エインダルトその2
魔族だって睡眠をとる。
と言っても、人間よりも圧倒的に短くてもいいのだが。
しかし、私は長く睡眠を取っていた。
何故なら退屈だからだ。
いくら戦が好きだと言っても、何年も変わり映えがしないのでは、楽しめるものも楽しめない。
だが、今は"退屈でいい"のだ。
というわけで、私は起きると、ゆっくりと準備を始める。
食事を取り、なんとなく外を眺め、そして甲冑を着る。
ゆっくりのはずが、随分と早く終わってしまった。
仕方がないだろう。魔族はみんな"せっかち"なのだ。
「ハハハハ!」
自分の考えに笑ってしまう。
せっかちとはなんだろう。
言い換えよう。魔族は効率的なのだ。
せっかちとは、まるで人間のような考えである。
「どうかなさいましたか?」
私の大きな笑い声に、副官のベリッドが顔を見せた。
私は、"こほん"と咳ばらいをする。
「ああ、なんでもない。行くぞ」
それだけ言って、私は砦を出て本陣へと向かった。
♦
見晴らしのいい高台である。
ここに本陣を築いてから、どれだけ経っただろうか。
といっても、ここは自分達の砦に近い方である。
こんなところまで敵が攻めてくることはないのだ。
本陣に着くと、まずは酒を注いだ。
魔族はほとんど酔わない。
それは、人間より毒に対する耐性が強いというだけの話である。
それでも酒を飲むのは、ただの真似である。
ウィグランドがそうしていると聞いたからである。
誰に聞いたかと言われると、本人にだ。
幾度も刃を交えていれば、無駄な話をすることもある。
最初は酒など飲んでもしょうがないだろうと思っていたが、真似をしてみると、案外いいものであった。
もちろん酔うわけではないので、雰囲気を楽しんでいるだけである。
そして、こうしていつも通り酒を飲みながら、この高台から見る戦況は、いつも通り我々が押しているのだろう。
そう思っていたのだが……。
「随分押されているな」
確かに、最近は人間側に戦線が押され気味であった。
そこには理由があって、歌姫というよくわからない存在が敵の士気を上げているという。
歌姫というのは、文字通りただ歌っているだけだそうだが、たかが歌で、今にも負けそうだった人間共が、ここまで戦線を押し上げたのだから不思議なものである。
これも真似をしてみてもいいかもしれない。
魔族やモンスターに、歌を楽しむ心などあるとは思えないが。
ただ、人間共が押し返してきたとはいえ、基本的には魔族側が優勢で、ここまで押されているというのは珍しい。
「そのようですね。ほら、あの部隊ですよ」
そうベリッドが指す先では、1部隊だけが突出している。
その部隊を中心に、人間共の戦線が押しあがっているのだ。
「あれは、なんの部隊だ?」
あの部隊は、100人にも満たない部隊のように見える。そこまで大部隊というわけではない。
それに、他の兵士とは、どことなく毛色が違うようだ。
「ほら、あれが奴隷部隊ですよ。エインダルト様」
いきなり奴隷部隊と言われても、なんのことかと思った。
だが、すぐに理解する。
ああ、あの部隊こそが、我々魔王軍から逃げ出したという奴隷達か。
しかし、今日が初陣だろうに、あれほどの活躍とは、やはり挨拶をしに行くべきだろう。
「足を出せ。出陣するぞ」
私は立ち上がり、剣を取る。
「はっ!そう言われると思いまして、もう用意はしてあります」
流石はベリッドである。
そして、私もそう言われると思ったからこそ、すぐに立ち上がったのだ。
「ふっ……流石だな。褒美として私に着いてくることを許そう」
「ありがたき幸せ」
ベリッドは大仰な動作で、膝をついて頭を下げる。
こんなこと言わなくても着いてくるくせにな。
表に出ると、ケルベロスが"座って"待っていた。
上級のモンスターだ。と言っても、魔族である私には手も足も出ない。
しかし、モンスターは恐怖で従わせているのではない。
初代魔王様が作り出した魔法で操っているのだ。
私よりでかい体のそいつに飛び乗ってやる。
ケルベロスの上から見下ろすと、ベリッドは既に馬に乗っていた。
「おい、ベリッド。お前は普通の馬なのか?」
馬と言うのは、比喩でもなんでもなく、モンスターでもない、ただの動物の馬である。
「はい」
口には出さないが、何か問題でもありますか?とでも言いたげな顔である。
こいつは"こういうところ"がある。
だが、素なのだろう。
人間風に言うと、天然と言うやつだ。
別にケルベロスが嫌いなわけではないが、私も普通の馬で良かった。
戦場に一人でこんなものに乗って行ったら、少し馬鹿っぽいではないか。
「まあいい。行くぞ!」
そして私は、戦場へと向かった。