29.一瞬の幸せ
クリスティーナ視点に戻ります。
ここ数日。パージバルさんの様子がおかしい。
お昼を一緒に食べようと誘われて行ってみれば、いると思っていたお兄様はいなくて、何故か二人で食べることになった。パージバルさんは私の話をうんうん聞いてくれるし、楽しいから別にいいんだけど、貴族の男女が二人でいるのってあまりよくないことのはずで、その辺に厳しそうなパージバルさんらしくない。
それに、やたらお菓子をくれる。私が神殿でお菓子が食べられないという話をしたからかもしれないけど、会うたびにくれる。さすがに太りそう。もらうし食べるけど!めちゃくちゃ美味しいから。
あと、私を質問攻めにすることが増えた。価値観の話とかだったらまだいいんだけど(いやそれも考えたことないことばかりで答えに窮するんだけど)、家族の話とか子供の頃の話を訊かれると、私はターニャじゃないので困る。かといって本当の話をしたら王女だとすぐにバレるだろうし。
そんなパージバルさんの話を、放課後学校で見つけたお兄様に振ると、お兄様は少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。
「クリスティーナ、セオドアに魅了なんかかけてないよな?」
「はぁ?!」
お兄様の突拍子のない質問に私は騒ぐ。
「あるわけないでしょ!侮辱だよ!」
「あーごめんごめん。」
「なんでそんなことをいきなり…。」
「セオドアがクリスティーナに一目惚れしていたらしい。」
私は固まる。
最近の彼のムーブは彼なりのアピールだったのか!
まんざらでもない気持ちから顔がにやける。
「トラパルト嬢は美人だけど、あの堅物が一目惚れするほどではないだろ?だからもしかしたら無意識に魅了をかけてしまったのかなと思っただけなんだ。」
ターニャの名前が出てきて私は一気に冷静になった。
そうだ。私は姿を変えている。
パージバルさんが好きになったのは、私の容姿ではなく、ターニャの容姿なのだ。
「お兄様、失礼。ターニャだって可愛いもん」
「趣味は人それぞれだもんな。」
私が迫り上がってくる思いを押し込めて、努めて軽く返した言葉に、お兄様はうんうん頷いて、私の頭をポンポン叩いた。
「一目惚れから、見た目以上に中身を好きになることもあるから。」
「うるさい馬鹿。知ったような口聞くな。」
「本当に兄に対して容赦ないよね。今日は一緒に帰ろうか。神殿まで送るよ。」
お兄様はそういって私の手を掴んで先導してくれる。エスコートとは言えないような乱暴さだったけど、それでもよかった。
涙で滲んだ瞳では一人で歩けそうになかったから。




