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ウルスメデスその7

 部屋に戻って、"あたしに戻る"と、あたしは念のため"待った"。

 昨日は、明日は来ないと言っていたけど、必ずしも来ないとは限らない。

 

 そうして、食事を済まして、ぼーっとして。

 結構な時間を待ったのだが、"あいつ"は来なかった。


「戦場に行くって言ってたからなあ」


 あいつの実力は知らないが、ここに簡単に入り込んでくるあたり逃げたり隠れたりは上手そうなもんだけど。

 それでも、戦場となると、また違うのだろう。

 死んでいてもおかしくないのだ。


 今日はいい。

 だが、明日も来ないととなると、"そういうこと"だろう。


 なんだか急に悲しくなってきた。


 あたしにもこんな心が残っていたのだなと思う。


「~~~」


 自然と歌い始めていた。


 "あいつ"の為に。


 特に理由もなく歌うのなんて、ここに来てからは初めてだ。

 あいつは幸せ者だよ。

 このあたしが、たった一人の為に歌うのだから。

 それも、ここに来てからは初めてなのだろう。


「~~~」

 


     ♦



 歌が終わる前に扉が開いた。

 あたしは、扉には背を向けていたが、振り返る気はない。

 あいつは扉なんて使わないから、あいつではない。


 そして、こんな時間に勝手に扉を開けて入って来れるのは、この城には"二人しかいない"のだから。


 そいつは黙ってあたしの歌を聴いていたが、歌い終えると声をかけて来た。

 

「随分と珍しいな」


 その声を聴いて、あたしはどちらかと言うのを判別した。

 低い、少し年老いた声だ。少なくとも若い声ではない。


「なにしにきやがった」


 あたしの口の利き方は、人によっては打ち首だと叫ぶほど不敬なのだろう。

 何故なら、あたしの部屋に入ってきたのはこの国の王、ウィグランド・アジェーレなのだから。


 別にウィグランドと仲が良いわけでもない。

 そもそも、ウィグランドと会ってから、そこまで日が長いわけでもない。

 ただ、こいつにわざわざ敬語を使う必要もない。


「なに、言った通りだ。何かあったのかと思ってな」


 あたしが自主的に歌っているから、という事だろう。

 放っとけって言うんだ。


「あたしにだって、そう言う気分になることはあるんだよ」


 別に歌が嫌いってわけでもない。好きでもないけど。

 誰だって、ふと歌いたくなることくらいあるだろう。


「それならいいんだ」


 ウィグランドはそれだけ言うと黙ってしまった。

 気まずい沈黙が流れる。


 別にあたしは、ウィグランドが嫌いってわけじゃあない。

 だけど、あたしがこんなところで働かされている"原因の一つ"であるのだから――

 なんだかそう考えると、嫌いな気がしてきた。


「ちっ!何か喋れってんだ。女に好かれないぜ、それじゃあ」

「そうなのか……」


 何気なく言った言葉だが、ウィグランドには刺さったようで、随分と落ち込んだ様子だった。

 


「それにあたしよりよ。あんたの方がどうしちまったんだよって話だろ」


 そもそも、あたしが歌うのも珍しいが、ウィグランドがここに来るのだって珍しい。全くないというわけでもないけどな。


「そうだな。私も浮かれているのかもしれない」

「浮かれてる?」


 ウィグランドらしからぬ感情である。

 あたしの中でのウィグランドに対する感想は、"余裕がない"である。

 浮かれるとはほど遠いだろう。


「ああ、ついに魔族の砦まで進軍できたんだ」


 へえ、そこまでとは知らなかった。

 だが、あたしにもそれがどれだけ凄い事かはわかる。


「良かったな」


 だが、あたしは素気のない返事をした。

 だって、あたしにはあまり関係ないしな。


「ああ。ありがとう」


 ウィグランドが急に礼を言いながら頭を下げたので、あたしは戸惑ってしまう。


「それではな」


 それだけ言って、ウィグランドは帰ってしまった。


 つまるところ、ウィグランドは元々あたしに礼を言いに来たかったのだろう。

 あいつから礼を言われたのは初めてだ。


 なんだか無駄に気分がいい。

 もう一曲歌うとしよう。


「~~~」


 特別に大きめの歌声で、外にも届くように。

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