ウルスメデスその2
夕方頃にやっと"お勤め"が終わると、あたしは部屋へと戻る。
勝手に歩き回ることは許されない。
国の中が安全だとは限らないのだ。
魔法の国では、国中に結界を貼ってあると聞いた。
だが、この国ではそんなことが出来る程、魔道具は発達していないし、優れた魔術師もいない。
私の部屋や、王の部屋には結界魔法が貼っているようだが、国全体では"人力"で、魔族が入り込まない様にしているのである。
人力と言うのは言うまでもない。何人もの見張りを、常に立てているのである。
と言っても、それには限界がある。
魔族は人間に化けたりもするのだから。
だから、仕事が終わると、さっさと部屋へと帰らされてしまう。
仕方のない事だ。
戦争が終わるまでは我慢してやるさ。
戦争が終わる時が、どっちの勝利か知らないけどな。
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部屋に戻ると、侍女達があたしの服を脱がす。
それが終わると、あたしは飯を要求して、侍女達を全員追い出す。
そうしてから、ベッドへと頭から倒れ込むのだ。
これで、あたしの今日の"ウルスメデスごっこ"はおしまいだ。
おしまいとなるはずだったのだ。
「ねぇ、少しいいかな?」
あたし以外、誰も居ないはずの部屋で声がした。
あたしは、とても"淑女"とは思えない動きで、ベッドから跳ね起きる。
声の方向を見ると、とても怪しい奴が立っていた。
怪しいというのは、そいつがピエロの仮面をつけているからだ。
人間とも、魔族ともわからない。
こういう時、あたしが取る行動は一つだろう。
「きゃああああ!誰か!誰か来て!」
あたしは、か弱い女性、ウルスメデスとして叫んだ。
すぐに部屋の扉が叩かれ、「どうかしましたか!」という声が聞こえる。
確認はいいから、早く開けろよと思う。
「さて、どうする?」
あたしは、部屋に忍び込んだ不審者へと不敵に話しかけた。
圧倒的優位を確信している話し方である。
「すこし話がしたかっただけなんだけどな」
不審者は困ったように"頬をかく"。
頬と言っても仮面である。
まるで芝居がかった仕草だ。
「なにかようか?」
仮面を被っていてわからないが、こんな奴は知り合いにはいないと思う。
それにしても衛兵は何をしているのだろうか?
中々入ってこない。
「君の事が気になってさ」
そう言われても、ここにいる奴らはみんなそうだ。
生憎と引く手数多なのだ。
こんなところまで忍び込む気概のある奴は初めてだが、相手をする気はない。
「悪いが、あたしにはその気はないね」
その時、扉が大きい音を立てた。
ああ。もしかして鍵がないのか?
侍女が持って行ってしまったのだろうか?
なんとも間抜けな警備である。
「ああ、そういうのじゃないんだ。ただ君は何かが違う気がして――気になったんだ」
違うとはなんだろう?
そう考えたがすぐにわかった。
あたしが偽物と言う話だろう。
それは真実だが、それを疑う人間はたくさんいるのだ。
「あたしの何が違うって言うんだい?」
扉が軋む。
もう開きそうだ。
「それは――君の歌だね」
ああ、なんだそれは。
そうくるのか。
「隠れな」
あたしは不審者にそう言った。
そして、今にも開きそうな扉の近くまで歩く。
その時、ちょうど扉がけたたましい音を立てて開いた。
扉をこじ開けて、中に入ってきたのはレミトル軍団長だ。
こいつは"まさに"と言う感じの奴である。
はいってすぐに部屋の中を見渡している。
あいつは上手く隠れられただろうか?
「ごめんなさい。レミトル軍団長」
なにか言おうとしたレミトルより先に、あたしが"儚げな雰囲気"を出しながら喋り出した。
「どうなさいましたか?」
レミトルの声は上ずっている。
笑いそうになるのを我慢しないといけないだろうが馬鹿野郎。
「すいません……虫が出たもので……」
理由はなんでもよかった。
だが、お嬢様と言うのはこういうものだろう。
もちろん、あたしは虫なんて気にもしないし、なんなら食うけどな。
いや、"最近は"食っていないけど。
「その虫はどこに?私が倒しましょう!」
そうそう、"あの虫"ならその辺にいるのだろう。
だけど、"その虫"なんてのは存在しないのだ。
「いえ、それが……逃げられてしまったようで……」
いいからもうどこかに行ってほしい。
そう思ったのだが、ちらりとレミトルの顔を見ると、"ぼーっ"とした顔をしている。
ああ、こいつ見惚れてやがる。
「あの……?」
そう声をかけてやると、我に返ったようだ。
「は、はい!申し訳ありません!」
レミトルは、何故か姿勢を"ビシっ"と立てて、敬礼をした。
「いいえ。こちらこそ、お呼びしたのにすいません。もう大丈夫です」
しかし、そういうのはどうでもいいから出て行って欲しいのだ。
態度でわかってほしい。
「はっ!そ、そうですね。いつでも、何かありましたらお呼びください!」
やっと通じたようだ。
そう言うと、レミトルは部屋から出て行った。
一応ぶち破った扉も閉まったらしい。
「おい!虫一匹通すなよ!」
そんな声が外から聞こえてくる。
もう通ってるじゃねえか。大きな虫がよ。
そして、その虫はどこにいったのだろう?
部屋を見渡してもどこにもいない。
随分とうまく隠れたものだ。