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ガイドしてるだけなのに絡まれる、俺の[賠償]スキルライフ

作者: 猫の小道



「この役立たずが!」

「うぐッ……」


 罵声と共に蹴りが飛んできた。

 腹に食らった一撃は、そこらのチンピラとは訳が違う。

 金も間近と評判の、銀冒険者の足は鋭く腹に突き刺さり、食べたばかりの昼食を吐き出させた。あーあーもったいない、奮発して買ってきた俺のドライフルーツ入りの甘パンが。


「なんだよ、いきなり何を……」

「モノ拾うだけが能の底辺のくせによッ!」


 あーハイハイ、いつものやつね。

 冒険者だランクだなんてご大層な肩書きがついているけれど、大半の奴らはそのへんのごろつきと変わりない。

 もちろん高い志を持つ者もいる。だが教養も無い、礼儀もない、まともな職に就けないクズが腕っ節だけでも成り上がれるのが冒険者って職業だ。だからこんなハズレパーティーも普通にいるんだよねえ。

 ただし現実は甘くない。

 冒険者ってのは馬鹿でも出来る。

 でも強いだけではやっていけない。

 どの層のモンスターを何日狩れば儲かるか、其処まで行って戻れるパーティーに仕上がっているか、誰が何を担当してどう攻めるかなど頭を使わないと儲からない。

 食料物資に道中の宝箱、基本中の基本マップを読む能力だって冒険者には必須。

 ま、その辺の穴は俺らガイドが埋めることも出来るんだけどね。

 そういう頭の足りない奴らが組むとどうなるか。

 とにかく揉める。くだらない事で揉める。道中ずっと怒鳴ってる。

 アホなのでアホな理由で揉めまくる。相手に責任をなすりつけ、予定よりショボい戦果にブチ切れて仲間割れ、解散。酷い時には刃傷沙汰だ。

 儲かれば気分が良くなって、分け前を寄越したり報酬を上乗せしてくれる連中もいる。

 ではその逆なら? 

 大した成果もなく赤字、仲間に怪我人が出た、高価な装備をぶっ壊して大損。

 理由は様々あるが、思うように行かない苛立ちは手近にいる弱者へ向かう。

 そういう訳で探索最終日、地上に上がる頃になるとネチネチ文句を言い……または急に切れてガイドを殴り、報酬を下げさせようとしたり払わないと言い出す事がある。

 もちろんギルドに戻って報告すればペナルティが付くが、アホなので脅して口を噤ませようとか考えるんだろう。


「でもこれは契約で」

「契約なんざクソ食らえだ! てめえがまともな仕事しねえからだろ、ガイド落ちの雑魚がよ」


 ああまた誤解してるねえ。

 確かに俺は元冒険者。

 でも弱かったから、役立たずだからガイドに『落ちた』わけじゃない。

 適性の問題なのよ、体張って前線立つにはそろそろ体力厳しいなーって所で潔く引退したの。

 しかもガイドって何気に狭き門だから!

 その辺の野良はともかく、ギルドの公認ガイドは試験があって、これが結構難易度高い。

 しかもリストは評価順とかなり厳しい業界。冒険者同様に銅銀金でランク付け、更に星の数で細かくわけられるので、冒険者よりシビアかもしれない。

 そんな俺は銀二つ星と中庸を極めたガイド。

 余所よりちょっとだけ安くしているのは、差別化とこういう厄介な連中を引き受けるため。酷いのになると命狙ってきたりするからね、無理なく地上に帰還するには俺くらい丈夫で特殊じゃないと。

