10.よくない状況
「淑女たるもの、男性とそこまで距離が近いのはいかがなものかと思いますわ。」
赤い巻き髪が特徴の煌びやかな女性が、魅了の子、アリシアにそう告げる。
張りのある声で、私たちのところまでもはっきりと聞こえた。
「あの方はマリアベル=サルファ侯爵令嬢よ。あのクライス=アッカッサー伯爵令息の婚約者になるわ。」
神官長のお孫さんの婚約者!
「え?婚約者がいるのに男爵令嬢にうつつを抜かしてるの?」
「そういうことね。」
「他の2人に婚約者は?」
「まだいらっしゃらないわ。王子殿下の婚約者が決まっていないから、私たちの世代はあまり決まってないのよね。」
この貴族社会はお兄様を中心に回っているようだ。
その後、アリシアの取り巻きの男どもvsサルファ侯爵令嬢の取り巻きの言い争いに発展し、「つまらない女」「アバズレ」「能無し男」など汚い言葉で罵り合ったあと、予鈴がなったところで解散した。
「醜い争いだなぁ。」
「ちょっとお互い言い過ぎよね。」
魅了のせいだと判明したところで、許されないような結構キツめの言葉がたくさん出てきた。まぁ男女お互い様ではあるんだけど。こんな状況よくないに決まっているので、早くどうにかしなきゃなはないなぁと考える。
とりあえず、お兄様に言って彼らを浄化させてもらおう。話はそれからだ。お兄様の反応は微妙だったけど、やるだけならいいだろう。
と思っていたんだけど…。
なかなかこいつらアリシアから離れないな!!!
放課後、彼らに浄化を施そうと呼び出したのだが、応じないのだ。どうやら条件に付けた、『アリシア=シードランを連れてくるな』が気に食わないらしい。
使いの者じゃ埒があかない。かといってお兄様が行ってアリシアと接触するのもまずいので、魅了にかけられていないセオドア=パーシバル公爵令息が彼らを連れてくる役目を負うことになった。
しかし、パーシバルさんの言うことを全く聞かないのだ。
「アリシアがこんなに殿下に会いたいと言っているだぞ。何故アリシアを連れて行ってはいけないんだ。」
「殿下に会いたいです…」
「そうだぞ、瓶底眼鏡!アリシアの願いを叶えてやろうとかそんなことは思わんのか。」
「全く思いません。とりあえずクライスだけでいい!来い!」
パーシバルさんが声を張り上げているのに、無視して彼らは話し続ける。
「本当に頑固な人だね。」
「人に言われた通りにしかできない人間なんだ。」
「殿下だってアリシアに会いたいはずなのに。」
「あんな眼鏡をかけているから、アリシアの魅力が分からないんだな。」
ひどい言い様である。
影に隠れてコソコソ見守っていた私は他人のことだけどモヤモヤしてしまう。
私は『サーチ』と唱えながら、親指と人差し指で作った丸を通して彼らを見る。これはサーチに必要な動作で、これのせいでなかなかサーチができない。目の前でしたらすぐバレるからね。
やっぱり、彼らにかかっているのはあくまで『魅了』であり、性格を悪くしたり、思考を変えてしまうようなものではない。あれらのセリフは素であるということだ。
結局彼らを連れてこられなかったパーシバルさんは、肩を落としながら私の元へと来る。
「申し訳ありません…。」
「いえ、気にしないでください。」
励ますようにパーシバルさんの腰の辺りをポンポンと叩くと、彼は顔を真っ赤にした。
「御令嬢がそんな気軽に男性に触る者ではありません!!!」
「あっはい。」
さすが真面目眼鏡。




