ペスンその1
「ええ?本気なの?」
兄ちゃんの話を聞いて、僕は声を上げる。
「もちろんだ」
その内容は、僕が兄ちゃんの代わりに魔法学園に入るという事だ。
「でも、僕には何もできないよ?」
考えるのは、ずっと兄ちゃんに任せて来た。
僕が出来るのは、戦う事だけだ。
「別になにもしなくて構わん。余計な事はしなくていい」
それなら、なんで僕に行ってこいなんて言うのだろう。
「それに、すぐにバレちゃわない?」
僕と兄ちゃんは、見た目は同じでも、性格は全然違う。
「"兄弟"なんだから、俺の真似くらい出来るだろ。わからない時は、「ああ」か「そうだな」って言えばいいんだ」
「でも――」
「いいから行ってこい」
兄ちゃんは、僕の意見をもう聞く気がなさそうだ。
「はーい」
それなら、僕はもう諦めるしかないだろう。
「はーいじゃなくて「ああ」だ」
もう始まっているようだ。
「はいはい」
僕はそう言うと、待ち合わせの場所に向かったのだった。
♦
僕が着いて、すぐにババアは来た。
「ほほほ、お待たせしましたか?」
こういう場合なんて返せばいいのだろうか?
少し考えてから、
「いや、うむ。大丈夫だ」
こう返したのだけど、「うむ」ではなくて「ああ」だった。
♦
暗い一本道を通って、扉を通らされた。
そして、魔法の国へと入ったのだけど、辺りを見回しても、別に変な所はない。
普通の部屋だ。
こんな普通の部屋が、秘密の通路に繋がってるなんて凄い。
「こちらへ」
「ああ」
僕は導かれるままに、ババアの"後ろ"に付いて行く。
今の「ああ」は良く出来ていた気がする。
ババアは歩きながら、良く喋る。
「こないだ来た時は、ろくなおもてなしも出来ずに申し訳ありません。今日は私の部屋で紅茶でも飲んでいかれますか?お菓子などもございますよ?」
お菓子はいいものだ。
是非食べたい。
「ああ」
でも、余計な事はしなくていいと言われてたんだった。
断らないと。
「……いや、いい」
「そうですか、それでは"真っ直ぐ"向かいますよ」
「そうだな」
真っ直ぐと言う割に、グルグルとした廊下を歩かされる。
そんなことを考えていると、進行方向に女の子が見えた。
「むっ……」
どうすればいいのだろう。
人はいないはずだと言っていたのに。
その女の子は慌てた様子で、別の通路へ隠れた。
もしかして、バレていないつもりなのだろうか?
だけど、兄ちゃんに余計な事はするなと言われている。
無視してもいいか。
「少し、よろしいですか?」
ババアがよくわからないことを言った。
「どういうことだ?」
つい、素直な感想を言ってしまった。
「そうだな」と答えるべきだったかもしれない。
「いいえ、別に」
ババアにも女の子は見えていたはずなのに、ババアは女の子が隠れていった通路を見向きもせずに通り過ぎた。
俺も後ろから付いていき、同じようにする。
余計な事はしなくていいんだ。
「随分とせっかちですね。一昨日見た"装置"を、また見たいだなんて」
ババアは先ほどの事はなかったように会話を続ける。
何故こんなにお喋りなのだろう。
そして、僕は別に装置を見る理由なんてない。
「ああ、そうだな。少し気になることがあってな」
適当な理由をつけてしまった。
気になる事なんてない。
「ところで、あなたは何番なのですか?」
これは答えてもいい話だろうか?
「えっ?あー……そうだな」
番号なんて知られても"困る情報"ではない。
「教えられませんか?」
少し考えたけど、別にいいだろう。
「いいや。M0286番だ」
「なるほど。後期型なのですね」
後期型というのは、高性能という話だ。
確かに身体的には高性能だけど、そこに差はない。
後期型だろうが、そうでなかろうが、大戦を生き抜いた強い魔族しか残っていないのだ。
「人間からは、そう呼ばれているらしいな」
だから、魔族内では、"あまり"後期型であることを誇りに思っている奴はいない。
「ほほほ。でしたら相当お強いのでしょうね」
後期型だから強いのではなく、魔族だから強いのだ。
微妙な食い違いに、少しイラつく。
「人間など相手にならない程度にはな」
少し言い方がよくなかったかもしれない。
これも「ああ、そうだな」と言わなければいけなかったのだろう。
そうこうしているうちに、ババアが足を止めた。
目的地へと着いたようだ。
そして、中に入る。
「どうぞお好きなだけ、気になったことと言うのを、お調べになさって」
そう言われても、気になったことないんてないのだ。
僕は手持ち無沙汰に、部屋の中をウロウロとする。
ババアは、まるで僕がこの部屋にいることは、"問題ではない"とでも言いたげに、座り込んで何か考え事をしている。
そうされても僕は困るのだ。
「おい」
「どうなさいました?」
痺れを切らして話しかけてしまった。
「もういいぞ」
「そうですか」
話しかけてしまったものは仕方がない。
少し早いが、もう帰ってもいいだろう。
ババアが先導して、扉を開けたのだが、何故か少し固まっていた。
♦
「ここまででいい」
僕はそう言って、さっさと魔法の国から出ていく。
これ以上このババアに付きまとわれると、疲れてしまう。
早く兄ちゃんの元に戻ろう。




