ベルテッダ・シュクラその5
時刻はまだ昼で、ピエロに連れてこられた場所は学園であった。
相変わらず、学園の警備はザルである。
「そこに行くかと思えばここかよ」
理由はわかる。
あのアミュスとかいう天才教師が、俺達の渡した紙を見て、どうしているかが気になるのだろう。
「君も気になるからいいだろう?」
「まあ、それはそうだけどよ」
気にならないと言ったら、それは嘘になる。
と言っても俺は、何がどうなろうが直接的に協力まではする気はない。
最悪この国が滅ぼされたら別の国に逃げるだけだ。
「それはそうとよ……」
学園に来て早々、もう天才教師を見つけ、俺達は尾行していた。
しかし、これは明らかに"そう"だろう。
「うん。"そう"だね」
ピエロも気づいているようだ。
あの天才教師は同じところをグルグルと回っている――つまり迷っているのだ。
「天才教師じゃなかったのかよ……」
噂だけが大きくなった感じだろうか?
実際には、少し魔法が得意なだけの教師なのかもしれない。
「君の書いた地図が悪いんじゃないかな?」
このピエロは意外と口が悪いというか、痛い所を突いてくる。
確かにわかりづらい地図だっただろう。
だが仕方がないだろ。俺はそこまでこの学園の事は詳しくないんだから。
「しかし、もう時間を過ぎちまったぞ」
今頃ここの学園長は、もう魔族と一緒に学園内にいるんじゃないかと思う。
一応俺達は、立ち位置は気にしている。
「音が聞こえるね」
なんだ?
それはつまり、魔族が来てるって事か?
「俺には何も聞こえないぞ」
「あの子を挟んで向こう側だね」
本当かよ。
信じられない。
「でも、それってマズいんじゃねえのか?あの天才教師。鉢合わせするぞ」
「そうだね」
「そうだねってお前……」
下手したら、あの天才教師が魔族に惨殺されるかもしれないってのに呑気な事だ。
「隠れようか」
そう言うとピエロは、向かいからは見えない様に隠れてしまう。
俺はどうしようか迷ったが、俺に出来ることはないと思い、仕方なくピエロと同じように隠れた。
向こう側の様子は、鏡を使って伺うことにする。
それから少しすると、本当に学園長と魔族が姿を現した。
どんだけ耳がいいのだろう、このピエロは。
そして、マズい状況だ。
案の定、あの天才教師は、隠れそびれている。
一拍遅れて、急いで隠れたようだが、明らかに気づかれているだろう。
「おい、助けにいかないのか?」
俺は声を潜めながら、ピエロに問いかける。
「どうするべきだろうね」
ピエロの答えは消極的だ。
こいつが動かない以上、俺には何もできないのだ。
恨むなよ。
そう考えて、様子を伺っていたが――魔族も学園長も見て見ぬふりをして通り過ぎたのだ。
なんでだ。
バレていないという事は、あり得ないのに。
わからないが、今度は魔族達はこちら側に来ている。
俺達は急いで逃げ出したのだ。
♦
俺達は、とりあえず魔族達が出入りしているであろう場所に戻って来ていた。
「なあ、あれはどういうことだと思う?」
「例えばこういうのはどうだろう?彼女もグルなんだ」
いや、それはないだろう。
あの全体的な挙動不審な動きが演技なら、それはそうかもしれないが。
「なんてね。僕にも"わからない事ばかり"でね。困っているのさ」
その、ピエロの言う"わからない"と言うのが何かは全くわからないが、俺と同じではないのだろうな。
「ほら、帰って来たよ」
たしかに魔族は帰ってきていた。
しかし、その後ろでバレバレの尾行をしている天才教師も一緒だ。
あれでバレていないつもりなのだろうか?
魔族と学園長が部屋に入ってすぐに、学園長だけが部屋から出てくる。
やはり、あの部屋から、魔族を入れていると見て、間違いないだろう。
だが学園長は、それでも天才教師に声をかけずに、どこかへ消えて行ってしまった。
そして、天才教師の方も、一仕事したとでも言いたげな満足した顔で、帰って行った。
「なんだか難しいね」
これからどうなるかという話だろうか?
確かに、どうなるかわからない。
ただ、失敗したとは思っている。
あの天才教師を選んだのは偶然だ。
偶然窓が開いていたから、本当にそれだけの理由だ。
だけど、今は心配でならないのだ。
「俺の知ったことではねえけどな」
ここまで関わっといてなんだが、もうこの国から逃げ出してもいいくらいだ。
あとは当事者にどうにかしてもらえばいい。
「そう冷たい事を言わないでくれよ」
そう言われても、俺に出来る事なんてない。
当たり前だが、魔族と戦うことなんて出来ないし、魔法使いと戦う気もない。
「それじゃあな」
とりあえず今日はもう十分だろう。宿に帰ろうと思う。
チラリと、ピエロの方を見た。
「そうだね。僕は少しやる事があるから。それじゃあまた明日」
なんだ呼び止めないのか。