 俺はせいぜい弱々しく見えるよう、壁に凭れて蹲る。

 連中はひとしきり俺を馬鹿にして、『二度とガイドなんて雇わねえ』などと文句を言って去って行く。


「はは、そうかい……」


 傷みに痺れる体を持ち上げる。

 耳の奥でチャリンチャリンと音がする。

 懐から回復薬を取り出し、一気に呷る。多分三級で済むけど疲れたから二級使っちゃお。

 口の中の甘さをこそげるように舌でなぞり飲み込めば、痛みはあっという間に消えて気分もすっきり。同時に“チャリン”と音が鳴った。


「毎度」






 この世にはスキルってものがある。

 要するに個人の資質や才能だ。剣や槍などの武技、[手先の技]っていう盗賊専用のスキルもあるし、[頑丈]や[剛力]みたいな肉体に関するものも。

 教会の連中は人々への神の祝福だなんて言いやがるが、その辺はよくわからん。

 とにかくいいスキルがあればいい職に就けるし、強いスキルがあれば冒険者や兵士になって活躍できるわけだな。

 このスキルってのは生まれた瞬間からある奴もいれば、後天的に出てくる奴もいる。

 冒険者なんてやってると、人より詳しくなるしスキルも増える。

 農村出身の俺は[体力]と[根気]はあったが他に役立つものはなく、冒険者時代に[片手剣]と[ステップ]を覚えた。

 身長はあるが筋力はなく、全てが程々で突出した所がなかったから、そういう戦い方ばかりしていたんだろう。

 最初に入ったパーティーは、田舎から出てきた奴らの集まり。

 どいつも似たり寄ったりの、ぱっとしない連中だ。

 鉄に上がった所で一人が冒険者を止めて故郷に帰ると言い出し、その後も抜けが出てあっさり解散。中途半端にあぶれた俺は、しばらく他パーティーの穴埋めか、雑用ばかりしていた。

 物覚えが良く地図が読めるという以外特徴はなく、どれもそこそこの威力で決定打に欠ける俺の戦い方は、皆の印象に残らない。

 パーティーメンバーとして正当な報酬を得るに値しない、役立たずだと面と向かって言われたりもした。

 何度か誘われて所属したが、最初は良くてもそのうち当たりが強くなり、居心地が悪くなって追い出される。

 妙な癖が出来てしまった。

 最初は俺が悪いのかと悩んだが、幾ら考えても俺は俺の仕事をしているし、むしろ目に付いた雑用を積極的にこなしていたから、臨時で入ったパーティーには結構ありがたがられた。なんだろうね、慣れの問題かね?

 ちょくちょく不満はありつつも、なんとか冒険者をやっていた俺は、しかし二十代最後の年にダンジョンで大怪我を負う。

 メンバーを庇った末の怪我だったが、リーダーには前に出すぎだお前が悪いと怒られ、皆も同じ意見のようだった。

 口汚く罵られ稼ぎは没収、治療代も払わず去って行く奴らの背中を呆然と見ていたら、急に周囲の音が遠くなり、耳の奥で“チャリン”と音がした。


「なんだ今の」




 その時は気のせいだと思った。

 しかし治療代を払おうと懐を探れば、ペラペラの筈の財布が膨らんでいる。

 見れば金貨が十枚も増えていて、思わず『はぁ!?』と叫んでしまった。

 金貨っておい、どうなってんだよ。最後に見た時は絶対にそんな物はなかったぞ!

 一体誰がこんな事を?

