7.だってだってだって
神殿で働き始めて仕事にも慣れたころ。
1人の男が私に会いに来た。
「びっくりしました。どうしたんですか?ヤングン侯爵令息様。」
「雰囲気が変わったんだな…。」
「それは皆に言われます。で、どうしたんですか?」
すっぴんに雑に束ねた髪、麻のヨレヨレの修道服を身につけた私に、宰相の息子であるテオドール=ヤングン侯爵令息は少し戸惑った様子だった。こちらはこちらで何でこんなところにいるのかと戸惑っていたけど。
「君に会いに来た。少し話せないだろうか?」
「お悩み相談ですか?私はまだその仕事をしたことはないんですけど、良いですよ。やってみたかったですし。」
普段は王女様とかベテランの人たちがやっている仕事だけど、丁度良い機会だ。やらしてもらおう。
「お悩み相談…それで構わない。」
「じゃあこちらどうぞー。」
私は対面でお話できる相談ルームに彼を案内した。
「で、ご相談とは何ですか?」
彼はなかなか口を開かずむすっとしていた。相変わらず顔がいいなぁと感嘆する。サラサラの黒髪に銀の目は切れ者っぽい。見た目からではセオドア=パージバルに劣等感マシマシの拗らせ男の子だとは思えない。
まぁ、彼がそうなったのは私のせいなんですけども。
「………………………のか?」
せっかく喋ってくれたのに、ボソボソ喋るせいで聞き取れない。
「もう一度言ってくれませんか?」
「また君は俺に魅了をかけたのか?」
「はぁ?かけてませんけど。」
聖術の訓練も受けていて、もう無意識に発動させることは無くなった。だから断言できる。かけてない。
「じゃあ何で君を見るとこんなに胸が高鳴るんだ!!!」
は?
「君のことが好きだったのは、魅了のせいだと知ってからも、浄化の聖術をかけてもらってからも、ずっと君のことが忘れられないんだ!」
は?
「だから、君がまだ俺に魅了をかけ続けて要るのではないかと思ってだな………。」
最後の方で声が小さくなる。
「いや、無理ですよ…。魅了って自分の姿が相手に認識されていないとかけられませんし…。」
最低限の反論をして私が黙ると、沈黙が落ちる。
「また、来る。」
何をしに?とは思ったものの私は「あ、はい…。」としか言えず、小さくなっていく彼をずっと見ていた。
「ボーとしてどした?お祈りの時間だよ。」
祈りの時間になっていることに気づいていなかった私は、探しにきてくれたクリスティーナに慌てた。
「王女直々に迎えにきてあげましたよ。えっへん。」
「うん、ありがとう。」
「え、素直。本当にどうしたの?何かあった?」
私のことをどういう人間だと認識しているんだろ。
「あ、そういえばさっき宰相の息子を見たんだけど…。」
クリスティーナの言葉で私はめちゃくちゃ動揺してしまった。それで何かを察したらしい彼女はニヤニヤする。
「アリシアちゃんにも春が来ましたかー。顔真っ赤ですよぉ。」
「今の季節は冬です!もう!お祈り行くよ!」
だってだってだって、テオドール=ヤングンは推しの声優が声を当てていた推しキャラだったんだもん!
そんな人からあんなこと言われたら動揺して当然じゃない!?
私に実際に春が来るのはもう少し先の話。
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