ゼラ・ロマーネルその2
私は今、中央の庭の花壇で花の手入れをしている。
もちろん、私がやる仕事ではないし、庭師だっている。
だけど、こうして花を弄るのは、私の趣味なのだ。
しばらく、花の手入れをした後に、ふと、学園の方を見ると、アミュスちゃんが走り回っているのが見える。
何をそんなに急いでいるのかわからないが、いくつになってもせわしない子だ。
いや、昔はもっと大人しく、早く大人になりたくて背伸びしているような子だったけど。
だれの影響を受けたのだか、いつの間にかそういう子になっていた気がする。
ついつい花の手入れを忘れて、アミュスちゃんを見ていたのだけど、ついにアミュスちゃんはダンレズ副学園長に捕まって怒られているようだった。
昔からよく見ていた光景だ。
そして、アミュスちゃんは逃げ出すのだ。
♦
そのアミュスちゃんが逃げ出した先だが、なんと私の所だった。
「あら?アミュス先生。どうなさったのですか?」
そんなに大した用事でもないのではないかと思う。
そういえば、子供の頃は、よくこうやって魔法を教わりに来ていた。
「えっと……あの……」
何故か、アミュスちゃんは、言葉に詰まっている。
きっと、ここに来るまでに用事を忘れてしまったのだろう。
これも、よくあったことである。
何か話題を変えてあげようと思う。
そうなると、"あの話"になる。
周囲には人がいないので、あの話をするのには、凄くいい機会ではある。
いつ話そう。いつ話そうと考えていたのだ。
「……いい機会かもしれませんね」
今、話してしまってもいいだろう。
「ちょうど誰も居ませんし」
何故だか、アミュスちゃんが顔を曇らせた。
確かに、少し重々しい切り出し方だったかもしれないが、そこまで警戒することはないだろう。
「どうしたのですか?アミュス先生?」
「え、うええ?」
どこからそんな声が出ているのだろう。
声だけではない、顔も凄く変な顔をしている。
可愛らしいから、いいかもしれないが、大人の女性としては少し……もう少しどうにかして欲しい。
「はぁ……本当に大丈夫でしょうか?心配でなりません。ほら、そんな変な顔をしないで」
とても不安でしょうがない。
アミュスちゃんの顔を触って、元に戻す
「アミュス先生。良いですか?」
「はい!」
良くはなさそうだけど、続けてしまう。
いつ話しても、こうなりそうだから。
「まず、次の学園長が誰になるか知っていますか?」
アミュスちゃんがきょとんとする。
確かに、なんの脈絡もない質問だ。
「えっと……ダンレズ副学園長ですよね?」
みんなそう思っているのだろう。
だけど、
「違います」
違うのだ。
「ええ?それじゃあ誰なんですか?」
その質問はもっともだろう。
まだ、一部の人にしか話していないのだから。
「あなたです」
アミュスちゃんは、やはりきょとんとする。
まさに今、頭の上に"はてな"が浮かんでいるのだろう。
「アミュスさん?」
「はい!」
返事だけは立派だ。
「大丈夫ですか?わかっていますか?」
「はい!わかっています!」
これは駄目だろう。
「わかっていないようですね……」
はっきりと言わないと、伝わらないのだろう。
「次の学園長は、アミュス・パメルさんですよ」
やっと言えた。
実は、かなり前から、話そうとは思っていたのだ。
だけど、中々いう機会がなかった。
「もしかして、次の学園長は私と言っていますか?」
「最初からそう言ってます」
アミュスちゃんは納得いってなさそうな顔をしている。
「ええと、どこのですか?とても小さい学園の?」
現実を見たくないのだろう。
「もちろんここのですよ。この学園のですよ」
だけど、これだけはしっかりと受け止めてもらえないと困るのだ。
「無理ですよ!ダンレズ副学園長はどうするですか!」
「彼にはそのまま副学園長を続けてもらいます。もう話は通してあります」
当然だが、私ひとりで決めたことではない。
王や、当事者であるダンレズ副学園長、大臣など、一部の偉い人間達で話し合って決めたことだ。
「ゼラ学園長はどうするのですか?」
当然の質問だろう。
真っ先に聞かれるだろうと思っていた。
「アミュス先生。落ち着いて聞きなさい。今すぐにという話ではないのですよ」
「あ……」
私ははぐらかした。
「ただ、例えば"私がいなくなった時"に、あなたが学園長になるつもりでいてください」
この言葉には色々な意味が含まれている。
もちろん私はババアだから、寿命でいつ死ぬともわからない。
もしくは、病気になれば、学園長を辞退するだろう。
それに……"他の可能性"だってある。
「なんで私なんですか?」
これは凄く簡単な質問だ。
「そもそも、あなたは勘違いをしてそうですね」
勘違いと言うよりは、"知らない"だろうか?
「ここは魔法の国です。そして、ここは魔法の国の中心ともいえる場所です」
中心と言うのは、物理的な話ではない。
まさにこの国は、この学園を中心に動いている。
「だから、元々この学園の学園長は、一番魔法が上手い人がなるものなのですよ。年齢は関係ありません」
私もそうだった。
私は、この学園の学園長になってから、もう50年間にもなるのだ。
そう考えると、とても長かった……。
「あなたは今、"私が一番魔法が上手いわけではない"と考えていそうですね」
実は私も、最初はそうだった。
もっと相応しい人がいるだろう。
そう思ったのだ。
「うっ……」
アミュスちゃんは、まさに図星を突かれた顔をしている。
表情豊かなのはいい事だけど、もう少し顔に出ない様にして欲しい。
「ですが、もうこれは決まったことですので」
断ることはもちろんできる。
だけど、断られたら困る。
だから、強めに釘を刺して置く。
「話はこれだけです。まだ先の……話ですが、そのつもりでいてくださいね」
私はそう言い残して、アミュスちゃんと別れた。
先の話と言ったが、先の話とは限らない。
私が、これから向かう先で、"いなくなる"可能性だってあるのだから。
そろそろ時間だ。
"呼び出されている"のだ。
♦
「用件はわかっているな?」
私を、国の外で待ち受けていたベズンは、一言目にそう言った。
そう言われても、全く何の話かわからない。
「何のことでしょうか?」
「とぼけるなよ。魔王様の元に送った、俺達の仲間が死体で見つかった。これはお前たちがやったことだな?」
話を聞いても、"本当になんのことかわからない"。
「ほほほ。全く存じ上げませんわ」
「貴様ら以外にいないだろう?」
魔族側からすれば、そう思うのは当たり前だろう。
当然の疑いだが困ってしまう。
知らないものは、知らないのだから。
「どうしたら信じていただけるのでしょうか?」
ベズンは少しの間の後に、口を開いた。
「明日。もう一度、結界の部屋まで連れていけ」
なるほど。と思った。
つまりこの魔族は、私に難癖をつけて、もう一度魔法の国に入って、何かをしようと言うわけだ。
何をするつもりかわからないが、"別にいい"。
「ええ、構いませんよ」
私があっさりと許可を出したからか、ベズンは少し動揺している感じだった。
「そうか、それでは、前回と同じ時間に……今度は遅れるなよ!」
「ええ、もちろんです」
私は踵を返すと、小さく笑うのだった。