ウルスメデスその1
あたしの"今の仕事"は簡単だ。
歌う事である。
こんなに簡単な事で、お姫様の様な生活を出来るのだから笑ってしまう。
辛い事と言えば、朝早くから起きないといけない事だ。
"夜に商売をしていた"から、朝早く起きる習慣なんてなかった。
むしろ、朝まで起きている方が楽なくらいだ。
でも、それをすると後半が辛いからやめた。
まあ、規則正しい生活も慣れてしまえば楽なものだ。
だから、それくらいは我慢しよう。
あたしは"今"は、みんなの歌姫なのだから。
朝早くに起きて、豪勢な朝食をとり終わったころに、あたしの部屋に、たくさんの女共が入って来て、あたしを着飾る。
それを、あたしは黙って受け入れるのだ。
そうして、歌姫ウルスメデスが完成する。
上手いものだ。
"偽物"なのに。
と言っても、みんな本物だと思っているし、それに――
あながち偽物というわけでもないのだ。
あたしを偽物だと知っているのは、この国には二人しかいない。
あたしを拾った、国王と軍師だけだ。
この生活は悪い生活じゃあない。
頼めばなんでも用意してくれるし、どんな豪勢な食事も食える。
ただ窮屈だ。
どこに行くにしても衛兵が付いてくるし、窓もない部屋に閉じ込められる。
そりゃあ魔族との最前線なのだから、仕方がないだろう。
あたしだって死にたくはないしな。
だけど、毎日同じ事ばかりしていたら、気が滅入るというものだ。
あたしからの見返りは、ちょっと歌で、男どもを誘惑するだけだ。
そういう意味では、"今までとやる事は変わらない"かもしれない。
そう考えると、ついつい笑えてしまう。
「キヒヒ」
その笑い声に、側にいた侍女達が驚いて、あたしの方を振り向いた。
あたしは、「ふふ……」と笑って、適当に誤魔化す。
おっといけない。
つい、素の下品な笑いが出てしまった。
今のあたしは、歌姫ウルスメデスなのだから。
お上品にしないとな。
外面だけだが。
♦
そして、あたしは今日も舞台へと立つ。
なんだか、今日は人が多い気がする。
まあ、別にいいか。
やる事は変わらないのだから。
「~~~」
歌うのに、好きとか嫌いとかはない。
ただ、あたしにこんな"才能"があるとは知らなかった。
どうせなら、もっと早くに気づかせてくれれば、もっとましな人生があったかもしれないのに。
そんなことを考えながら、あたしは歌う。
自分ではわからないが、あたしの歌は特別らしい。
あたしの歌に涙を流す兵達までいるくらいだ。
その感覚はわからないが、それだけあたしの歌が凄いという事で、悪い気はしない。
特別と言われても、あたしからしてみれば"こんなものは簡単"なのだけど。
歌い終わった後は、兵士たちを送ってやる。
もちろん戦場と言う名の、死地にだ。
「みなさん。頑張って来てください」
あたしのためにな。
心の中でのみ、そう付け足して置く。
笑えることに、これだけで本当に死ぬ気で戦うと言うのだ。
本当に男と言うのは単純だ。
と言っても、大変好都合である。
これだけで、戦争に勝てると言うのなら、"気持ちの悪い笑顔"も作ってやるさ。
そうして、兵達を見送ると、また新しい兵達がやってくる。
そう、また歌わなければいけないのだ。
別に好きでもない歌を、何回も歌わされるのだ。
流石に嫌気もさす。
だけど、この贅沢な生活の為に、いくらでも歌ってやるのさ。