レミトル・サメクその4
ベナミス殿の部隊はそれほど前線ではないところに配備された。
まだ未知数の部隊であるのだろうから、戦力として数えるのは難しいのだろう。
そして、私はベナミス殿の部隊から離れ、ウィグランド王の元へと来ている。
当たり前であるが、これが私の仕事だからだ。
私は、自分の部隊も少数ではあるが持っている。
だが、一応は軍団長なのだ。この軍全体が私の部隊のようなものである。
つまり、実はあまりまともな人数は直轄では持っていないのだ。
ウィグランド王が今いるのは、城から離れたところに作られた高台にある本陣である。
ここからなら、よく戦場が見渡せる。
そして、戦場を挟んだ先にある敵の本陣も。
本陣が高台にあると、空を飛ぶモンスターがひっきりなしに飛んでくるのだが、我が軍の弓部隊や、魔法の国から借り受けた魔法部隊が迎撃してくれる。
私がウィグランド王の元へと辿り着くころには、戦闘はもう始まっていた。
ウィグランド王は、その戦闘の様子を見ながら、酒を飲まれている。
私も上から戦闘の様子を見てみる。
ベナミス殿の部隊はどこだろうか?
わかりづらいが、一応私にだって戦場くらい見れる。
そして気付く。ベナミス殿の部隊の位置がおかしい気がする。
遠くだから見間違いだろうと思ったのだが、上から見ていてもあの部隊は異質である。
進軍が速いのだ。
「レミトルよ……」
後ろからウィグランド王の声がかかった。
振り向きたくない。
「い、いえ。私はちゃんと言われた配置に案内してきましたよ」
そういえば、やけに意気込んでいた気がする。
勝手に前に出てしまったのだろうか?
「怒っているわけではない。嬉しい誤算ではないか。彼らは勇敢な戦士だったのだ」
「そ、そうですよね!」
私はここでやっと振り向いた。
きっと、ウィグランド王は笑っていらっしゃるのだろうと思って。
だが、ウィグランド王は随分と厳しい顔をされていた。
「どうなさいましたか?」
「しかし、このままではまずい」
何がまずいのだろう?
彼らの部隊が先鋒となって、随分と戦線を押しているようである。
まずいどころか、良いのではないか?
「"奴"が来る」
それが誰かは、聞かなくてもわかる。
敵軍大将のエインダルトであろう。
確かにそれはまずい。
人が死ぬのは何度も見て来た。
だが、先ほどまで顔をあわしていた彼らが全滅するのは、少し気分的に嫌なのだ。
「ここまでとは読めなかったのであろうな」
どういうことだろうか?
私に言ったのだろうか?
「申し訳ありません!」
とりあえず謝った。
そんな頭を下げた私の側を、ウィグランド王は黙って通り過ぎた。
私はそれでも頭を下げ続ける。
「何をしているレミトル。早く行くぞ」
私が頭を上げると、ウィグランド王はすでに馬に乗っていた。
当然、愛用の剣も腰に下げている。
「はっ……?出陣ですか?」
私はいまいちついて行けずに、きょとんとしてしまう。
「死なすには惜しいだろう?」
つまり、援軍に行くという事だ。
「はっ!今すぐに!」
私は、すぐに部隊をまとめ上げる。
こういうことはよくあるのだ。皆迅速に準備を始める。
ウィグランド王に死なれては困るのだが、ウィグランド王は大人しくはしていない。
「うむ、出陣!」
我々は、ウィグランド王の掛け声で出陣した。
♦
戦場に降りると、嫌な雰囲気が漂う。
当たり前だ。人が死んでいるのだから。
だが、私は慣れてしまった。
いや、私だけではなく、みんな慣れてしまっているのだ。
それでも、いい気分ではない。
馬を走らせていると、やがてベナミス殿の部隊が見えた。
だが、まずい。
我々よりも先に、エインダルトが着いてしまっている。
「ウィグランド王!私が先に!」
そう言うと、私は馬に鞭をかけて、走らせる。
視線の先で、エインダルトが動き出した。
上級モンスターのケルベロスに乗っている。
あんなもの私は倒したことはない。
それに、
「くそ!間に合わない!」
あとすこしと言うところである。
いくらベナミス殿が強いとはいえ、エインダルト相手ではどうなるかわからない。
その時、ベナミス殿の副官のダオカンが飛び出して、ケルベロスの一撃を止めた。
おお、なんと強い。
彼と、ウィグランド王と、ベナミス殿と、私でかかればなんとかなるかもしれない。
そう思ったのだが、ダオカンはエインダルトの副官である、ベリッドに足止めされてしまったようだ。
しかし、おかげで間に合いそうである。
「うおおおおおお」
私はベナミス殿とケルベロスの間に勢いよく入っていったのだが、馬共々踏まれてしまう。
だがまだ、踏みつぶされてはいない。
ギリギリの所で踏みとどまっている。
しかし厳しい。
今日の事を思い出せ。
今日は何の日だった。
歌姫様が、ウルスメデス様が、私に話しかけてくれた日なのだ。
今でも、歌声が耳に響いている。
つまり、今日の私は強い。
「これが愛の力だああああ!」
そう、今まさに押し返す。
その時だった。ケルベロスの踏みつける力が弱まった。
それと同時に、ケルベロスの首が、私の近くに落ちる。
ケルベロスの力が抜けたのは、ケルベロスが死んだからであろう。
誰が?などと言うのは愚門である。
間違いない、ウィグランド王である。
私は気が抜けて、力を抜いてしまい、ケルベロスに押しつぶされてしまう。
だが、痛くはない。
とても、とても重いが。
と言っても、こんなところでゆっくりするわけにもいかない。
私はすぐに、ケルベロスの下から這い出ようとした。
「むっ……」
甲冑がつかえてうまく抜け出せない。
だが、なんとか上半身だけ這い出る。
そして見たのは、背を向けるエインダルトである。
ウィグランド王が退けたのだ。
少し見渡すと、私の近くにいるウィグランド王が目に入った。
「やりましたねウィグランド王!勝利ですぞ!」
ウィグランド王はため息をついて、ケルベロスを軽々と持ち上げて、私を助け出してくれた。
「いいや、負けだな」
そう言うと、ウィグランド王はベナミス殿の元へと向かってしまった。
負けという事はないだろう。
背を向けたのはエインダルトなのだ。
ウィグランド王は、少しベナミス殿と会話をしたようだが、すぐに戻って来た。
「こちらも帰るぞ!」
それだけ言うと、ウィグランド王は私を置いて行ってしまった。
「いや、あの私は馬が……」
馬は、ケルベロスの一撃と重みに耐えられなかったのか絶命していた。
取り残された私は、走ってウィグランド王を追ったのだった。