星海を航りし者はかく語りき
その後、特に何かあるでも無く翌日には家に帰れる事となり、葵は茜を連れて自身の賃貸を目指していた。
葵は昨晩の夕食がお粗末な缶詰であった事に憤慨しており、何か美味しいものを食べて帰ろうと思っていたが飲食店と言わず街の殆どの店が臨時休業の張り紙を出していた。
結局、朝食にはありつけず空腹のまま自宅に到着した。茜にも食べたいものは無いかと聞いてみたが食事を取る必要がないと返事が返ってきた。食事が人生の楽しみの一つであると言う信条を持つ葵からすれば、食事を取らなくても良い身体を手にしてもむしろ拷問としか思えないのであった。
茜を一時間程かけて説き伏せ葵は二人分の朝食を作っていた。
「所で君は何も聞かないのか?」
ずっと口を開く事が無かった茜が唐突に言った。
「何?メニューの話?」
「違う。私は故意では無いとはいえ、君の生命を奪った。君が私に言いたい事があるのは想像に難く無いのだが。」
「聞いて欲しいの?」
葵はバタバタと慌ただしく厨房を動き回りながら聞き返した。
「そうは言ってないが…」
「あの怪獣を倒しにきたんじゃ無いの?」
「そうでは無く…」
「私はむしろ楽しいけどな。なんか妹が出来たみたいで。死んだって言われてもそんな感じしなかったし。死ぬ時は死んだ事にも気付かずに死にたいよねぇ。眠る時みたいにさ。」
茜は椅子に座ったまま押し黙ってしまった。そして朝食のオムライスが運ばれるまで微動だにしなかった。
葵が対面の席に座り手を合わせると茜もいただきますと言いながら手を合わせた。
「宇宙人にもその文化あるんだ?」
「君の記憶の中の行為を模倣しているだけだ。」
二人は黙々と食事をとった。先に食べ終えたのは葵だった。茜はスプーンに慣れないのか皿の端から米粒がぽろぽろと落とし続けており、四苦八苦しながら食べていた。その様子に母性の様な感覚を覚えつつ、やっぱり最初に食べるものを箸を使うやつにしなくて良かったと葵は思った。
茜は葵の倍近い時間をかけて食べ終えた。心なしか満足そうな顔をしている。
「ご馳走様でした…」
「お粗末さま。」
葵は茜の皿と自分の皿を持ってシンクへ向かった。手伝おうと茜が立ち上がったが、良いからくつろいでいろとすっかり姉気分の葵はテレビのリモコンを渡し茜をソファに座らせた。
茜はテレビをつけようとせず皿を洗い終えたら話したいことがあると神妙な面持ちで言った。葵は頷くと皿洗いを迅速に終わらせた。
「私がこの星にやって来たのは蟲を追いかけて来たからだ。」
二人は食事の時と同じ様にテーブルに対面になって座っていた。
「ムシって私達が知ってる地球の虫とは違うの?」
「蟲は正確な名が判明していない。それどころか生態や目的についてもはっきりとした事は何一つ分かっていないのだ。」
「蟲はあくまで仮称って事ね。」
「蟲の存在を知る種族の中でも呼び名は統一されていない。影、スペースビースト、ショゴス、物体X等呼び名は様々だ。共通しているのはどの種族も彼らを敵対勢力と認識している事か。」
「その蟲ってやつは昨日の怪獣とも関係があるの?」
「大いにある。蟲はそれ自体は不定形生物、地球上の生物で言うならばクラゲに近い外見なのだが、生命体に寄生し宿主を急速に巨大化・進化させその惑星の生態系を乗っ取ると報告されている。恐らく先日の怪獣は私が追っていた個体が爬虫類にでも寄生した姿だろう。」
「爬虫類って言う割に熊みたいな足と爪だったけど。」
「既に取り込んだり、以前寄生した生物の特徴を次の寄生先に与える事は把握している。即ち彼らは遺伝子の改変、編集を可能としている。」
「確かに、そんなのが一体でも紛れ込んだら生態系は無茶苦茶になるね…」
「恐るべきは、寄生先の生物が上位種に捕食されれば、捕食した上位種に寄生する程の生命力を持っている事だな。先日の個体は頭部に集中していたので頭部さえ潰せば良かったが…彼らは何らかの方法で常に相互間通信を行っている。進化の速度はこの3次元宇宙で1番だ。」
「それで蟲を倒すために来たんだ…地球を守るためでもあるんだよね?」
葵はおずおずと聞いた。
「私の任務においては前者が優先される。後者はあくまで第2の目的だ。」
「そっか…でも放っておいても地球は滅亡しちゃうよね…」
「そうだな…君を巻き込んだのは私の落ち度だが…地球上で活動するには現状はお互いに不都合だ。悪いが、君には色々と協力して欲しい。」
茜はゆっくりと頭を下げた。
「うん。良いよ…その代わり私の願いを聞いて。」
「私に出来る事であれば最善を尽くそう。」
茜は真っ直ぐ葵を見つめて言った。
「ちゃんとご飯3食食べて。」
「そんな事で良いのか…」