レミトル・サメクその3
朝になったが、昨日は寝付けなかった。
ウルスメデス様と話したのは初めてではない。
だが、あそこまで至近距離で長時間話したのは初めてだ。
あまりにも幸せで、一睡もできなかったのだ。
それでも、戦場に出るのを休むことは出来ないし、休む気もない。休んだらウルスメデス様の歌も聞けない。
寝ていないことくらいは、たいしたことはない。
そう考えながら、私は甲冑を身に着けると、部屋を出たのだった。
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向かう先は、今日もベナミス殿の部隊だ。
だが、私の足取りは勝手に、ウルスメデス様の部屋の方へと向かっている。
まだ時間があるし、こちらからでも行けるからな。少し遠回りになるだけだ。
それに、昨日の事もある。
警備が虫も通さない程しっかりと、仕事しているか見に行かねばならない。
そんな言い訳を、自分の心の中でする。
そして、ウルスメデス様の部屋の前に到着する。
門番達が私に向かって敬礼をする。
「うむ、しっかりやっているようだな」
そう言うと、私はその場に背を向けた。
ただ、警備を確認しに来ただけなのだ。
長居は無用である。
その時、後ろで扉が開く音がして、わたしは"どきり"とする。
「まあ、レミトル様ではありませんか」
私は後ろからかかった声に反応し、私の人生で一番早い動きで振り向いた。
そこには天使がいた。
「う、う、ウルスメデス様。昨日の今日で奇遇ですなあ」
私はそう言って、わははははと笑う。
本当に奇遇である。
会いに来た……なんてつもりはなかったのだが。
「昨日は本当にありがとうございました……」
ウルスメデス様が深々と頭を下げる。
「そ、そんな!頭をお上げください!たいしたことはしておりませんから!」
昨日で言うなら、本当に何もしていない。
私が頭を下げたいくらいだ。
「今日も戦いに行くのですよね?」
ウルスメデス様が口元に手を当てて、目を潤ませる。
戦いというもの事体を悲しんでいるのであろう。
「それはもちろん。あな……あな!この国のためですから!」
"あなたの為に"と言いたかったのだけど、言えなかった。
私は、そんな気障な台詞が吐ける人間ではないのだ。
「大変ですね……私に出来る事があればいいのですが……」
おお、なんとお優しい限りであろう。
しかし、そんなことは必要ない。
もう十分すぎるくらいしてもらっているのだ。
それは、こうして話しているだけでも。
「い、いえ!ウルスメデス様の歌を、毎日聴かせていただいているだけでも、十分すぎるくらいです!」
もちろん本業の歌でも。
「あっ……時間ですね。それではレミトル様。また……」
どうして時間などというものがあるのだろうか?
そんなものはこの世に必要なのだろうか?
しかし、"また"と言われてしまった!
「はい!それでは、また」
ウルスメデス様が侍女と警護に連れられて行く。
私は、その姿が見えなくなるまで立ち尽くしたのだ。
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時間と言う概念を忘れてしまったため、遅れてしまった。
だが、おかげで、今日の私は力に満ちている。
"愛の力"だ。
「わかっていると思うが、今日から戦線に加わってもらう」
ベナミス軍は、それを聞くと盛り上がった。
嬉しい事だろうか?
どの部隊も、嫌々戦うという程でもないが、ここまで好戦的な部隊は少ない。
「そうか。ただ、最初だからお手柔らかに頼むよ」
そう言ったのはベナミスだ。
彼は他の奴らと比べて、盛り上がっていない様に見える。
"冷静"なのだろう。
流石は人を統率しているだけある。
「ふっ……それは敵に言ってくれ」
ベナミスが言いたいのは、そう言う事ではないのだろうが、私が戦線の担当を決めているわけではない。敵と言うよりはウィグランド王に言って欲しい。
「来て早々で悪いが、早く行くぞ」
私は、ベナミス達を急かす。
歌姫様の歌が始まる時間なのだ。
私が遅れたせいで、話している時間はあまりない。
間に合わなくなってしまったら一生後悔する。
今日は戦えなくなってしまう程だ。
「わかった」
そう言うと、部隊はすぐに並び動き出せる形になる。
昨日もそうだが、この部隊の統制は凄く取れている。
魔族に囚われていた奴隷という身の上が関係しているのだろうか?
なんにせよ、とても助かる。
これで、遅れずに済むからだ。
♦
歌姫様の歌は素晴らしい。
何度聞いても素晴らしいのだ。
私の心は洗われ、全てを忘れさせてくれる。
まるで、歌に抱擁されているようだ。
自然と目元から涙が流れる。
言葉を発したくても発せない。言葉に出来ない程、感動してしまうのだ。
だが、それも終わりが来る。
歌が終わると、湧き上がってくるのは喪失感だ。しかし、その後すぐにある気持ちが湧き上がってくる。
この歌を守らなければならない。
この気持ちを持って我々は戦場へと向かう。




