表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/228

ウルスメデスその2

 夕方頃にやっと"お勤め"が終わると、あたしは部屋へと戻る。

 勝手に歩き回ることは許されない。

 国の中が安全だとは限らないのだ。


 魔法の国では、国中に結界を貼ってあると聞いた。

 だが、この国ではそんなことが出来る程、魔道具は発達していないし、優れた魔術師もいない。

 私の部屋や、王の部屋には結界魔法が貼っているようだが、国全体では"人力"で、魔族が入り込まない様にしているのである。

 人力と言うのは言うまでもない。何人もの見張りを、常に立てているのである。

 と言っても、それには限界がある。

 魔族は人間に化けたりもするのだから。


 だから、仕事が終わると、さっさと部屋へと帰らされてしまう。


 仕方のない事だ。

 戦争が終わるまでは我慢してやるさ。

 戦争が終わる時が、どっちの勝利か知らないけどな。

 


     ♦



 部屋に戻ると、侍女達があたしの服を脱がす。

 それが終わると、あたしは飯を要求して、侍女達を全員追い出す。

 そうしてから、ベッドへと頭から倒れ込むのだ。

 これで、あたしの今日の"ウルスメデスごっこ"はおしまいだ。

 

 おしまいとなるはずだったのだ。


「ねぇ、少しいいかな?」


 あたし以外、誰も居ないはずの部屋で声がした。


 あたしは、とても"淑女"とは思えない動きで、ベッドから跳ね起きる。

 声の方向を見ると、とても怪しい奴が立っていた。

 怪しいというのは、そいつがピエロの仮面をつけているからだ。

 人間とも、魔族ともわからない。

 こういう時、あたしが取る行動は一つだろう。


「きゃああああ!誰か!誰か来て!」


 あたしは、か弱い女性、ウルスメデスとして叫んだ。


 すぐに部屋の扉が叩かれ、「どうかしましたか!」という声が聞こえる。

 確認はいいから、早く開けろよと思う。


「さて、どうする?」


 あたしは、部屋に忍び込んだ不審者へと不敵に話しかけた。

 圧倒的優位を確信している話し方である。


「すこし話がしたかっただけなんだけどな」


 不審者は困ったように"頬をかく"。

 頬と言っても仮面である。

 まるで芝居がかった仕草だ。


「なにかようか?」


 仮面を被っていてわからないが、こんな奴は知り合いにはいないと思う。


 それにしても衛兵は何をしているのだろうか?

 中々入ってこない。


「君の事が気になってさ」


 そう言われても、ここにいる奴らはみんなそうだ。

 生憎と引く手数多なのだ。

 こんなところまで忍び込む気概のある奴は初めてだが、相手をする気はない。


「悪いが、あたしにはその気はないね」


 その時、扉が大きい音を立てた。

 ああ。もしかして鍵がないのか?

 侍女が持って行ってしまったのだろうか?

 なんとも間抜けな警備である。


「ああ、そういうのじゃないんだ。ただ君は何かが違う気がして――気になったんだ」


 違うとはなんだろう?

 そう考えたがすぐにわかった。

 あたしが偽物と言う話だろう。

 それは真実だが、それを疑う人間はたくさんいるのだ。


「あたしの何が違うって言うんだい?」


 扉が軋む。

 もう開きそうだ。


「それは――君の歌だね」


 ああ、なんだそれは。

 そうくるのか。


「隠れな」


 あたしは不審者にそう言った。

 そして、今にも開きそうな扉の近くまで歩く。

 その時、ちょうど扉がけたたましい音を立てて開いた。


 扉をこじ開けて、中に入ってきたのはレミトル軍団長だ。

 こいつは"まさに"と言う感じの奴である。

 はいってすぐに部屋の中を見渡している。

 あいつは上手く隠れられただろうか?


「ごめんなさい。レミトル軍団長」


 なにか言おうとしたレミトルより先に、あたしが"儚げな雰囲気"を出しながら喋り出した。

 

「どうなさいましたか?」


 レミトルの声は上ずっている。

 笑いそうになるのを我慢しないといけないだろうが馬鹿野郎。


「すいません……虫が出たもので……」


 理由はなんでもよかった。

 だが、お嬢様と言うのはこういうものだろう。

 もちろん、あたしは虫なんて気にもしないし、なんなら食うけどな。

 いや、"最近は"食っていないけど。


「その虫はどこに?私が倒しましょう!」


 そうそう、"あの虫"ならその辺にいるのだろう。

 だけど、"その虫"なんてのは存在しないのだ。


「いえ、それが……逃げられてしまったようで……」


 いいからもうどこかに行ってほしい。

 そう思ったのだが、ちらりとレミトルの顔を見ると、"ぼーっ"とした顔をしている。

 ああ、こいつ見惚れてやがる。


「あの……?」


 そう声をかけてやると、我に返ったようだ。


「は、はい!申し訳ありません!」


 レミトルは、何故か姿勢を"ビシっ"と立てて、敬礼をした。


「いいえ。こちらこそ、お呼びしたのにすいません。もう大丈夫です」


 しかし、そういうのはどうでもいいから出て行って欲しいのだ。

 態度でわかってほしい。


「はっ!そ、そうですね。いつでも、何かありましたらお呼びください!」


 やっと通じたようだ。

 そう言うと、レミトルは部屋から出て行った。

 一応ぶち破った扉も閉まったらしい。


「おい!虫一匹通すなよ!」


 そんな声が外から聞こえてくる。

 もう通ってるじゃねえか。大きな虫がよ。

 そして、その虫はどこにいったのだろう?

 部屋を見渡してもどこにもいない。

 随分とうまく隠れたものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