 どきどきしながら治療費を払う。するとまた“チャリン”だ。

 慌てて物陰に飛び込み、数えるときっちり払った分だけ増えていた。


「どういう事だ……?」


 色々と調べた結果、これはスキルである事がわかった。

 気付かないうちに[賠償]なるスキルが生えていたのだ。どうやら『他人に与えられた損害をつぐなわせる』という代物らしい。

 つまり俺はちゃんと仕事をし、正しい報酬を得る権利があったと。

 しかしパーティーは俺を評価せず、怪我も治療せず放置した。

 それがスキルの事項にひっかかり、強制的に金を払わされたのだろう。俺の財布の中に。


「これって大丈夫なのか……?」


 金はありがたいし、自分の働きが認められたようでそれは嬉しい。

 でも後から金が足りねえと怒鳴り込まれても困る。

 何日か様子を見ていたが、元のパーティーが俺に反応する事はなかった。

 町で会っても忌々しげに睨まれるか、急いで目を逸らされるかのどちらかで、そのうち姿も見なくなった。


「ま、儲けたって事で」


 ヘンなスキルだが役に立つ事は確か。

 臨時収入で気前が良くなった俺は、これを機にゆっくり体を休め、装備の手入れをした。

 新しくパーティーを探す気にもならないし、しばらくはソロでやっていこう。

 噂のせいでギルドでヒソヒソされる事もあったが、仕事はきっちりこなしていく。

 一人でも出来る堅実な仕事(クエスト)を請け、ギルド職員には愛想良く丁寧に接する。


「おつかれさまでした。ボイドさん、相変わらず仕事が早いですね! ギルドとしても助かります」

「ありがとさん。案外ソロが向いてたのかねぇ」


 最初はちょっと変な空気もあったけど、毎日コツコツやってたら伝わる人には伝わるもんだ。

 前科もないし、今の所失敗もしていない。

 ギルドの記録では優良冒険者なのよ俺。

 話す機会が増え、馴染みの受付嬢も増えた。

 指名の仕事が入るくらいには、ギルドの貢献ポイント積んでるんだぜ。

 そんなこんなで思いがけず順調な日々を過ごしていたが、ある日仕事帰りに立ち寄った飲み屋で、厄介な連中に絡まれた。

 一応顔見知りの、何度か合同で潜った事のある奴ら。

 リーダー同士親しかったから、『俺が役立たずでクビになった』という認識で物を話す。すごく迷惑だ。俺を知らない奴に誤解されてしまう。


「俺は悪い事をしたなんて思っていない。確かに考えが足りなかったかもしれない、でも俺が庇わなかったらジェーンは背中からバッサリやられてた」

「あいつは[軽業師]だぞ? そんなの気付いてたに決まってる!」


 話が通じない上に声がでかい。

 説明を諦めた俺は、金を払って帰ろうとした。

 だが連中は俺の進路を塞ぎ、リーダーは俺につばを吐きかけた。

 チャリン。


「この疫病神が」

「はあ?」

「あいつらは行っちまった! 足手まといが居るせいでろくに稼げなかったんだろう」


 聞けば武器や装備の修繕費が足りず、鉱山に出稼ぎに行ったらしい。


「そんなに切羽詰まってたのか?」

「他人事みてえに言いやがって、てめえが──」

「実際そうだろう。俺が出た後の事なんだし」


 パーティーから追い出されて一ヶ月は経ってる。

 流石にここは反論させてもらう。

 俺抜きで何度もダンジョンへ行って、仕事を受けていたはず。


「し、知るかよ」

「知らないなら勝手な話をするな。それに俺が原因なら、逆に今稼げてる筈だろうが」

「……チッ」


 幸いそれ以上奴らが食い下がる事はなく、俺は解放された。

 それにしても解せない。金が足りない? 全員銀冒険者のベテランパーティーが?


