レミトル・サメクその5
私が軍団長になったのは、少し前である。
それでも、魔王軍に一度押されて、敗北しかける前の話である。
その頃でも、こんなにも――
「押していることはなかった!」
のである。
私が軍団長になってからどころか、この戦争が始まってからと比べても、これほど戦線が押せていたことはないだろう。
もちろん前日も、戦線は押していた。
と言うよりも、前日にモンスターを多く倒したから、魔王軍は崩壊し始めているのかもしれない。
押しているのは、前日と同じくベナミス殿の部隊。
ぞれともう一つ、あそこはどこの部隊だっただろうか?
「あれは、メネイアの部隊だな」
そうそう、メネイアの部隊だ。だが、あの部隊は特別強かった記憶もない。
むしろ、最近臨時で組み立てた部隊なので、統率が取れずに苦労していたはずだ。
ん?今、私に話しかけてきたのは誰だ?
振り向くと、ウィグランド王がいた。
「ウ、ウィグランド王!どうなさいましたか?」
いや、私は今本陣にいるのだから、ウィグランド王がいること自体は変ではない。
だが、先ほどまでは、近くにはいなかったのだから驚く。
「戦場を見に来たのだ」
今日は、ウィグランド王の命令で、全軍の出陣を早めている。
と言っても、当然、歌姫様の歌は聴いてきたのだが。
しかし、そう言った策を取ったという事は、こうなることを、ウィグランド王は予想していたのだろう。流石である。
そして、予測通りに動いているか確認しに来たのだろう。
「予想以上の進み具合だな……」
"ウィグランド王の予想"を超える程上手くいっているようだ。
「ウルスメデス様のおかげです」
私は、鼻高々に言った。私のことでもないのに。
「……そうだな」
ウィグランド王は静かに言う。
前から思っていたが、ウィグランド王はそこまで歌はお好きではないのかもしれない。
私が良くするウルスメデス様の話に、あまり食いついてはこないのだ。
だが、直接問うたりはしない。そんな臣下はいないだろう。
「レミトルよ。出陣の準備をしておけ。私は少ししたら戻る」
そう言うと、ウィグランド王は本陣の奥へと戻ってしまった。
"こういうことはよくある"ので、私は特に疑問も抱かずに、言われた通りに出陣の準備を始める。
そして、少し待っていると、ウィグランド王はすぐに戻って来た。
「よし、全軍出陣する」
これは、よくあることではない。
「は?全軍ですか?」
私は聞き返してしまう。私は今、さぞ間抜けな顔をしているのだろう。
「うむ、全軍だ」
ウィグランド王の顔は真剣だ。
ここで勝負をかけるという事だろう。
「はっ!お任せください」
そして、私は号令をかけるために馬に飛び乗った。
♦
全軍を攻勢に動かす事など初めてである。
だが、ウィグランド王は動き、私が号令を出して回った。
そして、私は戦の真っただ中にいるわけだが、自分がどこにいるのかもわからなくなってきた。
それほどの乱戦である。
それでも、軍が前に進んでいるのはわかる。
だから、私の部隊も前に前に進む。
前へ、前へ。
そうしていると、前が開いてくる。
先頭へ抜けてしまったのだ。
先頭では変わらず、ベナミス殿の部隊と、メネイアの部隊が激しい戦闘を繰り広げていた。
メネイアの方を見ると、"やけに強い兵士"が先陣を切っているように見える。
その者は、兜を深々とかぶっており、顔は見えない。
あとで、ウィグランド王に報告しようと思ったのだが……。
まあ、あとでメネイアが申告してくるだろう。
そして、私の部隊も先頭に加わろうとした時だった。
旗が目に映った。
我々の旗だ。
もちろん、そんなものはいくらでもある。
だが、その旗の場所である。
あそこは、敵軍の本陣の位置だ。
それに、旗を立てているのはウィグランド王だ。
遠くてわかりづらいが間違いない。
つまり、ウィグランド王が敵軍の本陣を打ち破り、旗を立てたのである。
「おお!見ろ!ウィグランド王が敵本陣を破ったぞ!」
私はあらんばかりの大声で叫ぶ。
私の声に反応して、兵士たちは皆気付き、大きく歓声があがった。
本陣を落としたと言っても、戦略的には意味はない。
そこに敵将エインダルトはいなかったのであろう。
このすぐ先に、砦はある。
モンスターには知能がないから、攻撃が緩まることもない。
魔族は知能があっても、怯むようなことはない。
だとしても、魔族の侵攻が始まって以来、初めての快挙である。
「うおおおおおお!」
ここから、人間の反撃が始まるのだ。




