ペスンその2
僕の頭の中に、衝撃が走る。
それは、魔法ではない何かだ。
でも、それが何かはわかる。
「兄ちゃん……」
兄ちゃんが死んだのだ。
魔族に悲しいという気持ちはない。
大戦の時に仲間が死のうが、今やっている戦争で仲間が死のうが、悲しいなどと思ったことはないのだ。
だけど、なんでだろう。
涙が流れてくるのは。
理由はわかる。
今いる"古い魔族"は皆知ってるんだ。
魔族は長く生き過ぎたのだ。
悲しんでいる暇はない。
兄ちゃんと事前に話し合っている。
片方が死んだら、片方は逃げると。
だから僕は走り出したのだ。
♦
森を駆ける。
最初から道は決めてあった。
僕は頭が悪いから、少し迷っているかもしれないけど……。
兄ちゃんがいれば、迷うこともないんだけどな。
だけどもう、兄ちゃんはいないのだ。
僕がしっかりしないといけない。
そんな僕の後ろから、誰かが着いてきている。
"最初からずっと"だ。
バレバレというよりは、そもそも隠していないのだろう。
最初に気づいた時には、僕が本気で動けば、着いてこれないと思った。だって人間と言うのはそういうものだから。
だけど、ずっと着いてきている。
不気味なほどに、"ずっと"だ。
♦
かなり走った。
魔法の国など見えない程に。
そしてその頃に、ついに僕を追いかけて来たそいつは姿を現した。
もしかしたら、モンスターか何かかと思ったけど、意外な事に人間だった。
ただし、"変な仮面"をつけている。
「なんの用?」
聞くまでもないだろう。
そいつは剣を無造作に持っている。
なんでわざわざ、こんなに遠くまで待ったのかはわからないけど、襲うために僕に立ちはだかったのだ。
だから、僕も剣を抜く。
「君に恨みはないんだけどね」
嘘だ。魔族を恨んでいない人間なんて、"この世界"にはいない。
「なんで、こんなところまで待ったのさ」
お喋りをする意味も、気もない。
だけど、どう襲っていいのかもわからない。
「ああ、少しね……」
それだけ言うと、そいつは黙ってしまった。
少し、なんだというのだろう。
「部下を殺していたのはお前だな?」
こいつが誰かはわからないけど、間違いなくそうだろう。
ただ、だからと言って恨みがあるわけではない。
警戒しなければいけないという話だ。
「それはそうだね。でも、君のお兄さんに関しては僕ではないけどね」
そんなことはわかる。
だけど、間違いなくこいつだって関与しているのだ。
そう思うと、むかついてきた。
だから、僕はお喋りはやめて、こいつに斬りかかったんだ。
僕は戦闘用で、兄ちゃんは分析用。
だから、直接戦ったら僕は兄ちゃんより"強い"のだ。それも"かなり"。
だけど、そんな僕の攻撃を、相手は軽々と防いでしまう。
やっぱり強い。
兄ちゃんの予想した通りだ。
そこで気が付いた。
戦ったら勝てるだろう。だけど、苦戦はする。
なら真っ向から戦う必要なんてないのだ。
ここで、さっきの相手の言葉が繋がって来る。
"少し"というやつだ。
あれは、僕がこいつを無視しても、どこまでも追いかけられるぞという事だろう。
見抜くまでに時間がかかってしまった。
兄ちゃんなら一瞬で見抜くのだ。
でも、兄ちゃんがいれば褒めてくれるのに。
「お前の考えはお見通しだぞ!」
早速言ってやる。
「そうなのかい?それは困ったね」
相手は、そう言ってはいるものの、全く困っているようには見えない。
変な仮面で、顔は見えないんだけどさ。
そんな事よりも、もう一発だ。
僕が飛び上がって振るう剣を、相手は受け止める。
大抵の人間は反応できないか、受けきれずに死ぬのだけど、こいつは違う。
それなら何回でも打ち込むまでだ。
1回、2回――と続けて打ち込むと、相手の体勢が崩れる。
「よし、勝った!」
そして、体勢を崩した相手にもう一撃――。
その一撃で、相手の"右腕を肩から切り落とした"。
これで、僕の勝ちだ。
そのはずだった。
衝撃が、僕の体を走る。
目に映るのは、僕の下半身だ。
相手は、自分の右腕と交換に、僕の体を真っ二つにしたのだ。
しまった。
誘いこまれていたのだ。
兄ちゃんがいれば、すぐに見抜いて助けてくれたのに……。
でも、相打ちである。
これは相手も助からないだろう。
実際に、崩れ落ちてるじゃないか。
そう思ったのだけど、相手は右腕を持って立ち上がった。
崩れ落ちたのではなくて、右腕を"拾った"のだ。
そして、その右腕を"くっつけた"。
くっつくはずがない。痛みで頭がおかしくなったのだろう。
そう思っていたのだけど、そいつは右腕に剣を持ち直した。
その右腕は、しっかりと動いて、剣を掴んでいる。
「なんで……」
そいつは、もう動けない僕に近づいてくる。
「悪いね」
そして、右腕で剣を振り上げて、僕の頭に向かって――振りおろしたのだ。
「ごめん、兄ちゃ――」