「そんな馬鹿な。パーティー名義で貯めた金があるはず……ひょっとしてアレか?」


 ブツブツと呟きながら歩く帰り道。

 しかしすぐに頭を振って否定する。金貨十枚は俺にとっては大金だが、パーティー全体で見ればそこままで影響はない。

 それこそさっきみたいに、人前で俺に言いがかりをつける、なんて厄介行為をして、[賠償]スキルが発動しない限りは──


「あ」


 急いでねぐらに帰り、財布をひっくり返す。


「うわっ……どうりで減らねえワケだよ」


 じゃらりと音を立てて転がる金貨の数に震える。

 結構使ってるのに、全然軽くならない財布はパンパンに詰まっていた。

 俺がせっせとソロでもぐっている間にあいつらは俺を貶し、愚痴を言い、間違った噂を流し続けた。

 その代償がコレか。

 空にした筈の財布からまた金が落ちる。チャリン。

 さっきイチャモンをつけてきた連中か、元パーティーの仲間か……いずれにしろ[賠償]は続いている。俺の評判を不当に落とす度、奴らは金を支払う事になる。


「つまり俺に支払ってるって、相手には分からないのか?」




 俺は変わらずソロで潜りつつ、検証を続けた。

 よくよく気をつけてみると、奴らが散々噂を振りまいてくれたおかげで、一部の奴らに白い目で見られていた。

 話しかけても冷たくされたり、通りすがりにぼそっと悪態を吐かれたり。

 でもその度“チャリン”が聞こえてきて、懐の財布は重くなる。

 俺は全然気にしなかった。

 そりゃ会う奴全員に嫌われたら落ち込むだろうが、ギルド職員や以前仕事をした同業者は、俺のことを知ってくれている。

 世話になってる装備屋も飲み屋も、払いを渋ったことはない。

 俺は普通のどこにでもいる銀冒険者であり、彼らにとっての良き隣人であり続けた。

 悪い噂は消え、方々で悪口を言いふらしていたパーティーもいつの間にか見なくなった。

 聞けばパーティーの財政状況が悪化し、トラブルが続き解散してしまったそうで。そりゃお気の毒に。

 しばらくソロで頑張っていたが、流石に三十過ぎると体力的に衰えを感じてくる。

 その頃職員から進められ、ガイドの勉強を始めた。

 ソロでもそこそこ潜れる俺の力が認められたのだ。怪我をせず、無理をせず、着実に仕事をこなす真面目な冒険者。実力も十分と。

 ソロ冒険者の頃はトラブルもなく、平穏無事な日々を過ごしていた。

 一人で行って一人で帰ってきて、報酬は総取りなんだから当たり前だ。

 だが無事合格し、ガイドとして働き始めると、度々厄介な状況に遭遇する。

 冒険者ってのも様々で、大抵のパーティーはまともなんだが、たまに自分たちの実力がわからない連中が、もっと深層を目指すだの俺のガイド外のフロアに行きたいだのわがままを言う。

