8.神殿のルール
「殿下、彼女をご紹介いただいても?」
私と同じことを思ったのか、真面目クソ眼鏡さんがそうお兄様に声をかける。お兄様は彼をジトっとした目で見て、ぼそっと呟いた。
「お前には全て話すつもりだったんだけど、俺への態度が酷すぎるからやめとくわ。」
「ん?なんと言いましたか?」
「いや、独り言。この子はターニャ=トラパルト男爵令嬢。1つ年下で、今日からこの学校に転入してきた。仲良くしてあげて。」
紹介された私は立ち上がり、カーテーシーをする。流石にこれは幼い頃から仕込まれている。
それを見て真面目クソ眼鏡さんは固まった。そして微かに口を開き何かを言いかけたかと思うと、いきなりすごい勢いで頭をブンブンと横に振った。
お兄様に『この人大丈夫?』と視線で訊いたが、お兄様は『さぁ?』と肩をすくめるだけだった。
真面目クソ眼鏡さんは深呼吸を2、3度繰り返したあと、やっと言葉を発した。
「殿下は転入してきた男爵令嬢というのが好みなのですか?」
「そんな特殊性癖じゃねーわ。あ、前ここに連れ込んでいた男爵令嬢には魅了を使われてたんだよ。」
「魅了!?どいうことですか?確かに何故あんな普通の娘に皆が夢中なのか分かりませんでしたが…。」
「お前はずっとそう言っていたよな。実はこのターニャ=トラパルト嬢はその調査に…。」
あ、この話多分長くなるぞ。そう判断した私は2人の会話にカットインする。
「おに…王子殿下。この方はどちら様でしょう?」
「知らなくていいよ。」
「私は、セオドア=パーシバルと申します。よろしくお願いします、トラパルト嬢。」
そう言って深々と頭を下げる真面目クソ眼鏡改めパーシバルさん。
パーシバルという名前に聞き覚えはない。けど、お兄様にくどくど言える立場を考えると、きっと偉い家の人だろう。
ん…でもさっきの口ぶりから考えると、この人は魅了にかけられてないのか。アリシア=シードランからしたら魅力的ではなかったのかな。整った顔だちをしているような気もするけど、いかんせん眼鏡が分厚すぎて目が全く見えないからよくわかんない.
「話を戻すが…この子は聖女で、魅了の調査に来ている。他言はするなよ。」
「聖女で一つ年下…ということは男性に顔を見せてはいけないのではないですか!?」
そこは私たちにとっても大きな懸念材料だった。
だけど、神官長が教えてくれたのだ。あの男性に顔を見せてはいけない、というルールの真相を。
「これは神殿が勝手に作ったルールで、神からの教えにそのような決まりがあるわけじゃない。だからそれを守らなかったからと言って、神からの寵愛が失われるわけではなく、聖力もなくなったりしない、とのことだ。」
「何故そんなルールを神殿は作ったのでしょう。」
「昔は技術が発展していなくて今よりもっと聖術が重要視されていたらしい。その頃は結婚する年齢に制限もなくて、幼い聖女が結婚という手段を使って、人身売買のように取引されていたんだと。それを防ぐために、男性に顔を見せられないというルールを作ったようだ。」
「でしたら、今はもう必要ないのでは?」
確かにその通りなのだ。今はもう法律上、平民も貴族も17歳にならないと結婚できないようになっている。
「神殿側からしたら聖女が減っている今、さっさと結婚されて出ていかれたら困るからな…。極力男性と近かないようなルールは置いておきたいんだろ。」
「ほんっと最低。聖女をなんだと思ってるんだか。」
「そんなこと俺に言われても困るよ。王家は神殿に口出しできないルールになってるんだから。変えたいならク…トラパルト嬢が頑張って。」
確かにこれは筆頭聖女たる私にしかどうにかできないのかもしれないけど…そういう立ち回りを教えられていない私には何をしていいやらさっぱりだ。
「殿下…なんだか彼女と仲が良さそうですね。」
「え?そうか?トラパルト嬢は妹と仲良くて、妹からも話も聞いていたから、昔からの知り合いのような気分になっているのかもな。」
「王女殿下も幼い頃から神殿にいらっしゃいますもんね。立派です。殿下も少し見習うべきでは?」
「そーだそーだ。」
「本当にお前ら不敬がすぎるよ。」
そんな話をしているうちに、私の学園1日目の昼食は終わった。




