ウィグランド・アジェーレその3
最初は、どこかに行っているのかと思った。
だが、いないのだ。城のどこにも。
そこで私は気付いてしまった。
キルエスが逃げたことに。
だが構わない。
元々、無理を言って軍師をやってもらっていたようなものだ。
きっと負けを悟って、故郷にでも帰ったのだろう。
それならそれでいい。
キルエスの罪を追求する気はない。
国が滅んだら、罪などなくなるのだから。
そして、それから我が軍が崩れるのは早かった。
私に出来ることは撤退の指示を出すことだけだった。
本当に、最後まで愚王だったのだ私は。
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しかし、キルエスは帰って来た。
もう帰ってこないと思っていたから、私は大層驚いたのだ。
まずは、人払いをして欲しいと言われたので、私の部屋で話すことにした。
「ウィグランド、すまない!僕は――」
「キルエス」
勢いよく頭を下げるキルエスの言葉を、私は遮った。
「よい」
キルエスが頭を上げる。
その顔は泣きそうだ。
この短いやり取りで、私が追及する気がないのがわかったのだろう。
そして、とても気になることがある。
「そなたは?」
隣の美しい女性である。
私も、何度か嫌々縁談をしてきたし、部下に女性は何人もいた。
だが、この女性は、私の知る女性達とは全く違う。
それほどまでに美しく、"気品に溢れている"のだ。
「ウルスメデスと申します」
その美しさは、一つ一つの所作にも現れている。
なんだろうか。消えてしまうような、儚さの様なものがある。
そして、何よりも声が美しかった。
「その偽物だよ。ウィグランド」
偽物と言うのはどういうことだろう。
これほどまでに、美しいのだが、本物がいるのだろうか?
「ああ?いいのかよ?ばらしちまってよ」
どこからか声が響いた。
なんだか、しゃがれた声だ。
おかしい、私達しかいないのに。
「流石に王様に隠すわけにはいかないだろ?」
「あ、ああ?王様だったのか。どおりで上等なお召し物に、上等な住処だと思ったよ」
相変わらず、どこからか"しゃがれた声"が聞こえる。
女性の声だ。
心なしか、ウルスメデスと名乗った女性の方から聞こえる気がする。
全く気が付かなかったが、後ろに誰かいるのだろうか?
「君は自分が住んでいる国の王様の顔も知らないのかい?」
キルエスがウルスメデスの方を見る。
会話の内容から察するに、まるで先ほどのしゃがれた声は、彼女が発したとでも言わんばかりに。
「というか、多分ウィグランドもウルスメデスは見た事あると思うんだけど?歌姫として歌を歌って国や街を廻っていたからさ」
そう言われても、こんな美しい女性は、生まれて初めて見た。
「あ、ああ。そういう類には一度も出たことがないな」
見世物なのだろうが。初めて、見世物を見ていなかった事を後悔しているくらいだ。
「なんだか様子がおかしくないかい?ウィグランド」
それは様子もおかしくなる。
何故なら、ウルスメデスが足を大股に開いて、勝手に椅子に座っているから。
その姿は、清楚とは程遠い。
「そんな、珍獣を見るような目で見つめるなよ」
駄目だ。
理解してしまった。
先ほどから、しゃがれた声を出しているのは、ウルスメデスだという事を。
「キルエスおめぇも鈍いなあ。王様はあたしの豹変ぷりに驚いてるんだよ」
それは当たっている。
つまり、彼女は理解していて、わざとやっていたのだ。
「最初に説明したじゃないか。偽物だって」
それだけで、わかるはずがないだろう。
「そ、そうだな。驚いてしまったよ。声だって全然違ったからな」
姿かたちは変わらない。美しいままだ。
だけど、声だけはいまだにウルスメデスから発しているとは思えないほどだ。
「ああ、声な。子供の頃から"ちぃと飲み過ぎちまった"んだろうな。キヒヒヒヒ!」
ウルスメデスは、手を丸くして、横に振ったあと、凄く下品に笑った。
それがなんのことかわからないし、何が面白いのかもわからないので、私は困惑するばかりである。
「そんなことはどうでもいいよ」
どうでもいいのか?
いや、確かにどうでもいい。
気をしっかり持とう。
「それより、戦況は酷いみたいだね。本当にすまない」
キルエスは改めて頭を下げた。
「いや、本当にもういいんだ」
私は頭を上げさせる。
「そうだね。それで、結論から言うと、もう僕らの負けだ」
それはわかっていたことだが、改めて正面からキルエスに言われると、心にくるものがあった。
「もう奇跡を起こすしか、勝つ方法は残されていない」
なるほど。キルエスは奇跡を起こしに来たのだ。
「そこで彼女だ」
視界に移らなかったので、忘れていたが、ウルスメデスはベッドで飛び跳ねて遊んでいた。
「死んだはずのウルスメデスが生きていた。これは奇跡じゃあないか」
「本物か偽物かは関係ないという事か」
「バレなければね」
彼女を見るに、それが一番難しそうなのだが。
「現に最初に騙された奴もいたしな」
ウルスメデスが口を挟んできた。
これだけは言わせてほしい。
私は本物を知らないのだから、騙されたというわけではない。
「だが……」
そんな子供だましで勝てるのか?
そう言おうと思ったが、途中でやめた。
私はキルエスを信じているから。
「ああ、実は僕もそう上手くいくとは思っていないよ。ただ、最後まであがきたいだけなんだ」
言わなくても、キルエスは私が言おうとしたことを読み取ってしまったようだ。
それに、私と同じ考えと言うわけだ。
「自殺に付き合う気はねーぞ。やばくなったら逃げるからな」
もう十分危険な状態なのだが、それは言わないでおこう。
「それで、ウィグランド。その……」
ああ、キルエスが何を言いたいかは、私にもわかるのだ。
「ああ、これからもよろしく頼む」
私は、再び手を差し出した。
「よろしく」
キルエスも俺の手を取る。
「よろしくな」
その上から、ウルスメデスも手を重ねて来た。
「なんだよ?別にいいだろ?」
私は笑う。
「ああ、よろしく」




