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共えん者  作者: 白美希結
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共怨者

娘の罪を、母は全校生徒の前で告発した。

狂気か、正義か。

怨みが連鎖する世界で、母の選択が問いかける――

「守る」とは何か。



「私の娘は、人様の人生を壊しました。なので、この場で晒します」

 

 自分の子に制裁を与えるのは他の誰でもない。親の役目だ。

 西村サエコの母親である私は、始業式に乗り込み、校長先生のマイクを奪った。そして岩のような決意を抱きステージに立っている。

 数秒間、全員一時停止した。

 「何をしてるんですか!」

 誰が発したのか分からない声が、スターターピストルの代わりになり、一斉に動き出した。

 教育者達は私を歯がいじめにし、マイクを奪おうとする。怒号が飛び交う中、地鳴りのような声を出し、もう一度みんなの注目を浴びた。

 「二年三組 二十一番 西村サエコは『イジメ』という名の凶器でクラスメイトの人生を破壊しました。これは、嘘ではありません。私はサエコの母親です」

 もう誰も止めようとはしない。

 「ゴクリ……」

 唾を飲み込む音が聞こえるほど静まり返っている。私はさらに続けた。

 「私は娘を愛しているからこそ、この事実を告白しました。どんな理由があろうとも決して許されることではありません」

「西村さん、どうしてこんな事を」

 案山子のようにボッタっていた校長先生がナビ音声のような機械的口調で問いかけてきた。

「こんな事?我が子が間違いを犯したら、正すのが親の務めではないですか。例えば、お友達のおもちゃを横取りしたとします。『人の物を取ってはいけませんよ』と教育しますよね?それと同じです」

 生徒達は、赤ん坊のように喚く子、シンバルを叩く猿のぬいぐるみを連想させる子、銅像のように動かない子など体育館は檻を壊された動物園のようだ。録画機能がある目を向けている子は多数いる。その映像により更に目が増えるだろう。

 

 「残念ながらサエコはこの場にいません。私が事実を公表すると宣言したことで精神を病んでいます」

 サエコは暗闇で持ち主を失った人形のように一日を消化している。

 『当然の報いだ』

 『クズだな』

 『変な母親のせいなんじゃない』

 野球試合中の野次が飛ぶように言葉が行き交っている。

 母親が娘を晒すという異常な状況になっても、人間は罵ることをやめられないらしい。なんて愚かな生き物なのだろう。私の娘も同類だ。

「この世の中は狂っています。どうして、被害者が逃げなければならないのか。加害者こそ離脱するべきなのです。よってサエコは一時、離脱します」

 目的を果たし、無言でマイクを置きステージ裾に下がった。教育者達は異常者でも見るように刺さる視線を送ってくる。しかし、痛くも痒くもない。

 

 靴に履き替えたところで少年に声をかけられた。

 「どうして自分の子を守らないのですか。僕はあなたの様な人が母親でなくて良かったと心の底から思いました」

 出口に背を向け少年に近づいた。

 「私は、全身全霊で守っています。君は、優しくしてもらうことで、守られていると思っていますか?」

 「晒し者にしている時点で、守っていないだろ」

 少年の気持ちもわかる。サエコもきっとそう思っているだろう。

 「悪行という種を撒くと、花を咲かせ種を作り、その種がいつか自分に降りかかってきます。そして、必ず報いを受けます。許しを乞うならば同じ立場にならないといけないんです」

 「……母親だって子供の人生を壊してはいけないはずだ!僕はイジメの事実を信じてもらえなかったんだ!優しく守ってほしかったのに……」

 少年は黒い過去を持っているようだ。物欲しそうな表情をしていたが、温かい言葉などかけたりしない。私には関係ないのだ。

 レンズ越しの目を背に浴びながら体育館を後にした。


 ドアのネジが外れそうなほどの音を立て、玄関を閉めた。サエコは自室の窓に真っ黒な画用紙を隙間なく貼り、光を遮断している。いつもは物音一つしない二階の部屋から、校内放送かと思う程の音量が流れ、動物の咆哮の様な泣き声も聞こえる。階段を駆け上がり、サエコの部屋を開けた。

「ウォォーー」

 狭い部屋の中を行き来しながら髪の毛を毟り、肩を上下させながら吠えている。まさに獣だ。

 机の上に開かれたパソコン画面には、マイクを持つ私が映っていた。群衆の中に紛れ込んでいた録画機能をもつ目たちは、私の期待を裏切る事はなかった。……ほんの少し、裏切りを願ったが無駄だった。

 瞬く間に動画は拡散された。

 『サエコはサイコ』

 『鬼畜母親』などの言葉がトレンド入りし、黒い言葉が溢れた。

 それでも私は後悔などしていない。種を撒いたのは、サエコ自身である。これから長い人生の中でいつか足を引っ張られるだろう。その為には乗り越えなければならないのだ。

 

 ……怨みは怨みを生む。この世界は『共怨者』で溢れている。 懲りたはずなのに、またこんな世界に憧れた自分を哀れに思う。 目を瞑り反芻し、判を押した事を後悔した。キッチンの引き出しを開け、赤い封筒に印刷された三文字を指でなぞった。

 あの紙に刻まれた条件を、達成しなければよかったのだ。

 ……獣の咆哮をいつまで聞き続ければいいのだろう。果たして終わりは来るのだろうか……。

 


 数日後--

 

 僕はあの騒ぎを夢に見る。サエコさんのお母さんが放った言葉を、忘れられないからだろう。

 『必ず報いを受けます』

 それが、本当なら僕をイジメた奴らにも、制裁を与えられる日が来るということなのだろうか……。

 世間では『鬼畜母親』と呼ばれているが、僕の心は部屋の明かりをつけた時のように、灯りがともった。

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