 挙げ句思うように成果があげられなければ俺のせい。

 高い金払ったのにと文句を言うだの、逆に違約金を払えと請求する奴までいた。

 当然通る訳はない。

 俺は自分の仕事はきっちりする。

 聞き取り調査の後『該当行為なし』で処理される。それでも納得できない奴がギルドで騒ぎ、ペナルティをつけられる。

 逆恨みで怒鳴られたり、暗がりで刺されそうになった事もあった。

 銅から銀に上がると少しは減ったが、それでも俺は客のあたりが悪い。

 仲良くなった受付嬢には『ボイドさんって普通に強いですよね? 優しいっていうか、ちょっと気弱そうに見えるけど』なんて言われた。

 見た目がそうなのか? 前歴と言い、変なやつを呼び込んでしまうのかもしれない。

 でもまあきっちり[賠償]取るし。

 いざという時の為に高い回復薬を買い込み、暴力を振るわれても急所には当たらないよう調整。

 危険な行為にはあくまでガイドとして忠告し、反撃はしない。

 防御して躱して回復。それでも襲ってくるようならさっさと逃げて報告と徹底してるので、ギルドの評判はすこぶる良い。

 強いガイドだと止めるつもりがうっかり半殺しにしちまう事があるらしい。俺は絶対にそんなもったいない事はしないね。臨時収入はありがたくいただく派。

 中には行いが悪すぎてすっからかんになる奴もいるが、結果財布は膨らむし……そもそも俺のせいじゃないしな。






「すみませーん、『ブラッドベア』のガイドなんですけどー」

「ボイドさん! ああよくぞご無事で……!」


 今日の受付は最近ようやく笑顔を見せてくれるようになったロレインちゃん。

 きっちりまとめた黒髪に、きらりと光る眼鏡がチャームポイントのクールビューティーだ。うーん、いつ見ても美人だね。


「連中無事に帰ってきました?」

「無事とは言えませんが、なんとか戻ってきましたよボイドさん抜きで」

「ハハ、そうなんだよねえ。まーた置いてかれちゃって」

「もう、笑い事じゃありません!」


 一見怒っているように見えるが、目がちょっとだけ潤んでいる。心配してくれたんだろう。

 ごめんねと、へらりと笑って頭を掻く。


「あいつらなんて?」

「『役立たずで邪魔ばかりするガイド』だそうですよ。道中起きた悪い事は全部ボイドさんのせい。怪我をしたのも装備が壊れたのも!」

「稼げなかったのも?」

「そんな筈ないじゃないですか。あの馬鹿ども、ボイドさんのお仕事達成率見せてやりたい……!」


 ああいう事をする奴らのパターンは決まっている。

 奴らが虚偽の報告をし、嘘を吐く度発動する俺の[賠償]。

 チャリンチャリンが止まらない。稼ぎもないのに、あいつらもう全財産なくなってるんじゃねえか。


「ギルド長には申告済みです」

「いつも世話をかけるね。本当になんでこうなっちゃうんだか……」


 だって[賠償]って怖ぇのよ。

『金が無くなったから無効』じゃない。その後も支払いは有効で、しかも本人はそれを異常だと認識できない。

 以前とんでもなくプライドの高い、大魔術師とか名乗ってる頭のおかしな女に雇われた事があった。

 ソロで潜るってんでまずは五層まで、と提案したら鼻で笑われた。

 魔法で蹴散らして三十層まで下りるとか、とんでもない無茶を言いやがる。

 俺は丁寧に階層ごとの平均攻略日数と、必要な物資量を提示したが、その女魔術師は『私天才ですの』と馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返し、とうとう強行してしまった。

