旅路のはじまり
10話予定の短い作品ですが、よろしくお願いします。
土が剥き出しの整備されているとは言えない道に、少し大きな影が映る。
その影は旅竜と呼ばれる馬と同じサイズのマウントドラゴン呼ばれる竜。
そして、その竜に跨る妙齢の女性の影だ。
鞍の付いたマウントドラゴンに乗る女性は旅慣れているのか、ダボついて服に埃除けのフード付き外套を纏っている。
ただ、ダボついた服を着ていても見て取れるストンとした胸部のせいで、一見どちらの性別かわからない。
伸びた髪と女性らしい顔つき、そして男性にしては小柄な体格で女性と言うことはわかる。
「ギャーギャッギャッギャギャー」
「そう言わずに、もう少しだから頑張って」
街道と言えなくも無い道を進む彼女達だが、誰かと話をしているのか――それとも独り言なのかを話している。
「この速度なら夕刻前に着きそうだから、宿に着いたらご飯あげるから頑張ってよ!」
「……ギャー」
不服そうな鳴き声を出してながらも、マウントドラゴンは街道を駆けていく。
彼女とマウントドラゴン、二人は意思疎通ができているのだ。
それは当たり前では無いが、本来特異という程ではない。
だが、彼女が産まれた所は田舎――と言うのも烏滸がましい程のど田舎だった。
集落には百人程の人々が住んでいるが、かなり奥まった山間部の盆地にある。
周辺の集落とも年に数度の付き合いがある程度の排他的な村だった。
狩と山の恵み、そして細々と作物を育てている他特別に何かがある村ではない。
強いて言えば成人した村人全員が狩人として働ける程度に、狩猟に偏った村人達と言う位だろうか。
そんな村で育ったその女性ーーアオイは、相棒であるマウントドラゴンのマウマウと意思疎通が取れる。
村では子供産まれる時期にマウントドラゴンの卵が取れると、その子供と共にマウントドラゴンを育てる習慣があった。
マウントドラゴンは旅竜とも呼ばれる強靭な足腰を持つ人々の足だが、姉弟同然に育てたマウントドラゴンは狩の相棒として最良だからだ。
子供がマウントドラゴンに話しかけたりするのは普通のことだったが、大きくなるにつれ意思疎通が取れているかのように話すあおいに人々は忌避感を持つようになる。
マウントドラゴンは賢い――だが、人と会話できるほどの知能があるとは思われておらず、鳴き声しか出ない竜と話すあおいは徐々に疎外感を持ち――そして村から出る決意をするのだった。
その背中を押したのは彼女を育てた両親だけでは無く、年数度しか顔を合わせない近隣の村人の話を聞いたからだ。
「街にはマウントドラゴンと会話できる人が居るらしい」
その言葉を聞いたアオイは自分と同じような境遇の人と、街に行って出会ってみたいと思った。
しかし村人達はそんな眉唾な話を信じず、アオイを嫁に欲しいのかと思いその男に押し付けようとしていた。
その日は隣村のその男性が強制的にアオイの家に泊まらされ、彼女と両親からあおいの現状を聞くことになった。
彼はあおいの置かれている状況を聞き、頭痛でも我慢するかのようにこめかみを押さえた。
簡単に言ってしまえば、マウントドラゴンと会話ができるその一点で村では相手が見つからず、村人達からは不気味がられていたのだ。
更に彼女の弟は村長の娘と結婚しており、アオイ自身も弟のことを考えるとこのままでいいとは考えていなかった。
両親も娘と離れ離れになるのは辛いようだが、このまま村に残っても将来が明るいわけではない娘のために……男と詳しく相談をした。
翌日男はアオイの弟であり、次期村長のタロリと一緒に狩に向かった。
二人でどのような話をしていたのかはわからないが、二人で大きな鹿を担いで来たことに村人は興味が向いた。
そしてその日の夜、アオイの家族全員と隣村の男で再度話合を行いーー話が決まった。
翌日弟のタロリと隣村の村人は村長の家に向かい、一時間ほどで家に戻ってきた。
「昨日話した通りアオイは私がつれて行きます」
神妙な顔をする男の言葉にアオイ達家族は頷いた。
村長と何を話したかと言うと、話は昨日のタロリとの森での話まで遡る。
「――あなたは姉をどうしたいのですか」
落ち着いた言葉遣いとは裏腹に、鋭い目つきで男を睨みつけるタロリ。
男は少し考えたが、まだ村からそれほど離れていない為もう少し奥で話そうとジェスチャーをする。
タロリもこんな村のそばで姉の話をする訳にはいかないのか、警戒しながらも同意してついていく。
しばらく二人とも黙ったまま山を進み、お互い周囲に人がいないことを確認した上で会話を再開する。
「先に君の質問に答えようか」
村人はタロリに彼女をこの村から離れさせてあげたいと考えていた。
