33.許せない
アリシアが大きく手を広げて、サルファさんの頬を引っ叩こうとする。
暴力はダメでしょ!しかも侯爵家の御令嬢に!
よくよく考えれば、私の方が王女だしダメなんだけど、普段から神殿でケンカの仲裁慣れしている私は反射的に二人の間に入り込んだ。
バシンという音とともに、頬に痛みが走る。
手のひらで叩かれた痛みより、爪で抉られた痛みが大きい。生ぬるい血が頬を伝うのが分かる。痛いなクソ野郎。
「シードラン男爵令嬢!いくら何でも暴力はダメです!」
私が注意すると、彼女は顔を真っ白にして縮こまった。おそらく、こういったことは初めてなのだろう。
「サルファ侯爵令嬢も、言い過ぎでは?せめて人気のないところで注意するとか…これでは晒し上げですよ。」
サルファさんはすごい目で私を睨みつけている。いくら私の事を格下の男爵令嬢だと思っているとしても、助けた恩人にそんな目を向けるものではないと思うんだけど。
「なんで入ってきたのよ!やっと!この女を捕まえられると思ったのに!貴女じゃ意味がないじゃない!」
「はい?」
「格上の…侯爵家の令嬢である私を傷つけたということになれば、この女を捕まえることができたのに!男爵家の貴方では、誰も動いてくれないわ!」
そう叫んで大粒の涙をこぼすサルファさんに私は絶句する。
アリシアを魅了で捕まえることは難しい。だったら別の罪で捕まえようと彼女は考えて、自分を犠牲にすることを選んだ。結果私が犠牲になったけど。
「なんでそこまで…。」
「クライス様の心を弄んでおいて、許せるわけがないでしょう!クライス様は私だけのものだったのに!!貴方には分からないの!?」
「分からない」と答えようと思った。
でも、パーシバルさんのことが頭に浮かんできて、思わず口をつぐんだ。
もし、パーシバルさんが、彼女の魅了にかかったら?
私たちは付き合っているわけではないから、怒る権利なんてないかもしれないけど、それはとてつもなくムカつくなと思った。
こちらが欲しくて堪らない相手の心を、魅了で何の努力もせず奪われてしまう。
パージバルさんがアリシアに愛を乞う場面を想像して、私は怒りで震えそうだった。
「許せない…。」
この女をこれ以上野放しにはできない。被害者が増える可能性もある。
ではどうすればいい?答えは簡単だ。
サルファさん作戦をそのまま…。
少し先にお兄様が見えた。騒ぎを聞きつけて、事態の収拾にやってきたのだろう。
お兄様は首を横に振っていていた。そして言葉には発さず、『しなくていい』と口の動きだけで伝えてくる。さすが実の兄なだけある。私の考えなんてお見通しなのだろう。
確かにこれを実行してしまえば、学校には通えなくなる。でも最初から、私は魅了被害の解決のために来たんだから、それは遂行すべきだ。
私は、変身を解いた。
「アリシア=シードラン、貴方を王女であり筆頭聖女たる私を傷つけた罪で捕らえます。」




