ベナミス・デミライト・キングその2
招集もかかって、いよいよ出陣かというところなのだが、何故か俺達はどこともわからない広場に集められた。
周りには、他の部隊も集まっている。
「すまないレミトル軍団長。これは何の集まりなのだ?」
一度集まってから出陣するのかもしれないが、それをわざわざ国内の広場でやる必要を感じない。
外があるのだから、外で集まればいいだろう。
「見ていればわかるさ。一番は特別だぞ」
だが、レミトルからの返事は要領を得ないものだった。
こう言うとき俺は、
「あ、ああ、そうか」
事なきを得るような返事をしてしまうのだ。
俺は"こういう"人間なのだ。
少し待っていると、俺達が見ている高台に、女性が上がって来た。
美しい。
最初に出て来た感想はそれしかない。
さらさらとした髪に、すべすべしてそうな肌。それに、きらきらとした瞳だ。
そして、俺はあの女性を知っている。
それは知り合いと言うわけではない。
国で見たことがあるのだ。歌の見世物で。
たしか、歌姫ウルスメデス。
そう呼ばれていたはずだ。
「~~~」
彼女の歌が始まる。
これだ、これを聞いたことがあるのだ。
初めて聞いた時も感動した。
そして、今聞いても。やはり感動するのだ。
周囲を見渡すと、兵士達は黙って歌に耳を傾けている。涙を流しているものまでいる。
なるほど。こうやって士気を高めているのだろう。
歌が終わると、歓声が上がる。
「あれは……歌姫ウルスメデスじゃないか」
俺は、レミトルに聞く。
「へぇ……お知りなのですね」
なんだなんだ。さっきまでは、もっと粗野な言動だったはずだぞ。
なんだかレミトルの顔は"すっきり"としている。
心が洗われたでも言うのだろうか。
「ああ、昔見た事がある。こんな時代になっても、また見れるなんてな……」
どれだけの人間が死んだかわからない。
魔王領の侵攻具合から見ると、人類の半分以上が死んでいてもおかしくない。
そんな中で生き残っているだけでも良い事だろう。
「彼女の所属していたサーカス団の引いていた馬車は、残念ながら残骸が見つかっています……ですが、奇跡なのですよ!"彼女だけが"生きて保護されたのです!」
レミトルが興奮しながら話す。だが、相変わらず喋り方は妙に丁寧だ。少し気持ち悪い。
だがそれは、まさに奇跡としか言いようがない。
「なんか変な話だな?」
ダオカンが話に割り込んできた。
そう言えば、ラエインはどうしているだろうと見ると、感動して泣いていた。
多感の年頃だものな。俺からウルスメデスに信奉対象を変えていいぞ。
「なにがですか?」
レミトルの声には少し怒気が含まれている。
ダオカンの言いたいことが、わかるからだろう。
俺にもわかる。
「だって、あの女だけ生き残ってたんだろ?おかしいだろ?偽物じゃないのか?」
誰だってそこは引っかかるだろう。
俺だって引っかかった。
だがあれは――
「いや、ダオカン。あれは本物だ。俺は以前に彼女の歌を聴いたことあるんだ。聴き間違いようがない」
疑いようがない。本物だ。
見た目だけだったら疑ったかもしれない。
だが、"歌だけはごまかせない"だろう。
「そういうことだな」
何故だか、レミトルは得意気だ。
「へえ、まあ確かに。歌は素晴らしかったよ」
ダオカンがとってつけたように褒める。こいつはあんまり芸術とかわからなそうだからな。
ラエインは相変わらず泣きながら、同意の意味か頷いているが。
「それより。俺達はどこにいけばいいんだ?」
ダオカンが続けて言った。
もう少し余韻のようなものを感じてやれ。
レミトルは少し"ムッ"としているぞ。
「いいや、今日は城壁で待機していてくれ」
そして俺はその言葉に"ホッ"とする。
これはつまり、まだ戦わなくていいという事だ。
なんだか、レミトルから白い目で見られてるような気がするが、気のせいだろう。
「今、案内するよ」
なんだかこいつは、軍団長と言う割に暇なのだな。
♦
俺達を城壁の上まで案内すると、レミトルはすぐに戦場へと向かったようだ。
暇だと思って、悪かったと思う。
「凄い景色ですね」
ラエインが感嘆の声を上げる。
確かに壮大な光景だ。
俺達の目の前には、味方の軍と敵の軍が広がっている。
両軍とも、しっかりと統率されていて、既に戦闘は始まっている。
「ラエイン。今日ここの守護をしろと言われた意味が分かるか?」
恐らくラエインは何も考えていないだろうな。
ダオカンはニヤニヤしているのでわかっているだろうが。
「え?ここまで来た敵を倒せって事じゃないんですか?」
ここまで敵が来たら、それはもう手遅れだよラエイン。
「ここから戦場をよく見て置けって事だよ。この先出撃する時のためにな」
「なるほど!流石ベナミスさんですね!」
ラエインは目を輝かせる。
俺でなくても、みんなわかっているよ。
「だけどよベナミス」
ダオカンが変な所で言葉を切る。
だが、言いたいことはわかる。
「ああ、やけにこちら側が押しているな」
正直に言うと劣勢だと思っていた。
というか、俺達がいた奴隷場で見た地図では、魔族が優勢のように書かれていたはずだ。
一時的なものかと思ったが、夜になるまで人間側が優勢のままだった。
まあ、これは都合がいい。
俺達が頑張らなくてもいいのだから。