レミトル・サメクその2
軍団長と言っても、戦場ではただ大声で味方を鼓舞するだけである。
戦場での指示は、ウィグランド王が出すのだ。
私はそれを前線に持って行くだけだ。
と言っても、安全な役割とういうわけではない。
だからこそ、前任者は死んでいったのだ。
戦場に安全な場所などない。
どうしても、最前線に立って戦わなければいけない時などもある。
自慢ではないが、おかげさまで私は随分と強くなってしまったものだ。
それでも、ウィグランド王には敵わないが。
ウィグランド王は全てが優れたお方である。
知略だけでなく、武勇も、それに政治も。
ひとたび戦線に立てば、モンスターをバサバサと倒してくださる。
しかし、敵の大将であるエインダルトも強い。
そもそもとして、魔族自体が強いのだが、その中でも特別に強いのだろう。
それはそうだ。これだけの軍団を引きいているのだから。
今までで、ウィグランド王はエインダルトと直接10回戦って、"10回負けている"。
そう、負けているのだ。
根本的に人間は、魔族には勝てないのだ。
だから、じわじわと人間側が押されて行き、負けそうになったのも仕方がないことだ。
このまま負ける。
そう絶望的な空気が兵達に広がり、士気が下がり切ってしまった時に、奇跡的にも歌姫ウルスメデス様がいらしたのだ。
ウルスメデス様の美しく、幻想的な歌に、兵士は全員涙し、まるで再び生まれ直したような気分を得た。
そこからは、こちら側の快進撃が続いた。
士気が上がっただけでこうも変わるのかと言われると、変わるのだ。
それは今も続いている。
だから今日も、こちら側が押したまま、夜が来た。
そして、兵達は引き上げていく。
戦場に昼だ、夜だ、と言うのは関係ない。
ただ、敵が引き上げていったから、こちらも同じように兵を引き上げているだけだ。
相手の大将であるエインダルトが、何を考えているのかわからないが、夜に休ませてもらえるのはとても助かる。
きっと向こうもモンスターを休ませたいのだろう。
♦
城に帰ると、私は"いつもの場所"へと向かう。
それは、歌姫ウルスメデス様の部屋だ。
いや、正確には"部屋の前"である。
彼女は、国の要である。
警備は厳重でなければならない。
だから、軍団長である私が見回りをするのは自然だろう。
決して、私欲ではない。
とはいえ、部屋の中までは入らない。
そんなことは恐れ多くて誰も出来ないのだ。
だから、部屋の前までである。
と言っても、王より厳重な警備だ。
何かが起こったことはない。
ないのだ。
だが、その日は違かった。
「きゃああああ!誰か!誰か来て!」
歌姫の悲鳴が響き渡ったのだ。
"偶然"にも、部屋の近くにいた私は、扉を悠長に叩いて声をかけている見張りを押しのけた。
扉は金属製だ。
だが、今の私には関係ない。
扉に体当たりをする。金属製の扉だ。手強い。
もう一度体当たりをする。確信した。次でいけると。
そして、次の体当たりで、扉を破ったのだ。
だが、中は変わった様子はなかった。
「ごめんなさい。レミトル軍団長」
歌姫様が頭を下げる。
なんと!私の名前を憶えてくださっていたのか。
「どうなさいましたか?」
自分の声だが、自分の声ではないような声が出た。
なにをかっこつけているのだろう。
「すいません……虫が出たもので……」
なるほど。それは大変である。
「その虫はどこに?私が倒しましょう!」
「いえ、それが……逃げられてしまったようで……」
歌姫様は、涙目である。
なんと、儚い声、それに顔だろう。
いつまでも見ていられる。
「あの……?」
いけない。見過ぎてしまった。
「は、はい!申し訳ありません!」
「いいえ。こちらこそ、お呼びしたのにすいません。もう大丈夫です」
なんと丁寧なことだ。
見た目だけでなく、"心の底から清らか"なのだろう。
「はっ!そ、そうですね。いつでも、何かありましたらお呼びください!」
私はそう言うと、部屋から出て行く。
扉は幸運なことに、鍵が壊れて、少し歪んだだけで、一応は閉めることが出来た。
「おい!虫一匹通すなよ!」
私は門番達にそう言う。
比喩ではなく、本当に虫一匹通さない程厳しい警護をして欲しい。
「はい!」
警備の者達も同じ思いなはずだ。
そして私はこれだけで、自分の部屋に帰るわけではない。
ウルスメデス様の部屋の前をウロウロしたり、少し歩いて外を眺めたりする。
また、何かあっては大変だ。
彼女は、我が軍の希望なのだから。




