31.先送り
テスト期間が終わって図書館にも行かない私とパージバルさんが偶然会うことはない。元々学年も性別も違うのだから当然だ。表面上、身分差も大きいし。
それでも、一緒にお昼ごはんを食べられているのは、パージバルさんが誘ってくれるから。
色々悩んでいるけれど、パージバルさんとご飯を食べれることは嬉しいから、断ることもなく一緒にお昼と楽しんでいる。
「学校に通い始めてから、食べたことのない美味しいものと出会えて幸せです。」
家族で食べるのは夕食なので、夕食らしいものしか出ない。高級お昼ご飯というのは未知の領域なのだ。
「トラパルト嬢は、美味しそうに食べてくれるので、嬉しいです。」
何気なく言っているように見えるが、顔が真っ赤なパージバルさん。決まらないな。
お兄様からパージバルさんが私のことを好きだと教えられた次の日で、色々自分でも考え込んでしまったあとだったから、パージバルさんに会って自分がどう思うのか不安だったけど、パージバルさんが私より緊張しているからめちゃくちゃ冷静になれた。
うん。私はパージバルさんが好きだな。
だって、決まらないパージバルさんがこんなにも愛おしい。
とはいえそんなことを告げるわけにはいかないので、無難にお昼ごはん談話を続ける。
「だって本当に美味しいし、見た目も綺麗だし、テンションがぶち上がりです。一度貴族の方々には神殿のご飯を目にして欲しいです。」
あのベージュや渋い緑で形成されたワンプレートを見てほしい。そして同情して寄付を増やしてくれないかな。
「トラパルト嬢はまた魅了の件が解決したら神殿に戻られるのですよね。」
「戻るも何も、今も神殿暮らしです。」
だから朝ごはんは、神殿の肉も色味もない質素なご飯だ。いつか美味しい朝ご飯というものも食べてみたいな。
「神殿から出たいとは思わないのですか?」
「思いますけど、現実的じゃないですね。」
神殿から出るタイミングは2つだけ。一つは聖力が無くなった時。聖力が無くなる条件というのは人それぞれだし、無くならない場合もある。年を取るにつれて減ってはいくのだけは間違いないけど。
もう一つが結婚。力ある聖女は中々結婚させてもらえないので、私は遅くなりそうだ。国王であるお父様なら神殿の意向も覆せないこともないけど、王家と神殿の間に不和が生まれる懸念がある。それは避けるべき事だ。
「いつかは出られますので、それまで気長に聖女として頑張ります。」
別に聖女として祈りを捧げることに不満はない。ご飯が美味しくないとか、学校に行けないとか、待遇が嫌なだけで。
「その、えっと、聖女は結婚したら、神殿から出られるのですよね。」
「えぇ、まぁハイ。」
顔を真っ赤にして、少し口籠もりながらパージバルさんは問いかけてくる。その様子に少し嫌な予感がしてくる。
「トラパルト嬢は結婚については考えられておられないのですか?」
「そ、そうですね。まだ結婚できるまで2年あるので早いかなぁって思っています。」
「でも、婚約者がいてもおかしくない年齢ではありますよね。」
「貴族の慣習に疎いのでよく分かりません…。」
パージバルさんの熱の籠った視線から目を逸らし、私は昼食を片付け始める。
「15歳ならいてもおかしくないんです。もし、トラパルト嬢に想い人がいないのであれば、私とーーー」
「ごちそうさまでした!授業の準備があるのでお先に失礼しますね!」
私は逃げた。
あの後に続く言葉はきっと私にとって喜ばしい言葉だっただろう。だけど、だけど。
嬉しさではやる鼓動をそのままに私は走る。
パージバルさんのことは好きだ!それは自覚した!だけどまだ、パージバルさんの好きなのがターニャの顔であるということに折り合いがついていないのだ。自分の本来の顔を晒す勇気が出ないのだ。
少しだけ、先送りにさせて。