 確かに魔法の腕は確かだったが、とにかくガイドの言うことを聞かない。

 あらゆる罠を踏みまくり、余計なフロアに迷い込み、ボロボロになって七階層で逃げ帰ってきた。

 その後全ての責任は俺にあるとし、あつかましくもギルドと俺に賠償金を求めた。

 当然払うわけもなく、ギルドに詰められてキャンキャン騒いでいたが、日数が経つにつれ様子がおかしくなってくる。

 俺だけは理由を知っていた。何せチャリンチャリンが止まないのだ。

 態度の悪さのせいか[賠償]持ちの俺に賠償金を請求したからか、毎日とんでもない額の金が入ってきていた。どんだけ搾り取るんだって怖くなったほどだ。

 そのうちチャリンが止んで、ようやく終わったかとホッとしていた俺。

 だがその夜ふと寝室に人の気配を感じ、目を開けると例の女がベッドの上に立っていた。


「殺される!」

「違うわよ!」


 女が怒鳴る。

 奴は真っ赤な顔で着ていたローブを滑り落とし、一糸まとわぬ姿で俺の上に座った。


「何してるんだ?」

「私だってこんなことしたくないの! でももうこうするしかないんだもの!」


 俺は戦慄した。

 女に金は無い。だが[賠償]は有効のまま。

 つまり──なんて恐ろしいスキルなんだ。

 支払いにきた女がどうなったか、俺の口からはこれ以上言えない。

 ただ面と向かって言われる理不尽な罵倒と、ベッドの上で言われるそれは趣が違う、という事だけは言っておこう。




「はい、ではこちらお預かりします」

「よろしくお願いします」


 払う気がなくても回収するのがギルドと俺の[賠償]。

 報告書の提出と必要な手続きを済ませ、さあ帰ろうと振り返った時だった。


「あああああっ!」

「何事!?」


 冬眠明けの熊もかくやという、野太い叫びが響き渡る。

 ギルドの入り口からのしのしと現れた一団は忘れもしない、ダンジョンで俺を殴って放置した『ブラッドベア』様ご一行だった。


「このクソガイドがァァ!」

「どの面下げて戻ってきやがった!」

「てめえのせいで俺達は大損だァ!」

「わーお」


 例のガイド料踏み倒しパーティーである。

 あきれるくらいのテンプレでご登場した奴らは、カウンター前にいた俺を囲うようにして立つ。

 相変わらず性格のねじ曲がり具合と頭の悪さが存分に出た顔……って。


「ん? 何か変わった?」


 別れた時と印象が──ああそうか。装備品が一つもないのか。

 懐をずっしりと重くしている財布の存在に思い当たり、苦笑する。


「何か用か?」

「てめえ……」


 俺より体格が良い男ばかり。武器が無くても威圧感がある。

 殴りたければ殴ればいい。

 ここはギルドだ、目撃者は大勢いる。

 多少殴られたって死ぬようなヘマはしない、回復薬もあるしな。

 俺を傷つければその分[賠償]が搾り取る。

 というかそもそもこいつらにそんな余裕はないはず──


「うおおおおっ!」


 吠え猛る奴らに身構えた俺は、衝撃の光景に目を剥いた。


「オラッ、好きにしやがれぇ!」

「どうにでもしろってんだ、ちくしょうめ!」

「俺達だってこれ以上どうしようもねえんだよッ!」


 ヒィと小さな悲鳴が上がる。

 俺の喉から出たものだ。そりゃ悲鳴も出るだろ、目の前でむさ苦しい男が何人も、全裸で這いつくばったらさ!


「うわああなにしてんだお前らっ!?」

「こうするしかねえんだ!」

「バカ立つな、助けてーっ!」


 おっさんの毛むくじゃらの尻とか誰得なんだよ。

 世の中には男の尻毛愛好家もいるかもしれないが、少なくとも俺は見たくない。余所でやってくれ!

 思わず助けを求めちまったが周囲にはいつの間にかぽっかりと輪が空いていて、誰も止めないし逃げ場もない。やだあ右を見ても左を見ても男! 男男の男祭り!


「きゃああ!」

「うぐっ……」


 全速力で離脱したいが、カウンター内にはまだロレインがいる。

 置いていくわけにもいかず、この無残な光景を遮るため背中に庇い、じりじりと後退する。


「んなもん持ってこられても受け取らんぞ俺は! 普通に働いて返してくれっ!」

「だが……」

「だからこっちくんなって! 止まれ! 金がねえなら分割払でいいから、あっちへいけーっ!」


 酷い騒ぎだった。

 まさか『体で返す』が男にも有効だなんて。

 俺の[賠償]強すぎィ! 加減しろよ!

 綺麗なねーちゃんならともかくおっさんはいらん! 俺が大ダメージだよこんなのマジ勘弁してほしい……。

 必死の訴えが届いたか、男達は脱いだ服を着てそそくさと出て行った。

 いや本当、真面目に働いて払ってね。裸はやめろ。




「ボイドさん」

「あっ、大丈夫だったロレインちゃん?」

「ええ……驚きましたけど……」


 衝撃でまだ目は潤みつつ、なんとか正気を取り戻したらしいロレイン。

 余程怖かったのか、俺の服の袖をちょんと摘まんでいる。

 

「なんかごめんね、あんな……うん、なんだったんだろうね」

「悪い事をしたと反省したんでしょうか。だとしても、その」

「そうだね、ああいうのはちょっと困っちゃうねえ」

「っ、すみません」


 無意識の行動だったのか、パッと右手を離したロレインは、動揺したまま乱れていない髪を直す。


「守ってくださってありがとうございます」

「いやいやそんな……ハハ、情けない声聞かれちゃったな」

「無理もないですよ! それにちゃんと」


 格好良かったです、と呟くロレイン。

 そのうっすらと染まる頬を見た俺もまた、首から上が熱くなってきた。


「今日の受付って遅番かい?」

「いえ、もうすぐ上がりですけど」

「もしよかったらなんだけど。ヘンなもの見せちゃったお詫びに、食事でもどう?」

「そんな、気を遣っていただかなくても……」

「やー俺もねえ、綺麗なもの見て癒されたいっていうか」


 美人が赤くなるの、可愛いなあ。

 呆けたように見つめていると、ロレインはちょっと困った顔をする。

 照れくさくて逸らした目の端で、こくんと頷く姿が見えた。

  

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― 新着の感想 ―
あっ、そういう感じ? 全体的に見ると美味しい! でも、お金が、増えるのは嬉しいけど、隠し場所に困りそう(>_<) ひどいパーティーの処分の為に、ギルドにお願いされてたり?
めちゃくちゃ面白かった 是非とも続きがあれば読みたいです
ギルドからすると主人公に害悪パーティー紹介するとほぼ自滅するので5-6件に一つ混ぜて斡旋しそう
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