ベルテッダ・シュクラその6
あれから3日が経った。
ピエロは毎日のように来る。
そして、俺と大道芸で金を稼ぐのだ。
金を稼げてる以上、俺から言う事もない。
といっても盗賊から足を洗う気はないがな。この国にいる間だけだ。
ピエロが来る時間や、帰って行く時間は、何故かバラバラだが、こないだのように一緒に行こうとは誘われたりはしない。
別に危険な事に関わりたいわけではないからいいんだけどな。
気にはなるだろう。
だからというわけではないが、急にピエロが窓から入って来て、
「着いてきてもらっていいかな?」
なんて言ってきた時は、少し嬉しかったのさ。
道すがら、ピエロは話しかけてくる。
「頼みごとがあるんだけど」
「ん?なんだ?」
多少の事なら聞いてやってもいい、金を稼いでいる恩もあるしな。
「あの学園長のおばあさんに伝言があるんだ」
「自分で伝えろよ」
我ながら、あまりにも最もな意見だと思う。
ただ、人にはそれぞれ言えないような理由がある。
例えば、大道芸で金を稼いでいる俺が、実は盗賊だという事とかな。
つまりこれは、ただ聞いてみただけだ。
「そうなんだけどね。どうにもね」
ピエロは少し肩をすくめる。
どうにもなんだというんだ。
「君は、体が覚えているというものを信じるかい?」
「急になんだよ、そりゃあ」
「例えば体が勝手に動いたとかさ、君もたまにあるだろう。気が付いたら盗んでいたとかさ」
そんなことはない。
「まあ、それとは違うんだけどね」
いや、じゃあ何なんだよ。
「僕は前にも話したけど、記憶喪失でさ」
そんなのは初耳だ。
それに、嘘だろう。
「どうもね、知り合いぽい人は見分けられる気がするんだよ」
やはり、だからそれがどうしたという話だ。
「いい事じゃねえか。そいつに聞けば、自分が誰かわかるってことだろ」
嘘だろうけど、乗っかってやることにする。
「そう言われるとそうだね。でも、僕は会えないんだよ」
「なんでだ?」
「きっと相手を傷つけてしまうから」
そう……だろうか?
確かに、記憶喪失なら相手は傷つくかもしれない。
それっぽいと言えば、それっぽい。
「それじゃあ解決に繋がらないじゃねえか」
「そうかな?僕はちゃんと"解決"に向かっているつもりなんだけどね。誤解されがちだけどさ」
いったい、なんの話をしているのだか。
少なくとも誤解されるのは、その態度が悪いのだろう。
「まあ、いいぞ」
「引き受けてくれるのかい?」
「そう言ってるだろうが」
別にたいしたことじゃあないしな。
と、思ったが、たいしたことかもしれない。
あの、食わせ者ぽい上に、この国の権力者であり、この国を裏切っているかもしれないババアと、直接話さないといけないのだから。
「それじゃあお願いするよ。"片方は僕に任せて欲しい"これだけさ」
それだけなら簡単に覚えられる。
しかし、
「どういう意味だ?」
全然想像もつかない。
「そうだね……二つ同時は難しいんじゃないかなってことだね」
全く答えになっていない。
だが、こういう時こいつは、これ以上の事は言わないだろう。
短い付き合いだが、それくらいはわかるようになってきた。
というか、何も言わずに着いてきたのだが、これはババアの方へと向かってるんだよな?
なんだか坂を登っているようだが、この国には詳しくないので、どこに向かっているのかまではわからない。
少なくとも、学園へ向かっているわけではないのは確かだろう。
「どこに向かってるんだ?」
「こっちに見晴らしのいい公園があってさ」
そこで、大道芸でもしようってわけでもないだろう。
「そこに、学園長様がいるのか?」
「さあ、どうだろうね。こっちに向かっていると思ったんだ」
それは確かに、俺を呼びに行っている間は、学園長の足取りはつかめないだろうけど。
「おいおい、いなかったらどうするんだよ」
「その時は、君が学園長室に忍び込むしかないね」
なんという無茶な頼みに、空いた口がふさがらない。
「ていうか、それなら手紙でいいじゃないか」
「手紙じゃあ、イタズラだと思われるだろう」
それはそうだ。
ただでさえ意味が分からん話だしな。
「ほら、見えて来たよ」
上を見上げると、確かに公園がある。
なんの変哲もない公園だ。
ただ、もう陽が沈み始めているので、子供達なんかは帰りだしているようで、俺達とは逆方向へと向かって行く。
そしてすれ違う時に、ピエロの仮面を見て、驚く子も多かった。
「一応聞くけど、来たことあるのか?」
少し歩いて、もう公園の中だ。
公園内に、学園長様の姿はない。
「いいや、初めて来たよ」
「だよな……それで、これからどうするんだ」
待つ以外の選択肢はないのだろう。
「ほら、見てごらんよ」
ピエロが見晴らしのいい、高台で呼んでいる。
もしかして、学園長をみつけたのだろうか?
「綺麗な景色だよ」
違うのかよと、思わずため息が出てしまう。
確かに、空は沈みかけた陽に、夕焼けが綺麗だし、雲も綺麗に流れている。それに地上は森の木が黒く、街並みは逆にハッキリと見える。
そんな美しい景色なのかもしれない。
だが、ならず者の俺には、そんなものを愛でるような感性はないのだ。
「それよりよ――」
「あっ!」
ピエロが驚いたような声を出した。
「来たね」
仮面が指し示す先を見ると、学園長と天才教師がこちらに向かって歩いてきていた。
「お、おい!」
ピエロみたいな目立つ格好をしていては目立つ。
だから、すぐに隠れようぜ。
そう言おうとして、横を見たのだが、もうピエロはいなかった。
そういえば、姿を隠すのは得意だったのだろう。
俺はピエロと合流すると、学園長達の後を尾け、話を盗み聞きしだしたのだった。