キルエス・ガーレムその2
アジェーレ軍へと入った僕は、気付いたら"軍師"にされていた。
ウィグランド王が言うには、適性のあるものが誰も居なくて困っていたそうだ。
だからといって、新参者の僕が、あれやこれやと命令を出すことを良く思わない人も多いはずだ。
だから、僕の命令は全て、ウィグランド王の命令と言うことにすることを条件に、軍師になることを承諾した。
すると、ウィグランド王の方からも条件を出してきた。
「それなら、俺の事はウィグランドと呼べ」
王様をそんな風に呼べるはずがないので、当然断ったが、それでもウィグランド王は食い下がって来て、こちらから条件を出すことで、僕はウィグランド王を、ウィグランドと呼ぶことに承諾した。
「それなら、ウィグランドはこれから自分の事を、俺ではなく、私と呼んでください」
そこからは、お互いに、条件を出し合うような、言い合いになってしまった。
重要なことから、くだらないことまで。
数日前に会ったばかりだし、歳だって親と子ほど離れているのに、まるで昔からの親友みたいで、僕は嬉しかった。
そう、嬉しかったし、楽しかったのだ。
その時までは。
僕が軍師になっても、戦況が良くなることはなかった。
いや、それどころか、悪くなる一方だった。
理由は簡単だ。
あまりにも魔王軍が強かったからだ。
もちろん僕の力不足もある。
だけど、それだけでは説明できない程、敵は強大だったのだ。
それでも、僕達はあがいた。
僕達が負けたら、人類が負けてもおかしくないから。
兵士達には、そんな気持ちはなかったのかもしれない。
ただ、家族を守るため、国を守るために戦い、死んでいったのかもしれない。
理由はそれぞれでも、みんなあがき続けたのだ。
長く、長く、あがき続けたのだ。
だけど、一番最初に音を上げたのは、兵士達でも、ウィグランドでもなく、"僕だった"。
どうあがいても、もう保たないことがわかってしまったから。
それに、表向きはウィグランドの命令でも、僕の命令で人が死んでいくのも心に来ていた。
そして僕は"諦めた"。
誰にも告げずに城から逃げ出したのだ。
もちろんウィグランドにも。
だって、どう言えばいいんだ。
「もう我々の敗北です。魔王軍に大人しく殺されましょう」
こう言えばいいのか?
こんなこと言えるわけないだろう。
僕は死のうと思ったけど、その前に父と母に会いたかった。
もちろん、父と母はもう死んでいるのだけど。
つまるところ、僕の逃げた先は故郷だったのだ。
正直に言うと、道中で死ぬと思っていた。
もう僕の故郷は、魔王領に呑み込まれていたから。
きっと道すがら、モンスターに襲われて死ぬのだ。
そう思っていたし、それを望んでいた。
だけど、何故か何事もなく、故郷へと辿り着いてしまった。
僕の生まれ育った街、ガーレム領は特に変わりはなかった。
戦略的に意味のある土地ではないから、魔王軍も僕達が逃げ出した後は放置していたのだろう。
だから、この地を離れる直前に作った、父と母の墓もそのまま残っていた。
僕は墓の前に座り込んで、父と母に、ここを離れてから、軍師として生きた数年間を語った。
何時間もかけて話し終えたが、もちろん返事なんて返ってこない。
だけど、父と母が生きていたら、こう言っただろう。
「よく頑張ったな。もう休んでいいんだぞ」
と。
「……」
そんなはずはない。
父は勇敢な戦士だったし、勇敢に死ぬまで戦った。
母も勇敢な戦士だったし、勇敢に死ぬまで戦った。
それなら僕も、勇敢に死ぬまで戦わなければならないだろう。
父も母も、こう言うはずだ。
「よくやった。だけど、もうひと頑張りしよう」
僕は立ち上がった。
勇敢に死ぬために。