28.聖道具
「あーなんていうか、お前の気持ちはよく分かった。うん。」
「まだまだあるのですが…。」
「これ以上聞かされたら俺はトラパルト嬢の顔をまともに見られなくなる。」
「別に私はそれで構いませんが…。」
「俺が構うわ。」
私としては、この国1番の美丈夫と言われる殿下が彼女と関わらなくなるのであれば喜ばしいことなのだが、そうはいかないらしい。
「お前が本気なのは分かった。いざという時のために、お前にもこれを渡しておくから、持っておけ。」
殿下が渡して来たのは黒い歪な石だった。
「なんですか、これ?」
「そこら辺に転がってた石」
「嫌がらせですか?」
「ちげーよ。トラパルト嬢の聖力がこもって聖道具となってるから。」
「聖道具…?」
聖遺物は聞いたことがある。王家に伝わる不思議な力を持つ道具のことだ。長年聖女が祈りを捧げることにより、神の力が宿った物だと考えられている。
「俺もトラパルト嬢から聞いたんだけど、聖力の強い聖女だったら、一瞬で神の力が宿った道具を作れるらしい。」
「そんなこと、可能なのですか?」
神の力のこもった道具がそう簡単に作れるとは思えない。
「可能。実際トラパルト嬢は俺の目の前でただの石を聖道具にしたからな。これは、トラパルト嬢が聖力を流し込み、お互いが引き合う力を持つようになったものだ。どれだけ離れていても、お互いに近こうと少しずつ動いていく。だから、一つをトラパルト嬢が持ち、もう一つをお前が持つことによって、これを頼りに進めばいつでも会えるんだよ。」
「えっ。」
そ、それはどうなのだろう。もちろん悪用するつもりなどないが、いつでも会えてしまうという状況を我慢できる自信がないのだが。
「お前を信じて渡すんだから悪用するなよ。もし万が一、トラパルト嬢に何か会った時にだけ使え。」
「肝に銘じます。」
恭しく両手でその石を受け取る。無くさないように、家に帰ったら袋に入れて首から下げよう。
「トラパルト嬢が聖道具作れるって知っているのは、本人と神官長と俺と陛下だけだから、他には言うなよ。」
「え!私、聞いてよかったのでしょうか。」
「一応公爵家の人間だし、まぁいいだろ。口の堅さだけは信頼しているし。」
「他も信頼してくださいよ。でも、そんなに秘密にしているのですね。」
「聖道具が簡単に作れるなんて知れたら、利用される可能性が高いし、おそらく一生神殿からは出してもらえないからな。それじゃなくても聖力が飛び抜けて高くて、結婚せずずっと聖女でいて欲しいという話もあるしな。」
「…それは困りますね。」
何がとは言わないが。
「ん?でも、今の筆頭聖女は王女殿下ですよね。話を聞いている限りだと、王女殿下よりトラパルト嬢の方が聖女として優れているのでは?それに王女殿下は聖道具のことは知らないんでしょうか?」
殿下は一瞬固まったが、一つため息をついて「察しろよ。」と呟いた。
「あー身分の高い王女殿下の顔を立てているということでしょうか?」
それなら兄である殿下が言いにくいはずだ。
「…今はそういうことにしておこう。」
「え?違う理由なんですか?」
少し不機嫌になった殿下に、私は慌てて他の考えを示す。
「あ、もしかして王女殿下はトラパルト嬢の隠れ蓑になってあげているのですか?」
「延々考えていろ。」
これも違うらしい。よく分からなかったが、そこまで重要なことでもないように思われたので、私はそこで考えるのをやめてしまった。
「それよりもトラパルト嬢に婚約者などいるのでしょうか。」
「いないからそっちの心配はしなくていいが、お前の家の方がややこしいだろ。」
「男爵家の御令嬢は確かに許されるとは思いませんが、何とかします。」
「ま、その前にトラパルト嬢の気持ちを手に入れる方が先だとは思うがな。」
痛いところをついてくる殿下である。
「明日から頑張りますよ。」
「あまり時間はないからな。励めよ。」




