ウルスメデスその6
今日は何故だかいつもより早く起こされた。
あたしは眠くて、"少しだけ"ベッドにかじりついたが我慢して起きる。
ウルスメデスが寝坊なんてよくねえからな。ついでにベッドにかじりつくのもよくねえ。
「皆さん。おはようございます」
当然、昨日はあいつと話していた分いつもより夜更かしをしている。
だから、こんなに早く起こされると眠くてたまらねえんだがな。
それでも、大人しく起きて仕事をしてやるあたしに死ぬほど感謝して欲しいものである。
いや、兵士たちは元々死ぬほど感謝してるか。
そして、あたしはウルスメデスになる。
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そして、夜になった。
早朝に起こされたから何事かとも思ったが、いつもとやる事は何も変わらなかった。
ただ、話ではどうもこちら側が初めて魔王側を圧倒しているらしい。
ここ最近で変わったことと言えば、魔王軍の奴隷だった人間達が、逃げて来たくらいだろうに。
あるいは、"あいつ"か……。
いや、ないだろう。"たかが人間一人で"戦況が変わる事などない。それがどれだけ強い人間だったとしても。
あたしは自分のくだらない考えに、自分で少しだけ笑った。
「なんだか嬉しそうですね」
侍女の一人がそう言った。
そんなに"にやけて"いただろうか?
それは素なのだろう。
気を付けなければならない。笑い方だってウルスメデスとは似ても似つかないのだろうから。
"昔はそんなことはなかった"のだろうけどな。
「ん?」
そうして、部屋に戻る際中だったあたしの歩く先に、随分と背の高い、がっしりとした男が背中を向けて立っていた。
一目見ればわかる。護衛にあんな奴はいなかっただろう。
そうなると、不審者である。
「貴様!何者だ!」
当然、あたしの護衛が警戒しだした。
「待て、すまない。迷ってしまったのだ」
そう言いながら、巨大な男は振り向いた。
あたしはその顔に見覚えがある。
「迷っただと!嘘をつくな!警備の者がいただろう!」
あの巨漢でどうやって警備をかいくぐったのか気になるところだが、あたしは助けてやることにした。
「お待ちください」
あたしが声を出すと、護衛は全員こちらを向いた。
いや、それは駄目だろう。
周囲を警戒する奴も残して置け。
「はっ!どうなさいましたか?」
「あの方は、ベナミス隊長でしょう」
知り合いと言うわけではない。ただあたしは、あたしが利用できそうなものは頭に入れているだけだ。
なにより、あの巨漢は舞台からでも目立っていた。
「それは……あの部隊の……失礼いたしました!」
あの部隊とは、なんの部隊かは知らない。
あまり良くない噂なのだろう。元奴隷とかそういうやつだ。
そう考えると、親近感が湧く。
「いえ、迷ったこちらも悪いので……」
なんだろうな。強そうな見た目のわりに、意外と腰が低い奴である。
せっかくなので、"よく"しといてやろうと思う。
意外とあたしは"まめ"なのだ。そうした方が"評判"が良かった。
「今日も戦って来たのですか?」
そう聞くと、ベナミスは微妙な顔をした。
なんだというのだろう。大抵の奴は、誇らしげな顔をするのに。
「そうですね」
特に微妙な顔を崩さないまま、ベナミスが答えた。
感触はいまいちだ。それならば、更に攻勢に出るべきだろう。
「大変でしたでしょう。お怪我はありませんか?」
あたしはベナミスの手を取った。
大抵の男はこれで鼻の下が伸びる。
そう、"あいつ"みたいなやつでなければな。
「い、いえ。俺は別に」
おかしい。
なんだか違う。
年寄りには効き目は薄いが、この男はそこまで高齢ではないだろう。
「そうですか、それは良かったです」
この辺りで、もうあたしは気付いていた。
「は、はあ。ご心配ありがとうございます」
こいつは、あたしと似た者同士であると。
「どうかなさいましたか?」
念のため駄目押しで、下から覗き込むように見上げる。
「い、いえ。大丈夫です。すいませんが、王の間はどちらでしょうか?」
だが、やはりだ。
あたしの直感が言っている。
こいつは嘘をついて生きて来た奴だ。
「それでしたら、あちらへ突っ切っていくと早いですわよ」
あたしは、わざと少しだけ乱暴な物言いをした。
そうすると、ベナミスは微妙な顔をする。
それで、ああ、こいつも気づいているな、と悟った。
だが問題はない。
「そ、そうですか。お忙しいでしょうに、ありがとうございます。それでは」
そう言うと、ベナミスは逃げるように、さっさと示した方向の方へ行ってしまった。
「そうですか。お気をつけて」
もう聞こえていないであろう背中に声をかけ、手を振る。
ああいう奴は、事なかれ主義だ。
周りに言いふらしたりはしない。
だから問題はないのだ。