ゼラ・ロマーネルその6
老人というのは朝早くに起きてしまうものである。
昨日は色々あって疲れているというのに、今日は疲れが取れないまま起きてしまった。
これだから"老人では駄目"なのだ。
「さて、お城に行きますかね」
そして、お城で"用事"を済ませたら、時間を適当に潰そう。
そうすることで、アミュスちゃんが待ち合わせの場所に来るはずだから。
緊張はない。
もう何度かやってきたことだから。
♦
時間は昼過ぎになる。
そろそろ待ち合わせの時間だから、私は国の外に出ていた。
待ち合わせ相手は、当然アミュスちゃんではなく、魔族だ。
まずは、こちらからである。
時間通りに、待ち合わせ場所に着くと、ベズンが既に待っていた。
やる事がないのだろう。
そうでなければ困る。
この強固な結界の前では、魔族は無力でないと困るのだ。
「お待ちになりましたか?」
答えは聞かなくてもわかるが、敢えて聞いた。
「ああ、待ったよ」
「時間通りですが?」
その答えに、ベズンは嫌そうな顔をする。
「……もう少し早く来い」
人間の常識の中に、時間前行動というのもあるかもしれないが、魔族の中にはそんなものはないだろうに。
「それでは行くぞ」
私の返事を待たずに、ベズンは歩き出す。
「お待ちください」
そんなベズンを、私は呼び止めた。
"一応"確認しなければいけない。
「今日は、お二人でどうですか?」
ベズンは眉をひそめる。
はっきりと、二人いると明言したわけではないからだろう。
「いいや。俺だけで行く」
ベズンはそれだけ言うと、さっさと歩きだしてしまった。
やはり、私にバレているのは、予想の範囲内だったのだろう。
♦
私はたわいもない話をしながら歩く。
警戒させないためだ。
「アジェーレの戦況はどうですか?」
魔族領と人間領の最前線の話だ。
「それはお前らも知っているだろう?」
もちろん知っている。
人間側が盛り返してきていて、魔族側が"新兵器"を投入することも。
「いえいえ、魔族側から見るのと、人間側から見るのは違いますから」
だが、一応聞いておく。
「俺達は関わっていないから知らん」
本心か嘘かはわからないが、答える気はないようだ。
「そうですか。では、いつもどこで過ごしているのですか?雨の日は――」
♦
そんな風にしていると、すぐに目的地に着いた。
"装置"のある部屋だ。
アミュスちゃんの姿は見えない。
部屋の前で途方に暮れている可能性も考慮していたのだけど、そういうことはなかった。
部屋には、私が先に入る。
先でも後でも、ベズンの目には待ち構えているアミュスちゃんが目に映る……はずなのだが。
いない。
もしかして、来ていないのだろうか?
私がそう思いながら、キョロキョロと辺りを見渡すと――いた。
だだっ広い部屋の隅っこにである。
一体何をしているのだろう……。
ベズンの方は私よりも先に、部屋にいる謎の少女を見つけたようで、どうすればいいのか戸惑っているようだ。
私がアミュスちゃんに近づくと、アミュスちゃんは顔を上げた。
「アミュス学園長。どうしたのですか?そんな隅っこで。いないかと思いましたよ」
本当にどうしたのだろう。
つい、ベズンを置いてきてしまった。
「だって……」
もういい歳なのだし、そんな子供みたいに口をすぼめられても困る。
「もう!言い訳しないでください」
もう学園長なのだから、ちゃんとしてもらわないといけない。
「おい!」
後ろからベズンの声がかかる。
それは怒るだろうし、困惑もするだろう。
だけど、それは別にいい。
「なんの茶番だ?」
茶番に見えるだろうし、実際に茶番なのだろう。
だけど、これから起こることは茶番ではないのだ。
「ほほほ、そう怒らないでくださいまし」
そう言うが、むしろ怒ってもらった方がいい。
その方が"やりやすい"。
「そもそも、そいつは誰なんだ?」
最もな質問だろう。
アミュスちゃんを見たのは、もうひとりの方である。
ベズンは初めて見るだろう。
そして、その質問に、答える必要はないが、答えても問題はない。
だけど、私よりも早く、アミュスちゃんが声を出した。
「あの……えっと……アミュス・パメルです。よろしくお願いします」
気の抜けるような、普通の自己紹介である。
「ふざけてるのか?貴様らは!」
アミュスちゃんは驚いて、私の後ろに隠れた。
だけど、これに関しては私も同意見だ。
しかし、アミュスちゃんが緊張していないようで、安心した。
「いいえ、ふざけてなどいませんよ」
本人は真面目なのだろう。
私も真面目だ。
なんだかアミュスちゃんの頭が"いい位置"にある。
とりあえず撫でよう。
「先ほど言ったでしょう。この子はアミュス学園長です。この学園の新しい学園長ですよ」
そして私は、アミュスちゃんの頭を撫でながら続ける。
お婆ちゃんは、いきなり"事"をやめることは出来ないのだ。
「そして、あなた達――魔族を滅ぼす者ですよ」
「ええ!?」
なんでアミュスちゃんが驚くのだろう。
そう思った矢先に、ベズンが突っ込んできて、私を攻撃してきた。
当然私は、それを"結界魔法"で防ぐ。
「ほほほ、随分と判断が早いですね」
「最初から殺す機会を窺っていた!」
この無駄口を叩いたその時に、既にアミュスちゃんの魔法は完成していた。