レミトル・サメクその7
良い気分で朝を迎える。
なんでこんなに良い気分だったのか寝ぼけて思い出せなかったが、すぐに思い出す。
歌だ。そう歌が聞こえたから良い気分で寝付けたのだ。
歌姫様が昨日の夜歌ってくださったのだ。
だから、きっと今日は"良い日になる"だろう。
感謝の気持ちを伝えに行きたいくらいだが、そういうわけにもいかない。
私は、この軍の軍団長なのだから。
今日からは特別忙しくなるだろう。
城に帰れない日も多くなると思う。
今日が最後の気分で歌姫様の歌を聴きに行かないといけない。
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「~~~」
そう心がけて、ウルスメデス様の歌を聴いたが――駄目だ。
これが毎日聴けないのは、私には耐えられない。
いや、我々にはだ。
どうにかウィグランド王に頼み込んで、毎日城に戻れるようにしてもらおう。
そう考えながら、私は出撃する。
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私は時間をかけて、魔王軍の砦へと向かう。
正直に言うと、心配だった。
私が向かった頃には、砦を囲む兵は全滅していて、また一からやり直しとなっているのではないかと。
だが、その心配は杞憂だった。
戦場に変わりはなく、我々の軍が魔王軍の砦を包囲している状態のままであった。
まあ、変わりがないという事は、進展もしていないということではあるのだが。
しかし、無理に攻めれば、こちらの被害が大きくなる。
攻城戦と言うのは難しいのだろう。
だから、砦から出てくるモンスターを狩ったり、遠くから投石や魔法で砦の壁をちまちまと崩しているのだ。
私は攻城戦などしたことがないが、歴戦の戦士である"ウィグランド王の策"であるならば間違いはないだろう。
つまり、私にやれることはないのだ。
戦場を見渡すと、ベナミス殿の軍を見つけた。
いや、今はデミライト軍と言うのだったな。
彼らは私と同じく、戦場に着いたばかりのようである。
少し声をかけて見ることにする。
「おーい、ベナミス殿」
「おお、これはレミトル軍団長」
まだ彼と会って、そこまで日が経ったわけではないが、なんだか彼とは接しやすいのだ。
強さだけではない。これも部隊長の資質というものなのかもしれない。
思えば、我がウィグランド王も人たらしな部分がある。
「先ほど着いたばかりなのですが、出番はなさそうですな」
ベナミス殿は心なしか嬉々としているような気がする。
最初の頃は、厳しい人間なのだろうと思っていたが、仲間が傷つかなくて済むことを喜ぶ仲間思いな人間なのだろう。
「そうだな。このまま何事もないといいのだが」
私がそう言った瞬間だった。砦の城壁に"それ"が登って来たのは。
「なんだあれは……」
"それ"は大きな檻だった。
それも3つの。
城壁に登って来たというよりは、城壁に無理やり乗せているという感じである。
そして檻の中には、巨大なモンスターが入っていた。
「まさか……落とす気ではないよな?」
そう思いたいが、あれをそれ以外に使うとは思えない。
そして、当然のように檻は戦場に落とされた。
檻はでかい音をたてて戦場に飛び込み、そしてバラバラになった。
そして、当然中の巨大なモンスターが解放される。
モンスターの見た目は醜悪だ。
明らかに他のモンスターと違うのは見て取れる。
解放されたモンスターの咆哮が戦場に――いや、遥か遠くまで響き渡った。
私はその咆哮の前に立ち尽くす。
だが、そんな私とは裏腹に、ベナミス殿は副官と一緒に戦場へ走って行ってしまった。
その後ろ姿に私も我に返った。
「怯むな!ただの巨大なモンスターだろう!討ち取るぞ!」
私が大声で号令をかける。
だが、皆の反応は薄かった。
もう既に、3体の巨大で醜悪なモンスター達は暴れだしており、戦場に聞こえるのは悲鳴ばかりだからだ。
「くそ!」
私も戦場へと向かわなければ。
そう思い、走りだそうとしたのだが、モンスターの目が――
無数に目があるモンスターの目の一つが――私を捉えたような気がした。
実際には、私だけを捉えたというわけではないのだろう。
だが、それだけで私は動くのをためらってしまったのだ。
しかし、次の瞬間であった。
その目が消し飛んだ。
いや、その目だけではない。
他の目もだ。
無数にある目が――全て吹き飛んだのだ。
もちろん私は見ていた。
誰ともわからない兵士が、そのモンスターを目にも止まらぬ速さで斬りつけていったのを。
それは続き、そしてやがて、モンスターは身を沈めた。
死んだのだ。
「お、おお……」
幻かと思った。
「レミトル!」
だが、私の名を呼ぶ声で我に返った。
この声はウィグランド王だ。
「ウィグランド王よ。見ていましたか?」
何をとは言う必要はない。
当然、あの凄い光景をである。
「なんのことだ?」
だが、ウィグランド王は見ていなかった。
「それは!」
私が口で伝えようとするが、ウィグランド王が遮る。
「行くぞ!1体は倒せたのだ!残りの2体も倒せるはずだ!」
ウィグランド王は勘違いなさっている。
あれは仲間が倒したものではない。
だが、私が口を挟む余地などなく、歓声があがる。
巨大モンスターが"死んだという事実"と、ウィグランド王の号令が重なったのだ。
その号令で、軍団の士気は戻り、皆巨大モンスターに向かって"死にに行ったのだ"。