レミトル・サメクその1
戦争が長引けば人は死ぬ。
私の上司がそれだ。
私は生まれだけは良くて、戦場に初めて出た頃からアシム部隊長の側近として、兵隊として出撃していたのだ。
だが、アシム部隊長は死んだ。もちろん自然死ではない。戦争で名誉ある死を遂げたのだ。
そして、私が部隊長となったのだ。
次に仕えたのは、ハスラ軍団長だ。
ハスラ軍団長は、強く優しい男だった。
だが、やはり死んだ。
戦争とはこういうものである。
そして、何の因果か私が軍団長となってしまったのだ。
私など、軍団長の器ではないというのに。
だから、すぐに私自身も死ぬ。
そう思っていたのだが、何の因果か、私は未だに生きながらえてしまっている。
死にたいというわけではないが、別に死んでもいいと思っていたのだ。
だが、今はそうは思わない。
死にたくない"理由"が出来てしまったから。
「さて、その理由を見に行くとしよう」
そう一人で呟くと、私は自室から出たのだった。
♦
時は戦の前、まだ早朝である。
だが、もう既に、城の前の大広間に、一部の部隊は招集され並んでいる。
兵達は全員、同じ方向を見ている。
そして俺も当然、兵士達の視線の先を見ている。
それは、何もない高台だ。
"元"は、王が演説する時などに使っていた。
「すまないレミトル軍団長。これは何の集まりなのだ?」
俺に話しかけてきたのは、最近この国に流れて来た人間達の長だ。
名前はベナミスとか言っただろうか。
難民が入ってくるのは珍しい事ではない。
だが彼らは特別だ。
魔王領から逃げてきたのである。
そんな人間は初めてだ。
ウィグランド王は大変お喜びになられて、"召し抱えた"。
「見ていればわかるさ。一番は特別だぞ」
「あ、ああ、そうか」
ベナミスは、いまいち要領を得なかったようだが、大人しく引き下がった。
どうにも覇気を感じない男だ。
本当に実力者なのだろうか?
少し待っていると、俺達が見ている高台に、"女性"が上がって来た。
その女性は、この粗野な国に相応しくない程美しい。
まず髪が美しい。その黒髪は、遠くからでもわかるほど艶やかで輝いている。
そして顔も美しい。その顔は、どんな美人も逃げ出すほど整っている。
更に"心も美しい"。誰にでも優しく、おしとやかなその性格は、まさに高値の花だ。
そして最後に声が美しい。
何故なら彼女は歌姫なのだから。
それが、その女性。歌姫ウルスメデスという人間なのだ。
そんな彼女が高台――いや、彼女が立ったら、そこはもう壇上だろう。壇上に立ったのなら、始まるのは当然――歌だ。
「~~~」
彼女は誰よりも美しい、その歌声で我々を癒すのだ。
これが私の――いや、我々の戦う理由である。
歌が終わると、我々は戦いに行く。
一度に全員に歌声を届ける事は出来ないから、順番に歌を聞いて、それぞれ配置に着くのだ。
彼女が、この国に来るまでは、人間側は劣勢だった。
だが、彼女が来てからは、むしろ人間側が優勢になっている。
兵士達全員が彼女を信奉し、彼女の為に戦っているのだ。
「あれは……歌姫ウルスメデスじゃないか」
私の隣にいたベナミスが言った。
「へぇ……お知りなのですね」
それはもちろん、我々の国の歌姫である事を知っているわけではないだろう。
「ああ、昔見た事がある。こんな時代になっても、また見れるなんてな……」
ベナミスは感動しているようだ。
それはそうだろう。彼女は元々有名人なのだ。
かつてはサーカス団の一員の歌姫として、世界各地を回っていたのだ。
「彼女の所属していたサーカス団の引いていた馬車は、残念ながら残骸が見つかっています……ですが、奇跡なのですよ!"彼女だけが"生きて保護されたのです!」
まさに奇跡としか言いようがないだろう。
「なんか変な話だな?」
ベナミスの隣にいる男が話に割って入って来た。
彼の名前は思い出せない。ダ……から始まった気がするが。
「なにがですか?」
私は静かにそう言った。
恐らく言わんとすることはわかる。
気持ちを落ち着かせないといけない。
「だって、あの女だけ生き残ってたんだろ?おかしいだろ?偽物じゃないのか?」
そう言われることもある。
そう言われるだけの"根拠"は、他にもある。
だが、わからないのだろうか?あの素晴らしい歌声こそが、偽物ではない証拠なのだ。
私は反論しようとした。しかし、それは割り込まれた。
「いや、ダオカン。あれは本物だ。俺は以前に彼女の歌を聴いたことあるんだ。聴き間違いようがない」
そうそう、ダオカンと言う名前だった。
そして、このベナミスと言う男はよくわかっているではないか、その通りである。覇気がないなどと言ったが、学や品はあるようだ。
「そういうことだな」
「へえ、まあ確かに。歌は素晴らしかったよ」
なんだ、この男にもわかっているではないか。
「それより。俺達はどこにいけばいいんだ?」
それよりとはなんだろう。
と言いたいところだが、それは気になるところだろう。
彼らは、"傭兵"として、もう軍団に組み込まれている。つまりこれから戦いに行くのだ。本来であれば。
「いいや、今日は城壁で待機していてくれ」
私が彼らの近くにいたのは理由がある。
まずは、これを伝えに来たこと、そして、勝手がわからないであろう彼らの様子を見に来たことだ。
私がこれを伝えると、なんだかベナミスという男は、ホッとしているように見える。
やはり、あまり覇気を感じないのだが、戦ともなると鬼神の如き戦いを見せてくれるのだろうか?
「今、案内するよ」
その後、私は彼らを持ち場へ案内すると、自分の持ち場へと向かった。