エインダルトその6
相変わらず外は騒がしい。
当たり前だ。まだ戦の最中で、私の砦が攻められているのだから。
それでも私には余裕がある。
その余裕の裏付けには多くの理由がある。
例えば、ここは所詮魔王領の一つである。この砦が落とされても、まだ魔王領は広く続いている。
例えば、私の存在である。私一人でも何千人と言う兵士を道連れに出来るだろう。
例えば、そもそも我々魔族は死を恐れない。恐れないというよりは気にしないだろうか。自分の死だってどうでもいいのだ。そう言う風に作られたのだから。
だが何よりも、私の余裕の元はたった一つ別にあった。
「ベリッド」
私が名を呼ぶと、どこからでも必ず副官は洗われる。
「はっ!」
「向かうぞ」
どこへとは言わない。ベリッドにはわかるから。
「よろしいのですか?」
ベリッドがそう聞くのも無理はない。
しばらく使わずに、もったいぶってきたのだから。
「ああ、防衛戦も飽きてしまったからな」
だが、ここまで予想外の事が起きては仕方がないだろう。
私が歩き出すと、ベリッドは後ろから黙って着いてきたのだった。
♦
そして着いた先は、薄暗い倉庫である。
実は私は、この場所にはあまりきていないのだ。
あまり興味がないからだ。
ここにいる生物に。
「おい、明かりをつけろ」
そう命令すると、明かりがついた。
そして、照らし出されるのは檻の中に入った、醜悪な見た目の巨大な生物達だ。全部で3体いる。
どう醜悪かと言うと、つぎはぎである。
まるで色々なモンスターを適当にこねたような見た目である。
そもそも全部同じ見た目ではなく、例えば手で言えば、10本以上あるのもあれば、1本もないのもある。
色々な生物を混じらせて作ったこの生物も、我々と同じ魔族だと言うのだから信じがたい。
この醜悪な生物は、魔王様が開発した生物兵器だ。もちろん"新しい方の魔王様"だ。
魔王様によると、これ1体1体が私よりも強いらしい。とてもそうとは思わないが、試そうとも思わない。
「使う気はなかったのだがな」
こいつらは、最近魔王様から送られてきたものだ。
いらないと言ったが、勝手に渡してきた。
作るのに時間がかかるようで、3体だけだ。
今頃、魔王様は"嬉々として"新しい追加の分を作っているのだろう。
話し通りなら、こんなものを戦場に放ったら簡単に決着がついてしまうだろう。
それではつまらない。
だから、あまり使う気もなかった。
「そうは言っても、いつかは使う予定でした」
ベリッドが横やりをいれてくる。
そもそも、こんなものをいつまでも抱えている気はない。
だから、いつかは使ったのだろう。
だが、今でも気は進まない。
「よし、運べ」
とはいえ、今使うべきなのだろう。それがわかっているからこそ、こうしてここに来たのだ。
「悪く思うなよ、ウィグランド」
私はそう小さく言うと、その場を後にした。
♦
私は自分の部屋に戻ると、外を眺めて待つ。
気は進まないと言ったが、どうなるかは気になる。
だから、いつものように酒を飲んで待つのだ。
そして、戦場へ"あれ"が放りこまれた。
人間共からすると、見た目が醜悪とはいえ、巨大なモンスターが転がり込んできただけだと思うだろう。
だが、それは大きな間違いだ。
戦場に降り立った"あれ"は大きな獣の叫び声を上げ、人間共を殺し始めた。
「やはり、つまらんな」
あれはとても止まるように見えない。
そう、人間を根絶やしにするまでは。
「ですが、これで勝利は確実でしょうね」
「そうだな」
こんなとりとめのない会話をしている間にも、あれは人間を虐殺し続ける。
人間共は恐れおののき、逃げ惑うばかりだ。
「長きに渡る戦いもこんなものか……」
私が、もう見る価値もないと思い、背中を向けたその時だった。
「エインダルト様!」
ベリッドが声を上げた。
こんなにも焦ったような声を出すのは珍しい。
「どうした?」
振り向いて、私も驚く。
あれが1体倒れていた。
「何があった?」
私は眉を顰める。
「わかりません。ですが、間違いないでしょう。死んでいます」
たった一瞬目を離しただけである。
その隙にあれを倒せる奴など――いるのだろう。
たった一人だけ思い当たりがある。
それは、もちろんウィグランドではない。
「ハハハハ!」
私は大笑いをする。
もちろん気がふれたというわけでもない。
嬉しいのだ。
「喜べ。まだ戦は続くぞ」