彼女の能力はこの近辺の山村では滅多に出会わないが、大きな街に行けば一人二人は居る存在という事を教えてくれた。
そして、彼女の能力は街に行けば行くほど重宝される能力だというのだ。
なぜそんな事になるのか不思議そうなタロリ。
「君はこの村の人数が多いか少ないか分かるかい?」
「意図が良く分かりませんが、普通だと思います。周辺の村と比べて特別人数が少ないわけではないですし」
首を傾げるタロリに男は頷く。
「そうだな。この村は周囲の村と比べて変わりはない。しかし、街に行けば最低でもこの人数の十倍、大都会に行けば百倍以上の人が居るんだよ」
「……っは?」
あっけにとられるタロリに男は街の状況や人の数、そして旅竜の多さを説明していく。
初めは疑ってはいたが、確かに村長は街に行けば溢れんばかりに人が居る様な事を話していたことを思い出す。
あれは脚色した話ではなく、ここがただのド田舎と言う事に――遂に気が付いたのだ。
そして、そこでは姉のアオイの様な人が旅竜の世話する専門の宿や、訓練をするところがあると言う。
そこであれば彼女自身の力を嫌悪する者は居ないし、逆に重宝されるだろうと言う事だ。
「……確かに、姉のあの不思議な力は村の旅竜達を訓練するのに役立っていますね」
「そうだろうね。もし彼女が昨日彼女とも話したのだが、彼女がただ村を離れたいといのであれば私の村へ彼女を引き取ろうと考えていたんだ」
「それは――」
どちらが良いか――考えるまでもないと言う事はタロリには分かっていた。
姉のこの村での境遇を考えれば、理解のある村へと向かうのが一番良いと言う事。
そして、隣村であれば会えない事もないと考えたのだ――しかし。
「だが彼女はその話を聞いて、もっと広い世界を見てみたいと言ったんだ。私達の村に来るのではなく、そこから外の世界へ行くことを望んでいる」
「そ、それは!」
「君の考えも分かる。家族と離れ離れになると言う事は辛いだろうが、彼女の将来を考えればここらの村よりも都会に住んだほうが彼女の為になるんだ」
「……それじゃあ、僕のしたことは無駄だったんですね」
タロリは姉を守る為、一方に好意を向けて来ていた村長の娘と結婚していたのだ。
同年代の中では頭一つ背が高く狩りも若手の中で随一の腕を誇るタロリは、どっちにしろ権力者である村長の娘と結婚させられると思い、好意を向けてくる村長の娘と自分から結婚した。
そのおかげで両親や姉の立場は少しは良くなったが、自分がしてきたことが逆効果だった事に落ち込んでしまった。
「そんなことは無いよ」
村人はそう言いながらタロリの肩に手を置き、君がしてくれたことは家族は一番良く分かっているし感謝をしていたと言う事を伝えてくれる。
「君の行いが無ければ君のお姉さんは既に居なかったかもしれないんだ」
アオイは両親と弟を残して村を出る事を何度も考えていたようで、いつでも出られるように旅の準備も出来ていた。
タロリが村長の娘と結婚して多少は良くなったが、やはり自分が原因で家族に迷惑が掛かる事を酷く思い悩んでいた様だ。
顔を上げて空を見上げる様な素振りをした後、タロリは村人に向かって真っすぐ視線を向ける。
「姉をよろしくお願いします」
「ああ。と言ってもそれよりも先にキミを試させてもらうよ?」
タロリは首を傾げるが、男はそれに構わず「君の仮の腕を見せてくれ」と強引に狩りに引っ張り出すのだった。
そして大きな鹿を仕留めたタロリに男は満足げな表情を浮かべ。
「これで条件はすべて揃った」
そう言い、彼に隣村から新たに嫁をとる様に告げる。
驚きながらもその理由を聞くタロリ。
理由は簡単だった。
この村からアオイと言う娘が居なくなるのだから本来は願ったりのはずだが、村長として年頃の娘が減るのは避けたい所だろう。
ところがそこに隣村から次期村長のタロリに嫁が来て、代わりにアオイが外に行くとなれば――歓迎しない訳は無いだろう。
村の血が濃くなり過ぎないように定期的に外から血を入れるのは歓迎される事だし、村から不要な娘と交換なら尚の事。
相対的に見ると隣村が損なように思えるが、将来的に隣村の娘が村長の妻なら元が取れるという考えもあるようだ。
翌日二人は村長とその話をした結果、承諾されたのだった。
そんなこともあり両親とその村人の協力で、アオイは唯一の旅のお供に旅竜と村を立ち街へと旅立っていくのだった。
後日――タロリの元に戻ってきた村人はとても美しい娘を連れて帰ってきた。
彼女はその村人は実は狩人頭であり、その娘で村一番の美人と言う言葉に相応しい容姿だった。
一人は村長の娘、もう一人は村一番――いや、周囲の村で一番の美人の嫁を貰ったタロリは、周囲からの妬み等もあったが次期村長として村を治めるのだった。
街で聞く姉の噂話に頭を悩ませながら。