配信でまた話しましょう」
少し一方的なところが気になるが、寂しかった僕の日常に明るい声が戻ってきたのは事実だ。
「みなさん、こんばんは!今日も一日頑張りましたか?ルーナは美容院に行ってきたんです。似合いますかぁ?」
配信が始まると同時に、閲覧者がたくさんのコメントを打つ。次から次へ現れる文字は、流れ作業を思い出させる。だから僕は滅多にコメントをしない。この大量に流れる文字はルーナちゃんの気まぐれで拾われるらしい。
・メガネ爺・『ルーナちゃん可愛い!今日は元気そうで安心したよ。友達と心配してたんだ』
「メガネ爺!ありがとう!いつもルーナのこと、見にきてくれてるよね」
『メガネ爺』は茂さんだ。ルーナちゃんに声が届いたことに鳥肌がたった。もし、自分の声だったら鳥肌以上のものを感じることができるのだろうか。しかし自分の声を言葉にするのは苦手だ。
「そうだ。茂さんに僕の声を代弁してもらおう」
早速、スマホで茂さんに連絡をした。
『オーケー。読まれるといいですね』
待てど暮らせどメガネ爺は、僕の存在を示す言葉を流してくれない。機械的に流れる文字ばかりに囚われてしまい、ルーナちゃんの姿を碌に見なかった。低い唸り声に似た声を発した直後、メガネ爺のコメントが拾われた。
・メガネ爺・『僕は友達と共に応援し、ルーナちゃんを一番にする!』
「わっ!メガネ爺!ほんとにぃ?そんな事言われたら、ルー期待しちゃうからね!お友達の名前はなぁに?」
・メガネ爺・『一番になったら教えるよ!友達からそう言われてるんだ』
僕は一言もそんなこと言っていない。いいとこ取りしようとしているに違いない。心の中で暗い音が流れた。茂さんに震えながら文字を打っていると、またルーナが言葉を拾った。
「なんかかっこいい!達成するまで正体を明かさないなんて!ルードキドキしちゃうぅ!」
文字を打つのが遅いことで救われた。
「かっこいいだなんて。照れてしまうよ」
音楽を奏でるほど、舞い上がってしまった。先ほどまで暗いメッセージを送るつもりだったが、真逆の文面を茂さんに送った。
『茂さん、センスあるメッセージをありがとう』
『どういたしまして。早速ですが、明日から投げ銭の金額を増やしましょう』
『了解です。一緒にルーナちゃんを一番にしましょうね』
僕は毎日、毎日、ルーナの配信にかぶりつき、投げ銭をした。この一ヶ月でルーナを一番にしなくてはならない。茂さんとは、お互い集中できるように、投票結果が出るまでは連絡を取るのをやめようと決めた。配信中にお互いの投げ銭は確認できると言われたし、不安などなかった。
ふと、硫黄の匂いを強烈に感じ、部屋を見渡すと写真立ての周りに黒いものが群がっていた。それでも微笑んでいる妙子が不気味に見えた。
「しまった、飯をあげることすら忘れてた。妙子、ごめん」
この一ヶ月間僕は夢中になりすぎていた。正直、いくら使ったのかも分からない。ネット関係に疎い僕は、茂さんに口座から直接、投げ銭が出来る様にしてもらったのだ。
「どうであれ、ルーナが一番になればいい」
いよいよ明日は、投票結果が発表される。
「目が疲れたな。さて、寝るとしよう」
昨夜は眠れなかった。毎晩、何度か尿意に睡眠を邪魔されるが、用を足せば、すぐに眠りにつける。しかし昨夜は一睡もせず朝日を迎え、少し早い朝食を摂ることにした。
「久しぶりに、一緒に食べようか。やっぱり、焼いたほうが美味しいよな」
浮気をしたわけでもないのに、妙子に後ろめたさを感じていた。
ルーナに出会ってから無音が耐えられず、何かの音を聞いていたい。手っ取り早い音を聞くためにテレビをつけた。
【……次のニュースです。今朝三時頃、県内のマンションにて同居人の女性からの通報により、男性の遺体が発見されました。亡くなった男性は『真田 茂男さん 四十六歳』死因は現在調査中ですが、赤い封筒を握り締めていた様です。第一発見者の女性は『ルーナ』という名前で活躍している配信者だそうです。警察の情報によりますと、二人で共謀し高齢者の閲覧者をターゲットに、金銭を騙し取っていたそうで、さらに二人の関係を調べる方針です。
次は天気予報……】
僕の心を映し出す様に、たまごが床で割れている。妙子がぼやけて見えないが老眼鏡をかける力が出ない。騙されたのか?全てが嘘だったのか……。贅沢もせず、妙子と一緒に貯めたのに……。
『パチ、パチ……ボッ』
フライパンの上で軽快な音が弾んでいる。
『ボッ、ボーー』
「……ありがとう。迎えにきてくれて。こらから写真をたくさん撮ろうな」
どんな時でも僕は、妙子の微笑みに救われていた……。