星間の織り手
SF短編小説
エリナは、自分が地球と火星を行き来するバスの運転手になるとは、子どもの頃には夢にも思わなかった。もちろん、そのバスが数千万キロメートルもの宇宙空間を飛ぶものだとは、なおさらだ。
「エリナ、地球から火星まで、どのくらいかかる?」小学生の時、クラスメイトに聞かれたことがある。エリナは、自分の父が宇宙飛行士だったこともあって、宇宙のことをよく知っている子として、クラスでちょっとした名声を得ていた。
「うーん、今の技術だと、約9か月かな。でもね、私が大人になる頃には、もっと速くなってるかもよ」と、当時のエリナは答えた。彼女にとって、その「もっと速くなってるかも」が、今、自分の仕事に直結しているとは、想像だにしなかった。
彼女の現在の仕事は、新しいエンジンを開発するプロジェクトの一員として、地球と火星間を「バス」で行き来する時間を、これまでの半分以下に縮めること。もっと正確に言うなら、彼女はその「バス」の運転手ではなく、そのエンジンを設計するエンジニアだ。
エリナがチームに加わった日、彼女はマイク・ヘンダーソンに出会った。マイクは、エリナがこれまで出会った中で最も論理的で、同時に最も夢見がちな人物だった。「私たちの仕事はね、科学と魔法の間を歩くようなものだ」と彼は言った。
「魔法って、どういう意味?」エリナが尋ねると、マイクはにっこり笑って、「まあ、誰もが不可能だと思っていることを可能にすることさ」と答えた。
このプロジェクトでは、毎日が挑戦の連続だ。特にエリナが取り組んでいる燃料効率の問題は、一筋縄ではいかない。彼女の提案は時にチーム内で議論を呼ぶが、それがまた、この仕事の醍醐味でもある。
ある日、彼女たちの前に立ちはだかったのは、予期せぬエンジンの問題。しかしエリナは諦めなかった。「宇宙は待ってくれない。だから、私たちも待っていられないんだ」と彼女はチームに言った。
マイクはその言葉に笑った。「君は本当に宇宙が好きなんだね」と。
エリナは窓の外に広がる星空を見上げた。「うん、だって宇宙は、いつだって私たちに夢を見させてくれるから」。
エンジンの問題に立ち向かう日々の中で、エリナとマイクは、ある種の黙契を育んでいた。それは、どんなに難しい課題に直面しても、二人ならば何とか解決の糸口を見つけ出せるという信頼だ。
ある晩、二人はプロジェクトルームで頭を悩ませていた。計算式とデータが散乱する机の上で、エリナはふとマイクを見た。「ねえ、マイク。君は、本当にこのプロジェクトが成功すると思ってる?」
マイクは一瞬、ペンを止めてエリナを見返した。「疑問に思うことがあるのは普通だよ。でもね、私たちがここにいるのは、不可能を可能にするためじゃないか。だから、信じてるよ。成功すると」
その夜、二人は新たなアイデアを試すために、朝までプロジェクトルームに残った。翌朝、眠気と戦いながらも、彼らはついにエンジンの問題に対する有望な解決策を見つけ出した。エリナが提案した新しい燃料混合比と、マイクの数学的なアプローチが見事に合致したのだ。
その日の午後、チーム全体に向けてプレゼンテーションが行われた。エリナとマイクが前に立ち、彼らの発見を共有する。最初は懐疑的な表情をしていたチームメンバーも、次第に二人の説明に納得していく。
プレゼンテーションの最後に、エリナはチームに向かって言った。「私たちの目の前には、未知の世界が広がっています。この新しいエンジンが、人類をさらに遠くへ連れて行ってくれる。私たちはただのエンジニアじゃない。私たちは、新しい未来を作る魔法使いなんだから」
部屋には拍手が響き渡った。エリナの言葉が、チーム全員の心に火をつけた。
数週間後、新エンジンのプロトタイプが完成し、初のテストが実施されることになった。エリナとマイクは、テストエリアに立ち、緊張の面持ちで結果を待った。
エンジンが起動し、テストが始まると、彼らの心は一つになっていた。そして、テストが成功し、エンジンが予想以上の性能を発揮した瞬間、二人は無意識のうちに手を握り合った。
「やったね、エリナ。私たちの魔法が、世界を変えるんだ」とマイクが言った。
エリナは微笑みながら、「はい、一緒に夢を見て、一緒に実現させましょう」と答えた。
この小さな勝利が、彼らの大きな旅の始まりに過ぎないことを、二人はよく知っていた。しかし、その瞬間、エリナとマイクにとって、宇宙はかつてないほど身近なものとなっていた。
初投稿です。